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7 久里の神

 …………。

 …………あんまり痛くないぞ?

「むぎゅう」

「退魔師? あっごめん、ありがとう!」

 クッションになってくれたのか、助かった。あわてて身体を起こそうとしたが、退魔師に掴まれていて動けない。退魔師の手をどかし、ようやく立ち上がった。

「お、おい。どこか怪我したのか?」

 退魔師は動かない。顔を真っ赤にして仰向けに倒れたままだ。

 恐る恐る近づき、中腰になって聞くと、勢いよく立ち上がった。

「全然オッケー! こっちこそありがとう」

 は? なぜお礼を? まあいいか。

「おい、鼻血出てるぞ」

 ハンカチを渡そうとしたら素早く後退し、

「すまんすまん、こんな汚いもん自分のハンカチで拭くからっ」

 鼻血を拭き終えた退魔師、自分の両手を開いて見つめている。

「成田って姿勢がいいからな。意外と大きいんだ」

「なっ!」

 思わず両手で胸を隠してしまう。せっかく気にしないでいてやったのに。

「………………ばか」

(こーらー、退魔師いー!)

 目の前を一陣の風が通りすぎる。さっきのと同じやつだ。

 まさか小人!?

「わ、ばかよせ生きりょ、うわわっ」

 退魔師が再び仰向けに倒れた。

(亜美に何するんだー。俺だって触ったことないのにー!)

 おいこら。

 次の瞬間、僕の胸に飛び込んできたてっちゃんを——、反射的にけた。後ろへ通り過ぎ、中空に留まったてっちゃんを半目で睨む。

「そうかそんなに触りたいか」

(調子に乗りましたごめん亜美)

 転んだ退魔師の方を振り向くと、既に立ち上がっていた。が、またしても両手を開いて見つめている。

「わ、わざとじゃないからな。でもごめん。そしてありがとう」

 ——まだ言うか。ってか、こいつも楽しんでいやがるなセクハラ退魔師め。

 僕は指の関節を鳴らそうとしたが音が出ない。多少顔を赤らめつつ、拳を固めるジェスチャーを見せつけた。



「一か八かやってみたんだ」

 頰に鮮やかな紅葉マークを貼り付けた退魔師の説明によると、小人の退治に成功したらしい。

「お化けにはお化けをぶつければダメージを与えられるんじゃないか、ってな」

(人のことお化けって言うなー!)

「案の定うまくいったよ。だがまさかこれほどとは思わなかった」

 退魔師の鮮やかなスルースキルには脱帽する。あはは、てっちゃん落ち込んでるよ。

(でも、この技があれば! こんな俺でも亜美を守ってあげられるね! ……退魔師くんに投げ飛ばしてもらう必要があるけど)

 大きな瞳をきらきらさせるてっちゃん。あれ? 今ちょっときゅんとしたぞ。

「これっきりにしておけ、生き霊。無事に自分の肉体に戻る気があれば、な」

 低く真剣な声。僕らははっとして退魔師を見た。

「あれほどの光が飛び散ったんだ、あんただってノーダメージってわけにはいかないだろう。何か違和感はないか?」

 首を傾げるてっちゃんを見て、僕は震える声を漏らした。

「てっちゃん……。少し、薄くなってる……」

「この技は封印だ。今後一切使わない!」

 退魔師は強めの声で宣言した。



 ふと気付くと、僕らは鳥居のほぼ真下にいた。

「あれ、いつの間に」

「あぁ、多分さっきのお化けが結界を張っていやがったのに違いない。俺たちはこの歩道に入った時点で奴の術中にはまっていたんだろう。お陰でとんだタイムロスだ。とっとと石を失敬して病院に戻るぞ」

 そうだ、夏は日が長いとは言え、夕暮れ時が近い。悪魔というからには、やはり昼より夜の方が力を発揮するような気がするし。

 境内に移動して手頃な石を拾い集めていると、声をかけられた。

「ふむ、若者三人で掃除かの。感心、感心。おや、一人はさぼっておるな。それもまた面白い」

 この人、てっちゃんのことも見えてる! 生き霊って、意外とたくさんの人に見えるのか?

 あわてて声をかけてきた人物を見る。まず作務衣が目についた。

「神主さんですか?」

 朗らかに声をかけてくださったのだ、もし神主さんだとしても気さくな人柄に違いない。全部を打ち明けるわけにはいかないけど、石を借りることだけは伝えないと。

 そのためにも、きちんと視線を合わせて。

 背はかなり高い。二メートル近くありそうだ。禿頭白髯。赤ら顔で、鼻も高い——高すぎる。顔の厚みと同じくらいの長い棒が顔面の中心に刺さっているようだ。ちょっと待て、それってもしかして。

「て、天狗——」

「わしは久里。ここの神じゃよ」

 真横で擦過音がしたかと思うと砂埃が巻き起こる。思わず数歩離れて見ると、その場に退魔師が正座していた。

「神様。突然の非礼、何とぞお許しください。魔除けの石をお貸し頂きたく御願い奉ります」

 ええええ、本当の本当に、神様!?

「あー、堅苦しいのはいいから。なんならわしのこと、くりりんと呼んでくれてもいいのじゃぞ」

 勢いよく顔を上げた退魔師、口をあんぐりと開けている。どうやら二の句が継げない様子だ。

「——全部知っておるよ。この神社は病魔退散も謳っておるからの。金儲けのために」

 そう言うと、神様は僕に向かってウインクした。……なんてお茶目な。

「そこの生き霊。お主の両親が何度も参拝にきてくれてな。よい両親じゃ」

(……はい)

 てっちゃんは退魔師の隣に移動すると、正座して答えた。

 え、僕も正座するべき? 素足なんですけど……って、神様の前で迷ってる場合じゃないよね。

「これこれ、正座などせんでよい」

 助かった。

「先程は鳥居の外の事とは言え、異国のあやかしの侵入を許してしまい面目ない。わしの力も随分と弱まったものじゃ」

 腕組みをして頭を軽く振った神様は、すぐに笑顔を向けて朗らかに宣った。

「お主等は功労者じゃからな。褒美をとらそう」

「ぼ、僕は捕まってただけで何もしてません」

「異国の妖をこの地に立ち入らせてしまったのは、俺の落ち度です」

(原因を作ったのは俺です。俺が交通事故にさえ遭わなければ)

 慌てる僕らの言葉に、神様は目を細めて答えた。

「よいのじゃ、全て判っておる。わしこそがお主等を加護する立場なのじゃから。本来の力を持ってすれば、お主等に天恵を与えることもできた。じゃが、今それを言っても詮無きこと。力の衰えたわしは、鳥居の外に出ることさえできん。そこで、じゃ」

 神様は僕らが集めた石を地面に並べさせた。お祓いをし、神通力を授けるとの事だ。

 次の瞬間、神様の出で立ちが変わった。

 山伏の装束に身を包んで高下駄を履き、葉団扇を手に持っている。そして、背には一対の羽根。天狗としての正装だろうか。

「ふん」

 何をしたのかわからない。儀式は一瞬で終わった。

「金を取るための儀式ではないからの。それと退魔師」

「ああっ、神様までその呼び方をっ」

 退魔師は神様の前で正座したまま頭を抱えた。

「ふぉふぉふぉ。良い渾名ではないか。現代っ子はどうか知らんが、その昔は人間にとって花形の職業だったのじゃぞ」

 そう言いつつ、神様は白くて細長い短冊状のものを三枚、懐から取り出した。それを退魔師に手渡す。

「相済まぬが、これが今のわしにできる精一杯じゃ。ここから先はお主等に託すことしかできぬ」

「これ以上の加護をお願いするのは贅沢というもの。神様、感謝いたします」

「堅苦しいのはいいと言うておる。さほど時間があるまい、急ぐのじゃ」

 駆け出そうとしたところで、神様が呼び止めた。

「待て。小娘よ」

 僕なんかに、なんの用だろう。

「お主、目的を覚えておるかの?」

 えーと、あれ。何だっけ?

 神様は朗らかに笑うと、指を鳴らした。

 光が集まり、見慣れた形へと収束する。

 ギターだ。思わず、小さく声を漏らしてしまう。

「持って行け」

 神様の言葉と共に掌サイズにまで縮小したギター形の光は、僕の胸へと吸い込まれるようにして消えた。

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