VOL.86 魔法
今日は、昨日までの自分じゃない。
今日からは、気弱な自分は捨てて、強い女になるんだ。
朋美は、通勤電車の中で、そう自分に言い聞かせていた。
こんな日が、もう何年続いているのだろう。
いつも、会社に着いて、お局さまと呼ばれている三浦女子の顔を見ると、その決意がしぼんでしまう。そして、三浦女子にいいように使われてしまう。
どんな理不尽なことを言い付けられても、何も返せず、唯々諾々と従う自分が情けないのだが、どうしようもないのだ。
だが、今日は違った。ゆうべ、魔法使いのおばあさんに、あなたを強くしてあげると言って、魔法をかけられた夢を見たせいか、三浦女子の顔を見ても、怖気ることはなかった。
朝一番、いつものように理不尽なことを命令された。
朋美は、「それは仕事には関係ないことですから、ご自分でやってください」と、きっぱりと言いきった。
当の三浦女子はもちろん、周りにいた社員も、呆然とした顔で、朋美を見つめている。
なにか言い返そうとした三浦女子が、朋美の毅然とした態度に気圧されて、何も言い返せないのを見ると、ますます朋美に自信がついてきた。
これまで、三浦女子の悪行を黙認していた上司にも愛想を尽かしていた朋美は、勢いのままに、辞表を叩きつけた。
唖然とする社員を尻目に部屋を出た朋美の心は、まるで霧が晴れたかのように、澄み切った青空で覆い尽くされていた。




