オソロシ沼のおそろし様第六話
『なして全部を食べん?
もしかして…オレへの気遣いか?』
『そうではない。
食い物は誰かと一緒に食べると旨い…
優となら、なおさら旨かろうと思ってな。』
目の見えぬ優に向かってニッコリと笑いかけた。
しかし…おそろし様の表情は相変わらず恐ろしかった。
『そうじゃ。優…少し待ってくれ…』
『なんだ?食えとか待てとか?どちらなんだ?
ハッキリしろ!おそろし様
『済まぬ…ほんの少しじゃ…
裏の藪の奥に綺麗な湧き水が出る。
一寸の間待ってくれれば
ワシが水を汲んでくる。
その方が、お結びが食べ易かろう。』
『ちょっと待て。おそろし様…
此処は水が湧くのか?』
おそろし様は少し不思議そうな顔をして優に対して答えた。
『おかしな事を言う…
ならどうして、オソロシ沼の水はいつも枯れない。
それは、オソロシ沼の裏からチョロチョロじゃが
湧き水が流れ込むからじゃ』
『そうか?考えてみれば沼がある。と言うことは水が出る。
そう言うことだな。』
『優…何を感心しておる…当然の事じゃろ?』
『盲点じゃった。
おそろし様…村の井戸は、海が近いせいで、ショッパイ。
洗濯や洗い物には使えるが飲み水には向かん。
じゃから、隣村から飲み水を一荷いくらで、買い付ける。
一人あたり、五日で一荷の水を使う。
これは…馬鹿にならん…
村が貧しい理由でもある。これは…村長の勤治郎に知らせねはならぬな…』
『そうか…そうか…
ワシは村には降りんからそんな事すら知らなかった。村のみんなに教えてやると良い…』
おそろし様は裏の藪に入り竹筒に水を汲み、優に手渡した。
優はお結びを頬張り、竹筒の水を飲んだ。
『旨い水だ…これは…
皆も喜ぶ…
有り難う、おそろし様…
これでオレは一つ、村の役にたてた。』
『そうか…優が村の役にたてたか?
ワシは嬉しい。』
と涙を流すおそろし様に、お結びを平らげた優は…
『こうしては、居れん。
村の皆に教えなければ…』と、立ち上がり村の方へ坂を覚束ない足取りで帰って行った。
その姿をおそろし様は昨日とは違う喜びの涙で見送った。