第4記
「うわぁ…。街だ、人だ!」
私は今、吸血鬼と二人、森の奥にある街へやってきている。シバにはお留守番をしてもらってる。
「あまり変なことを口走るなよ。」
「あ、うん。ごめんなさい…。」
背の高い森に囲まれたこの街は、高低差の激しい土地に木造の家があちこち建っていた。街の入り口から少し下を見る感じで、石畳の広場が見える。広場以外は土を固めた道になっているみたい。
私たちは冒険者っぽい服装をして、その上から煤けたローブを着ている。ダンジョンコアを通して作成した服だ。
「街のどこかに冒険者ギルドがあるはずだ。そこでダンジョンの情報をもらおう。」
「うん。」
私は吸血鬼の横を歩く。手を繋いで。吸血鬼の方から手を繋いでくれるなんて…!
街の中を歩いているけど、人はまばらにしか居ない。さっき見えた広場にたくさん人が居たから、みんなそっちに行ってるのかな?
街には、肌が日焼けした茶色の人が多い。髪はブロンズや赤みを帯びたような茶色など、いろんな色の人が居る。
でも、黒髪は一人も居ない。私は、濃い茶色だからいいけど、吸血鬼は黒髪だ。それに、吸血鬼は肌も白いからとても目立つ…気がする。そういえば、吸血鬼なのに瞳は赤くないんだよね。吸い込まれそうな綺麗な黒の瞳をしてる。短い髪が軽くはねていて、背はすらっと高く、キリッとした顔立ちで整っている。カッコイイ…。
私が吸血鬼の顔を見上げていると、ふと吸血鬼がこちらへ振り向く。そして、目が合う。
あわわわわっ!
私は顔が真っ赤になってるのを感じながら、口をぱくぱくさせる。そんな私を見て、吸血鬼が優しく微笑む。
ぷしゅぅ〜…。
うぅ…。いつもだけど、その微笑みは卑怯だよ。私は吸血鬼の顔をもう見れなくて、顔を俯かせて歩く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ここだな。」
吸血鬼が3階建てで大きい木造の建物の前で立ち止まる。扉の上に看板らしきものが出ているけど、読めない。
吸血鬼が空いている手で扉を開け、2人で中へと入っていく。
手前は広いスペースになっていて、奥に木のカウンターがある。壁にはたくさん張り紙がされていて、カウンターの上にも、さらにはカウンターの先にもたくさんの紙束が積まれている。
これだけ広いスペースなのに、カウンターの向こうに座っている一人しか人は居ない。
「すまないが、この辺りの悪魔の塔の情報をもらえないか?」
吸血鬼がその一人だけの若い女性に声を掛ける。…悪魔の塔って何?
「他国の冒険者の方ですか?」
「ああ。といっても、流れの冒険者だが。」
「そうなんですね。冒険者登録はされてますか?」
「いや、していない。」
「では、まずは冒険者登録からお願いします。」
若い女性が1枚の紙とペンを取り出し、書くところを説明する。
「もう1枚もらえるか?この子も登録しておきたい。」
「分かりました。」
若い女性がもう1枚取り出す。って私も登録するの!?
吸血鬼がさらさらっと必要事項を書いていく。
「そういえば、おまえ名前は何だ?」
いまさらっ!?私も自己紹介とかすっかり忘れてたよ!
「綾。アヤって名前だよ。」
「そうか。」
吸血鬼が私の名前を聞いて紙に書いていく。
…こっちの世界だとこんな風な字なんだ。吸血鬼の名前は何だろう?
吸血鬼は私の分も書き終わったようで、若い女性に2人分提出する。若い女性が書かれた内容をざっと確認し、紙を脇に置く。
「実績ゼロからとなりますので、下級の塔の中でも下の方のみしか紹介できません。ある程度実績が積み上がり、こちらが信用できると判断できるようになったところで、次の塔の情報を紹介できるようになります。」
「ああ、構わない。ちなみに、その実績と言うのは具体的にはどういったことをすればいいのだ?」
「最も影響が大きいのは悪魔の魂の納品です。その他には、依頼の達成やその人の人柄などが実績に積まれる場合があります。」
「そうか。分かった。」
その後、若い女性から悪魔の塔?の情報を教えてもらい、私たちはこの建物を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ねぇ。名前、なんていうの?」
いろいろと聞きたいことがあったけど、一番気になってたことを聞いてみる。
「…ヴァイスだ。登録用の仮の名だがな。」
「…ほんとうの名前は?」
「俺に名前はない。名前で呼びたいならさっきの名前で呼べばいい。」
名前、ないんだ。モンスターだからかな?ヴァイス…ヴァンパイア、からもじってるよね、たぶん。
「詳しい話は戻ってから説明してやろう。ここで話すことではないからな。」
「はぁい。」
吸血鬼と2人、冒険者ギルドの建物の前で手を繋いで立っている。
「広場に寄っていくか?」
「え?」
「こうやって、人の居るところに来るのも久しぶりだろう?」
もう1年。1年もあのダンジョンに引きこもってたんだよね、私…。
私の知ってる街とは全然違うけど、人が居て、店があって、何だか新鮮な感じ。
「…うん。一緒に、いこ?」
私は嬉しくなって、自然と表情が緩む。
一番嬉しいのは、吸血鬼…ヴァイスと一緒に出かけることだけどね、えへへ。
広場に向かって2人で歩いていると、甘い匂いがしてきた。
「これは…ケーキっ!」
店先に腰ほどまでの棚が置かれており、そこにいろんな種類のケーキが並べられていた。私はその美味しそうなケーキに目を奪われる。
「いらっしゃいませ!店の中でも食べられますよ!」
私よりも少し背の高い女の子が、眩しいほどの笑顔で呼び込みをしてくる。薄茶色の長い髪で左右に三つ編みを作り、頭に白い三角巾をつけ、白とオレンジ色のエプロンドレスを着ている。
私はヴァイスを見る。
「…今日は手持ちがない。次に来た時にでも食べよう。」
「やった!」
次に街へ来た時はここでデートだね!ああ、それにしても美味しそう。
「ぜひ今度いらしてくださいね!」
店の女の子に見送られて、私たちは広場へ向かう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「う〜んっ!楽しかった!」
私は自分のダンジョンに戻ると、大きく腕を上に伸ばす。
「ワンワンッ!」
「よしよし。シバ、いい子にしてた?」
お留守番だったシバが私の足にしがみついてきた。私はしゃがんで、そんなシバを抱き上げ、優しく撫でる。
「息抜きも大事だからな。」
そんな私を見て、ヴァイスが微笑む。
「まずは一番モンスターが弱いダンジョンでレベルを上げ、徐々に強いダンジョンに行こう。ある程度レベルが上がったらこの光水晶をあの冒険者ギルドに持っていき、もう少し強いダンジョンの情報をもらおうと思う。」
ヴァイスの手には、このダンジョンで出来た小さな小さな光水晶がある。先程、エクリプサーに出来ていたものを取ってきた。あのエクリプサーは小型らしく、光水晶がすぐに出来るみたい。
「そういえば、悪魔の塔ってダンジョンのことなの?」
「ああ。国によって呼び方は違うが、この辺りの国ではダンジョンを悪魔の塔、光水晶を悪魔の魂と呼んでいる。人族を襲うモンスターが大量に居るからな。人族にとってここは悪魔の住む場所、というわけだ。」
「へぇ…。でも、ダンジョンって塔だけじゃないよね?ここのダンジョンは地下にあるし…。」
「多くのダンジョンは塔の形をしている。こういう地下迷宮のようなダンジョンは珍しいのだ。」
「そうなんだ?どうして?」
「…昔、ダンジョンは今と違って、世界の力を管理し、世界のバランスを保つための建築物だった。神は、ダンジョンが大事なものであることを示すため、高い塔の形にし、荘厳な装飾を施した。その名残りで、塔が多いのだ。」
なるほど…?神社みたいな感じかな?
「とりあえず、レベル上げだな。さっそく明日にでも出発しよう。」
「うん!」
シバはまたお留守番だね。いい子にしててねー、よしよし〜♪