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10.畳かえでという女

 (探偵・藤井正一)

 

 何人か、“叶小枝の家”の元住人達に話を聞く事ができた。ほとんど女ばかりだったが、一人だけ男もいる。彼らから得られた“叶小枝の家”の情報には、“家が静か過ぎると感じた”、“住人達がいつの間にか帰って来ている”、“住人達が幽霊のよう”、“同時に複数の住人を見る事が少ない”といった共通点があった。いずれも多人数が住む家、というイメージからはかけ離れている。

 だからなのか“叶小枝の家”に住んでいる間、住人達はずっと得体のしれない物哀しさ、寂しさを感じ続けたのだという。

 こういった元住人達の話から、私は怪談のような印象を受けた。“怪談のような印象”はナノネットを見つける際に重要になって来る。勘でしかないが、恐らく、今回の件はこの“得体の知れない物哀しさ”が重要になって来るのではないだろうか。そして、女達から得られた情報は、どれも似通っていたのだが、話を聞けた唯一の男からの情報には、少々特殊なものがあった。

 

 「殺される夢を見たんですよ」

 そう、その男は言った。

 「殺される夢?」

 たかが夢だと、馬鹿にする訳にはいかない。普通の環境なら取るに足らないかもしれないが、“叶小枝の家”にはナノネットが関わっている可能性がある。ナノネットが、夢を見せるということも、充分に考えられるだろう。

 「はい。その、まぁ、あの家には畳かえでっていう女が住んでいるんですが、その女に殺される夢をオレは見たんです。しかも、何度も。かなりリアルで、あの女が布団の上にのしかかってきて、首を絞めてくるんですよ。で、身体は動かない。金縛りって言うのですかね? あまり詳しくはないが、とにかく動けないんだ。

 ……その時の畳かえでは、鬼のような形相で、にも拘らず、どこか楽しんでいるような顔をしていた。とても不気味でしたよ。狂気的というか。あれは、なんだったのかな? 今思い出しても恐怖を覚えますよ。二度と経験したくない」

 私は少し考えると、こう尋ねた。

 「もしかして、あなたがあの家を去ったのは、その夢の所為ですか?」

 「そうかもしれません。いや、あの夢がなくても、オレはいつかはあの家を出て行くつもりでいたから、そうとは言い切れませんが、少なくとも切っ掛けはそうです。

 実は夢を見た後で、叶さんに言われて、オレは決心したんですよ」

 「叶さんに? 何と言われたのです?」

 叶小枝は、あの家に人を呼びたがっていると聞いている。もし、出て行くように促されたのなら、変な話だ。

 「ああ、あれも考えてみれば、不思議な話でした。叶さんは、何故かオレの夢を知っていたようなんです。話しはしなかったはずなのに」

 男はそれから一呼吸の間の後で、こう言った。

 「いつもように、オレは首を絞められる夢を見たんです。でも、その日は、ちょっといつもと違っていましてね。何故か、最後の方は、オレの首を絞めているのが、畳かえでじゃなくて、叶さんのような気がしたんだ。いや、途中から化けたのかな?

 で、起きてみると、叶さんがオレの部屋にいて、カーテンを開けて光を入れているところでした。カーテンを開けながら、叶さんはこう言うのですよ。

 “もしかして、殺される夢を見ていたのじゃありませんか?”

 って。オレが驚いて黙っていると、更に彼女はこう続けたんだ。

 “もし、そうなら、悪い事は言わない。あなたは、この家から早くに出て行くべきです”

 と。どういう事なのかオレには分からなかったが、なんだか従った方が良い気がしました。それで、オレはあの家を出たんだ。手遅れにならないうちに。夢が現実になって、本当に殺されてしまうかもしれないって思ったような気がします」

 

 こんな話を聞いて、畳かえでという女を疑わないはずがない。それで私は、畳かえでを調べてみる事に決めた。それ以上は、男から得られた情報に有用なものはなかった。他の証言者達と似たようなものだ。ただ、最後に、男は気になるこんな言葉を残している。

 「あの家に住んでいた頃を思い出すと、何だか全てが奇妙で曖昧だったような気がしますよ。何だか、自分の存在がぼやけているような。あの家は変な家だった」

 その言葉で、私はこう思った。恐らく、この男の体験にもナノネットが関わっている。もしかしたら、この話は“叶小枝の家”の行方不明者が、全員男である点にも結びついているのかもしれない。

 それから私は、畳かえでという女について調べ始めた。足跡を辿る事は、非常に難しかったが、何とか、関係のありそうな事実を突きとめる事ができた。同一人物のものかどうかは分からないが、同姓同名で、人物の特徴が一致する。変わった名前だから、これだけの偶然は考え難いだろう。

 

 「厄介そうな話ですね」

 

 私がそこまでを語ると、紺野先生はいかにも面倒そうにそう言った。だが、そんな態度を取られても困る。何しろ、研究所に私を呼び出し、話すように言ったのは、他ならない紺野先生本人なのだから。

 私が軽く文句を言うと、先生は「何を言っているのですか? 私をその件に担ぎ込みたがっていたのは、あなたじゃありませんか」と、そう返して来た。

 どうにも、やはり、見抜かれている。

 「あなたもご存知かもしれませんが、私は、いつもにも増して、とても忙しくてですね。それで時間がないものだから、仕方なくこうして、あなたに来てもらったのですよ。どうやら、無視できそうにもない話なので。

 しかし、藤井さん。星君を巻き込んだのは、少々、軽率な行動だと思いますよ。早く手を引かせるべきでした。星君は稀に見る憑人体質です。無計画に関われば、調査では済まず、ナノネットを刺激してしまうかもしれない」

 私はそれに反論した。

 「いや、しかし、星君からの報告を聞く限りじゃ、何も問題は起きてないようですが。ナノネットに因るだろう、幻覚の類は一切、見ていないと…」

 ところが、それを聞くと澄ました顔で、紺野先生はこう言うのだった。

 「それはそうでしょう。少し前に星君には、私がアンチナノネット用のカプセルを飲ませてありましたから。

 初めに“叶小枝の家”に行った時は、まだその効果で、星君はナノネットから護られていたはずです」

 私は紺野先生の言葉に慌てた。

 「ちょっと待ってください。私は星君から、そんな話を聞いていませんよ?」

 「そこまでは知りませんが… ああ、もしかしたら私が、アンチナノネットカプセルの持続期間について説明し忘れていたかもしれません。星君の方が忘れていた可能性もありますが」

 それを聞いて私は、「いやいや、勘弁してください…」と、そう文句を言いかけたのだが、そこで紺野先生からこう言われてしまった。

 「私に何の断りもなく、星君を巻き込んだあなたが悪いんです!」

 それに私は何も返せなかった。

 「とにかく、その畳かえでという女性について、早く教えてください。何度も言いますが、私は時間がないんです」

 そう言われて、私は渋々、畳かえでについて語り始めた。

 「まず、“叶小枝の家”の家には、行き場のない人間が集まります。例えば、借金を抱えて夜逃げしたような。この点は、恐らく、畳かえでも似たようなものです。しかし、彼女は少々、特殊なんです」

 「特殊?」

 「ええ。畳かえで… 正確には、畳かえでと同一人物だと分かった訳じゃないのですが、そう思しき女には、生活上の不都合は何もなかった。あったのは、彼女が付き合っていた男の方なんです。

 男には借金があり、そして、その借金をしている相手の一人は、どうやら畳かえで本人らしかった」

 その私の話に、紺野先生は疑問の声を上げた。

 「ちょっと待ってください。それなら、畳かえでという女性が、“叶小枝の家”に行く理由なんて何もないじゃありませんか」

 「話は最後まで聞いてください。

 畳かえでは、恐らく、男を追って“叶小枝の家”に行ったんですよ。実はその男には、子共が一人いたんだが、その子も連れて、彼女は“叶小枝の家”を訪ねたようです。同じ名前じゃありませんが、彼女があの家に行くちょっと前に、あそこに住み始めた男がいます。特徴が畳かえでが付き合っていた男と一致するので、恐らくは、同一人物でしょう。名前なんて、いくらでも変えられる。

 ただ、その男は、少しの期間しかいませんでした。そして、その男が去った後も畳かえでは、何故か、“叶小枝の家”に住み続け、今に至ります」

 紺野先生は、それを聞くと腕組みをした。そして、こう言う。

 「そして、男が行方不明になる事件が起き続けていて、元住人の男性が、畳かえでに殺される夢を見ている、と。なるほど、怪しいですね。その家の件にナノネットが関わっているとするのなら、既に星君は何らかの影響を受けているはずです。一度、呼び出して、彼を調べてみますか。

 それと、その“叶小枝の家”についても情報がもっと欲しい。何故、その叶という女性は、そんな家を始めたのでしょう? これについては、山中さんにお願いしましょう…… 場合によっては、久しぶりに、森さんを頼る必要があるかもしれません」

 “森さん”というのは、くまのぬいぐるみを持った少女の事で、二重人格のような感じで、ナノネットと共存している。そして、そのくまさんには、ナノネットに対するハッキング能力があるのだ。紺野先生は、その能力を、時折、利用している。

 私はその紺野先生の様子を見て、内心では喜んでいた。どうやら、やる気になってくれたようだ。あのくまのぬいぐるみまで、担ぎ出す気になってくれたというのは、そういう事だろう。

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