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5.外の世界への相談事

 (子供・服部真一)

 

 いつも通りに部屋にいると、家の外に妙な気配を感じた。畔さんかとも思ったけど、それよりももっと異質な気がする。多分、この家の人じゃない。

 そこで思い出した。確か、今日は心理学を学んでいる大学生が来るはず。

 窓の隙間から外を覗いてみると、家を観察している若い男の人が見えた。明らかに人が良さそうで、ぼくはそれだけで好印象を持った。

 それからその人が玄関のベルを鳴らすと、中から畳さんが出てくる。どうやら、小枝さんはいないみたいだ。

 「畳さんで、大丈夫かなぁ」

 ぼくはそう独り言を言った。そして、その時にこんな事を思ったんだ。

 “畳さん、三杉君の事を、あの人に相談してくれないかな?”

 しかし、それが期待できない事は分かっていた。それは小枝さんであっても同じだ。何故か知らないけど、この家の人達…、いや、この地域の人達は、三杉君が行方不明になっているのを、少しも心配してくれないから。

 ただ、それでぼくはこんな事を思い付いたのだった。

 “なら、ぼくが相談してしまえば、良いのじゃないか?”

 もっとも、その段階では、それは単なる思い付きで、ぼくはそれを実行に移そうなどとは思っていなかったのだけど。しかし、好奇心を抑え切れなくなって、様子を見に行って、それが変わった。

 客室を覗いてみると、その人はちょうど麦茶を飲んでいるところだった。畳さんが、その人をからかっているのが分かった。どうも彼女はあの人のことを気に入ったらしい。その人は畳さんからからかわれても気を悪くした様子を見せなかった。とてもいい人のようだ。それで、ぼくは相談し易そうだとそう思ったんだ。

 “これなら、取り敢えず、話してみる価値はあるかもしれない”

 それに、心理学を学んでいて、ここを調べに来るくらいだから、行方不明事件にも興味があるのじゃないだろうか。

 ぼくはひとまず部屋に戻る。それから、誰かの気配を感じた。きっと、小枝さんが戻って来たのだろう。今頃、あの大学生に対して、ここの事を話しているのだと思う。

 ぼくはそれからまた客室に向かった。ドアの隙間から様子を窺う。やっぱり、あの大学生は、小枝さんと話をしていた。何を話しているのか。目を瞑って、神経を集中してみた。それであの大学生が、安心のできる人かどうか確認していく。やっぱり、いかにも人の良さそうな感じがする。それに、他にも何かあるような……。

 しばらくして、二人が席を立つ。大学生と小枝さんとの会話が終わったのだと思う。大学生は挨拶をして、玄関に向かう。小枝さんは彼を見送り終えると、居間に戻った。チャンスだと思ったぼくは、急いで玄関のドアを開けると、大学生の背中に向かってこう話しかけた。

 「あの… すいません。話を聞いてもらえませんか?」

 そのぼくの声に、大学生はとても驚いたようだった。

 

 バス停までの道は、それなりにあるから、話をするのには充分だった。ぼくが三杉君が随分前から、行方不明である事を話すと、星さん(それが、その大学生の名だった)は、とても驚いていた。

 「その話は本当? 初耳だよ。畳さんも叶さんも何も言ってはいなかった」

 その言葉を聞くと、ぼくは少しだけ迷ってから、こう説明した。

 「はい。二人とも、というか、この辺りの大人たちみんななんですが、誰も三杉君がいなくなった事を気にかけないんです。断っておきますけど、畳さんも小枝さんもとてもいい人で、三杉君を嫌っているような事はありません。

 というか、そもそも畳さんが、三杉君を連れて来た本人なんですが……」

 「畳さんが? いったい、どういう関係なの?」

 「さぁ? そこまでは知りません。ただ、畳さんはまるで我が子を見るような目で、三杉君の事を見ていました。多分、家族として扱っているのだと思います。それは、小枝さんも同じですが、あの人はあの家にいる人達をみんな、家族同然に扱いますから……」

 ぼくの様子が真剣だったからなのか、星さんはとても真摯な態度で話を聞いてくれた。やはり、ぼくが考えた通り、とてもいい人のようだ。そこまで話を聞き終えると、星さんはこう言った。

 「どうであるにせよ、無視できない話だね。今日はもう帰るけど、もっと詳しく話を聞きたいな。

 えっと、君、携帯電話は…」

 ぼくはそれに首を横に振る。

 「持っていません。うちは、そんなに裕福という訳ではないので」

 小枝さんなら、ぼくが駄々をこねれば、携帯電話くらい買ってくれるかもしれないけど、そんな負担はかけられない。だからぼくは、携帯電話を持っていなかった。

 「なるほど。では、インターネットは?」

 「あ、それならできます。お古のパソコンがあるので」

 僕の返答に、星さんは数度、頷いた。

 「よし。なら、連絡を取り合おう。メールアドレスを書いておくから、メールを送って欲しい」

 そう言うと、星さんはぼくにアドレスを書いたメモを渡して来た。

 その後、ぼくは盆地の出入り口のトンネルまで星さんを送ると、それから家へと戻った。帰り道で、そのトンネルの事を思い出す。そして、その先に去って行った星さんの事を。外界へと続く、暗いトンネル。その先は別世界。星さんはぼくの三杉君がいなくなった話をちゃんと聞いてくれた。やっぱり、これが普通の反応なんだ。

 そう思うと、ぼくは何だか、この盆地の中が特別異常な場所のように思えてきた。いや、前から変だとは分かっていたんだ。でも、感覚としては実感できないでいた。それが、外の世界の人と触れたことで、実感できてしまったんだ。

 多分だから、別世界だなんて思えてしまったんだろう。

 暗い中に去っていくのは、星さんなのに、何処か別の世界に消えたのは、ぼく自身であるかのような感覚を、ぼくはあの時、味わったような気がする。

 家に戻って居間に入ると、畳さんがぼくを呼んでこう言った。

 「何処に行っていたの?」

 いつもと少しばかり様子が違う気がした。

 「ちょっと、散歩を」

 ぼくが答えると、畳さんは口調を厳しく変える。

 「嘘を言わない。さっきの人を、追っていたのでしょう?」

 ぼくはそれに何も返さなかった。

 「あのね…、いくら安心できそうな人だからって、何も知らない人なのよ。簡単に付いて行くものじゃないわ」

 それにぼくは反論した。

 「畳さんだって、二人きりで会っていたじゃないですか」

 「わたしは良いの。大人なんだから」

 「納得できません」

 そこで小枝さんが割り込んで来る。小枝さんは台所で、料理を作っている最中だった。

 「ほら、二人とも、そんな喧嘩腰になって話さないでください。それじゃ、話がこじれるだけですよ」

 料理を作りながら小枝さんはそう言った。それを受けて、畳さんは腕組みをすると、ぼくにこう訊いて来た。いくらか口調は和らいでいたのじゃないかと思う。

 「一体、何の話をしたの?」

 ぼくは答え辛く思いながらも「ちょっと…、三杉君のことを…」とそう言う。すると、畳さんはおでこに手をやって、

 「ちょっとぉ、本当?」

 と、そう声を上げた。

 小枝さんは「なるほどね」と、そう言う。少し嬉しそうだった。小枝さんのその反応を受けて、畳さんが言った。

 「ちょっと、小枝さん。何を呑気な反応をしているの。もし、厄介なことになったら、どうするんですか?」

 「でも、三杉君のことを心配して、執った行動なのでしょう? なら、そんなに責められないわよ。あなたも、ちょっとは嬉しいのじゃない?」

 「嬉しい事は嬉しいですけど、それとこれとは別問題ですよ」

 畳さんの言葉を聞くと、小枝さんはぼくの所にやって来て、こう言った。

 「服部君。三杉君を、心配するのはとても良い事だと思う。でも、それを外の人に言っては駄目」

 「どうして、ですか?」

 「それは、この家の中の出来事だから。外の世界では、通じない事なの。分かる?」

 ぼくにはその意味が分からなかった。それで何も答えられないでいると、奥の方から男の人の声が聞こえて来た。

 「なんですか? 珍しく、争っているじゃありませんか」

 五谷さんだ。昼間は外に働きに出ているからいなかったけど、夕方になって戻って来たのだろう。

 「“三杉君”問題ですよ」

 と、それに小枝さんが答える。すると、五谷さんは「なるほど、なるほど」とそう言った。

 「そりゃ、揉めそうですな」

 それを聞いて、心外だと言うように、畳さんが言う。

 「外の人に、服部君が相談しちゃったのよ」

 すると、五谷さんは手を頭の上に広げて、やや大袈裟にこう言った。

 「更に、なるほど。面倒な事になるかもしれませんねぇ」

 そう言う割に、五谷さんの口調にはまるで緊迫感がない。ぼくはその大人たちの反応に苛立った。

 どうしてこの人達は、こんなにも三杉君の事を放っておけるのだろう? 畳さんなんて、我が子同然の存在のはずなのに。

 「とにかく、もうこれ以上は、何も話しちゃ駄目よ」

 畳さんがそう言う。五谷さんもそれに続けて「うん。話さない方が良い」と言い、最後に小枝さんも「迷惑がかかる事になるから」とそうまとめるように。

 ぼくは一応、その場は頷いておいた。ただ、内心では納得していなかった。やっぱり、この家はおかしいのかもしれない。そして、そう思う。

 夕食を食べ終え、自分の部屋に戻ると、ぼくは星さんに向けて、メールを送った。やっぱり、外の人を頼るしかないと思って。

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