3 兄妹の歌
交通事故に遭った――てっちゃんは淡々とそう告げた。
夏休みに入りたてだった二週間前、てっちゃんは妹のりりちゃんと一緒に買い物に出かけたとの事。年頃の兄妹にしては仲が良すぎる気がするが、ふたりがあの頃のままでいてくれたのは幼馴染みとしてはちょっと嬉しい。
しかし、それは帰り道で起きた。
事故だ。蛇行する乗用車が歩道に突っ込んできたのだ。
先に気付いたてっちゃんは、咄嗟にりりちゃんを突き飛ばしたという。結果、りりちゃんは無事。
しかし、車はてっちゃんをはね飛ばした。
僕は二週間前の新聞を引っ張り出してきた。
『23日午後5時30分ごろ、○○市○○町の県道で、軽乗用車が近くに住む男子高校生縞岡哲司さん(17)をはねた。縞岡さんは全身を強く打ち意識不明の重体。○○署は、自動車運転過失傷害の現行犯で、軽乗用車を運転していた自営業○○○○容疑者(34)=○○市○○町=を逮捕した』
僕ん家のすぐそばじゃないか。てっちゃんたちもここに引っ越して来てたのか。いや、今はそれどころじゃない。
(不思議な体験だったよ。莉々花を助けることができてほっとしてたのに、あいつ泣き止まなくてな。肩に手を置いて落ち着かせようとしたのに、どうしてもできない。仕方なく、あいつの視線を辿ってみて……。混乱したよ。そこに自分が、血まみれになった俺が倒れていたんだからね)
やがて到着した救急車に、りりちゃんと一緒に乗り込んだ。彼女はベッドに横たわる兄の身体に向かって必死に呼びかけるばかりで、すぐ隣でその様子を見つめるてっちゃんには気付かなかった。
自発呼吸をしており、一刻を争う状態ではなくなったため一般病室に入院中だが、てっちゃんは依然として意識不明の重体だ。動かない自分の身体と悲しむ家族を見つめつつ、誰にも触れられず、誰からも気付いてもらえないまま二週間。
(生き霊……ってやつ?)
冗談めかして言うてっちゃんの胸中はいかばかりか。これが僕だったらこんなに落ち着いていられるだろうか。
(落ち着いてなんかいないさ。誰かに気付いてほしくてずっと外を飛び回っていたんだ。亜美に気付いてもらえて昇天するくらい嬉しかったんだぜ。あっごめん、亜美には迷惑な話だよね)
「……言うな」
てっちゃんは出会った頃のように大きく目を見開いた。
向こう側が透けて見えるてっちゃんの顔を睨みつけ、僕は言葉を続ける。
「迷惑だなんて言うな。昇天するなんて言うな! 僕が協力する。何が出来るかわかんないけど、なんとかするから」
あ、あれ。やだな僕。目の端から何かこぼれたぞ。
(ありがとう。……でも泣くなよ亜美。元通り、自分の身体に戻りたいのはやまやまだけど、そこまで亜美に面倒を見てもらおうとは思っていない。ただ、妹に伝えたいだけなんだ。あれからずっとそばで見ていたってこと。感謝してるってことを)
それだけでもとんでもなく厚かましいお願いだってこと、自覚しているよ。てっちゃんはそう続けると笑顔を見せ、僕の肩に手を置いた。
「なあ、てっちゃん」
僕の肩には、確かに――。
「感じるぞ、てっちゃんの手。りりちゃんにはさわれなかったのか?」
黙って首を横に振る。どうやら、何回試してもすり抜けるだけだったようだ。
なんにせよ、僕にはてっちゃんが感じられる。
だったらきっと、元通りになるはずだ。
「ところで、さ。買い物って、何? 単なる興味だから答えなくていいけど」
半透明のてっちゃんが体温を感じさせる笑みを見せた。実際、淡く輝いている気がする。
(あいつ、ギター始めたいって言ってね。受験生のくせに。だから、一緒に選びに行ったんだ)
「……」
(さっきの曲、妹が適当に歌っていた鼻歌をメロディーにしてみたものなんだ)
じゃ、絶対に聴いてもらわなきゃ。
まずは、りりちゃんに会いに行こう。てっちゃんの歌を届けるんだ。
「待っててね、りりちゃん」