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7.登校拒否

 (犯罪心理学専攻生・星はじめ)

 

 家に帰って、メールを確認すると、もう服部君からのメールが届いていました。ただし、情報量はそれほど増えてはいません。三杉達也という男子中学生が、三か月ほど前から姿を見なくなった事と、後は体型が服部君本人に似ていることが新たに分かったくらいです。あまり良い手掛かりではないでしょう。

 服部君はまだ中学生ですから、調べる手段も限られているだろうし、何がこちらにとって重要な情報かの判断もつかないだろうから、これは無理もないのかもしれません。

 僕は取り敢えず、今日の事を藤井さんにメールで報告すると、一応、山中さんにも同様の内容を送ってみました。紺野さんにも報告しようかと思いましたが、あの人は多忙過ぎるので、悪いと思って止めにしました。

 次の日にメールを確認すると、藤井さんからの返信が来ていました。僕の方で何か調べられる事があるのなら、調べて欲しいとあります。

 どうも、藤井さん本人はまだ直接、“叶小枝の家”と関わるつもりはないようです。自分の存在を知られたくないのかもしれません。

 そこで僕は気が付きました。そう言えば、藤井さんはどうして“叶小枝の家”を調べているのか、その理由を教えてくれていません。

 “その方が良いと判断したのか、それとも何か伝えられない事情があるのか……。例えば、僕に知られると、僕からの協力を得られ難くなるとか……”

 ちょっと気になりましたが、考えても仕方ないと忘れる事にしました。それから、僕は服部君に対してメールを送りました。

 “次の火曜日に、またそちらに伺います。また少し話を聞かせてください”

 平日を選んだのには理由があります。服部君は、“叶小枝の家”の人間達だけでなく、地元の大人達も三杉達也の失踪に対して、無関心だと言っていました。その理由を知りたかったのです。

 

 次の火曜日。

 放課後の中学校に僕はいました。

 地域社会が犯罪を隠蔽するという事が、この世の中にはあるのだそうです。しかし、それが何処まで本当の話かは分かりません。ただし、それでも、そんな噂が存在するのは事実なので、やはり何かはあるのでしょう。

 もっとも、地域社会に対する都市部の人間達の偏見が、そんな噂を発生させているのかもしれませんが。地域社会は、他で暮らす人間にとってみれば、ある意味では異界です。だから、そんな噂が生まれてしまうのではないでしょうか。

 ……これは“叶小枝の家”に対しても、同じ事が言えるのかもしれません。だからこそ、あの家は“隠れ里”になってしまっている。

 僕は“三杉達也の失踪”が、本当の犯罪隠蔽である可能性を想像していました。地域社会全体で、三杉達也の存在をなかったものにしようとしているのではないだろうか。飽くまで、想像なので、根拠もへったくれもありませんが、少なくとも、どうして失踪が見過ごされているのか、その原因を知る事は重要でしょう。それが分かれば、或いは、この地域の大人達に三杉達也を捜索させる事ができるかもしれません。

 “考えてみれば、僕が警察に捜索願を出してしまえば良いのじゃないだろうか? いや、無関係の赤の他人の僕が捜索願を出したところで、受理なんかされないか…”

 中学校の応接室で、三杉達也の担任教師を待ちながら、僕はそんな事を考えていました。三杉達也について相談があると事務室で伝えると、僕の身分も確認しないで、事務員らしき人が連絡を取り、しかも応接室にまで案内してくれたのです。

 ……なかなか、大らかな学校です。いえ、この地域の人間の特性なのかもしれません。単に、その人がうっかりしていただけという可能性もありますが。

 もし、この地域の大人達が、三杉達也の失踪を真剣に受け止めてくれなかったのなら、後、取れるだろう手段は、服部君に捜索願を出してもらうくらいしかないかもしれません。

 “後で、彼に言ってみるか……”

 この後で、僕は“叶小枝の家”を訪ね、服部君に会う予定でいるのです。

 「すいません。お待たせしました」

 しばらくすると、三杉達也の担任教師が、姿を見せました。三十代くらいの女の人で、真面目そうではありますが、きつい印象はありませんでした。

 「えっと… 三杉君のお兄さんですよね?」

 どうやら事務員は、僕の事をそう伝えていたようです。少しだけ、そのまま話を進めてしまおうかとも思いましたが、後で面倒になる可能性を考え、僕はそれを否定しておきました。

 「いえ、何か誤解があるみたいですが、僕は身内ではありません。実は、三杉達也君の友達の服部君から、彼が行方不明だと相談を受けまして、それで、どういう事情なのかと話を聞きに来たのです」

 その担任教師は、僕の言葉を聞くと不思議そうな表情を見せました。そして、こう訊いて来ます。

 「服部君ですか…? あの、それは、どういう子なのでしょう?」

 「“叶小枝の家”で、彼と一緒に住んでいる子ですよ」

 僕の返答を聞くと、担任教師は、ますます不思議そうな表情を見せました。

 「あの家には、そんな子が住んでいるのですか?」

 「はい。僕はつい先日、会ったばかりですが」

 その担任教師は、まだ腑に落ちない顔をしてはいましたが、それから「私共も、三杉君の登校拒否を心配しているのです」と、そう続けました。

 「登校拒否?」

 僕はそれを聞いて驚きます。

 なるほど。学校側では行方不明ではなく、登校拒否として認識されているのです。考えてみれば、当たり前かもしれませんが。

 「実は彼は、その、言い難いのですが、学校でいじめを受けていまして、それは私共教師の至らぬ点なのかもしれませんが……、結果として、彼をそんな状態にまで追い込んでしまった事は、非常に責任を感じていまして…」

 そう語り続ける教師を、僕は止めました。そして、こう言います。

 「ちょっと、待ってください。僕は、彼が行方不明になったと聞いています。彼は登校拒否ではありませんよ。なにせ、家にいないのだから。これは、彼と一緒に暮らす服部君の証言だから間違いがありません」

 ところが、それを聞くと担任教師は首を傾げてこう尋ねて来るのです。

 「あの、すいません。私もそれが不思議だったのです。服部君という子供を、私は知りません。彼以外の子共が“叶小枝の家”に住んでいるという認識もありません。だから、その服部君という友達が、登校して来ていない彼を、行方不明だと勘違いしているのかと思ったのですが」

 僕はそれを聞いて、担任教師の腑に落ちない表情の理由を理解しました。それから、こう言います。

 「“叶小枝の家”で、僕は服部君に会ったのですよ。だから、服部君があの家に住んでいるのは確かだと思います。それで、中学校に通っているものと思っていたのですが、違うのかもしれない。あの家の住人は、よく入れ替わるというから、あの子もその一人で、だから学校側でも認識がないのかもしれません」

 考えみれば、僕は服部君が学校に通っていると聞いてはいません。僕の言葉に、担任教師はこう言います。

 「確かに、あの家はかなり特殊ですから、それも考えられるかもしれませんが…」

 やはりまだ腑に落ちない顔をしている。しかし、それから何かを吹っ切るようにして、こう続けました。

 「ただ、どうであるにせよ、三杉君が行方不明という事はありません。登校拒否になってから、家庭訪問していますが、私はその時に顔を見ています。

 姿を確認しただけで、直接、話しまではしませんでしたが、叶さんが間に入ってくれて、一応、間接的には会話もしました」

 叶さんが間に?

 僕はそれにやや不安を感じました。何かを、誤魔化したのかもしれない。それに、あの家にはナノネットが関わっている可能性もあるのです。この教師が見たという三杉達也は、本物ではなく幻なのかもしれない。

 ただ僕は、そう考えはしましたが、それを担任教師には話しませんでした。理解が得られるかどうか分かりませんでしたし、それに、こんな怪しげな話をしたら、僕自身が変に思われる可能性もあります。“叶小枝の家”に悪評が立つ可能性だって。

 「分かりました。もしかしたら、それは服部君の勘違いかもしれない。もう一度、話を聞いてみます」

 それで、そう言いました。教師は僕の言葉に頷きます。僕はそれから、こう続けました。

 「あの、できれば、三杉達也と同じクラスの子供達とも話がしてみたいのですが。もしかしたら、彼について何か知っているかもしれませんし」

 それを聞くと、担任教師は「あの子達は、いつも放課後、校庭ののぼり棒で遊んでいるから、今日もいるかもしれません」と、教えてくれました。僕はお礼を言うと、早速、校庭に向かいました。

 校庭に行くと、教えられた通り、のぼり棒で子供達が遊んでいる姿が目に入りました。どうも、のぼり棒内限定での鬼ごっこみたいな事をやっているようです。棒につかまりながら、空中を逃げ回っています。けっこー危険なんじゃないでしょうか。中学生にしては、幼い遊びをするな、とも思いましたが、ここらには遊ぶ場所も少ないだろうし、仕方ないのかもしれません。それに、僕も中学生の頃は、まだそんな遊びをしていたような気もしますし。

 「ちょっと話を聞かせてくれないかな?」

 そう言って僕が遊んでいるうちの一人に、話しかけると、無警戒にも子供達は僕の周りに集まって来ました。

 「何、お兄さん?」

 気の強そうな子共が、そう尋ねてきます。

 「ちょっと、三杉君について話が聞きたくてさ」

 僕がそう答えると、何人かの子供の表情が明らかに変わりました。それで僕は察します。この子達が、三杉君をいじめていたという子供達なのでしょう。

 「あいつが学校に来ないのは、おれ達の所為じゃないよ」

 案の定、一人がそう言って来ました。罪の意識があるからこそ、敏感にこんな反応をするのだと思います。

 僕は頭を掻くと、こう言います。

 「そんな話を聞きたかった訳じゃないのだけど、そうか、君達が三杉君をいじめていたのか」

 僕の言葉に、子供達は顔を見合わせます。

 「だって、あいつは“幽霊屋敷”の家の子共なんだぜ。それに、やっぱり変だった」

 一人がそんな事を言いました。“幽霊屋敷”。どうやら、“叶小枝の家”は、子供達の間で、そう呼ばれているようです。別の話をしても良かったのですが、僕には既に、この子共達の反応を見過ごせはしませんでした。三杉君の為にも、また、この子達自身の為にも。

 「違うんじゃないのかな?」

 それで、そう言います。子供達はそれに不思議そうな表情を見せました。

 「何が?」

 「君達がいじめをしていたのも、それを止められなかったのも、そんな理由じゃないはずだよ。

 君達は、単に楽しかったから、いじめを止められなかったんだ。違うかな?」

 それを聞くと、子供達は戸惑った表情を浮かべました。何も返しません。僕はその表情に向けて、こう言いました。

 「人間には、誰かをいじめると快感を感じるって性質があるんだよ。もちろん、そういう性質が弱い人もいるし、反対に不快に感じる人もいるけどね。だから、それ自体は別に異常って訳じゃない。それに、それが皆の中の共通の理解になって、いじめをする事が、一種のルールのようなものになってしまっているのなら、中々、いじめは止められるものじゃない。ほら、麻薬やお酒が止められないのと同じようなもんだよ。弱い個人の立場なら、尚更だ。

 だけど、君達はそれを克服しなくちゃならないんだ。このまま、快楽のままに行動をする自分を許してしまったのなら、自分の行動を管理できない問題のある大人になってしまうから。それに、度が過ぎれば、それは間違いなく異常行動だよ。

 自らを客観視し、行動をコントロールできるようにならないといけないんだ。いじめを止める事は、その一つだ。もしも止められないのなら、それは病気かもしれない。もっと真剣に、自分の中の問題に向き合うべきだと思う」

 子供達は神妙な顔で、僕の話を聞いてくれていました。どこまで理解してくれたのか、理解してくれたとして、その僕の話を役立たせる事ができるのかどうか、それは分かりませんが、話してみて良かったとは思います。

 子供達はそれ以上、僕に何も言いませんでした。どうも、話を聞ける雰囲気ではなくなってしまったようです。それに、彼らは三杉達也の居所について、何も知らなそう。ここにいる理由はないと判断して、それから僕はその場を去ろうとしました。しかし、そこで子供の一人に、引き止められたのです。その子共はこう言います。

 「でも、三杉はやっぱり変だったんだよ。多分、あいつは霊に取り憑かれていたんだ。だから、皆、あいつを嫌っていたんだ。それって、仕方ないだろう?」

 僕はその言葉に驚きました。

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