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19.叶小枝の家について

 (探偵・藤井正一)

 

 何が起こったのかはよく知らないが、星君が殺されかけたそうだ。私はそれを聞いて、少しばかりいい気味だとそう思った。いや、星君に対して思った訳じゃない。私は紺野先生に対してそう思ったのだ。私の不注意を指摘した自分自身が、星君を危険な目に遭わせたからだが。

 さて、どんな顔をしているのだろう?

 と、召集がかかった時、そう思って私は研究所に向かったのだが、紺野先生はそれほど申し訳なさそうな顔をしてはいなかった。しかも、そこに集まっていた星君や山中理恵達にも、それを責めている様子はない。これも、彼のキャラクターと言えるかもしれない。得な立ち位置だ。

 いや、もちろん、これでも、紺野先生は自分の失敗を悔いて反省はしているのだろうとは思う。この人は、そういう人だ。実際、星君に対して「迂闊でした。危険はないと判断していたのですが、私のミスです。くまさんが、池の中に死体があるようだと言った時に、星君を連れ戻すべきでした」と、そう言っていた。ただ、それで自分を必要以上に卑下しないだけだ。

 少しは落ち込んだ顔を見られると思っていた私は、期待が外れて少しばかり残念に思っていた。

 何でも星君は“叶小枝の家”で金縛り状態にされ、そこで殺されかけたらしい。しかも、星君を殺そうとした相手は、叶小枝だったという話だ。ただ、星君はそれにこう付け加えもした。

 「いえ、金縛りにかかっている間は、ずっと畳さんだと思っていたんですよ? 口調も声の質も、彼女のものだったような気がするし。ただ、ナノネットの呪縛から解けたら、それが叶さんだったんです」

 ナノネットは、相手の精神に影響を与え、感覚を混乱させることもできる。恐らく、その効果で星君はそう認識させられていたのだろう。

 実際に、その二人に会った事がないからよくイメージはできなかったが、私はそう考えた。もちろん、恐らくは叶小枝が“保険金詐欺”の犯人だろうと考えて。そもそも保険金受取人は、彼女なのだ。彼女がナノネットを利用して、何かをやっていたのだすれば合点がいく。

 ナノネットの呪縛から解放された後、星君は家の外へ逃げ出し、そして外で彼を迎えに来ていた紺野先生達と合流、そのまま“叶小枝の家”から去ったのだという。

 「叶さん達に、何か話そうかとも思ったのですが、何を言えば良いのか分からなくて」

 星君はそう言った。まぁ、それはそうだろう。その時に紺野先生が、何もしなかったのは、恐らく、ナノネットの分析を終えてからにするべきだと判断したからに違いない。くまさんまで活用したのだし、準備不足のまま行動を始める人ではない。

 私は“叶小枝の家”への調査で、何が起こったのかを聞き終えると、こう言った。

 「なるほど。それでは、後は、その叶小枝にどう対処するかですかね。私達を呼んだからには、もう分析は終えているのでしょう?」

 それに紺野先生は、こう応えた。

 「確かに分析は終えていますがね。ただ、叶小枝さんに対処するというのは、ちょっと違うと思いますよ。もしかして、あなたは今回の件で、叶さんが保険金詐欺の犯人だと思っているのですか?」

 私はそれに不満を漏らす。

 「星君を殺そうしていたのが、叶小枝であった点を考えれば、もう決定したようなもんじゃないですか。そもそも、保険金の受取人は彼女だったのだし」

 「あなたは何を言っているのですか? どうして、保険金詐欺の犯人が、星君を殺さなくてはならないのですか?」

 私はそれを聞いて、返答に困った。確かに、殺す必要はない気がする。星君に、保険金はかけられていないのだし。

 「しかし、なら、保険金詐欺の犯人は、誰だというのですか? 何者かが、ナノネットを利用して、保険金詐欺を行っていたはずなんだ」

 それを聞くと紺野先生は軽くため息を漏らした。

 「いや、藤井さん。まだ、保険金詐欺だと決まった訳ではないでしょう。少々、結論を急ぎ過ぎだと思いますよ。色々と疑問点がまだたくさんあるはずだ」

 その言葉に星君が反応をする。

 「疑問点と言えば、僕は畳さんが言った“周期”という言葉が気になります。周期を早めることができると彼女は言ったんだ。あれは、どんな意味だったのだろう?」

 それに紺野先生はこう答えた。

 「ああ、その点については、予想がついていますよ。

 恐らく、それはナノネットの活動周期の事だろうと思われます。私が採取して調べた限りでは、あの“叶小枝の家”の周辺で繁殖するナノネットは、どうも夜に活性化する傾向があるようです。原因までは分かりませんが、或いは気温や日光と関係があるのかもしれません」

 「なるほど。だとすると、畳さんはナノネットをある程度は操れるのか…」

 それを聞いて私はこう言った。

 「ちょっと待てくれ。それは、星君の聞いていた事が、全て事実だった場合の話だろう?

 幻覚である可能性も充分にあるじゃないか。実際、君は幻覚としか思えない、たくさんの亡霊のような者達に会ったのだろう? その時点で、既に叶小枝に騙されていたのじゃないか?」

 それに山中理恵が、こう言った。

 「藤井さんは、そこから疑っているのですか。いえ、確かにその可能性もあるとは思います。でも、星君の聞いていたそれが正しいって可能性も充分にあると思いますよ」

 紺野先生が頷く。

 「その通りですね。今はまだ、可能性でしかありません。

 藤井さん。自分の仕事の為に、結論を急ぎたい気持ちは分かりますが、落ち着いて話を整理していきましょう」

 そう言うと、紺野先生は一呼吸の間の後でこう続けた。

 「まず、“叶小枝の家”には、十一人の住人が住んでいる事になっている。ただし、今現在、常に住んでいるのは、星君の証言では、叶小枝、畳かえで、服部真一、五谷、市村の五人。時折帰って来るのが、仙石と、畔の二人。他は不明です」

 それに星君は頷く。

 「はい。その通りです」

 「そして、この家では行方不明者が、過去三人出ている。いずれも男性。保険金がかけられており、親族が存在しない為、受取人が叶小枝さんになっている、と。

 もっとも、この家には、夜逃げ同然の人間など、訳ありの立場の人達が集まって来る傾向にある為、行方不明になるのは、実はそれほど不可解ではない。実際、失踪届は出されていないが、今も行方知れずになっている人達はいるらしい」

 私はそこで口を挟んだ。

 「恐らく、叶小枝は、そうして集まって来る人間のうち、親族のいない人間を見つけると、ナノネットを利用して、保険金契約を結ばせていたんだ」

 それに山中理恵が疑問を口にした。

 「でも、それだと、どうして、保険金を請求される行方不明者が、男性ばかりなのかが分からないですよね」

 「三人くらいなら、偶然で済まされるレベルじゃないですか?」

 「藤井さんの集めた情報だと、そもそも叶小枝の家に長く居つく傾向にあるのが、男性だって話じゃないですか」

 その議論を紺野先生が止める。

 「まぁ、まぁ、ここはまだ分からない話という事で置いておいて、次に進めましょうよ。

 叶小枝は、自分の家に、行き場のない人間を受け入れているというよりも、どちらかといえば、積極的に他人を招きたがっているように思える。その点は畳かえでも同じ。ただ、二人の間には何かしらの齟齬がありそう。確かそうでしたよね? 星君」

 「はい。二人とも、同じ様に、外から新たに人を家に招きたがっているようですが、目的は違っているように思えました。飽くまで、印象ですけどね。それに、畳さんが、家に来る人間のチェックをしている、というような事も言っていました」

 そこに山中理恵が付け加える。

 「“叶小枝の家”がある場所は、かつて神域であった可能性が高いです。もしかしたら、叶さんが家に人を招きたがっているのは、それと関係があるのかもしれません」

 そこで思い出したように紺野先生は、私にこう訊いて来た。

 「そう言えば、“叶小枝の家”の元住人の男性が、畳かえでに殺されそうになる夢を見たと言ったのでしたっけ?」

 私は答える。

 「はい。その通りです。ですが、それも叶小枝が、そんな夢を見せていたと考えるのなら、筋が通りますよ」

 「何の為に?」

 「犯行が明るみになった時に、罪を畳かえでに被せる為じゃないですか?」

 その私の言葉に、山中理恵が疑問を口にした。

 「夢を見させるくらいで、罪を被せられますかね?」

 すると紺野先生が、珍しく私を庇ってくれた。

 「まぁ、印象操作くらいにはなるでしょうね。もちろん、それも可能性の一つでしかありませんが。

 それと、行方不明事件に関して“叶小枝の家”で注視しなければいけないのは、未だに三杉達也が行方不明である件でしょう」

 それに私は反論した。

 「確かに、三杉達也の件は不可解だが、それは他の三人の男性の行方不明の件とは、別ものじゃないんですか?」

 「なるほど。全くの別件として、切り離して考えると。そういえば、三杉達也は、畳かえでが“叶小枝の家”に連れて来たのでしたっけ?」

 「そうらしいですね。ただ、どれだけ意味がある話かは分からないが」

 「そうですか? でも、その三杉達也の父親も、かつては“叶小枝の家”に住んでいたのでしょう? 私はそれなりに気になっているのですが。

 しかも、元は三杉君の父親と畳かえでは恋人同士であった可能性が高い」

 その紺野先生の話に、星君が反応した。

 「ちょっと待ってください。その話は、本当ですか?」

 「ええ。すいません。余計な情報かと思って、星君には伝えていませんでした。偏見を持たずに“叶小枝の家”に臨んで欲しかったものですから。ナノネットを介して、星君の動揺は簡単に相手側に伝わってしまいますし」

 「いえ、それは別に良いのですが、ただ、それなら、僕の身体を乗っ取っていた“三杉さん”というのは…」

 紺野先生はそれに頷いた。

 「はい。元は畳かえでの恋人であった三杉君の父親である可能性が高いです」

 それを聞くと山中理恵が言った。

 「くまさんは、池の中に人間の死体が二体あったと言っていましたよね? それって、もしかしたら…」

 「その三杉さんのものである可能性が高いでしょうね。後で、私から警察に連絡を入れておきます。ナノネットを活用した情報は、公式には採用されませんので、裏口からという事になりますが」

 私はそれを聞いて思う。

 まだ警察に連絡を入れていなかったのか。

 恐らくは、警察が無闇にナノネットを刺激してしまうことを恐れたのだろう。そこで星君が口を開いた。

 「しかし、一体は、三杉って男のものだとして、もう一体は誰のものなのでしょう?」

 「それは分かりませんが、もしかしたら、“叶小枝の家”の住人のうちの誰かなのかもしれません……

 とにかく、その点も含めて、色々と調べなくてはならない事がありますね」

 そこまでを言い終えると、紺野先生は目を閉じた。そして、目を開くとこう言う。

 「星君。叶さんに、訪ねたい旨を伝えてくれませんか? メンバーは、ここにいる全員で良いでしょう。

 あそこのナノネットを強引に消去してしまっても良いですが、既にナノネットと同化している人間への影響が心配ですし、調べた上で、何をどうするかを見極めなければいけない事が多過ぎますから」

 私は紺野先生の話に保険金詐欺の件が入っていない事に慌てた。

 「あの、保険金詐欺の件は?」

 「ああ、もちろん、それもついでに解決しましょう」

 「ついでって、金は詐欺の件を解決しないと出ないのですよ? それと、訪問する件を叶小枝に伝えてしまって良いのですか? 何かしら、対応策を取られるかもしれない」

 「問題ありません。ナノネットは、あの場所から逃げられませんからね。と言うよりも、何かしら反応を誘って、それを突破口にしたいと私は考えているのです」

 そう紺野先生に言われてしまっては、私には何も反論ができない。少なくともナノネットに関しては、私は紺野先生に全幅の信頼を寄せているのだ。

 それから紺野先生は、こう続けた。

 「もしかしたら、今頃、“叶小枝の家”には、何か変化が起きているかもしれません。

 星君という外部の人間が飛び込んだ事で、自己言及を加速させた結果、大きく揺らいでいる可能性があります」

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