VOL.4 たいせつな忘れ物
ここ最近、哲夫は人生に倦んでいた。
哲夫は、吊革を持って、滅多に乗ることのない電車に揺られていた。
終電に近いので、灯りも少なくなった流れる景色を、見るともなくぼんやりと眺めていると、
「うっせぇんだよ」
哲夫の斜め後ろから、だみ声が聞こえてきた。
振り返ると、よれよれのスーツを着た中年のオヤジが、青年に顔を近づけて、息巻いている。
酔いと怒りのせいか、顔が赤黒い。
「おまえ、何様だ? あ~ん 若造のくせに、年上に指図するんじゃねえよ」
若者とオヤジの横には、杖を持った老婆がおろおろしている。
察するに、足腰の弱ったお年寄りを前にして、堂々と座っていたオヤジを、青年が注意したとみえる。
「年上なんて、そんなの、関係ないでしょ。僕は、当たり前のことを言った…」
青年にみなまで言わさず、オヤジが青年の襟首を掴み、拳を振り上げた。
その手首を哲夫が掴み、「おっさん、その辺にしときな」とドスの利いた声で制した。
オヤジは哲夫の顔を見るなり、怯えた顔をして、何も言わずそそくさと車両を移っていった。
「ありがとうございました」
青年は、哲夫を見ても怯えることなく、素直に頭を下げた。
「いいよ、礼なんて。礼を言いたいのはこっちなんだから」
哲夫は青年を見ていて、何か、忘れていた大切なものを取り戻したような気分になって、思わず行動に出てしまったのだ。
ヤクザから足を洗って、カタギの人生を送ってみるのもいいかなと、哲夫は思い始めていた。