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13.「また、お前か!」

 (叶小枝の家の住人・星はじめ)

 

 畳さんの僕に対する態度が、何故か急におかしくなりました。昨日までは、遠慮なく僕に接して来て、少しばかり馴れ馴れしいと思えるほどだったのに、今日は距離を置いているのです。

 態度が変わったという意味では、服部君も同じかもしれません。何故か僕を探るような言動が目立つのです。もしかしたら、三杉君を探そうとしない僕に不満があるだけかもしれないとも思いましたが、何か違うようです(不満自体はあるみたいですが)。唯一、態度が変らないのは叶さんで、彼女は自然に僕に接してくれています。

 朝食を終えると、服部君が僕に質問をしてきました。

 「あの、星さんって、変わった体質を持っているって言われた事があったりしませんか?」

 どうして彼がそんな質問をして来たのか、僕には分かりませんでしたが、少しだけ驚きました。僕にはナノネットに感応し易いという体質があるからです。一瞬だけ迷いましたが、僕はそれに、「いや、特に言われた事はないけど」と、そう返します。

 僕の体質の事は、まだ伏せておいた方が良いと思ったのです。この場所には、ナノネットが繁殖している可能性が大きいので。

 ただ、僕のその嘘は服部君にバレてしまったようにも思えました。何故かは分からないけれど。そして、その僕の心の動きは、畳さんにも知られたような気がしました。彼女は少し離れた場所にいて、僕らを見てすらいなかったのですが、こちらを気にしているのが分かったのです。

 彼らの態度の変容の理由は分かりませんでしたが、取り敢えず、それから僕は、この土地をもう少し探ってみる事にしました。ナノネットには繁殖しやすい場所というのがあるので、それを見つけようと思ったのです。僕がそれを調べたところで、それほど役に立つとは思えませんが(紺野さんがこの件に関われば、瞬く間に見つけてしまいそうです)、一応、やっておいた方が良いでしょう。

 「この辺りの土地を、もう少し見ておきたいのだけど、特に注目するような場所はあるかな? できれば、案内して欲しいんだ」

 それで僕はそう服部君に頼んでみました。すると服部君は、軽く首を傾げて「どうして、ですか?」と、そう訊いて来ました。やはり、少しばかり不審に思われているようです。

 「考えたくはないけど、三杉君がこの近くの何処かで死んでいる可能性もあるんだよ。やっぱり、怪しい場所はチェックしておくべきだと思う」

 それを聞くと、服部君は少し悩むような顔をした後で、ゆっくりと頷きました。それから、「この土地の中なら、ぼくでも案内できます」と、そう言いました。

 それから服部君は家を出ると、僕を先導して歩き始めました。「ぼく一人なら、いつもは自転車を使うのですが」と、そう言います。そう言えば、二台だけこの家に自転車があったのを僕は見ています。一つは、どうやら彼の物だったようです。

 「案内と言っても、ここには野原とか畑とか林や森くらいしかありませんが」

 僕を先導しながら、服部君はそう言います。それから、少しの間の後で「少し珍しいといったら、池くらいですか……」と続けました。

 池?

 実はナノネットが繁殖する場所として、池は代表的なものなのです。流れの止まった水に、雑菌が繁殖し易いのと似たような理由なのかもしれません。

 「それは行っておいた方が良いかもしれない」

 それで僕はそう言いました。すると、探るような目つきで、こう服部君は尋ねて来ました。

 「どうして、池に行く必要があるのですか?」

 僕はこう答えます。

 「最悪の事態を考えるのなら、やっぱり池が最も可能性が高いだろう? 溺死は、行方不明になる可能性が高い」

 それを聞くと服部君は、しばらくは何も返しませんでしたが、やがてこう言いました。

 「ぼくも随分前にそう思って、叶さんや畳さんに言ったのですけど、何故か二人ともそれは有り得ないから大丈夫だと言うんです。理由は分からないですが、だからそれはないのかもしれません」

 僕はそれを聞いて不思議に思いました。有り得ないと、どうして断言できるのでしょう? もしかしたら、それは、二人が三杉君の行方不明を心配していない事とも何か関係があるのかもしれない。

 ひょっとしたら、三杉君は何らかの理由でこの土地から出て行ってしまったのかもしれません。事情があって、服部君にはそれを伝えられていないだけで……。

 ただ、学校にすらそれを伝えていないというのは、少しばかり考え難い気もします。三杉君は、学校側には、登校拒否をしていると思われているのですから。

 やがて池に辿り着きました。近くには畑もあって、農業用水としても、その池の水が使われているだろう事が分かります。そう思ったからなのか、その瞬間、僕にはその池が急に頼もしく思えてきました。

 「なんだか、良い場所だね」

 それで僕は気付くと、そう言っていました。服部君はそれを聞くと、嬉しそうな顔を見せました。それまでは、やや不機嫌そうだったのですが。そしてそれから、こう言ったのです。

 「そうでしょう? ぼくもこの場所が好きなんです」

 僕は彼が嬉しそうにしてくれて、当然、喜んだのですが、同時に一抹の不安も覚えました。もし仮に、この池にナノネットが繁殖しているのだとすれば、この気分は、そのナノネットの所為で発生しているのかもしれない。ならば、警戒が必要なのかもしれません。

 とても普通の池で、少し覗いてみると、魚が泳いでいるのが見えました。薄らと底が見えるので、水深はそれほどでもなさそうです。水はそれなりに綺麗でした。

 「ここで育てた野菜は美味しいって、評判らしいですよ」

 相変わらずに上機嫌の服部君が、僕にそう教えてくれました。僕にはその言葉が気になります。

 「ここで育てた野菜って、けっこう売れているの?」

 「はい。小枝さんが売っていて、固定客もいるのだそうです」

 仮にここにナノネットが繁殖しているのだとすれば、それは野菜を介して、外の人にもナノネットが感染している可能性がある、という事でしょう。覚えておいた方がいい話なのかもしれません。

 それから、少しばかり周囲を回りましたが、その他には特筆すべき物はありませんでした。野原と、時折ある農地。いずれもそれほど広い農地ではありませんでしたが、それでも叶さん一人で管理しているとするのなら、大変なものです。

 その後、家に戻ると、服部君は何処かへ消えました。恐らく、外でのことを、畳さんに報告しているのでしょう。僕を探るように畳さんから言われていたのかもしれません。

 それからは、前日と同じ様に、穏やかに時は流れました。夕食も前日と同じ。やはり畳さんは食べない。僕はこれでよく飢え死にしないものだと不思議になりました。

 夕食が終わってしばらくが経つと、五谷さんや市村さんが戻ってきました。ただ、前日程には二人とも元気がなくて、あまり話しませんでした。それはもしかしたら、そこに畳さんがいなかったからなのかもしれません。思えば、彼女がいつも皆の会話を回していたような気がします。畳さんは、夜になっても僕と話しをしてくれませんでした。

 服部君の態度は変でしたが、そのうちに元に戻りました。ですが、彼女については何故かずっと僕と距離を置いたままです。

 どうしてなのでしょう?

 僕には彼女に気分を害するような何かをした記憶が全くありませんでした。

 

 夜。

 寝る前。僕は自室で、腑に落ちない思いを抱えたまま、横になっていました。嫌な気分でいる所為か、なかなか眠れません。そして、夜中の十二時を過ぎた頃でした。妙な、足音が響いて来るのを僕は聞いたのです。

 ヒタ、ヒタ、ヒタ

 裸足で廊下を進んでくる感じの。僕の部屋の前まで来ると、それは止まりました。

 「星さん」

 そして、それはそう声を上げます。その声は、畳さんのものでした。それで僕は、こう尋ねます。

 「畳さん。どうしたのですか? こんな夜中に…」

 その僕の質問に対し、畳さんはこう返します。

 「実はちょっと確かめたい事がありまして。今日、一日、ずっと考えて、なんとなく、訳が分かった気がしたんです…」

 僕はその回答を不思議に思います。

 「何の話ですか?」

 「少し星さんについて…」

 「僕について?」

 「はい。どうか、ドアを開けてください」

 そう畳さんが言うので、僕は不可解に思いながらもドアを開けました。すると、その途端、畳さんは、部屋に踏み込み、僕の頭を押さえてくるのです。その行動に、どんな意味があるのか。僕は軽く混乱しました。

 「あの、どうしたのですか?」

 それで、そう訊いたのです。ところが、畳さんはそれには答えず、こんな事を言うのです。

 

 「また、お前か!」

 

 そして僕に襲い掛かって来ます。僕の首に、畳さんの手が。彼女は、僕の首を絞めようとしている。

 どうして?

 僕はパニックに襲われました。開いたドアの向こうには、服部君の姿が見えます。彼は「畳さん、止めて!」と叫びました。

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