表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

2.保険金詐欺

 (探偵・藤井正一)

 

 その依頼に、私は頭を抱えていた。

 私は私立探偵をしている。普通、探偵の仕事は、推理小説の中に出てくるような恰好の良いものではなく、浮気調査やら、家出人の捜索やらといった地味なものがほとんだ。が、私は少しばかり異質な位置にいるものだから、比較的奇妙な依頼が多く舞い込んでくる。仕事が尽きないのはありがたい事だが、同時にそういった依頼には、大きなリスクが伴う事もある。そして、今回の依頼にはどう考えても大きなリスクがあった。

 私にその依頼が来たのは、私が“ナノマシン・ネットワーク”という分野を専門にしている探偵だと勘違いをされているからなのだが、実を言ってしまえば、私はその分野の専門家でも何でもない。ただ単に、その分野の専門家とコネを持っているだけだ。そして、何か問題があったなら、その専門家にほとんどを任せ、私はどちらかといえば補佐役に回る。つまり、私一人では、事件に当たる事ができない。更に、その私がコネを持つ専門家は、とても多忙でいつも頼りに出来るとは限らないのだ。

 そして、案の定、その時、その専門家…… 紺野先生という人なのだが、その紺野先生は、どうやらとても忙しいらしかった。

 私が自分の商売に彼を利用し始めてから、少なからず彼は私を避けるようになってしまったのだが、今回は本当に時間がないようだった。もう長年の付き合いだから、なんとなく対応の仕方で分かってしまう。

 余裕がある時は、少ししつこく押すと、どうにか時間を作ってくれる。根が真面目で、面倒見が良いという事もあるが、こちらがそれなりの金額を支払う点も大きいのではないかと私は見ている。彼は実はそれほど裕福ではないので、私からの仕事依頼が経済的な面で助けになっているという事情もあるはずなのだ。

 もしかしたら、研究の一環として、私の持って来る話に興味を惹かれているという一面もあるのかもしれないが。紺野先生は、非常に研究熱心な人なのだ。時間さえ許せば、目に入る全てのナノネットを調べ尽くそうとするに違いない。

 紺野先生に連絡を取っても、手応えを感じられなかった私は、メールだけ送ってそれとなく内容を伝えたのだが、そのメールへの返信は何もなかった。恐らく、今回は、私を手伝ってくれるつもりはないのだろう。

 それで私は、その依頼を断ってしまおうかと悩んだ。ナノネットの専門家ではないと言っても、長い間関わっていれば、鼻は効くようになる。そして、今回の依頼には不穏な気配がプンプン漂っていたのだ。

 “この依頼には、十中八九、ナノマシン・ネットワークが絡んでいる… 私一人で関わるのは危険だ”

 そう私は判断していた。

 ナノネットが絡んでいると思って私に依頼をして来た相談事が、単なる勘違いであったというケースも多いのだが、そういう場合は、もちろん私一人でこなす事が可能だ。だから、まずは調べてみるのが通例なのだが、今回は調べるまでもなく、ナノネットが関わっている気がするのだ。

 「はぁ」と私は大きくため息を漏らした。

 私が断る決断ができないでいるのは、その仕事の支払いが良いからだった。依頼元は保険会社… 金はたんまり持っていそうだ。要求すれば、まだ額が上がるかもしれない。リスクを考慮に入れても、メリットの方が大きいように思える。

 「“保険金詐欺の疑い”ねぇ……」

 住人の失踪が何度も起きている家がある。一度だけならまだしも、もう三度も住民が行方不明になっているらしい。初めは、5年前。二度目は、3年前。そして、三度目は1年前だ。いずれも二十代から三十代の男性。海や山に行き、そのまま行方不明。一年が過ぎ、死亡扱いが確定すると、その全てで保険金の支払いが発生している。

 その保険会社は、どうやらこれを不審に思っているらしい。まぁ、当然かもしれない。疑うな、という方が無理だ。

 が、ちょっと詳しく調べてみると、それほど不自然にも思えない。何故なら、そもそもその住人達は、その家を仮住まい程度にしか利用してはいない住所不定者が多いからだ。その家は、そこの家主の叶小枝という女性が、行き場のない人間達を受け入れることで成立している、まるで駆け込み寺のような家であるらしい。

 つまり、元々、行方不明になってもおかしくはないような人間達が集まって来ている家という事になる。ならば、行方不明になる人間が頻繁に出てもおかしくはない。聞くところによると、今でも行方が分からない住人が数名いるのだそうだ。ただし、失踪届のようなものは出されてはいない。

 となれば、怪しいのはそんな住人達に、どうして保険金がかけられているのか?という点だろう。もしかしたら、集まって来た人間達で、失踪しそうな気配のある者に狙いをつけ、保険をかけているのかもしれない。保険の受取人になっているのは、その家の家主の叶小枝だそうだ。

 しかし、その叶小枝には、保険金を受け取って贅沢をしているような素振りがないのだという。飽くまで質素に真面目に暮らしている。多額の借金を抱えているといった事もないらしい。だから、保険金詐欺をするような動機が見当たらい。そればかりか、叶小枝は、自分が保険の受取人になっていることすら、忘れているかのような素振りを見せもするのだという。演技だとも思えない。いや、演技だとしたって、一体、何の目的で演技しているのか分からないだろう。

 彼女が多重人格障害である可能性を、保険会社の人間達は疑っているらしいが、もちろん、定かではない。

 更に奇妙な話がある。

 この“叶小枝の家”はその地域の人々から、“隠れ里”と呼ばれ、恐れられているらしいのだ。中には「あの家には、たくさんの幽霊が住んでいる」とまで言う人もいるのだとか。それで、あまり近づこうとはしない。

 叶小枝は、自家栽培した野菜などを売っているらしいのだが、その際にも、人によっては彼女を避けるという。ただし、そんな噂とは裏腹に、叶小枝は、人格者として通ってもいるらしく、そんな噂を気にせず、彼女と接する人も多いそうなのだが。

 もう分かってもらえるかもしれないが、こうして話を並べてみると、様々な要素がちぐはぐな感じで曖昧に混ざって、よく分からない印象をこの件からは受ける。ただし、明らかに普通ではない事だけは確かで、だからこそ、保険会社の人間達はその扱いに困り、結果、“ナノマシン・ネットワーク”が原因だと考えるに至ったのだろう。

 どんな仕組みで、どう関わっているかは分からないが、ナノネットならば、保険契約の発生と失踪を結びつける何かが起こり得るかもしれない。

 恐らく、そんな風に保険会社の人間達は考えている。

 胡乱な思考ではあるが、今回に限ってそれは、恐らく当たっていると私は思う。何故なら、地形的にもこの家がある場所は、ナノネットの繁殖に適しているからだ。

 ナノマシン・ネットワークとは、簡単に言ってしまえば、ナノレベルに小さいマシン、ナノマシンによって形成されたネットワークで、それは情報を交換し合う事で、ある種の知性のようなものを獲得する場合があるのだそうだ。

 前にも断ったが、私は専門家ではないので、難しい事は分からないが、例えるのなら、細菌が集まって脳神経を形成しているようなものらしい。細菌が、知性を持つなど馬鹿馬鹿しいように思えるかもしれないが、私達の脳細胞だって一つ一つを観れば、細菌とそんなには変わらないのだ。それが、繋がり合うことで、私達は知性を得ている。ならば、細菌だって繋がり合えば、知性を獲得する事もあるかもしれない。そう思えば、納得できるのではないだろうか。

 ただし、このナノネットには、“知性”だけではなく、更に驚くべき特性がある。もっとも、この点は、世間で半ば都市伝説の一種と判断され、真剣には扱われないことも多いのだが。

 このナノネットは、場合によっては、なんと、それを取り込んだ人間に感応し、人格をコピーしたり、幻覚を見せたり、心神喪失状態に陥らせ、操ったりもするらしいのだ。まぁ、何かしら人の精神に働きかける事が可能なのである。

 先にも述べた通り、自然界に繁殖しているナノネットが、ここまでやるとはあまり信じられていないが、過去に何度も関わっている私は、それが真実である事を実際の体験で、思い知っている。

 だからこそ、“何がどう影響しているのかは分からないが、ナノネットならば、今回のような事件も引き起こしてしまうかもしれない”というような、胡乱な思考も正しいと思っているのだ。

 ナノマシン・ネットワークが生まれる為には、池や森などの自然が重要になって来るのだが、この“叶小枝の家”がある場所は、盆地の中に林や農地などがあるといった地形で、自然には恵まれている。しかも、それほど大きくはないが池まである。

 これなら、ナノネットが形成され、繁殖をしていても不思議ではない。

 私はこの情報を、紺野先生に送ったメールの中で説明している。しかし、まだ反応はない。あの人ならば絶対に気が付くはずだ。だからこそ私は、紺野先生がいつもにも増して多忙だと判断したのだが。

 

 どうにかこの依頼を安全にこなす手段がないものかと悩み続けた私は、ある時にふと思い付いた。

 今は紺野先生は多忙だから、何も反応がない。という事は、もし時間ができたなら、何かしら反応があるのではないか?

 そして、それからこう考えたのだ。

 “そうか。取り敢えず、仕事を引き受け、紺野先生に時間ができるまでの間で、下調べをしておけば良いだけの話ではないか”

 今回のケースが、紺野先生の琴線に触れるだろう可能性はかなり高いのだ。ならば、何も了解を得てから動き始める事はない。いや、むしろ、仕事を断ってしまったら、それこそ紺野先生から文句を言われるかもしれない。

 「こんなに面白そうな話を、どうして断ってしまったのですか? それに、放置したりすれば危険があるのかもしれないのですよ」

 といった感じで。

 私としても、これだけの大口の依頼を、断ってしまうのはあまりに惜しい。ここは勇気を持ってリスクに向かうべきかもしれない。

 依頼を受ける事に決めると、私は保険会社に調査を行う旨を書いたメールの返信をした。それから今度は、紺野先生の知り合いのある大学生に連絡を入れる為、メモ帳を確認する。私は紺野先生の知り合いは、できる限り、その連絡手段を押さえておくことにしているのだが、その大学生は特に重要なので、ちょっと無理をして調べておいたのだ。

 早速、電話をかける。

 「やぁ、星君。久しぶりだね、私は藤井だよ。ほら、探偵をやっている。紺野先生の所で、何回か会ったじゃないか」

 私がそう言うと、彼は酷く戸惑っていた。

 「え? 藤井さんですか? ビックリしたな。どうして、僕の電話番号を知っているのですか?」

 星はじめ。

 彼はナノマシン・ネットワークの憑代とも言える存在なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ