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10 聴け歌を

「さて」

 てっちゃんの身体を操る悪魔が、頭上から声をかけてきた。

 僕はと言えば、さっきまでてっちゃんが座っていたベッドに仰向けに寝かされている。しかも、手首と足首をベッドの四隅に縛り付けられた状態で。

 拘束具は固いロープなどではなく、柔らかい布状のものだ。肌に食い込む痛みも感じないので結び目が緩いのかと思い、思い切り引っ張ってみたり全身でもがいてみたりした。ベッドがぎしぎしと音を立てたものの、どうしても手足が自由にならない。

 悔しさで視界が霞む。

「嘘つき。拘束しないんじゃなかったのか」

「うんまあ、緊縛プレイって癖になる魅力があるから教えてあげたいな、と。もちろん痛いことはしないよ。ちゃんと気持ち良くしてあげるから……。

 あははごめん、嘘、嘘」

 悪魔は好色そうな笑みを穏やかな微笑に変えると、ベッド脇から数歩離れた。

「…………」

 涙をぬぐうことさえできない。なおも睨み続けていると、悪魔は「そろそろだな」と呟いた。

「生き霊くんと退魔師くん、良い夢からすっきりと目覚めて帰る頃合いだ。生き霊くん、気持ちよく身体を明け渡す気になってくれているはず。彼には特に楽しい気分に浸ってもらえるよう腐心したのだからね。さて、彼の気が変わらないうちに契約を済ませてこなきゃ」

 やめろ馬鹿野郎。それはてっちゃんの身体なんだぞ。

 声を出せない。いま口を開いても嗚咽しか出そうにない。

「私が一度に操れる身体は三人までだからさ。万に一つでも君に邪魔されたくないんだ。契約が終わればすぐにほどいてあげる。なに、契約なんてものの数分だから」

 屈辱だ。こんな悔しい思いをさせられるくらいなら、僕にも夢を見せてくれたほうがマシだ。

「君にも夢を……? あぁ、それは考えてなかったな。だって今の君にとっての最優先は、生き霊くんがこの身体に戻ることみたいだからね」

 当たり前だ!

「とてもじゃないけど、私にとって都合の良い夢では、君は満足してくれそうもない。君だって、気持ち良くなれない夢なら見ない方がマシだろう?」

 意趣返しのような言い方に苛立ちが募る。思い切り睨み付けてやったが、悪魔の表情にはそよ風を受けた程度の変化さえ現れなかった。

 部屋の闇が再び濃くなっていく。

「それじゃ、亜美。ひとりにして悪いけど、数分だけ我慢してね」

 退魔師にしても僕にしても、悪魔が契約を交わすにあたって邪魔などできる状態ではない。それでも用心のため、てっちゃんのいる場所にりりちゃんと詩恵利さんを連れて行くというのか。

 人の気配が消えた。

 本当に僕ひとりになってしまったらしい。

 僕のポケットに神社の石はない。たとえあっても手足が動かせなければ意味がないけど。

 数分したら、てっちゃんの身体を手に入れた悪魔がここに戻ってくるのだろう。

 もう打つ手がない。万事休す。

「そんなの嫌だ……」

 考えろ、あきらめちゃだめだ。神様が力を貸してくださっているんだから。

 退魔師、起きろ。せっかく神様から護符を授かってるのに、使わずに帰るつもりか。

 てっちゃん、起きろ。生き霊のくせに寝てるんじゃない。身体、乗っ取られちゃうぞ。

 神様……。ごめんなさい。力を貸してくださったのに、僕らはそれを活かすことができなくて。

『お主、目的を覚えておるかの?』

 そうだ、そうだった!

 神様は、そう仰った。

(曲を伝えたい相手がいるんだ)

 唐突に脳裏に蘇る、てっちゃんの言葉。

 りりちゃんに歌を聴かせたいんだ。




——ノックをされて 耳塞ぐ

  ひとりにしてと意地を張り

  ひび割れた殻に手を添える

  いつしか耳を澄ませてる

  少年の頰は赤く染まり

  まっすぐな言葉を紡ぎ出す




 歌い出すと同時に、僕の胸のあたりに光が生じた。ギターだ。神様が授けてくださった光が、ギターの形となって顕現する。

 手足が自由になった。束縛が解けたのだ。

 僕の腕の中に、ギターの重みが感じられる。目を閉じてかき鳴らす。




——目を閉じればあの日の輝き

  まぶしすぎる優しい笑顔

  さし込んでくる 少年の夢

  心の奥が ざわめくの




 てっちゃんの声だ。いつの間にか唱和してる。

 不思議には思わない。だってこれはてっちゃんの曲だもの。

 りりちゃんに伝えるための曲。だから聴いて、りりちゃん。




——待っているのにどうして

  どうして静かになっちゃうの

  もう一度 扉叩いてよ




 目を開いた。

 詩恵利さんがいる。りりちゃんがいる。退魔師もいる。三人とも目を閉じている。

 てっちゃんは目を開いているが、こいつは悪魔だ。

 悪魔の正面には、てっちゃんの生き霊。鏡に映った自分と睨みあっているかのように同じ表情をしている。やっぱりてっちゃんは起きている。一緒に歌ってくれていたんだ。

(返してくれ、俺の身体っ!)

 生き霊のてっちゃんが、自分の肉体へと肉薄する。

「させないよ」

 数歩さがった悪魔が、りりちゃんと詩恵利さんの首根っこを掴み、二人の身体を盾にするかのようにてっちゃんの正面に向ける。

「今の君なら、僕のコントロールを退けて身体を奪い返すだけの力を身につけているようですね。でもそれ以上動いたら、この二人の魂を肉体から抜き取っちゃいますよ」

(卑怯な!)

「褒め言葉をどうもありがとう。どんな手を使っても人間界でのハーレムを人間の肉体で愉しみたいのでね。

 そんなに悪い条件じゃないと思いますけどねえ。気に入っていただけないとは不本意ですが、無理にでも契約していただくとしましょうか」

 退魔師、いい加減起きろ。詩恵利さんが目の前にいるんだぞ。

 りりちゃん、聴いて。僕は歌うから。

 聴いて、歌を!




——開いた扉の向こう  私の髪をなでる掌

  思い出した  少女の夢

  あなたの色でよみがえる




 僕はありったけの心の声で呼びかける。

 りりちゃん!

 詩恵利さん!

 退魔師!

 ——てっちゃん!

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