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11.怖い畳さん

 (子供・服部真一)

 

 すっかり星さんは、畳さんのペースに嵌ってしまったように思えた。二日目に家に泊まる事になって、ぼくはそう確信したんだ。簡単に畳さんに説得されている。

 「あの…、三杉君の事を忘れていませんよね?」

 二日目の夕食の後、ぼくは星さんにそう尋ねた。話題にすら出なくなったと思って。その頃には、星さんの存在感は、すっかりこの家に馴染んでいるようで、星さんの感情が簡単にぼくには分かった気がした。少しだけ慌てている。多分、ちょっと忘れていたんだ。

 「もちろん、覚えているよ。ただ、三杉君を見つける為には、この家について知らないとどうしようもないと思って、まずは、君の家を分かる努力をしているだけだ」

 多分、それも本当の事ではあるのだと思う。ただ、星さんはその本当の目的を、ちょっと忘れていたはずだ。

 もっとも、それは星さんの責任ではないのかもしれないけど。

 畳さん。

 あの人が、星さんに積極的に働きかけて、星さんの感覚を駄目にしているのかもしれない。断っておくけど、無根拠に、ぼくはこんな事を主張しているのじゃない。前にも、これと似たような事があった気がしたんだ。その時も、畳さんは男の人を、この家に招こうとして、そして、その男の人を少しずつこの家に取り込んでいった。そして、それで、その男の人は……。

 よく覚えていない。

 ただ、小枝さんが何かをしたのは覚えている。きっと、小枝さんが畳さんを止めたのだろうと思う。

 そこまでを考えて、ぼくはふと思い付いた。

 「ああ、そうか、小枝さんに相談すれば良かったんだ」

 多分、今回も、小枝さんなら、畳さんの暴走を止めくれると思う。

 小枝さんの部屋に行くと、小枝さんは何かの縫い物をしていた。思い詰めた表情。それでぼくは察する。小枝さんは、今、悩んでいるのだろう。小枝さんは、悩み事がある時、よく縫い物をするんだ。

 「なに?」

 部屋を訪れたぼくを見て、小枝さんはそう尋ねて来た。

 「ちょっと、星さんのことで……」

 ぼくがそう返すと、小枝さんは明らかに作った微笑みを浮かべた。ぼくはその表情から、苦痛を感じた。

 「ああ、ちょっと困ったものよね。畳さんにも… これから、どうしようかしら?」

 それを聞いて、ぼくは何となく小枝さんの悩みが分かった気がした。小枝さんは、この家に人が来てくれた事を、喜んでいる。そして、できればずっといて欲しいと思っている。でも、畳さんの暴走を止めない訳にはいかない。だから、きっと苦悩しているのだろうと思う。

 「本当は、星さんは三杉君を見つける為に協力してくれるはずなのに、畳さんの所為で忘れているみたいなんですよ。なんとか、して欲しいのだけど…

 小枝さんなら、畳さんを抑えられるでしょう?」

 ぼくはどうしようかと思いながらも、そう言ってしまった。苦悩している小枝さんの背中を、押してやれるのはぼくだけかも、と思ったからでもあるのだけど。ぼくの言葉に、小枝さんは少しだけ驚いた表情を見せた。

 「ああ、三杉君ね…」

 と、それから少し困った感じでそう言う。ぼくはそれをちょっと変に思ったけれど、気にしないでこう返した。

 「小枝さんが本気で言えば、きっと畳さんも分かってくれますよ」

 それを受けると、小枝さんは「そうかしら?」と、そう呟いた。それからぼくを見ると、ゆっくりと口を開く。

 「あの人が、本気になったら、私の言う事なんて聞かないかもしれない。いえ、これはちょっと違うわね……

 あの人は、私が寂しがっている事を、心の底から理解しているから、だから、多分、私じゃあの人を止められないのだと思う。ある意味じゃ、あの人は私自身でもあるから。私は星さんみたいな人が、ここに来てくれたらってずっと前から思っていたのだもの。ああいう人を、“この家”は欲しているの。私はそれに逆らえない」

 ぼくにはその小枝さんの言葉の意味が分からなくて、ちょっと困ってしまった。

 “何を言っているのだろう?”

 ただ、それを口にはしなかった。何故か、その意味を聞いてはいけない気がしたから。それで、「あの、なら……」と、そう口を開いた。星さんを助けられないのかと、続ける気でいたんだ。

 すると小枝さんは、少しだけ笑ってぼくを見るとこう言った。

 「安心して。飽くまで、私では畳さんを止められないと言っただけ。この家には、私以外にも人はいるわ」

 それを聞いて、ぼくは安心をする。きっと“私以外の人”というのは、五谷さんの事だろう。市村さんもいるけど、あの人はこういうのには役に立たないと思うから。

 「分かりました」

 ぼくはそう答えると、安心して小枝さんの部屋から出た。ところが、その帰りの廊下で、不穏な気配を感じたんだ。

 廊下の先は、暗くなっていてよく見えない。その見えない場所から、誰かの足音が聞こえて来る。

 ヒタ、ヒタ、ヒタ

 そして、暗闇の中から、少しずつフラフラと歩く姿が見え始める。

 「服部君…」

 その誰かは、そう言った。

 「駄目でしょう? わたしの邪魔をするような真似をしちゃ… 小枝さんに、わたしを止めさせようだなんて…」

 それは畳さんだった。いつも見ているのに、その時の畳さんは、なんだかとても異質な感じがした。何というか、今さっき、墓場から蘇って来たばかりのような。痩せ方が、おどろおどろしかった。ぼくは竦む。

 「あなただって、星さんが、この家の住人になってくれたら、嬉しいでしょうに。きっと、あの人なら、三杉君の居場所を見つけてくれるわよ。

 いいえ、“見つけて”じゃないわ。三杉達也を“取り戻して”くれる。わたしにとってもそれは嬉しい事。あの子は、あの人に似ているけど、あの人みたいに酷い人じゃないし、あの子も被害者みたいなもんだし。深く、深くあの子のことを、わたしが愛して、護ってあげる。ちゃんと世話をしてね……」

 ぼくは恐怖に駆られながらも、こう言い返す。

 「畳さんは、働かないじゃないですか。それなのに、どうして三杉君の世話ができるの?」

 世話をするのは小枝さんだ。それに、畳さんはこう返した。

 「小枝さんが世話をするって事は、わたしが世話をするって事でもあるのよ。わたしとあの人は、この家を介して繋がっているからね」

 それから畳さんは、ぼくに迫って来た。身を屈めて、ぼくの顔の目の前にまで、顔を寄せてくる。

 恐ろしい形相。怒っているようでいて、楽しんでいるような奇妙な顔。だけど、それでぼくが尻もちをつくと、畳さんは表情を急に変えたのだった。穏やかに微笑んでいる。

 「ふふ。そんなに怯えないで。わたしはね、三杉君と同じくらい、あなたの事が好きなのだから……。

 ただ、星さんの件は、これ以上、邪魔しちゃ駄目。いい? 分かった?」

 そうして、畳さんは振り返ると、そのまま廊下の暗い先に去って行ってしまった。闇に紛れて、畳さんの姿が見えなくなる。

 畳さんが去ってから、ぼくは不思議に思う。

 どうして畳さんは、ぼくが小枝さんに、星さんの件を相談しに行った事を知っているのだろう?

 

 次の朝。

 星さんが目覚めて、朝食を食べに来た。少し遅い時間帯。確か今日も大学があったはずだ。まだ行かなくて、良いのだろうか? ぼくはちょっと疑問に思う。それに、別の違和感も感じた。

 星さんの存在感が変わっているんだ。昨日とも、その前とも、また違った感じになっている。少し経ってから、顔を見せた畳さんも、その事に気が付いたようだった。

 「服部君も気付いた?」

 そして、小声で言って来る。

 「また、星さんの存在感が変わっているわね。これは、日替わりで体質が変化するって事なのかしら?

 ただ、前の時ほどは変な感じがしない。“見え”もする。ちょっとおかしい。この人は何なのかしら?」

 実は、畳さんと同じ疑問をぼくも思っていた。それで、それからぼくはこう星さんに尋ねてみたんだ。

 「大学に行かなくて、良いのですか? 星さん」

 すると、星さんはこう言った。

 「ああ、今日はちょっと大学を休もうかと思っていてね」

 その時、ぼくは星さんに関して、もう一つおかしな点に気が付いた。存在感が変わったこととも関係しているのかもしれないけど、星さんの感情が分からなくなっているんだ。

 多分、家に泊まった一晩で、星さんの身に何かがあったのだろう。

 でも、一体、何があったのだろう?

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