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17.くまさんのハッキング

 (怪談収集家・山中理恵)

 

 紺野さんが車を駐車するのを見て、私は適当な場所にスペースを見つけると、同じ様に車を駐車しました。

 私が“叶小枝の家”がある盆地に入ったのは丘の上からなので初めて見ますが、先の方に見えるトンネルの道が、盆地の中に入る為の本来のルートなのでしょう。まるで、本当に隠れ里へと続く道のように思えて、私は少しだけ興奮しました。この道も通ってみれば良かったと後悔をします。

 車を出ると、紺野さんの車内で星君が、“叶小枝の家”に行くための準備をしている様子が見えたので、私は外で待っていました。本当は、直ぐにでも車内に入って“くまさん”になっている里佳子ちゃんを見たかったのですが、我慢しました。

 星君はどうやらいつも通りにナノマシンの入ったカプセルを飲んでいるようです。そして、その傍らにいる里佳子ちゃんは、既に“くまさん”になっているようでした。俯いて顔を隠し、くまのぬいぐるみを、手で操っているので間違いなくそうでしょう。

 やがて星君が出てくると、私は「気を付けてくださいね」とそう声をかけました。星君は緊張している様子で「はい」と頷くと、それからトンネルを目指して進みます。私はそれから紺野さんの車の中に入りました。

 「里佳子ちゃ…… いえ、くまさん。よろしくお願いします」

 車の中に入ると、わたしはくまさんにそう挨拶をしました。彼女(?)は何も返事をしてくれませんでしたが、少しだけ里佳子ちゃんの身体が頷くように動いたのが分かります。

 「紺野先生も、よろしくお願いします。今回は、私がいてもあまり役には立たないでしょうけど」

 紺野さんはそれを聞くと、こう返します。

 「いえいえ、いざとなったら、山中さんのアンチ・ナノネット体質は非常に役に立つので心強いですよ。それに、くまさんも山中さんが居てくれて嬉しいようですし」

 私はそれに「ありがとうございます」と返すと、

 「今回は、くまさんにコードを付けないのですか?」

 と、そう尋ねました。以前までは、こういう時は必ずくまさんにコードを取り付けていたのです。もしコードを付けるのなら、手伝おうと思っていたのですが、それを聞くと、紺野さんは自慢げにこう返しました。

 「ええ。技術は進歩するものです。バージョンアップしました。くまさんには、今、あのコードの代わりに、ナノマシン・カプセルを飲んでもらっています。もちろん、星君に飲んでもらったナノマシンにもそれで繋がっています」

 紺野さんが言い終えると、くまさんが口を開きました。

 「アノ、星って奴は凄いナ。アレを、介するト、今回のナノネットに簡単に潜れルようダ」

 私はそれに「はぁ」と思わず感心し、同時に星君を羨ましいとも思いました。私も星君みたいな体質だったら、不思議な体験がたくさんできたのに。

 「それは、今回のナノネットは、既に星君を一回取り込んでいるので、ナノネット側からのアプローチがあるからかもしれません。きっと星君は相手のナノネットに探られているのですよ」

 それに紺野さんはそんな説明をしました。私は少し不安になってこう尋ねます。

 「星君に危険はないのですか?」

 「多分、大丈夫だろうとは思いますが、一応、星君にはアンチ・ナノネットカプセルを渡してあるので、いざとなれば、それを飲んでくれると思います」

 そこにくまさんが言葉を重ねました。

 「モシ危険が迫ったラ、オレが伝えテやるから、安心シロ」

 私はそのくまさんの言葉を聞いて、少しばかり嬉しくなりました。星君に対して、里佳子ちゃんがそれなりに懐いているのは知っていましたが、どうやらくまさんも星君の事を気に入っていると分かったからです。

 それから三人ともしばらくは黙ったままでした。くまさんは集中しているようだし、紺野さんは機器を操作しています。けっこうな時間が流れたように感じましたが、時計を見るとまだニ十分ほどしか経っていません。

 「さて、くまさん。何か、分かった事実などありますか?」

 やがて機器を操作しながら、不意に紺野さんが口を開きました。恐らく、機器に反応があったのでしょう。

 「イヤ、まだ分からナイ。ガ、恐ラク、星がナノネットを体内に取り込んダゾ。反応が一気に強くナッタ」

 紺野さんはそれを聞くと「なるほど、なるほど」と、数回頷きます。

 やがて素人の私が観ても分かる程に、機器が目まぐるしく動き始めました。それを見ながら、紺野さんが言います。

 「これは凄いですね。星君の体質が、如何に顕著な憑人体質であったとしても、少し反応が強すぎる…… 恐らくは」

 そこにくまさんが続けました。

 「アア、星の奴ハ狙われテいるナ」

 狙われている?

 「それって、やっぱり、危険なんじゃ…」

 私がそう言うと、紺野さんはこう説明しました。

 「いえ、狙われていると言っても、命を狙われている訳じゃないでしょう。今回のナノネットは、恐らく、星君の体質に注目をしているのだと思います。殺してしまっては、体質を利用できはしませんから、星君の身は安全なはずです」

 私はその言葉に安心をしたのですが、しかし、その途端にくまさんが言うのです。

 「オイ、紺野。タブン、死体があるゾ」

 その情報に、紺野さんは少し焦ったようでした。

 「死体が? 何処に?」

 「池の中ダナ。ナノネットの反応からイッテ、動物の身体の痕跡。大きさ、核の感じカラ判断シテ、元は人間。ツマリ、人の死体ダロウ。大人ダナ。

 既ニ骨だけニなってイルかもしれないガ、ナノネットに痕跡ハ残っている」

 私はそれを聞いて、現在、行方不明になっている三人の男性の存在を思い出しました。それと、三杉君という行方不明の中学生の事も。もっとも、大人というくまさんの言葉が正しいのなら、三杉君である可能性はないのでしょうが。紺野さんもそう考えたのは同じだったようで、

 「数は分かりますか?」

 それから、そう尋ねました。

 「二人ダ。二つの明確な核がアル。一つは、積極的にリンクが伸びてイルガ、もう一つ引っ込んでいるナ…

 イヤ、コレハ、封じられているノカ?」

 二人。死体の数は行方不明者の数と一致しません。もしかしたら、まったく関係のない死体の可能性もあります。紺野さんが続けて、質問しました。

 「どれくらい前からある死体なのか分かりますか?」

 「正確な時間ハ分からないガ、かなり経っているのは確かダナ」

 そこで私は言いました。

 「あの…… 紺野さん。これは、少し星君の身が心配になって来たのじゃありませんか?」

 紺野さんはそれを聞くと考え込み始めました。

 「その死体に、どういう意味があるのか、ですね…… 仮に、星君の命が狙われているとするのなら…」

 それから軽く紺野さんは、機器を操作します。

 「ナノネットが、人間の身体を奪って死に至らしめる典型的なケースは、ナノマシンの繁殖と、核を増やす事を目的とするものです。ならば、星君の身体にもっとナノマシンを投入するというのが、考えられる行動パターンな訳ですが……」

 それにくまさんが応えました。

 「今のトコロ、ソンナ行動は執ってイナイな。初メニ一回、星の身体にナノネットを投入したきりダ」

 「なるほど。次に考えらえれる行動パターンは、身体を奪った上で、星君を池に向かわせるというものですが…」

 その理由は私にも直ぐに分かりました。

 「溺死させるのが、事故死に見せかけ易い上に、ナノネットに取り込む手段としても最も手っ取り早いからですね」

 増やしたいのは池の中で繁殖しているナノマシンなのでしょう。何処で殺しても、最終的には池に運ばなければならない。なら、身体を乗っ取って池で溺死させるのが、一番効率的です。くまさんが応えました。

 「その兆候もナイナ」

 それを聞き終えると、紺野さんはゆっくりと頷きます。

 「では、取り敢えずは、安心と思って良いかもしれません」

 そう言い終えると、また紺野さんは何事かを考え込み始めました。それから、こう言います。

 「ところで、山中さん。この盆地は、山中さんの説によると、元は失われた民俗信仰における神域だったのではないか、という話でしたが、その場合、あの池はどんな役割になるのでしょう?」

 その質問の意図は分かりませんでしたが、私はこう答えました。

 「具体的には分かりませんが、重要な意味があった事だけは確かです。人間が農業を行うようになってから、水の重要性は更に高まりましたから、どんな文化でも、何らかの形で信仰に影響を与えています」

 「ふむ。確か、それは古神道に近い信仰じゃないかという話でしたよね。そして、神道において死は、黒不浄といい、穢れたものだとして扱われる……」

 「それが、どうかしたのですか?」

 「いえ、もし仮に、古来よりの信仰の影響をナノネットが受けているのなら、死体を神聖な池に捨てるような真似はしないのではないかと思いまして……」

 私はそれを聞くと、紺野さんの考えの誤った点を指摘しなければと思い、こう言いました。

 「紺野さん。そうとは限らないと思いますよ。そもそも黒不浄がどれだけ古い考えなのかも疑ってかかるべきだと思いますし、それに古神道に近いとは言っても、神道そのものである訳じゃありません。だから、むしろ、穢れたものだからこそ、神聖な場所で浄化するという発想もあると思いますから。

 それは、ここにあったかつての信仰を知らなければどうとも言えません」

 穢れとは気枯れ。それを祓う事とは、本来、力を充足する事。ならば、穢れを嫌い、力を充足する為に水に沈めるという事も、有り得たかもしれません。水葬というものも、この世にはありますし。

 「なるほど。分かりました。結論を出すのは早計のようですね。とにかく、もう少し星君の様子を確認し続け、同時にここのナノネットの特性も探っていきましょう」

 それから紺野さんはそう言いました。そして、それからニ時間ほど待機し、そろそろくまさん… 里佳子ちゃんが家に帰らなければならない時間帯になって、変化があったのです。

 「オイ。星の様子が変ダゾ」

 私も、紺野さんも、その言葉に反応します。くまさんは言います。

 「意識ガ半分くらい乗っ取られてイルナ。しかも、コレハ… 池の方にあった封じられているナノネットの核ガ、星に結びツキ始めてイル…」

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