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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ふりかけとおぼっちゃま

ふりかけとおぼっちゃん ふりかけの気持ち

作者: 真下地浩也

 ※流血、自傷行為、自殺未遂等の表現がありますので、苦手な方はご注意ください。

 かなり後半まで主人公が病んでます。

 月末。

 待ちに待ったバイト代が出た。

 こんな日には馴染みの居酒屋に行くに限る。

 月に二、三回だけの贅沢に頬が緩んだ。

 よくいえば趣ある、悪くいえばぼろくて汚い店。

 だけどお酒の種類が豊富で、お品書きは肉じゃがとか家庭的な料理で、美味しくて安い。

 入口が賑やかな繁華街の奥の薄暗い路地にあり、迷子になるか、常連さんの紹介なしには来れないような場所にある。

 あたしは後者。

 バイトの帰りに馬鹿な子供みたいに迷子になった時に見つけた。

「おっさん、ご飯食べに来たよー」

 使い古された布切れみたいな暖簾を潜って店に入れば、店主の草原くさはらさんが声をかけてくれる。

 初めて来た人の中には草原さんを見て、顔を縦断するように走る切り傷と筋肉ムキムキの体に怖がる人がいるけど、あたしは全然怖くなかった。

 だって草原さんの目がすごく優しかったから。

 だからこの人は優しいんだと思った。

「おー、久しぶりだな。残念だけど特等席取られちまってるぜ?」 

 ほら、あたしに優しく笑ってこんな冗談をいう。

 歯を見せて笑う顔はお茶目で、五十代のおっさんのくせに少し可愛く思える。

 お気に入りのカウンター最奥席に一人の男が座っていた。

 あたしが初めて来た時から同じ場所に座るから、いつしかそう呼ばれるようになっていた。

 ここに来るお客さんは皆が優しくて、あたしが来るとその場所を空けてくれる。

 だけど、その男は相当飲んでいるようで、カウンターに置いた腕に顔を埋めて、すぐに起きる気配はない。

 せっかくいい気分で来たのに台無しだ。

「うわあ、サイアクー。あたしの場所なのに。あ、おっさん!ビールと今夜のおすすめちょうだい」

 おっさんに注文をして、男を睨みつけながら隣に座った。

 全く知らない男だが、そんなことどうでもいい。

 私がたてた物音で男がわずかに動いた。

「あれ?寝てなかったんだー?ならさっさと退いてくれる?そこあたしの特等席」

 酔っぱらいにもよく聞こえるように耳に口を寄せて、駄目元でいってみた。

 やはり男は起き上がらず、そのままだ。

「さっきまで友達と飲んでたんだけど酔いつぶれちまってな。ずっとそこにいるんだ」

 おっさんが困ったように笑って、ジョッキのビールとたこわさが目の前に置かれる。

「ふうん。友達に置いていかれたんだ。カワイソー」

 好き勝手なことをいって、ジョッキのビールを一気に半分ほど煽る。

 女らしくない?

 そんなことどーでもいい。

 あたしは可愛くもないし、お行儀のいい子でもないから。

 よく冷えたそれが暖房と乾燥した空気でからからに乾いていた喉を潤した。

「あーっ!うめえ!やっぱ仕事終わりの一杯サイコー!」

 思ったままを口に出せば、おっさんが苦笑いをしている。

 あたし、そんなに変なことをいった?

「ゆかちゃん、店に来てすぐにビールって寒くねえか?」

 口の端についた泡を服の袖で乱暴に拭いた。

 服につくほど濃い化粧なんてしてないから、汚れるなんて気にしない。

「外ならともかく、おっさんの店だもん。家よりも居心地がいいからいくらでも飲めるよー」

 箸を手に取って、たこわさを口に放る。

 タコの弾力とわさび醤油のツンとした味がさっぱりとしてて美味しい。

 作るのは簡単なのにすごく美味しい。

 ビールと美味しい物の最強ダッグに、だらしなく頬が緩んでしまう。

 あー、今すごく馬鹿みたいな顔しているなぁ。

 馬鹿なところは元からだったか。

 ならいっか、とまだ酔ってもいない頭で開き直った。

「相変わらず、ゆかちゃんは嬉しいことをさらっといってくれるな。よし!ぶり大根をサービスしてやる」 

 目の前にぶり大根が入った小鉢が追加される。

 おっさんは人がいいから時々こうしてサービスしてくれる。

 気前が良くて、優しいなんていい人過ぎる。

「わーい!おっさんのぶり大根チョー好き!あたしと結婚してー!」

 抱き着こうとしたらカウンターに邪魔された。 

 おっさんの素敵ボディが遠い。

「ゆかちゃんに俺なんてもったいねえよ。もっといい人を見つけな」

 よしよし、と子供をあやすようにおっさんに頭を撫でられた。

 頭を撫でられるなんていつ振りだろう。

「おっさんよりもいい人なんていないよー。気前が良くて優しくて料理上手とかずるい」

 頬を膨らませて唇を尖らせる。

 おっさんがあたしを子供扱いしてくれるから、ついつい甘える。

 他のお客さんがおっさんを呼んで、おっさんがあたしから離れていく。

 ちょっとだけ寂しいけど、当たり前のことだ。

 これ以上は甘えちゃいけない。 

 一人でちびちびとビールとたこわさを味わっていると、弱々しく腕を引かれた。

 それをやった隣の男は顔を上げることない。

「ん?何?やっとどいてくれるの?」

 男の行動の意味がわからず、聞いてみた。

「……ほんとにあの男が好きなのか?」

 あの男がわからず、首を傾げる。

「さっきいってただろ。好きとか結婚してだとか」

 それでようやくあの男がおっさんのことだとわかり、あたしは爆笑した。

「なぜ笑う?」

 不機嫌そうに顔を上げた男の顔は意外とかっこよかった。

 中性的な顔に滑らかな白い肌、意思の強そうな吊り目と髪が黒猫を思わせる。

 妹が好きそうな顔だ。

「あー、久々に笑ったー。なに勘違いしてんの?本気なわけないじゃん。冗談だよ、冗談。おっさんの料理も性格も好きだけど、結婚できるわけないし」

 そういえば、男はなぜかくしゃりと顔を歪めて、泣きそうな顔で、あたしを嘲笑した。 

「だから女は信用ならないのだよ。簡単に笑顔で好きだと嘘を吐ける」

 心底、女をバカにした口調に怒りを通り越して呆れた。

 何があったのか知らないが、人に暴言を吐くなんてこいつ思ったよりも酔ってる。

 他の酔っぱらいならこいつをぶん殴ってたと思う。

 だけど、あたしはそんなに酔ってないし、人の暴言には慣れている。

 あたしは心が海のように広い女なのだ。

 そもそもふつー親子くらい年の離れたおっさんとあたしが結婚どころか、付き合うことすらも考えるわけないでしょ。

 好きだとか、結婚してとか。

 そういう言葉は酔っ払いの言葉だって割り切ってくれるおっさんだから使えるんであって、本気の相手にそんなこと軽々しくいえない。

「本当に好きならそんなこといえないよー。だって拒絶されたら立ち直れないじゃん?」

 男が驚いた顔で、あたしを見た。

 何よー、失礼な顔しちゃって。

「お前にも本当に好きな奴がいたのか?」

 どうして今の流れでそうなった。 

 しかも過去形っていうのが腹が立つ。

 いや、好きな人なんていないけどさ。

 まるであたしが振られて飲みに来たみたいじゃん。

 よし、少しからかってやろっと。

「うん。いるよー?」

「本当か?そいつはどんなやつだ?」

「君」

「は?」

 目を見開いて、ぽかんと口を開けている顔はマヌケで、ちょっとだけ可愛い。

「だーかーら。あたしが好きなのは……」

 そういえばこいつの名前を聞いてない。

 あんまり興味はないけど、一応聞いてみる。

「……名前なんだっけ?」

「なぜお前に名前を教えなくてはいけないのだよ」

「あー。庶民には名前を教えられないくらい高貴な人だったんですかー?失礼な口を聞いて申し訳ありませんねー。もう聞きませーん」

 拒絶するような態度に腹がたったから、嫌味をいってみた。

 別に二度と会うつもりはないから、嫌われたっていいしね。 

「……明道院煌(みょうどういんこう)なのだよ」

 男は渋々ながらも教えてくれる。

 プライドが高く、他人を見下していると思っていたけど、意外に違うのかもしれない。

「みょうじょう……?」

「明道院なのだよ!」

 あえて間違えていえば、ムキになって答えた。

 小学生みたいで面白いなー。

「ぜーんぜん漢字が想像出来なーい」

 残りのビールを飲み干して、からからと笑う。

 酔った頭じゃ難しいことは考えられない。

「これが俺の名前なのだよ!」

 男はポケットから最新型のスマホを取り出し、文字を打ちこむとあたしに突きつける。

 近すぎて見えなかったから、頭を少し後ろに引く。

 ディスプレイに表示された名前は漫画や小説に出てきそうだ。

「うわー、すごいキラキラネーム。それにお金持ちのおぼっちゃんみたい。あー、ならこうちゃんって呼ぶー」

「やめろ」

 すごく嫌そうな顔で即答された。

 お金持ち扱いされるのが嫌みたい。

 何か嫌な思い出でもあるのかな?

「なんで?こうちゃんってあだ名、チョー可愛いじゃん。嫌ならこうちゃまって呼ぶよ?」

「うるさい。黙るのだよ」

「こうちゃまはわがままだな」

 おっさんにビールの追加を頼む。

「お前……俺を馬鹿にしているだろう?」

 酔って赤くなっている顔で、ぎろりと睨まれても怖くない。

 おっさんからビールを受け取り、さっそく飲む。

 よく冷えたビールはほんとサイコー。

 これだからやめられない。

 でもさすがに寒くなってきたから熱燗頼もうかな。

「からかってるけど馬鹿にはしてないよー。こうちゃんは短気だねえ。そんなんじゃ女の子は逃げちゃうよ」

「お前には関係ないのだよ!」

 こうちゃんは腹立たしそうに机を叩いた。

 なんか地雷を踏んだみたい。

 でもさー物にあたるのはどうかと思う。

 あたしのビールとかおつまみが零れたらどうすんのよ。

「あれー?もしかして図星?だから酔いつぶれたんだー?フラれちゃってカワイソー」

「酔い潰れてなんかいないのだよ。……それよりもなぜわかったのだ?」

 こうちゃんは悔しそうに顔を歪ませる。

 あんなに顔に出てたのに気づいてなかったらしい。

「こうちゃんがわかりやすすぎるだけだよん。お姉さんが慰めてあげるから話してみ?吐いたら楽になれるよー」

 おどけた口調で話して上げたのに、警戒された。

 こうちゃんは猫よりも犬っぽいな。

「年下の女に慰められるほど落ち込んではいないのだよ」

 さっきまで酔いつぶれて寝てたくせに、偉そうにそんなことをいうのが、おかしくて飲んでいたビールでむせた。

 こうちゃんはあたしを変な目で見た。

 あんたのせいだよ、といいたいけどきっと意味をわかってくれないから黙った。

「こうちゃん、大学生でしょ?こう見えてもあたしは二十五歳の年上女よん」

 何度も咳をして、ようやく落ち着いて声を発した。

 少し苦しいけど、すぐに収まるだろう。

「なぜ大学生だとわかるのだ?」

「ここらへんは大学が近いから学生が多いんだよ。職業柄、学生に会うことが多いから社会人と見分けんの得意なんだー」

 こうちゃんは疑うように私を見た。

 そこから疑うの?

 年上ってところはスルーだし。

「何も知らない、二度と会うかもわからない他人だからいえることもあるよー」

 ぶり大根を一口食べた。

 少し冷めていたけど、すごく美味しいのはおっさんが作ったからだ。

「……彼女に浮気されたのだよ」

 こうちゃんはゆっくりと消え入りそうな声だった。

「うわー。その子酷いねー。それでそれで?」

 二股か。よくある話だ。

 少し話しただけでも真面目だってわかった。

 こうちゃんはきっとすごく真剣に付き合ったんだと思う。

 だから、こんなに落ちこんで苦しんでいるんだろ。

「問い詰めたら俺が浮気相手で本命は別にいるっていわれたのだよ。俺は五番目だった」

「さっきのなし。その子最低だね。別れて正解だよ」

 その子は男の子を侍らせて、お姫様気分になりたいだけで、こうちゃんのことを好きでもなかったんだ。 

 ただお金持そうだからっていう理由で、付き合っていた。

 多分そんな感じの理由だと思う。

 あたしはそういう娘を知ってる。

 同一人物かは別として。

「俺はそんなことにも気づかずに愛されていると自惚れていた馬鹿だったのだよ」

 こうちゃんは傷ついた心を晒けだし、自嘲した。

 どうしてこうちゃんがそんな顔をしなきゃいけない。

 何も悪いことをしてないのに。

 顔も知らない相手にすごく腹がたって、あたしは自分でも驚くことをいっていた。

「悔しいんならそんな酷い女なんて忘れて幸せになっちゃえば?泣くのは今日だけにして、明日から笑ってやればいいじゃん?相手はどんだけこうちゃんが傷ついたのか知らないし、多分知るつもりもないんだし?そんな女のせいでこうちゃんが不幸になるの、あたしは悔しい」

 不機嫌が頂点を越えた時にしか出ない、低い低い声だった。

 お酒の力って怖いな。

 色んな沸点が低くなる。

「なぜお前が悔しがる?」

「えー?だってぇ話聞いちゃったからもう無関係じゃないじゃん?チョー関係者でしょ?第一印象は最悪だったけど話してみればこうちゃんは面白いからねー。好きになっちゃった」

 友達としてだよ?

 と釘を刺すのを忘れない。

 話して見てわかったけど、こうちゃんは真面目だからこうでもいわないと勘違いしそう。

 酔った馬鹿な女の告白なんて本気にしたらいけないのにね。

「……変な女なのだよ」

「こうちゃん、ひどーい。まあ、自覚あるけど。でもさー、いい経験になったと思うよ!これで次からは絶対に騙されないねー」

 よかったねー、と笑ったらこうちゃんはすごく嫌そうに顔を歪めた。

 先ほどよりも少し明るい顔になったけど、まだまだ暗い。

 そんなすぐに傷は癒せないか。

 でも今の調子なら明日には普通に生活するくらいはできそう。

「今日はおごってあげるから飲んで騒いで忘れちゃおう!」

 追加でビールを頼んで、こうちゃんに飲ませた。

 こうちゃんがまた酔いつぶれて寝るまで、そう時間はかからなかった。




 目が覚めるとコートを着たまま床に寝ていた。

 横を向いて寝ていたから右肩が痛い。

 どうしてあたしはここで寝てんの?

 体を起こし、目の前にある不自然に膨らむベッドを見て思い出した。

「あたし……お持ち帰りしたんだ」 

 人生初のお持ち帰りである。

 実はお持ち帰りされたことは何度もあるけどね。

 恋人に飢えていたからじゃない。

 こうちゃんが酔いつぶれて、閉店の時間になっても起きなくて、困ったおっさんに頼まれてから。

 我ながら色気のない理由だなー。

 酔っぱらいを床に寝かせるのも可哀想で、あたしはこうちゃんにベットを譲ったんだ。

 八畳一間の部屋は女が一人暮らしするには十分だけど、二人で寝るには狭い。

「よく人の家で熟睡できるなー」

 こうちゃんは私のベットで深く眠ってるみたいで、小さな寝息が聞こえた。

 繊細そうに見えて実は図太いんじゃないかな。

 時刻は九時を過ぎたところでいつもならもうバイトに行っている時間。

 あたしは休みだし、今日は日曜だから学生のこうちゃんも休みだと思う。

 もしそうでないなら、昨日酔いつぶれるほど飲んだりしなかっただろうし。

 それなら無理やり起こすのもかわいそうだ。

 そっと立ち上がり、一口コンロとシンクがある台所で小さな冷蔵庫を開けて、少し遅い朝食の準備をする。

 あたしは昨日は飲んでばかりでほとんど食べていないから、お腹が空いている。

 けど、こうちゃんはどうなんだろう。

 魚の塩焼きとか軽い物なら食べられるかな。

 数十分して出来上がったのは豆腐とわかめの味噌汁に卵焼き、鮭の塩焼き、もやし炒め。

 そして冷凍庫にあったご飯。

 朝から手のこんだ物を作る気がしなかったから、簡単な物ばかり。

 だけど文句はいわせない。

 朝食が出来たからローテーブルにそれを並べていると、ベットの方から物音がした。

「おはよう」

 一瞬、物音が止んで、布団の中からゆっくりとこうちゃんが体を起こした。

 その顔は朝から不機嫌そのものだ。 

「ほんとあこうちゃんって寝起き悪いよねー。どうでもいいけど睨むの止めてくんない?」

「ここはどこなのだよ?なぜお前がいる?」

 不機嫌というより、警戒していただけみたい。

「ここはあたしの家。酔いつぶれたこうちゃんが気持ち良さそうに寝ちゃって起きないから連れてきたの」

 こうちゃんは顔を赤くして、目を見開いた。

「お、俺は、お、お前と寝たというのか!?」

 予想外の言葉にあたしは何もいえなかった。

 でも考えたらこうちゃんのいう通りだ。

 あたしも年頃の男女が一晩過ごした、と聞けばそういう意味だと思う。

 だけどあたしとこうちゃんはそういうことはしていない。

 なのに、こうちゃんは涙目で、プルプルと体を震わせて、あたしに指をつきつけている。 

 これじゃまるであたしが、経験のない女の子を無理やり連れこんでヤった男みたい。

 二人の性別は逆だけど。

「昨日は何もしてないよー。あたし、床で寝てたし」

「と、年頃の女を床で寝かせておいて、自分はベットで寝ていただと……!?」

 誤解が解けたら、今度は顔を青ざめさせた。

 ころころ変わるこうちゃんの顔は見てて飽きないな。

「大丈夫だよ。床で寝るの慣れてるし」

 疲れて帰った日とか、気がついたら床で寝ちゃってる。

「そういう問題ではないのだよ!」

「まあまあ細かいことはご飯食べてからね。こうちゃんの分もあるから」

 テーブルに座って、コップにベットボトルの水を入れた。

 自分だけならそのまま飲むけど、今日はこうちゃんがいる。

 おそるおそるあたしの正面に座ったこうちゃんに、コップを手渡した。

「ありがとう」

 こうちゃんは律儀に頭を下げて、コップを受け取った。

「どーいたしまして。じゃあ遠慮せずに食べて。味の補償はしないけどー」

 今までの態度で食べないと思っていただけど、こうちゃんもお腹が空いていたみたい。

「……ではいただきます」

 こうちゃんは慎重に卵焼きへ箸を伸ばした。

 心配しなくても卵と調味料しか入ってないよ。

「これは……!」

 一口食べたこうちゃんが目を見開いた。

 卵の殻でも入っていたかな?

 だったらごめん。

「おいしいだと!?」

 違った。

 ただ驚いていただけだった。

「こうちゃん、それどういう意味?あたしをなんだと思ってるの?」

 笑顔が引きつるのも仕方ないと思う。

 どんだけ失礼な男なんだ。

「いや……料理が得意そうに見えなかったのだよ」

 つまり、料理が出来ないと思っていた、と。

 自覚あるけど、自分でいうのといわれるのは気持ちが違うよね?

「食べたくなければ無理して食べなくてもいいよー?」

 あたしはにっこりと微笑んだ。

 なぜかこうちゃんがすごく青ざめた顔で、首を横に振った。

 まあ、気にしてもしょうがないか。

 あたしも朝食を食べ始める。

 あ、卵焼きがいつもよりおいしく出来てる。

 砂糖を入れた甘めのそれはおっさんの味を真似をして作った。

 あの美味しさには敵わないけど、何度も練習したから、我ながらそこそこおいしく作れるようになったと思う。

 ふと、こうちゃんの方を見ると、すごい勢いでご飯が減っていた。

 だけど、その食べ方は綺麗で上品で、見ていて気持ちよかったくらい。

 育ちがいいとはこういうことをいうんだと思う。

「えっと……おかわりいる?味噌汁とご飯しかなくて、ご飯は冷凍だから少し時間かかるけど」

「……頼むのだよ」

 こうちゃんは躊躇いがちに茶碗を差し出した。

 食べ盛りの男に女の一人分じゃ足りないよね。

「りょーかい。ちょっと待ってー」

 茶碗と汁椀を受け取って、台所に戻った。

 冷凍庫からご飯を取り出して、電子レンジに入れる。

 その間に味噌汁を温め直して、汁椀につぐ。

 タイミングよく温め終わったご飯を茶碗によそって、部屋に戻る。

「はい、どうぞ」

 大人しく待ってたこうちゃんに汁椀と茶碗を渡した。  

「ありがとう」

 しっかりと受け取って、またすごい勢いで食べる。

 ただお腹が空いているだけなんだろうけど、作った側からすれば気分がいい。

 おっさんもあたしが食べるのを見る時、こんな気持ちなのかな。

「さっきからなんだ?そんなに見られると食べにくいのだよ」

 食べるのを中断したこうちゃんが顔をあげた。

 確かに見られながらじゃ食べにくいか。

 あたしは自分のご飯に視線を戻した。

「んー。いい食べっぷりだなと思って。いつもそんなに食べるの?」

「いつもはもう少し食べる」

 まだ食べるんだ。

 こうちゃんは大食漢らしい。

 見た目は細いのに。

 食べた物はどこに行くんだろ?

 胃にブラックホールでも持ってんのかな?

「そうなんだー。ならあたしの卵焼きあげる」

 卵焼きが二切れ残ってる皿をこうちゃんの前に置いた。

「だが、お前の分がなくなってしまうのだよ」

 こうちゃんの視線は卵焼きとあたしを往復する。

 好物を前にした小学生か、といいたいのを我慢した。

 いや、おやつを前にして待てをされた犬かもしれない。

「いいのいいのー。こうちゃんが食べてるのを見てたらお腹いっぱいになってきたし」

 オッケーを出せば

「そういうことならもらってやるのだよ」

 と、なぞのツンデレ?が返ってきた。

 少しだけ顔が赤い。

 そういうの望んでないんだけど?

 でも、美味しそうに食べる姿に悪い気はしない。

 むしろ、もっと食べさせたくなる。

「どんどんお食べー」

 そういったら

「祖母に似ている」

 と、こうちゃんはいった。

「こうや、しっかり食べて大きくなるんだよ」

 老人を真似たしゃがれた声でいえば、こうちゃんが味噌汁を吹いた。

 汚いなー。

 近くにあったティッシュ箱をこうちゃんに渡す。

 じろりと恨めしそうに、睨まれた。

 笑わせるつもりだったけど、そんなに笑うとは思わなかった。

 せいぜい、失笑くらいだと思ってたのに。

 なんだかおかしくなってあたしも笑えてきた。

 楽しいご飯の時間もすぐに終わった。

「御馳走様でした」

 こうちゃんは両手を合わせて、あたしに深く頭を下げた。

「お粗末様でした」

 あたしはこうちゃんの食器を自分が使ったのと重ね持ち、立ち上がる。

「食事を作ってもらったのだ。せめて皿洗いくらいするのだよ」

「いいから、いいから。こうちゃんは座ってて。これは後で洗うから大丈夫」

 立ち上がりかけたこうちゃんを先制する。

 そのままシンクに食器を置いて、部屋に戻った。

「まず、聞きたいことはなに?」

 こうちゃんの正面に座って、意志の強そうな目と向きあった。

 あんまりにも澄んだ綺麗な目に、自分の汚さを見透かされているような気がして、ついつい逸しくたくなる。

 少し間があって、こうちゃんは口を開いた。

「……お前の名前は何というのだ?」  

 そうきたか。

 こうちゃんには一度も名乗ってないから当然か。

 教えるつもりはないけど。

「あたしの名前は山田花子。はなちゃんって、呼んでくれる?」

「嘘をつくな。お前は居酒屋の店主にゆ」

「名前なんてどうでもいいじゃん。こうちゃんは昨日のことどこまで覚えてる?」

 こうちゃんの無理やり言葉を遮った。

 そのあだ名は数少ないあたしの宝物。

 親しくもない人になんて呼ばれたくない。

「友人と飲んだ後の記憶があまりないのだよ」

 予想通りの言葉だった。

「その後、こうちゃんは酔いつぶれて寝てたんだよ。そこにあたしが来て、意気とーごーして一緒に飲んで、またこうちゃんが酔いつぶれちゃってー。閉店になっても起きないから店主おっさんが困って。ならあたしの家に、って連れこんだの」

「本当に何もしてないのか?」

「何もしてないってー。ビビちゃっておもしろーい」

「ビビってなどいない!」

「聞きたいことはそれだけ?」

 あたしの声はひどく冷たかった。

 急に変わった雰囲気にこうちゃんは少しだけ驚いく。

「……料金はお前が払ってくれたのか?」

「これでも働いてますからねー」

「だが払わないわけにはいかないのだよ。いくらだ?」

 財布を取り出す前にはっきりと突き放した。

「いらないよ。昨日はあたしが付き合わせたんだし」

「そういうわけにはいかないのだよ」

 こうちゃんはしつこいな。

「いいっていってるじゃん。他に聞きたいことがないなら帰ってくれるー?こうちゃんはいつまで家にいるつもり?」

 これ以上一緒にいたらこうちゃんを忘れられなくなる。 

 あたしに関わった人は皆あの娘に盗られる。

 家族も、親戚も、友人も、先輩も、先生も、彼氏も、物までも最後には皆あの子の物になった。

 ならあの娘に盗られる前に自分から捨てちゃえば、求めなければいい。

 いつだって苦しいのもあたし。

 傷つくのもあたし。

 大丈夫。一人ぼっちには慣れたから。

「お前の本当の名前は何というのだ?」

 真剣な視線に鼓動が跳ねた。

 ダメだ。

 こうちゃんがほしくなる。

 そんな目であたしを見ないで。

 今すぐあたしの前から消えてよ。

「なんでこうちゃんに教えないといけないわけ?ちょっと優しくしたくらいで勘違いしないでくれる?あたし達は一晩だけの関係でしょ?そんなんだから振られるんだよ」

 殴られると思った。

 今まで付き合ってきた人達は男女問わずにあたしを殴ったから。

 でもこうちゃんは違った。

「……世話になったのだよ」

 こうちゃんは傷ついたような、失望したような顔をして、コートとバックを持って家から出て行った。

「はは……」 

 思わず乾いた笑いが出た。

 殴られるより、罵られるよりも、“こうちゃんの一言と表情”が頭にこびりついて、胸が苦しくて、痛い。

 忘れなきゃ、またあの娘に盗られるから。

 痛いのはこうちゃんのせいじゃない。

 コートから赤黒く変色したカッターナイフを取り出して、腕を切りつけた。

 赤い線が一筋出来て、遅れて痛みがやってくる。

「痛いのはこの傷のせい。こうちゃんのせいじゃない」

 呪文のように呟いて、もう一度、腕を切りつけた。

 それでも痛みが足りなくて。

 こうちゃんを頭から消したくて。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も切りつける。  

 手に力が入らなくなって、ようやくカッターナイフを取り落とした。

 パシャ。

 と水が跳ねるような音を立てて、カッターナイフがちょっとした血溜まりに落ちた。

「あー……また床が汚れちゃった」

 ごろんと、カッターナイフの隣に倒れこんだ。 

 服に血がつくことも気に出来ないほど、全身に力が入らなくなっていた。

 何より血が足りなくて、意識がまとまらない。

 今日はちょっとやりすぎたかも。

 もしかしたら死ぬかもしれない。

「まあ……いいや」

 あたしが死んでも誰も困らないんだから。

 なんだか、すごく寒くて。

 なのに、同じくらい眠たくて。

 あたしはゆっくりと目を閉じた。

 頭の中にもうこうちゃんはいない。

 左腕の痛みに意識が向いている。

 何もない、一人ぼっちの静かな世界。 

 他人には寂しい世界に見えるかもしれない。 

 でも、あたしには幸せな世界なんだ。

 だって何も奪われる物がないでしょ?

「なにをしている!?」

 だから、きっと扉を壊す勢いで開けて、あたしを抱き上げた人は、あたしが生み出した幻覚だ。

 


 

 目が覚めると真っ白な天井だった。

 血の匂いもしない。

「……病院、かあ」 

 数年ぶりになるのかな。

 頭だけを動かして、辺りを見渡した。

 窓から差し込む太陽の光は赤くなっていて、長い影が伸びている。

 右腕には点滴が刺さっていた。

 ベッドサイドには水とコップが置いてある。

 ひどく喉が乾いていた。

 あたしは重い体を起こし、左手でコップを取ろうとして、真新しい包帯を巻かれていることに気づいた。

 コップを取るのをやめて、包帯の上から右手で左腕を握りしめてみる。

「……痛い」

 包帯が薄く赤色に染まった気がする。

 昨日、何があったんだっけ?

 腕を切ったことしか思い出せない。

 ここまで運んでくれたのは大家さんかな?

 いやあの人は何もしないから多分別の人。

 でも、そんな人いたっけ?

 扉が開いて、医者が部屋に入ってくる。

 見覚えのある顔が苦笑いをしていた。

「お久しぶりです、先生」

 この人はあたしの主治医だった。

 突発的な自傷行為の治療が目的だったけど、治療の途中であたしは通院を止めた。

 だって何年かかっても治らないって自分でわかったから。

 入院だけはしないように気をつけていたのになー。

「本当にお久しぶりですね。ここがどこだかわかりますか?」

 先生は細いフレームの眼鏡をかけた穏やかな人だ。

 あたしが何をいっても、何をしても受け止めてくれた数少ない人でもある。

「病院でしょー?うちはこんなに綺麗じゃないし」

 あたしはからからと笑って見せた。

「そうなんですか?少し意外です。都環つたまきさんは綺麗好きだと思っていました」

「えー。先生の方が綺麗好きじゃないですか?」

「そうでもないですよ。滅多に家に帰らないので、足の踏み場のないほど散らかっています」

 先生は自嘲するように少し笑う。

「マジですかー。想像できなーい」

「今回はどうしたのですか?」

「自分でもよく思えていないんですけど、なんか嫌なことがあったんですよー」

 自傷行為をした後はいつも記憶が曖昧になる。

 血が足りなくなるせいか、自己本能なのか。

 理由はわからない。

「そうですか」 

 先生がカルテに何か書きこんでいる。

 何を書いてるんだろ?

 扉が開く音がして、誰かが入ってきた。

 中性的な顔に滑らかな白い肌、意思の強そうな吊り目と髪が黒猫を思わせる、細身であたしより少し背の高い男。

 妹が好きそうな顔だ

「もう起きて大丈夫なのか?」

 心配そうな顔であたしの顔を覗きこんだ。

 誰だっけ? 

「お二人は知り合いですか?」

 先生があたしと男の両方に聞く。

「ちょっとした知り合いです」

 男が即答した。

 え?どこで会ったっけ?

「都環さん、覚えてますか?」

 男の顔をじっと観察してみる。

 何度見てもイケメンだ。

 ふつーこの顔を二度と忘れられないと思うけど。

「あ!こうちゃんかー!」

 ようやく思い出した。

 同時に病院にいる理由もわかった。

「……まさか忘れられているとは思わなかったのだよ」 

 こうちゃんが額を押さえていた。

 多分、スプラッター映画みたいな部屋を見せてしまったと思う。

「ごめんねー。あたし、覚えるより忘れるの得意だからさ」 

「知っているのだよ」

 こうちゃんは不機嫌そうにあたしを睨んだ。

 美青年からにらまれるの怖いなー。

「仲がいいのですね」

 自傷行為の原因だとはいえなくて、あたしは頷いた。

「先生、点滴が終わったら帰っていいですかー?明日バイトなんですよ」

「ダメです。明道院さんがいなかったら危なかったんですよ。せめて一日だけでも体を休めてください」

 はっきりといわれてしまう。

 ここで諦めたら終わりだ。

「えー。それは困りますー。あたしが休んだら皆困るんですよ」

「ダメです」

 こうなった先生は絶対にあたしの言葉を聞いてくれない。

 無茶をいっているのはわかっている。

 だけど、入院したくない。

「父に連絡しました?」

「まだです」

 安心はできない。

 だってあたしを病院に押しこんだのは父だから。

 また入院したのを知ったら、実家に連れ戻される。

 あんな地獄みたいな場所に帰りたくない。

「ほんとに帰っちゃダメですか?明日本当に仕事なんです。入ったばかりだから休むわけにはいかないんですよ。お願いします。お金なら払いますから、あたしの家に帰らせて……」

 あたしは聞き分けのない子どものように泣き始めた。

 こうちゃんがぎょっとした顔であたしを見ているのがわかっても、涙が止まらない。

 病院は嫌い。

 嫌な思い出ばかりだから。

「都環さん、今夜だけです。ずっとここにいるわけではありませんよ。ご家族にも連絡致しません」

 優しい声でなだめるように先生はあたしの頭を撫でた。

 ずるい人。

 そんな風にいわれたらもう何もいえない。

「……わかりました」

 項垂れるようにあたしは頷いた。

 これ以上話しても何も変わらない。

「そろそろ私は失礼します。何かあったら枕元のナースコールでお呼びくださいね」

 先生は一礼して、病室を出て行った。

 後に残されたのはあたしとこうちゃん。

「見苦しいとこを見せたねー。こうちゃんはなんでここにいるの?」

 強引に涙を拭いて、顔を上げた。

 ひどい顔になっているんだろなー。

「忘れ物をして戻ったらお前が血塗れで倒れていたのだよ。俺が帰った後に何があった?」

 こうちゃんは意外と抜けているところがあるみたい。

 おかげであたしは命拾いしたわけだけど、全然嬉しくない。

 こうちゃんや病院の人に迷惑をかけただけだ。

 神様って人は意地悪だ。

「大丈夫。強盗じゃないよ。全部自分でやったの。あれやると頭がすっきりするんだー。後片付けが大変なんだけどね」

「俺が聞きたいのはそういうことではないのだよ。いつもやっているのか?」

 主語がなくても何のことかわかった。

「していないよ。多くても月に一回くらいかな?それにさくっと二、三回やる程度。今回はちょっと多くてこうちゃんに迷惑をかけちゃった。ほんとにごめんね?」

「俺は怒っていないのだよ。それとこれはお前の財布と携帯と家の鍵だ」

 そうだね。

 こうちゃんは可哀想だと思っているだけだもんね。

 でも、それは余計なお世話。

 あたしはそんな風に見られたくない。

 内心を笑顔で隠して、こうちゃんからいわれたものを受け取った。

 出来れば着替えも持ってきて欲しかったけど、さすがにそれはまずいか。

「よかったー。あ、こうちゃんにお願いがあるんだけど?購買でフルーツ系のジュース買ってきてくれない?ついでにお菓子も適当に」

「人使いが荒い奴なのだな」

「ごめん、ごめん。今、頼れるのこうちゃんしかいないからさー。はい、お金」

 迷惑料を含めて五千円渡すと断られた。

「それくらい奢るのだよ」

 けっきょく受け取らないまま、こうちゃんも病室を後にした。

 よし。これで邪魔者はいない。

 点滴を固定していたテープを剥がして、針を抜いた。

 少し血が出てきたけどこれくらいならすぐに止まる。

 あたしの服は予想通り病衣。

 外を出歩くには目立つけど、あたしの血塗れになっている服よりもましだと思う。

 何よりこうちゃんが帰ってくるまで何分かかるかわからない。

 財布から諭吉さんを三枚取り出して、ベッドサイドのテーブルに置いた。

 治療費とかはこれで足りると思う。

 病室の扉を開けて、周囲を見渡した。

 幸いなことに誰もいない。

 正規の階段とは逆の廊下の奥に進むと、非常階段がある。

 よく病室を抜け出す時に使っていた非常階段の鍵は壊れたままだった。

 音を立てないように扉を開けて、駆け足で階段を降りた。

 この階段は使われていないから、誰にも会うことはない。

 階段を降りた先は病室の裏手になる。

 よく業務用の車が止まっている。

 だけど、今日はもう遅いからか、一台も止まっていない。

 暗闇に隠れるようにしてあたしは病院から逃げ出した。

 病院からアパートまでそんなに遠くない。

 歩いて二十分くらいかな。

 時間がたてばたつほど、人目につきにくくなるから好都合。

 結果的に病衣を一枚とっちゃったけど、あれだけのお金があれば足りるはず。

 何事もなくアパートについた。

 手に持っていた鍵を使って中に入り、鍵を閉めた。

 時間が経っていたから、血は固まっていた。

 これ、お湯を使わなきゃ落ちないな。

 とりあえず気替えを先にしよう。

 さすがに病衣じゃ落ち着かない。

 着替えて立ち上がった時にチャイムが鳴った。

 どくどくと、心臓が跳ねた。

 こんな時間に誰?

 忍び足で玄関に行き、除き窓から外を覗いた。

 扉の前にはこうちゃんがいた。

 もうあたしが病室を抜け出したことがバレているらしい。

 思ったよりもかなり早い。

 あの後、すぐに帰ってきたのかな。

 電気をつけてなくてよかった。

「帰っているのだろ!返事をしてくれ!」

 こうちゃんは扉に向かって叫んだ。

 でもあたしが扉を開けることはない。

 今は知ってしまった責任感とか、もしあたしが死んだ時の罪悪感とか考えて、心配してくれてるんだってわかる。

 大丈夫。

 こんな壊れかけのイカレタ女なんて、明日になればきっと忘れるから。

 こうちゃんの日常にあたしはいらないし、あたしの日常にもこうちゃんはいらない。

「……本当にいないのか?どこに行ったのだよ!まさか死んでいるんじゃないだろうな!?」 

 いつまで経ってもあたしが開けないからこうちゃんはしびれを切らして、どこかへ走り去った。

 いなくなったこうちゃんにあたしはいった。

「さよなら、こうちゃん」

 今度こそ二度と会わない。

 そう心に誓って。




 あたしの予想も期待も裏切って、こうちゃんは家に来た。

 だけど、あたしが避けてるから実際に会ったことはない。

 ただ、毎日のようにあたしの部屋のドアノブに貧血用のサプリや健康食品、ノートの切れ端が入ったコンビニ袋のようなビニールがかけられている。

 余計なお世話だっていいたいけど、会いたくないからいえない。

 あたしにはこうちゃんが何を考えてるのかさっぱりわからなかった。

 こんな女、ふつーなら放っておくのにどうしてそんなに世話を焼きたがるかな。

 いつまでもドアノブにかけていたら邪魔だから、部屋に持ち帰る。

 もう生きていることはバレていると思う。

 それでもこうちゃんにもらったものには手を付けていない。

 かといって捨てることもできなかった。

 バイトに行く時に使っている鞄を掃除した床に置き、テーブルにビニール袋を置いて、中からノートの切れ端を取り出して、床に座った。

 それは今日で十五枚目になる。

 書いていることはだいたい同じ。

 食事はとっているか。

 寝ているか。

 体調はどうか。

 バイトは楽しいか。

 また自傷行為をしていないか。

 あたしを心配するこうちゃんの顔が浮かぶような不器用な優しい言葉ばかりが並んでる。

「いーかげんにさ、忘れてくれないかなあ」

 それはあたしか、こうちゃんか。

 ポツリと漏れた独り言の意味は自分にもわからなかった。

 ノートの切れ端を抱いて、あたしは横になる。

 今や何をしてても考えるのは、こうちゃんのことばかり。

 いつか離れていくのに。

 あたしじゃない女の子隣で、笑って生きていくのに。 

 こうちゃんの顔が、声が、体温が、息が、性格が痛みで上書きしても忘れられない。

 あたしの静かな世界はこうちゃんに出会って、ゆっくりと壊れていた。

 

 


 それから何日が経っただろ。

 もう一ヶ月近くになるのに、あたしとこうちゃんの変なやり取りは続いていた。

 それでもあたしはこうちゃんを避け続けた。

 あんな別れ方をしといて今さらどんな顔をして会えばいいの。

 今日もセンチメンタルな気分でバイトから部屋へ帰える。

 いつもと違うのは来客があること。

「ねえ、ちょっとお金ちょうだい」

 部屋の前にいた妹のひかりがあたしを見つけると、そういって詰め寄ってきた。 

 あたしが帰ってくるのを待ち伏せしていたらしい。

 よっぽど切羽詰まっているんだな、とどうでもいてみるいことを思った。

 綿菓子みたいにふわふわで、花のように可愛い妹の我がままを咎める人はいないし、猫を被るのが得意なひかりはどんな風に接したら人に愛されるか熟知していて、皆騙される。

 ほんと質の悪い女。

 でも嫌いになりきれない。

 ひかりはあたしのこと大嫌いなんだろうけどね。

「嫌。渡せるほど持ってない」

 抑揚のない自分の声がどこか他人のように聞こえる。

 ほんとに他人事ならどんなによかったか。

「あんたの事情なんか知らないわよ!私が頼んでいるのよ?つべこべいわずにさっさと渡しなさい!」

 ひかりはあたしを壁に突き飛ばした。

 抵抗したらもっと痛い目に遭うから、基本的にされるがままだ。

 落ちた鞄を汚い物のように拾って、勝手に中を漁って財布を取り出すと不満げに眉を寄せた。

 今日は幸いなことにお札を一枚も入れていない。

 ひかりは軽い財布をあたしに投げつけて、悪魔ののように口の端を釣り上げる。

「ほんとアンタの名前ってふりかけみたいで地味でかっこ悪いよね。私だったら耐えられない。でもみっともなく地面に這いつくばるアンタにはお似合いの名前ね」

 あたしもそう思う。

 地味で、馬鹿で、どんくさくて、かっこ悪いあたしにはぴったりな名前。

 目の前に立つひかりはキラキラ輝いてて、人を惹きつける。

 一文字違うだけでこんなに違う。

 母が亡くなって、再婚した義母の娘で血が繋がってないから当たり前かな。

「……ねえ。明道院煌、って人知ってる?」

 それはきまぐれだった。

 でも、確かめなくちゃんいけない気がした。

「なんであんたがその名前を知ってんのよ?」

 ああ、やっぱり。

 こうちゃんを振った女はひかりだった。

 ひかりは関係ない人なら「誰それ」っていうから。

「もういいっ!帰るっ!」

 金を出さず、うつむいてそれ以上何もいわないあたしにしびれを切らして、ひかりは来た道を帰って行った。

 ほっと、安堵の溜め息が漏れた。

 よかった。今日は何も取られなかった。

「あー、とれかかってる」

 自分で新しく巻き直した包帯が解けていた。

 多分、突き飛ばされた時にどこかにぶつけたんだ。

「まあ、いっか」

 もう傷はふさがりかけていた。

 財布と鞄を拾って立ち上がる。

 そのまま部屋に帰る気もしなくて、扉に背を向けて、宛もなく歩き出す。

 薄暗い道は先が見えないのに、不思議と不安にはならない。

 むしろどこか楽しくて、馬鹿みたいに笑いながら歩き続ける。

 すれ違う人が変な顔で見てくるけど、声はかけられない。

 誰も彼もみーんな、あたしのことなんてどうでもいいんだ。

 例えば今ここであたしが巷で毎日騒ぎ立てられるくらい有名な殺人鬼に襲われたところで誰も気づきはしないだろう。

「そうだ。死のう」

 ぽつりといった言葉はとても軽くて、無性におかしかった。

 ついた場所は自殺の名所として有名なビルの屋上。

 ここで何人もの人が自分の意思で飛び降りた。

 どんな気持ちだったんだろう。

 寂しかった? 悲しかった? 辛かった? 苦しかった? 惨めだった? 怖かった? 嬉しかった?

 馬鹿なあたしは想像することもできない。

 低い手すりを乗り越えて、後ろ手に手すりを掴んでわずかな縁に立つ。

 少し赤く滲んだ左腕の包帯がひらひらと夜に舞う。

「綺麗だなー」

 夜の黒と包帯の白と血の赤。

 単純な色があたしにはすごく綺麗に見えた。

 手を離せば死んでしまうのに、そんな呑気なことを考える。

「わかんないなー」

 同じ場所に立っても、あたしはここから飛び降りた人の気持ちがわからない。

 だってあたしはこの世界が嫌いなわけじゃないから。

 いや、どんなに嫌いになろうとしたって、嫌いになりきれないんだから。

「でもいいや」

 わかったところであたしは死ぬのをやめるつもりはないのだから。

 最期になる夜空を見上げてみた。

 空は曇ってて、月の光さえも見えない。

「あーらら、残念」

 ちっとも思ってないけど。

 もし、生まれ変われるなら次はもっと息がしやすい場所に生まれたいな。

 両手を離して、前へ体を倒した。

 ゆっくりと地面に弾きつけられる感覚がする。

 これであたしも楽になれる?


 ガクン。


 と、後ろに左腕を引かれた。

 左腕を掴む人の温かさをあたしは知っている。

「なんでここにいるのー?」

「それは俺のセリフなのだよ。ここがどんな場所か知っているのか?」

 後ろから声が少し怒ったような声が聞こえた。

「知ってるよー。むしろーこの状況で知らないわけないじゃん。それより腕を離してくれない?チョー痛いんだけど?」

「嫌だ。絶対に放さないのだよ」

 こうちゃんは左腕を握る手に力をこめた。

 塞がっていた傷が開いて、痛みだす。

 痛いな。

 心も痛いよ。

「なんであたしを引き止めるの?こうちゃんには関係ないでしょ?」

 もうあたしに関わらないでよ。

 ただの他人でしょ。

 どうしてそんなにあたしにこだわるの。

「まだお前にお礼をしていない!」

 お礼?

「お礼ってこうちゃんはたくさん栄養食品をくれたじゃん。それでもう十分だよ」

「俺はあの日、居酒屋でお前に救われたのだよ!」

「それは勘違いだよ。あの日、こうちゃんの近くにあたししかいなくて、ちょーっとだけ優しくされたから勘違いしちゃったんだよ。ほら釣り堀?効果ってやつ?だからあの日にあたしがいなくてもこうちゃんなら誰かに慰めてもらったはずだよ。例えば先に帰った友達とかさー」

 そう。こうちゃんには助けてくれる人がいる。

 あたしにはいない。

 だってあたしには何もない。

「吊り橋といいたいのか?意味が全く違うぞ。お前だったから俺は救われた。お前の言葉だけが俺を慰めたのだよ!お前がいなかったらその場所に立っていたのは俺だった……」

「こうちゃんは自殺するような弱い人じゃないよ」

 不器用だけど、優しくて、少し怒りっぽい、誰かを助けられるような強い人だ。

 自殺で自分と向き合うことから逃げるあたしとは違う。

「……お前が俺を信頼できないのはわかったのだよ」

 泣きそうな声が後ろから聞こえた。

 どうしてこうちゃんがそんな声を出すのかな?

「信頼も何もないよ。だって今からあたしは死ぬんだし」

 数十メートル先の地面はここからじゃ見えない。

 真っ暗な空間がぽっかりと口を開けてあたしを待っているように見える。

「俺に幸せになれとお前はいったのだよ。だったらお前だって幸せになってもいいだろう?」

 そんなこといったっけ?

 覚えてないけど、こうちゃんがそういうんだからいったんだろ。

「あたしは幸せになんてなりたくない」

 幸せはすぐに壊れて、あたしの手の届かない場所に行く。

 だからそんな物に頼るのは止めた。

 そしたら心が軽くなったんだ。

 でも、ほんとは気づいてた。

 軽くなったのはあたしが心を偽っていたから。

 幸せになろうとしなければ、心を偽れば楽に生きられる。

 ねえ、こうちゃんは知ってる?

 期待しても応えられない、愛しても愛されない、苦しみってやつをさ。

 多分、知らないんだろうなー。

 だからそんなことがいえるんでしょ?

「俺がお前を幸せにしたいんだ」   

 だからあたしにはそんな優しい言葉をもらう価値はないんだよ。

 もういい加減にこうちゃんに嫌われよう。

 中途半端な言葉じゃこうちゃんはあたしを嫌いになってくれないから、嫌だけど傷ついてもらおう。

 そしたらきっとこうちゃんもあたしを忘れてくれるでしょ?

「ずっとこうちゃんを騙してたのに?」

 悪女のような声を作ってこうちゃんに問いかけた。

「騙していただと……?どういう意味だ?」

「あたしは五股した上にあんたを振った最低な女の姉なんだよ」

 あたしは甲高い声でこうちゃんの傷を抉った。

 こうちゃんの腕が動揺で震える。

「……お前はどういうつもりで俺に近づいた?」

「理由なんて好奇心と暇潰しだよ。妹のことを何も知らないで、付き合って馬鹿みたいに遊ばれて捨てられた男を見たかったの」

 全部、今でっち上げた嘘だ。

 本当はこうちゃん会うまで、ひかりにフラれたって知らなかった。

 名前も知らない男に過去の自分を重ねて、声をかけた。

 今にも死にそうな彼に『大丈夫。全て忘れて、楽しいことを考えたら何も感じなくなるよ』っていってあげたかった。

 それももうおしまい。

 さよならしよう、こうちゃん。

 治りかけの傷はとっくに開いていて、流れる血が潤滑剤になって、全力で降ったあたしの左腕はこうちゃんの手をするりと抜けた。

 勢いが強かったからか、体は反転し、背中から地面に向かって落ちていく。

「ゆかちゃん!」

 こうちゃんは酷く焦った声であたしのあだ名を呼んだ。

 懐かしい呼ばれ方。

 そう呼んでくれるのは今や数えるほどしかいない。

 真剣な目に頭の奥に閉じ込めた記憶が揺れた。

 どこかでこんな風に見つめられたことがある。

「こう……ちゃん?」

 そうだ。

 真っ白で大嫌いなあの病院で、あたし達は出会ったんだ。

 なんで忘れていたんだろ。

「手を出せ!」

 柵から身を乗り出して、こうちゃんが叫んだ。

 あたしは反射的に右手を伸ばす。

 その手をこうちゃんは力強く握りしめてくれた。

「……くっ!」

 こうちゃんは綺麗な顔を歪めて、あたしを引き上げようとしてくれる。

 でも女一人はそんなに軽くない。

「離して」

 やっぱりあたしはバカだ。

 なんでこうちゃんに手を伸ばしたんだろ。 

 今も死にたいくせに。

「嫌なのだよ。絶対に離さないといっただろう!」

 辛そうな顔してるくせにこうちゃんはあたしの手を離してくれない。

「やめて……もうやめてよ!このままじゃ、こうちゃんも死んじゃうじゃん!こうちゃんが死んだらどれだけの人が悲しむと思ってんの!?あたしのことなんて見捨てればいいじゃん!なんであたしを助けようとするのよ!」

「俺がお前を好きだからだ!」

 現実に頭がついていかなかった。

 今、こうちゃんはあたしが好きだといった?

 嘘でしょ?どんな聞き間違い?

 だけど、こうちゃんの顔は真剣そのもので、嘘なんてついていなかった。

「……いつから?」

「八歳の頃からなのだよ。居酒屋で再会するまで自覚はなかったが」

 あたしの記憶が正しいならこうちゃんは十年以上も好きでいてくれた。

 乾いた笑いが涙と一緒に流れ出た。

 そんなこといわれたらもう偽れないな。

「ごめんね。あたしは今までこうちゃんのこと忘れてた。だけど手紙と健康食品をくれたこと嬉しかったよ。優しくされて嬉しかった」

 あたしは今どんな顔をしているんだろ。

 いつもみたいに笑えていたらいいな。

 でも、そうじゃなくてもこうちゃんは受け入れてくれる。

「ねえ、こうちゃん。あたし、こうちゃんに助けてっていってもいい?」

 まだひかりに盗られるかも知れないって思うと怖い。

 だけど、もう我慢できない。

 こうちゃんが欲しい。

 隣にいてほしい。

 もっと優しくされたい。

 あたしだけの物になってほしい。

「もちろんなのだよ」 

 こうちゃんは優しく笑いかけてくれた。

 それだけで幸せな気持ちに満たされる。

 あたしの何もなくて静かな世界はこの日、完全に壊れた。

 



 あれから早くも数ヶ月が過ぎた。

 こうちゃんは毎日のようにあたしの部屋に来た。

 特別なことはしない。

 平日は一緒にご飯を食べて、話をして、こうちゃんは家に帰る。

 休みの日も似たような感じ。

 そういえば手を繋いだり、キスしたりとか恋人らしいことはあんまりしてない。

 まずこうちゃんがあたしに触れることさえない。

 男なら好きな女が側にいたら抱きたくなるもんだと思っていたけど、こうちゃんは違うのかな?

「なんなのだよ?」

 じっと顔を見ていたら視線に気づかれた。

 ちょうどいいから聞いてみよう。

「こうちゃんってさー、あたしと一緒にいてムラムラしたりとかしないー?」

「……っ!?」

 こうちゃんは飲んでいたお茶を勢いよく吹いて、むせた。

 このやり取り前もしたなあ。

 こうちゃんにティッシュを箱ごと渡した。

 近くにあったタオルで机の上を拭く。

「今なんといったのだ?」

 こうちゃんはさっきのことなんてなかったような顔をした。

「ムラムラしない?っていったの」

「ムラっ!?女性がそのような淫らなことをいうものではないのだよ!」

 こうちゃんが耳まで赤くする。

 淫らなって。

 いつの時代の話?

「いやこれくらいふつーだよ?女子会はもっと過激だから」

 こうちゃんが絶句した。

 こういうところはやっぱりおぼっちゃまだ。

「大学ではそういう話はしないの?」

「するわけないのだよ!」

 こうちゃんはどんな大学に通ってるの? 

 真面目な人しかいないの?

 あたしが高校生の頃にはそういう話してたけど。

「そういうお前はどうなんだ?その……ム、ムラムラすることがあるのか?」

 ちらちらとあたしを見ながら、こうちゃんが聞いてきた。

「こうちゃんと会ってるときはいつもそうだよ」

 こうちゃんは首まで赤くして、机に突っ伏した。

 反応が思春期の女子みたい。

 初々しくてついつい苛めたくなる。

「こうちゃんは?こうちゃんはあたしと一緒にいて何も感じない?」

 こうちゃんの黒髪を優しく撫でる。

 一度も染めてない髪はつやつやで、指通りがよくて、猫っ毛でふわふわしてる。

 気持ちいいなー。

「……よ」 

「よ?」

 撫でていた手を掴まれた。

 びっくりしていると顔を上げたこうちゃんが真っ直ぐあたしを見ていた。

「何も感じないわけがないのだよ。お前は俺がどれだけ我慢をしているか知っているのか?」

 こうちゃんの瞳は熱を持っていた。

 男を感じさせる視線にあたしも熱くなる。

 そういう顔もできたんだ。

「我慢しなくていいのに」

 こうちゃんは一瞬だけ目を見開いて、すぐにお腹の空いたライオンみたいな顔をした。

「言質をとったのだよ、(ゆかり)

「え?あっ……」

 言葉の意味はすぐにわかった。

 手を引かれて、こうちゃんの唇とあたしのそれが重なる。

 息ができなくなるくらい求められて、苦しいのに嬉しくなった。

 一つになったような気さえする。

 ゆっくりと名残惜しそうに離されて、恥ずかしくなった。

 何度もしたことあるのに、初めてみたいに心臓が激しく鳴り響く。

「今日はこれくらいにしておくのだよ」

 こうちゃんはにやりと笑った。 

 滅多に笑わないくせに、こういう時に笑うなんてずるい。 

「こうちゃんは極端だなー」

 ゆるゆるに緩んだ顔じゃ笑顔しか出来ない。

「お前にいわれたくないのだよ」

 すごく不満げにいわれた。

 その通りだから否定できないけど。

「ならお互い様だー」

「一緒にされたくないのだよ」

「なにそれひどーい」

 けらけらとあたしが笑い、こうちゃんは呆れたような顔をする。

 あの日に開いた左腕の傷は塞がった。

 けど、塞がったのは腕の傷だけじゃなかったみたい。


 何もなかった世界は終わって、こうちゃんがいる新しい世界が始まった。


 ふりかけとあまり関係のない話になりました……。

 

 主人公の名前の由来は(しそ)のふりかけで、都環紫(つたまきゆかり)です。

 

 明道院煌はかっこいい苗字と名前を考えた結果ですが、やたら書きにくく読みづらい名前になりました(笑)


 その内、煌視点も書きます。

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