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4.隠れ里の主

 (犯罪心理学専攻生・星はじめ)

 

 “叶小枝の家”は、一軒家にしてはとても大きくて広い家でした。出て来た女性に通されて、居間に案内されるまでの間が、ちょっと長く感じたほどです。飽くまで、普通の家の感覚に比べて、という事ですが。

 客室も兼ねているのだろう居間のソファに僕を座らせると、その女の人は何も言わないで消え、直ぐに茶菓子と麦茶を持って戻って来ました。

 「いやぁ、わたし、こういうのあまり慣れなくてさ。どうすれば良いのか、あまりよく分からないのよね」

 それからちょっと無言になると、少しの間の後で、「あ、こういうのって、自分の名を言った方が良いのよね。わたしは、畳かえでっていうの。ちょっと珍しい苗字でしょ?」と、そう続けます。

 畳さん…

 その後で、また無言の間。多少の気まずさを感じた僕は、何か言わなければと思い、こう尋ねました。

 「思ったよりも静かなんですね。僕はもっと賑やかなのかと思っていました。十一人ほど、人が住んでいると聞いていたので」

 僕がそう言ったのは、家の中に、人の気配がほとんどなかったからです。生活調度だけは揃っているので、そのギャップがより寂しさを強調しているように思えました。

 「ああ、普段は、皆、出払っているからね。滅多に帰って来ない人も珍しくないし。いつもいるのは、小枝さんの他は、わたしと服部君ってな子だけよ。それに、戻って来ても、基本、ここは個人主義だから、それぞれで勝手に過ごしているしね」

 「あの……、この家にはもう長いのですか?」

 「うーん。そうねぇ、小枝さんを除けば、一番、古いと思うわよ。だから、彼女についてもよく知っている。そうだ、ちょっと話してあげましょうか?」

 「え、でも、それは…」

 「だってあなた、何かの心理学を学んでいる学生さんなのでしょう? それで、ここを調べに来たのだったら、知っておいた方が良いのじゃない?」

 「いえ、僕が知りたいのは、叶さんの事だけじゃなくて、ここの人間関係というか、生活の実態というか、そういうもので…」

 「あら? それなら、尚の事よ。この家の基盤は良くも悪くも小枝さんよ。小枝さんの事を知らないと何も分からない」

 「ただ、そういったプライベートな話は…」

 「それなら大丈夫よ。小枝さんは気にしないわ。それに、わたしだって、本当に問題のある話はしないわよ。スリーサイズとか、体重とかさぁ」

 これは冗談なのだと思いますが、僕はそれに合わせて上手く笑顔を作る事ができませんでした。そんな余裕がなかったからです。それから、畳さんはこう続けました。

 「久しぶりに、わたしも誰かとのお喋りを楽しみたいのよ」

 「はぁ、そういう事なら、お願いします…」

 そう僕が言うと、畳さんはにんまりと笑って、こう説明を始めました。

 「あなたは既に知っているのかも知れないけど、この家を始めたのは、小枝さんなのよ……。どうして、小枝さんがこんな事をやり始めたのかは、流石にわたしも知らないけど、なんとなくは分かる。

 この家は地元の人間から“隠れ里”って言われているのだけど、きっと、小枝さんは本当に“隠れ里”を創りたかったのだと思う」

 「隠れ里を… ですか?」

 「隠れ里って言っちゃうと誤解を招きそうだけど、まぁ、外の社会とは違った自分達だけの仕合せな… 家族、みたいなもんかな?

 そういうの、まるで異界みたいじゃない。桃源郷じゃ行き過ぎだと思うから、隠れ里… だと思うのだけどね」

 僕が先に、ここを隠れ里だと感じた理由とは別の理由ですが、僕はその言葉に思わず納得をしてしまいました。

 隠れ里、と一口に言っても色々とありますが、中には誰も人の気配がしない屋敷なんて話もあります。誰も、とは言いませんが、生活調度はたくさんあるのに、人の気配がほとんどしないこの家は、確かに畳さんの言う通りに“隠れ里”という印象が合っているのかもしれない、なんて思ったのです。

 畳さんの言うのは、そういう意味じゃないとは分かっていましたが。

 「小枝さんはね。きっと、物凄く寂しがり屋なのよ。でも、どうしようもなく孤独だった。だから、自分だけの世界が欲しかったのでしょうね。

 あの人、浮いているから」

 僕はその表現を意外に思いました。畳さんの口調に悪口を言っている雰囲気はありませんでしたが、それはそれでも、悪口なのでしょう。僕が話した叶さんの印象とは、なんだか全然違っています。

 「浮いているんですか? あんなに人当りの良い、やさしそうな人なのに……」

 それで思わず、そう言ってしまいました。すると、畳さんはこう言うのです。

 「違うわよ。あの人は、きっと、やさしいからこそ浮いているの」

 「どういう事ですか?」

 「例えばね。やさし過ぎて、誰もその人のやさしい気持ちを理解できなかったなら、そのやさしい人は、その中でとても孤独になるのじゃないかしら?

 多分、だけどさ。きっと、小枝さんはそんな人なのよ。だから彼女は、その孤独を嫌って、自分達だけの仕合せな世界を創ろうとした。それが、ここ」

 僕はそれを聞いて、少し周囲を見渡しました。とてもじゃありませんが、ここがそんな仕合せな場所には思えなかったからです。その僕の様子を見ると、畳さんはくすりと少しだけ笑いました。

 「あなた、表情が素直に出てくる子ね。まぁ、わたしはそういうのは好きだけど。確かにそう。ここは、そんなに仕合せな場所じゃない。

 ところで、麦茶は飲まないの? そんなんじゃ、いつまで経っても小枝さんは帰って来てくれないわよ? 遠慮せずに飲んで。残されても困るし」

 小枝さんが帰って来ない?

 どうして?

 言葉の意味は分かりませんでしたが、僕は言われた通りに麦茶を飲みました。それを受けると畳さんは、「本当に素直な子」と、そう言います。僕はそれを聞いて、思わず赤面してしまいました。

 「ふふ… ごめんなさいね。あなたみたいな子を見ると、なんだか少し、いじめてみたくなってしまうのよ……

 ところで、この家についてだったわよね。ここはあなたが思った通り、小枝さんが夢見たような素晴らしい場所じゃないわ。ろくでもない妖怪みたいな連中が住む魔界よ。あんないい人が創った所が、そんな場所になってしまうなんて、けっこうな皮肉よね。そして、それでも小枝さんは、恐らく、この場所をとても大切にしている。

 滑稽なのは、それが当に小枝さんの人柄の所為だって点かしらね…」

 「叶さんの人柄の所為? いえ、それ以前に、ろくでもない妖怪みたいな連中って……」

 「あら? 本当の話なのよ。小枝さんは、あの通りの人だから、誰も拒絶しないの。それで、この家には、そういう連中が集まって来てしまったって訳。

 例えば、わたしみたいな、ね」

 僕はそれを聞いて困りました。

 「そんな… 自分を卑下する事は…」

 「あら? わたしは、ろくでなしよ。何しろ、少しも働いてないし。家事だって、ほとんど小枝さんに任せっぱなし。

 まぁ、そもそも、やろうと思っても、外で働くなんてできないのだけどね、わたしには。ぶっちゃけ、わたしは、赤の他人の世話になっている寄生虫。ニートよりも酷いわ」

 僕はそれに何も返せませんでした。そんな僕を見て、畳さんは言います。

 「その困った顔、可愛いわぁ」

 楽しそうに笑いながら。そしてそれから、こう続けます。

 「それに、他にも変なのはいるわよ。畔っていう名のチンピラとか。時々、戻って来る程度だけど、わたし、あいつが一番大っ嫌いなのよ。絶対に、犯罪を犯していると思う。

 その他にも、困るとここを頼って戻ってきて、しばらくして何とかするとまた出て行くのとか……。もしかしたら、小枝さんの金に手を付けているのかもしれない。そんなだから、まともな人は、さっさと社会復帰すると二度と戻っては来ないしね。

 あ、でもさっき言った服部君は良い子よ。彼の友達の、三杉達也も」

 僕は畳さんの説明に始終困っていました。彼女は僕の困った様子を、楽しんでいるようだったので、その話がどこまで本当かは分かりませんが、僕としては、もっとほのぼのとした家を想像していたのです。

 もっとも、この方が、犯罪心理学のレポートの題材だとして面白く、都合が良いのかもしれませんが。

 「まぁ、わたしが少しでも役に立っている点があるとするのなら、小枝さんが誰でも受け入れちゃうのを、わたしが拒絶する事で、フィルターの役割を果たしているって点くらいかしらね。

 だから、今のところ、警察沙汰にはならないでいる… のかもね。行方不明事件を、別にすればだけど。あ、ここ、さっき言ったみたいな感じで、変なのが来るものだから、何度か行方不明者が出ているのよ」

 少しだけおどけた様子を真面目に変えると、畳さんはそう語りました。ただ、その後でおどけた調子に戻り、「あ、でも、もしも、あなたがここに住みたいというのなら、わたしは反対しないわよ」と、そう続けます。僕はさっきまでとは違った意味で、困りました。

 「いや、あの…」

 僕の困っている様子を見ると、畳さんは少し笑って、「まぁ、でも、それはこの感じだと無理そうだけど」と、そう付け足します。

 「あなた、あまり、ここには相応しくないみたい。体質っていうのかな? なんか、そういうのが……」

 そして、そこまでを説明したところで、彼女は「あっと、小枝さんが帰ってきたみたいよ」と、彼女はそう言ったのでした。

 え?

 それを聞いて僕は少しだけ驚きます。何も物音を感じなかったからです。

 「じゃあ、ちょっと呼んで来るわ。ここで待っていてね」

 彼女の勘違いかと思ったのですが、そう言うと、畳さんは席を立って、居間から出て行ってしまいました。僕は一人残されて、孤独を感じます。そしてやがて、本当にそこに和服を着た女の人が姿を見せたのです。

 三十代後半から四十代といった感じの女性。畳さんとはタイプが違いますが、やはり少し痩せていて、にも拘らず、落ち着いた感じの包容力のありそうな人でした。

 「すいません。星さん… ですね? 急な用事が入った所為で、お待たせしてしまいました。私が叶です」

 そして、その人…、叶さんはそう自己紹介をして、頭をゆっくりと下げたのです。

 それから叶さんからも色々と話を聞けたのですが、畳さんの言う事よりはずっと刺激が少なく、悪い言い方をしてしまうと、当たり触りのない内容に終始しました。それでも、叶さんがいい人だという事だけは伝わって来ましたが……。

 それが終わると、僕はもう用事がないので、帰る事になったのですが、玄関を出たところで声をかけられたのでした。

 「あの… すいません。話を聞いてもらえませんか?」

 それは中学生くらいの少年でした。

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