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4 先走る妹

 あり得ない。

 少なくとも、てっちゃんの生き霊に出会うまで、僕は霊感なんかとは無縁の普通の人間だったはずだ。それが何故。

「あり得ないあり得ない。なんなのさここは一体」

 僕らの目の前には総合病院の建物が聳えている。てっちゃんはここに入院中なのだ。だというのに。

 病院に近付けない。いや、近付く気になれないでいる。


 戦国時代の足軽と思しき戦装束を着て、猫背ぎみに足を引きずって歩く人々。旧日本軍の制服に身を包み、一列に並んで整然と歩く人々。首のない人間。首が異様に長い人間。頭に角を生やした大男。

 ある者は壁に垂直に立ち、重力を無視して歩いて上がっていく。ある者は入院・通院患者と肩を並べて歩いて行く。医者や看護師の身体をすり抜けて歩いて行く者もいる。

 いずれも明らかに生きている人間とは別物とわかる、半透明な身体をした異形の群れ。そいつらが、病院の敷地内に所狭しとひしめいている。

「ごめんてっちゃん無理。あの病院無理っ。ほら、膝笑ってるもん」

(おかしいな。俺が入院した時からいるにはいたけど、これほど多くはなかったのに)

 いるんだ。やっぱり病院にはいるんだ!

 怪談などでよく言われるような、悪寒やら寒気を感じるようなことはないけれども……。お化け屋敷に堂々と入っていけるほどの勇気は持ち合わせていないぞ、僕は。

 完全に及び腰の姿勢で、僕は病棟を見上げた。

「でも、りりちゃんはここにいるんだよね」

 事前にてっちゃんの自宅に電話して確認したので、りりちゃんが病室にいることはわかっている。無駄足を踏むのを惜しむというより、ついさっきの自分の決意が早くも揺らいでいることが情けなくて言わずもがなの呟きを漏らしたのだ。

 僕が会いにきていること、りりちゃんに携帯で知らせようかと思ったが——。

(妹の番号を数字で暗記しているわけじゃないし、生き霊の身では自分の携帯も持ち歩けないし。急ぐ必要はないさ。莉々花だって夕方には自宅に戻る。それに病室でギター演奏するわけにはいかないんだし)

 僕だって病室で歌うつもりなんてはなからない。もちろんギターなんか持ってきていない。純粋にお見舞いのつもりでお菓子とお花だけを用意してきたのだ。もう病室に行くのはあきらめて、てっちゃんの自宅で待たせてもらうことにしよう。

「また後でね、りりちゃん」

 ただ、十年前の幼馴染みが突然押し掛けても、おばさんとしても困ってしまうだろう。僕としてもどれだけ間が持つか不安が募る。


 考えていても仕方がない。軽く頭を振ってから病院に背を向けると、目の前に男の人が立っていた。

「あっ、ごめんなさい」

 僕が急に振り向いたものだから、行く手を邪魔しちゃったのかも。そう思って謝罪したら、「いや」という短い返事が頭上から降ってきた。背の高い人だな。

「残念だがそれほど時間がないかもしれんぞ、成田亜美」

「……は?」

 目の前の人に突然話しかけられた。どうして僕の名前を?

 突然フルネームで呼ばれたのだ、とてもじゃないが良い気分とは言えない。こちらとしても礼儀を気にする余裕がなく、反射的に「誰?」と聞き返してしまう。でもこんな背の高い男の人、僕の知り合いにいただろうか。

 そもそも、夏休みの病院前で知り合いに会う可能性なんて微塵も考えていなかった。本当に誰だろう。首を捻りつつ頭ひとつ高い位置にある相手の顔を見上げると、そこには眉根を寄せた顰め面があった。同い年くらいの少年の顔だ。

「…………」

 刹那の沈黙を経て、溜息をく少年。この暑いのに黒Tシャツと黒ジーンズ。全身黒ずくめの中にあってナチュラルに茶色がかった頭髪がそれなりに目を引くが、短く刈り込まれていてやや地味だ。内面さえも暗そうな——。というか誰だよ、いい加減名乗れってば。

「いくら一学期の間ほとんど喋ってなかったからって、クラスメートの顔もわかんないのかよ、成田」

「へ? ……あ、あー」

 そうだそうだ、たしか数人の男子から『朗』って呼ばれてたっけ。こいつって、こんな尊大な口の利き方する奴だったのか。

「えっと、たいまし?」

「誰が退魔師か! 鯛間たいまだ。鯛間士朗(しろう)

 普段しゃべらない相手だし、制服じゃないからわかんないよ。まあでも、すぐにわかんなかったのは申し訳なかったかも。とりあえず宥めておくか。

「そんなに眉間に皺よせるなよ退魔師。顰めっ面がデフォルトになっちゃうぞ」

「ほっとけ! それと俺は鯛間だっての。いやそれどころじゃなかった……」

 退魔師は眉間に指を当てるとつまむように揉み出した。一応は気にしているみたいだな。

「成田にもだが、どちらかというとそっちの生き霊に用があるんだよ、俺は」

 一瞬、呼吸を忘れた。てっちゃんと顔を見合わせる。

 これまで僕の隣で大人しくしていたてっちゃんが退魔師に話しかけた。

(俺のこと、見えるの?)

「ああ、残念ながら見えるし、声も聞こえる」

(よかった、俺のことが見える人が増えたー)

 喜ぶなよてっちゃん。退魔師のやつ、『残念ながら』とか言ってるぞ。

「喜んでる場合じゃねえぞ生き霊」

 僕の台詞とられた。

 しかし次の瞬間、退魔師の口調が変わる。意外にもこちらを気遣うような、下手に出た話し方だ。

「いや……、すまん。最初に謝っとく。迷惑をかけているのはこちらだからな。俺の妹が未熟なばかりに、あんたの妹に余計な知識を与えてしまった」

 気遣いつつも尊大さが影を潜めない。その一貫した姿勢には呆れるより感心してしまう。


 しかし、退魔師が話し始めた内容に耳を傾けた僕とてっちゃんが絶句するまでに、多くの時間は必要なかった。

 すでに自分の肉体から抜け出てきたはずのてっちゃんが、さらに魂が抜けたような面になってしまっている。そしてきっと、この僕も。

 ……全く、なんてことだ。

 りりちゃんが、てっちゃんの身体を悪魔に捧げようとしているだなんて!

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