第44話 大和司と日本の心 それは風呂
宿の中もまたすごかった。宿に入ったらロビーは吹き抜けの大きな空間になっており、辺りをぐるっと通路が囲んでいる。天井からは、大きなシャンデリアがいくつもつるされており、ロビーの真ん中にはピアノによく似た鍵盤楽器が置かれて、綺麗な獣人のお姉さんが生演奏を行っている。
あっけにとられている、俺たち(おれとリエル)のもとにこれまたウェイターのような服に身を包んだ格好のいいお姉さんが、ウェルカムドリンクを持ってこちらにやってくる。
「どうぞ」
お姉さんがきれいな笑顔で、グラスをこちらに渡してくれる。
「あ、ども」「ありがとうございます」「うむ」
三者三様に返事をして、ウェルカムドリンクを口に運ぶ。ワインのようなこの色合い、果実のジュースだろうか。
口に含んだ瞬間さわやかな味か口のなかに広がる。
「うまっ」「おいしいっ」「うむっ」
三者三様の歓声をあげる。
「早摘み葡萄のジュースです」
へえ、これは本当においしいな、やはり高級な宿屋で出すものは違うということか。このさわやかながら濃厚な味はまるでウェ○チ、いや、もっとおいしいかもしれない。すまないウェ○チ。
そういって、この口の中の液体を味わっていると、だれかに上着を引っ張られた。ナーシャかと思って振り返ると
「あの……」
なんと、おれの裾を引っ張っていたのはリエルだった。そこには少し恥ずかしそうに頬を染めていうリエルの姿があった。
「あの、ツカサ様。もう一杯もらってもよろしいでしょうか?」
ほとんど贅沢を言わないリエルのおねだりだ、聞かないわけにいかないだろう。
「お姉さん、大丈夫ですよね?」
「もちろんです」
そう言って完璧な笑顔を返してくれるお姉さんから代わりのグラスをもらうと、空になったリエルのグラスを受け取って渡してやる。リエルのきれいな金髪の頭をなでるとお姉さんに空いたグラスを返す。
きれいな所作でおれから受け取ったグラスをトレイに戻すと、お姉さんがカウンターの方へと案内してくれた。お姉さんについて受付へと向かっていくと、これまたきれいなお姉さんがカウンターの向こうで出迎えてくれた。なんだ、高級な宿屋ではお姉さんの質も違うというのか……龍の伊吹亭ではゴツイおっさんだというのに……
宿の支払いもマリアローズが行っているらしく冒険者証を出したら、ほとんど待たされることなく部屋の鍵を預かることができた。
案内された二階の客室の前につくと、細かい彫刻がされているこれまた立派な大きな扉に迎えられた。大きなドアには不似合いな、小さなカギでドアをあける。なにやら魔法の力でロックがされているらしい。
キィ
ドアが小気味いい音を立てて開く。
「おおー」「わぁ」「ふむっ」
部屋に設けられた大きな窓、白いカーテンを基調として、整頓されたきれいな部屋。スウィートになっているようだ、ドアから見える隣室にベッドが置かれているのがみえる。壁際の台には、ウェルカムフルーツとアルコール類がおかれており、本当になにからなにまで至れり尽くせりだった。
ふっかふかなベッドに飛び込んで
そういえば、先ほどのお姉さんが大変気になることを言っていた。
「当館には大浴場がありますので、ご利用の方は離れの方にお願いします。ご利用時間は……」
おれは荷物をおくと、リエルとナーシャへの説明もそこそこにタオルをつかんで大浴場へと向かった。
風呂だ、これは風呂に行かねばならん。
ツカサは決意した。必ず、かの極楽浄土にほんじんの心に触れなければならぬと決意した。ツカサには政治がわからぬ。ツカサは、単なる村人(今の職業は剣士だが)である。待ってろよセリ○ンティウス。
そんなくだらないことを考えながら、浴室へと続く大きな引き戸を開けると、待ち望んでたものが目の前に広がっていた。
「風呂だ!」
この世界にきて何か月たっただろう、その間一度も湯船には使っていない。湯船から上がる湯気に感動すら覚える。最近ではシャワーのみですませてしまう人も多いが、おれは日本人の心は米と風呂だとおもっている。
和風というよりは、テルマエロマエという言葉を思い起こさせるような洋風な風呂ではあったが、大人が20人は同時に入れそうな広い湯船はこれまで高まっていた風呂に対する欲求を受け入れるのに十分なものだった。
中途半端な時間にお風呂に入りに来たこともあっておれのほかに客はいなかった。
「よっしゃ」
そんな掛け声とともに、おれは湯船に全裸で特攻していった。
男の入浴シーンを描写しても一部の方の需要しか満たせないので割愛しておこう。
久々に身体の芯からあったまることができたおれは、上機嫌で部屋へと戻った。
そして、おれはいま部屋の真ん中で正座をしていた……なんでだ??
次回はリエル回?