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14.星君の身に起きたこと

 (探偵・藤井正一)

 

 朝起きてメールを確認し、私は焦った。山中理恵からメールが入っており、そこには『星君の身に何か危険な事が起こったかもしれない』と書かれてあったからだ。

 何でも“叶小枝の家”に住む服部という少年に、星君が彼女のメールアドレスを教えていたらしく、それでその少年が彼のピンチをメールで彼女に伝えて来たのだとか。

 そのまま私は星君に電話をかけたが出はしなかった。少し悩んだが、この程度の情報で警察を頼る訳にもいかないと思い、警察には連絡しなかった。それで仕方なしに私は、まずは紺野先生に連絡を入れてみる事にした。

 山中理恵からのメールに依ると、星君は“叶小枝の家”にいて、何か危険な目に遭ったらしい。だとすれば、ナノネット絡みである可能性が高い。ならば、紺野先生に頼るのが一番だろう。

 電話をかけると紺野先生は、いかにも煩わしそうな口調で「どうしたのですか? 何か異変でも?」と、そう言って来る。私が紺野先生に連絡をするのはメールが基本だから、電話がかかってきた事に驚いているのかもしれない。彼が私に煩わしそうに対応するのは、いつもの事なので気にはしなかった。

 時刻は既に十時半を過ぎていた。私はいつも少し遅く起きる習慣だし、ちょっとばかり怠惰に過ごしてしまったので、メールを確認するのが遅くなってしまっていたのだ。それに、ここ最近は、毎日メールを確認しなければならない用事も入っていなかったし。

 「いや、星君がどうやら危険な目に遭っているらしくて、ですね」

 言葉が上手く回らなかった。それで私は、思っている以上に、自分が動揺しているのだと知った。

 もし、これで星君に何かあったのなら、それは私の責任だろう。少なくとも、責任を追及されるはずだ。私は元来、気が弱い。その事実に怖気づいているのかもしれない。私の言葉を聞いても、紺野先生の煩わしそうな口調は変わらなかった。

 「星君が危険な目に? 何があったのかは知りませんが、一体、あなたは何をやっているのですか?」

 紺野先生は、もしかしたら、私が何か指示を出して、星君に危険な事をやらせたと思っているのかもしれない。

 「いや、違うんですよ。山中さんから、メールが入っていましてね」

 「メールが? 分かりましたから、とにかく落ち着いてください。

 ちょっと私は今、忙しくてですね。手が離せないのですよ。もし、緊急の用事で何処かに行く必要があるというのなら、研究所に私を迎えに来てくれませんか?」

 紺野先生の落ち着いた感じに、私は少しストレスを感じた。ただ、確かに車で研究所に向かって、紺野先生を拾ってそのまま現地に行ってしまった方が手っ取り早いかもしれないとも思った。車の中で、紺野先生に事情を説明すれば良いのだし。その方が、時間を節約できるだろう。

 「分かりました。それじゃ、直ぐに向かいますので」

 そう言って私は電話を切ると、急いで車で紺野先生の研究所へと向かった。

 『紺野ナノマシンネットワーク研究所』

 そこを知らない人が見たなら、恐らく、農業の研究施設だと勘違いするだろう。いかにもな研究施設を思わせる白い建物がある敷地内には、ガラス製のハウスがいくつもあり、その中では何かの養液栽培が行われているからだ。しかし、その実、その中で培養されているのは、ナノマシン・ネットワークで、何らかの植物が植えられている場合もあるが、それは飽くまでナノネットを研究する為にあるものに過ぎず、研究の主体は、飽くまでナノネットだ。

 私は急いで車を止めると、ハウス内に紺野先生がいない事を確認してから、研究所の建物の中に入った。紺野先生は、ハウスで作業をしている事も多いのだ。

 研究所内に足を踏み入れると、私は速歩きで研究所内を大きく見渡すように歩きつつ、応接用になっている一画に向かった。パーティションで区切られているスペースが、この研究所では応接室代わりになっているのだ。そこで私は人影に気が付いた。誰だろうと思うと、なんと山中理恵だった。

 どうして、彼女がいるのだろう?

 一瞬、不思議に思ったが、もしかしたら、彼女も私と同じ様に考え、紺野先生の許を訪ねたのかもしれないと予想した。しかし、彼女は私を見ると、何故かとても申し訳なさそうな表情を見せるのだった。

 なんだ?

 私がその表情を疑問に思っていると、後ろから声が聞こえた。

 「どうも、藤井さん。思ったよりも、はやかったですね」

 紺野先生の声だ。振り返ると、白衣を身に纏って、機嫌良さそうにしている紺野先生の姿が目に入った。タオルで手を拭いているから、恐らく、何らかの実験を終わらせたところなのだろう。

 「紺野先生、もう用事は終わったのですか?」

 私がそう尋ねると、紺野先生はニコニコと笑いながら「ええ、なんとか、一段落つきました」と、そう答えた。

 「それなら、ちょうどいい。早く一緒に来てください。星君が危険な目に遭っているらしいんです」

 そう言い終えてから、山中理恵がここにいるという事は、既に紺野先生は詳しい事情を知っているはずだという点に私は思い至る。それで、急いで彼女を見てみた。すると、彼女は何故か相変わらずに申し訳なさそうな表情をしており、そのままの顔で私を見返した。

 私はこう言う。

 「そうだ。山中さん。あなたのメールには詳しい話が書かれていなかった。どうせなら、ここでもっと詳しく説明してください」

 すると、彼女は困った顔で「それが、ちょっと事情が変わりまして」と、そう返す。

 「事情が変わった?」

 「はい。ちょっと言い難いのですが……」

 その時に、こんな声が聞こえて来た。

 「あれ? 藤井さんも来たのですか?」

 私はその声に驚く。何故ならその声が、他ならない星君のものだったからだ。見ると星君が、慌てている私を不思議そうな表情で眺めている。

 「どうして、星君がいるんだ? まさか、悪戯だったのか?」

 それで私はそう怒鳴った。それに紺野先生は、「まぁ、半分は悪戯ですねぇ」と、そう答える。

 私はその返答に怒ってこう返す。

 「ふざけないでください。いくら紺野先生でも怒りますよ。こんな性質の悪い悪戯をするなんて」

 すると紺野先生は相変わらずに、ニコニコと笑いながら、「落ち着いてください。私は“半分は”と言いましたよ」と、そう言って来る。

 「おかしいと思ったんだ。山中さんから来たメールの内容が、どうにも曖昧だったから。山中さん。あなたまで、こんな悪戯に加担するなんて……」

 私が苛立ちを抑えながらそう言うと、紺野先生は「いやいや、山中さんは悪戯なんてしていませんよ」と、そう返す。

 「すいません、藤井さん。もっとちゃんと説明すれば良かった。メールに詳しく書かなかったのは、悪戯をする為なんかじゃなくて“書けなかった”からなんです」

 続けて山中理恵がそう言って来た。

 「書けなかった?」

 「はい。服部君という子から、私に送られて来たメールの内容が、どうにも不可解で、星君の身に何か危険な事が起こったくらいしか分からなかったんです。というか、実際は、星君は大丈夫だったんですが……」

 それから山中理恵は星君を見る。星君はそれを受けて肩を竦める。

 「僕にも何の事だかさっぱり分からないんです。僕は昨日の早朝には、もう“叶小枝の家”を出ていましたから。

 でも、服部君が悪戯をやるなんて、考え難いと思うのですがねぇ……」

 私はそれを聞いて、何とか少しばかり気を静められた。

 「なんだ。悪戯をしたのは、その服部とかいう子だったのか。人騒がせな…」

 ところがそれを聞くと、紺野先生はこんな事を言うのだった。

 「いえ、悪戯をしたのは私ですよ、藤井さん」

 「何を言っているのですか?」

 「星君が無事である事を知っていながら、私があなたに伝えなかったんです」

 それを聞くと、山中理恵が言う。

 「すいません。実は紺野先生に口止めされていまして……

 星君の身に何かあったと知って、私は真っ先に星君に電話をかけたんです。それで、無事だとは随分前に分かっていたんです……。ただ、その後、相談した紺野先生に藤井さんには、内緒にするように言われて…」

 私はそれを聞いて再び怒った。

 「紺野先生、あなたは何を考えているんだ? もし、私が忙しい身だったら、どう責任を取るつもりだったんです?」

 ところが、それに紺野先生は澄ました顔で、こう答えるのだった。

 「今回、藤井さんは少しばかり軽率な行動を執っていますからね。私がいないところで星君に協力を求めるべきじゃなかった。ナノネットに感応し易い彼を、ナノネットの巣らしき場所に近付けるなんて。それで反省をしてもらおうと思ったのですよ。それに、あの時間に山中さんからのメールを確認している時点で、それほど忙しくないのは大体は予想がつきましたし、どうせ、ここに来てもらうつもりでもいましたからね」

 私はそれに何も返せない。星君や山中理恵がここにいる点を考えても、紺野先生がここで会議か何かをするつもりでいるのは確かなようだ。だとするのなら、それは私にとって喜ばしい事でもある。これで、今回の件は解決に向かうかもしれない。ならば怒っていたら、むしろ私の不利益になるはずだ。

 「まぁ、星君に保険金詐欺の件を伝えなかったのは、良い判断ですが。もし、伝えていたら、ナノマシンを介して、その調査をしている事を、相手側に知られてしまっていたかもしれないし、そもそも星君では、何もなくてもバレてしまっていたかもしれない」

 私が黙っていると、まるで私をフォローをするように紺野先生はそう言った。もしかしたら、少しは悪かったと思っているのかもしれない。星君はそれにこう言った。

 「酷い言いようですね、紺野さん。あ、僕が藤井さんの電話に出なかったのは、ちょうどここに向かう途中の電車の中で、マナーモードにしていて、気が付いていなかったからです。すいません」

 そう言いながら、星君はソファに腰を下ろす。私もそれに倣って、腰を下ろした。その後で、紺野先生は言葉を続けた。彼だけは立ったまま話をするようだ。

 「まぁ、とにかく、話をまとめましょうか。まず、星君。あなたは、どんな状況で“叶小枝の家”を出たのでしたっけ? 藤井さんにも教えてあげてください」

 「はい。何故か、早朝に畔って人に起こされまして。それで、ここは誤魔化しておくから、早く出て行けって言われたんです。不審には思いましたが、強引に二日間も泊まらされた後だったので、それに従いました。

 そうじゃなければ、また畳さんに泊まっていけって言われるかと思って。まぁ、だから、僕は昨日は既に叶家にはいません」

 私はそれを聞くと頭を掻いた。

 「という事は、やっぱり、その星君の身に危ない事が起こったというのは嘘で、悪戯だったって事でしょう?」

 それに山中理恵は「いえ、どうなのでしょう?」と、答える。

 「“どうなのでしょう?”って、それ以外、考えられないじゃないですか」

 「でも、悪戯だったら、もうちょっとそれっぽく書くでしょう? でも、その服部君からのメールの内容は、“星さんが首を絞められて、その後で消えてしまった”というものだったんです。しかも何故か、誰が首を絞めたのか、書いていなかった。これは、或いは犯人を庇いたかったのかもしれませんが」

 「消えた?」

 「はい。しかも、彼はそれを三杉達也という男の子が消えた件とも結びつけて考えているようでした。二人に、同じ様な事が起こったのじゃないかと思っているようです」

 「なんだかな。つまり、その服部って子共は幻覚か何かを見て、勘違いをしていたって事ですか?」

 しかし、私は自分でそう言ってからふと気が付いた。

 “ちょっと待て、幻覚?”

 紺野先生は、私の表情を見て、私が気付いた事を察したらしかった。

 「そうですね。普通なら、ただの幻覚で済ませられるでしょうが、この件にはナノネットが関わっている可能性が大きい。なら、ちょっと話が違って来ませんか? もしかしたらその現象は、服部という子が言う通り、三杉達也の行方不明と同種のものかもしれませんよ」

 私はそれを聞くと、しばらく黙って紺野先生を見つめた。そして、「それで、どうするつもりです? 流石に、これだけじゃ何も分からないでしょう?」と、そう尋ねる。その件にナノネットが関わっているとして、これからどう動くつもりでいるのか。すると、紺野先生は淡々とこう返した。

 「まぁ、ここは、やっぱり、星君にがんばってもらうしかないでしょう。今の状態で、叶家に星君が行けば、ナノネットが顕著な反応をする可能性が大きい。ならば、行ってもらわない手はない。それと、久しぶりに森さんにも協力を要請します。最近では、あの家の両親の、私に対するアレルギー反応もいくらか緩和したようですし、問題なく協力してもらえると思います」

 「くまさんを頼るんですか?」

 その言葉に、山中理恵は歓喜した。前にも説明したが、森というのは“くまさん”という名のナノネットを宿した少女の事だ。そして、山中理恵はその“くまさん”の事を、とても気に入っているのだ。彼女は怪しいものが大好きなのだが、彼女自身はアンチ・ナノネット体質を持っている為、ナノネットに関わっていても、滅多に怪しい体験をする事がない。“くまさん”は、そんな彼女が、体験する事ができる数少ない怪しい現象なのだ。恐らく、彼女が“くまさん”を気に入っているのはだからだろう。

 何にせよ、これでようやく解決に向けて、動き出しそうだった。紺野先生が言った。

 

 「それでは、早速、取りかかりますか」

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