【第七章:曝光(暴露)】
朽ち果てた住宅。三人が順に門を抜け、跑車に乗り込む。
遠く雑草の生い茂る林の中から、そのすべてを監視していた精霊が、冷徹な視線を収めた。
精霊は耳元の通訊器を指で押さえ、遠ざかる車を見送りながら、低く沈んだ声で報告する。
「――三人の愚か者が失敗しました。……はい、私の正体は露見していません。……了解。直ちに帰還します」
歸路。靜まり返った車內。
「恋銃癖」がハンドルを握るスポーツカーは、一度工廠へと戻った。その後、獣人の隨扈は大男へ、精靈議長による「接見」の要請を伝える。大男は仲間を率いて自らの愛車に乗り換え、議長の住処へと向かった。
目的地に到着し、書斎へと続く廊下を進む。空気は氷點下まで冷え込んでいた。
先頭を行く獣人の隨扈は、冷汗を流しながら神經を尖らせている。議長令嬢は平靜を裝っているが、その內面は既にパニック状態で、絶望の悲鳴を上げ続けていた。
一方、最後尾を行く戀銃癖だけは、これからの「表彰」を期待して誇らしげだ。その前を走る大男は、至って冷靜、悠然と構えていた。
獣人が書斎の扉を叩くと、中から氷のように冷たい声が響いた。
「……入れ」
その声を聞いた瞬間、車椅子を押していた戀銃癖は、ようやく何かがおかしいと気づいた。
(……待て。俺、もしかして……処刑場に引きずり込まれてる?)
扉が開くと、そこは眩いほどの光に包まれていた。精靈議長がデスクの前に鎮座し、入室した面々を冷ややかに見據えている。それはまるで、検挙されたばかりの犯罪グループを審理する裁判官のようだった。
彼女の眼差しは、面々を瞬時に分類していく。――主犯:議長令嬢と大男。共犯:獣人の隨扈。そして、もっとも無実な(はずの)者:戀銃癖。
議長は、まず獣人の隨扈を問い詰めた。
「貴方の……職務は娘を守ることのはずね? なぜ娘が誘拐される事態を招いたのかしら。私は貴方を信頼していたのに、私に隠れて、勝手に娘を連れ回していたというの?」
その言葉は重槌となって、獣人の心臓を叩き潰した。
「……い、いえ、夫人……お聞きください……私は……」
言い淀む獣人の困惑を無視し、議長の鋭い視線は実の娘へと向けられた。睨まれた令嬢は背筋に凍りつくような寒さを感じ、何食わぬ顔で視線を逸らしたが、ぐっしょりと濡れた背中の汗が彼女を裏切っていた。
議長は令嬢の心中を見透かすようにデスクを叩き、語気を強める。
「貴方……何度言えば分かるの? 私は立場上、常に國政に追われながら、貴方の安全を案じているのよ。なぜ……そんなに無鉄砲なの? それに、彼とはいつ知り合ったのかしら?」
令嬢は母親と目を合わせられず、おどおどと答える。
「……その、道で……ぶらぶらしてたら……知り合った、っていうか……?」
娘を問い詰めても埒が明かないと悟り、議長は大男を正面から見據えた。
「貴方、正直に言いなさい」
大男は逸らすことなく、議長の瞳を真っ直ぐに見返した。
「……以前、あんたが俺のところを訪ねて去った直後、彼女が現れた。つまり、あんたは娘に尾行されていたってことだ。気づかなかったのか?」
真実を知った議長は、額を押さえてうなだれた。
(……あの時だったのね。世界樹よ、なんて悪趣味な冗談を……)
戀銃癖が青ざめた顔で、怯えながら小声で尋ねる。
「……あの、その……俺はもう、帰ってもいいでしょうか……?」
議長が怒気を孕んだ目で射抜く。
「誰が口を開いていいと言ったかしら?」
「イイィッ――!」
戀銃癖は恐怖に震え上がり、情けない悲鳴を漏らした。
議長は天を仰いで長く溜息を吐き、感情を鎮めようと試みた。そして、改めて娘へと視線を向ける。
「……父親を亡くし、寄り添う家族が一人欠けてしまったことは分かっているわ。私も激務で、なかなか時間を割いてあげられなかった……。母親として、それはとても不甲斐なく思っている」
議長は自らの襟元を握り、苦しげに言葉を継いだ。
「貴方は私の大切な寶物なの。誘拐されたと聞いた時、私の心がどれほど死にかけたか、分かっているの?」
次に大男へ視線を向け、冷徹に確認する。
「……種族を超えた感情が重罪であることは知っているわね? 私の危懼しているような関係でないことを願うけれど」
大男は一瞬呆気にとられ、目を細めて肩をすくめた。
「……せいぜい自分の妹だと思っているさ。彼女はただ、『取るに足らないデータの書き換え』を頼みに来ただけだ」
その言葉が落ちた瞬間、部屋は靜まり返った。
令嬢は驚愕に目を見開き、獣人の隨扈の表情は完全に崩れ落ちた。二人は同期したかのように大男を睨みつけ、腦內で絶叫した。
((……今、私/彼女を売ったわねッ!?))
議長はその場で凍りつき、しばらくしてようやく理性が再起動した。
「……データの書き換え? 娘が? 貴方に? ――學業の不正を頼んでいたというの?」
娘の小賢しさが夫に似たのか自分に似たのか、議長はもはや判断がつかなかった。大男は議長の誤解に気づき、訂正しようとしたが、事態の深刻さを天秤にかけ、あえてその誤解を放置することに決めた。
「お母様……違うの、私は……」
弁明しようとする娘を一瞥し、議長は力なく告げる。
「もういい、分かったわ。……本來なら外出禁止にすべきところだけれど」
議長は思案するように大男を見つめ、深く息を吸い込んだ。
「……大男。今日から、議長の名において命じます。娘がいかなる小細工を弄そうとも、すべて私に報告しなさい。貴方は『兄』として、彼女に正しい理念を教え込みなさい。……決して、悪い道へ引き込んではいけないわよ」
予想だにしない結末に、大男の顔から表情が消えた。
(……要するに、育兒の責任を俺に丸投げしたってことかよ)
夜は更け、深夜へと足を踏み入れようとしていた。
議長は大男を客室に泊まらせ、令嬢にはさらに一、二時間の説教を浴びせた。
ようやく解放され、耳が痺れるほど使い古された令嬢は、ある計畫を抱いて客室へ忍び込んだ。扉を叩いて中に入ると、わざとらしくしおらしい声を出す。
「お兄ちゃん❤」
大男は入り口を向き、目を細めて彼女を凝視した。
「……あんなに母親に絞られた後で、まだ何か企んでるのか?」
令嬢は余裕たっぷりに、意地悪な笑みを浮かべた。
「だって、私のことを『妹』だと思ってくれてるんでしょう? それに、自分から言ったじゃない。『データ改ざんを頼まれた』って。男子に二言はないわよね? お兄ちゃんが妹を可愛がるのは當然のことでしょう?」
その言葉に、大男の顔は土気色になり、だらだらと嫌な汗(顏汗)が流れ落ちた。
(……ふざけるな。保身のためのデタラメを交渉材料にしやがった……。完全に主導権を握られたぞ)
大男の表情を見た令嬢は、すぐさま両手を合わせ、可哀想な子を演じて祈るように頼み込む。
「お願い……今回だけでいいから。二・四・六日の要求だけ聞いてくれればいいの。あとは自分で頑張るから……」
大男は相変わらず細めた目で問い返す。
「次は?」
令嬢は真顔で答えた。
「次は當然、一・三・五・七日の要求。それ以外は自分でやるわ」
大男はしばらく彼女を見つめていたが、最後に片方の眉を跳ね上げて釘を刺した。
「……母親にバレるなよ」
深夜。令嬢が満足げな笑みを浮かべて眠りについた頃。
獸人の隨扈は議長的指示通り、戀槍癖を送り届けた。
戻ってきた隨扈は、静まり返った廊下を独り歩いていた。辿り着いたのは書斎。彼は生唾を飲み込み、デスク的前に座る議長の前へと進み出た。
「夫人、お呼びでしょうか……」
自らの失態ゆえに、獣人は身を縮めている。
「楽にして……。貴方は我が家に仕えてもう四十年近くになるわ。……あのお転婆な娘のしたことよ、貴方を責めるつもりはないわ」
議長は対面の椅子に座るよう促した。獣人は一礼して腰を下ろすと、議長は二つのグラスに葡萄酒を注ぎ、一方を彼に差し出した。
「夫人、本当に申し訳ありません……信頼を裏切るような真似を……」
「娘に家族の温もりが欠けていることは分かっているわ。けれど、貴方も彼女を甘やかしすぎよ」
議長はワインを一口含み、靜かに首を振った。
「……昼間の、國家情報に関わる件。もし何か問題が起きれば、私が責任を持って対処いたします」
獣人が顔を上げ、真剣な眼差しで議長を見つめた。
議長はグラスの中の液体を見つめ、小さく笑った。
「……深く考えなくていいわ。國家の情報部門とは、まったくの別物よ。あの子は、あそことは何の関係もないわ」
獣人は困惑して聞き返した。
「……え?」
議長はワインを見つめ続け、その芳醇な香りに思い出を重ねるように語り始めた。
「……覚えているかしら? 深淵侵攻の際、勇者パーティーが重要都市を奪還した時の祝宴を」
「もちろんです。あのお嬢様が、貴方を捜して泣きじゃくっていた時ですね」
「……あの日、私が一人の、パイプを咥えた軍官と一緒に立っていたのを覚えている?」
議長の声は、次第に深みを帯びていく。
獣人は眉を寄せ、当時の記憶を掘り起した。「……記憶にあります」
議長は腦裏に、常に軍用コートを羽織り、パイプを燻らせていた男の姿を浮かべていた。無意識のうちに微笑を浮かべて説明する。
「……あの子は、あの軍官の遺孤なのよ」
その一言で、獣人は大男が議長にとって決して「ただの少年」ではないことを悟った。
「……失礼いたしました、夫人。そのような経緯があったとは……。もし彼に私の助けが必要なら、この命、捧げる所存です」
だが、議長は不意に吹き出し、楽しげに返した。
「……むしろ、貴方のほうが彼らの助けを必要とすることになるでしょうね。――**『剣と短剣』**の秘密を」
「剣と……短剣?」
「深淵が勇者たちによって各個撃破された――それは誰もが知る伝説。けれど、真実は違うわ。これは当時、議会によって封印された極秘事項……あの変わり者の軍官による、脅迫じみた要求でもあったの。けれど、今日貴方たちは彼と接触してしまった。もう隠し通すことはできないわね。真実を話してあげるわ」
【ナレーション】
「おや、読者の諸君。今日も私の物語を聞きに来てくれたのかい? ふむ……どれどれ……。おお! これは絶品だ」
「おっと……これは十五歳未満お斷り(R-15)だな……」
「ん? 私は誰かって? 私は『ナレーター』だよ……」
「これからマッド・シリーズ(瘋特)の成り立ちと事跡について語ろうと……」
「えっ? まだ私の番じゃない? おっと失礼、続けてくれたまえ……(退場)」
議長の長い話が終わった後、獣人の隨扈は、開けてはいけない蓋を開けてしまったかのような、沈痛な面持ちで呟いた。
「……そんなことが、あったとは……」
議長はいたずらっぽく笑った。
「……さて、今でも彼が貴方の助けを必要としていると思うかしら?」
獣人は沈黙した。心境は複雑極まりない。高原獣人の先祖たちがこのような敵と対峙せずに済んだことを喜ぶべきか、あるいは、これほどの怪物が味方であることを幸運と思うべきか。
長い熟考の末、獣人は四文字の言葉を返した。
「……彼を、尊敬します」
対話が終わり、獣人は廊下へ出ると、部屋の中の議長に深く一礼した。
「夫人、どうかお早めにお休みください。お体に障ります」
彼は靜かに扉を閉め、ゆっくりと廊下を歩き出す。途中、令嬢の部屋の中を確認し、続いて客室へと向かった。
今、この部屋には大男が泊まっている。獣人は同じように音もなく扉を開け、中の様子を確認してから靜かに閉めた。
彼は、腕を失ったことで味わった不便と、種族としての屈辱を痛感していた。だが、大男の正體を知り、自分よりもさらに過酷な障害を負いながらも、それを物ともしない彼の意志に、心の底から敬服していた。
獣人は、自らの寢所へと歩みを進めた。
海に面した断崖絶壁。
大男は餌をつけ、釣り竿を大きく振りかぶって海へと投げ入れた。崖の縁に腰を下ろし、獲物がかかるのをじっと待つ。今夜は大物を釣り上げ、食卓に彩りを添えたい。母、父、そして妹……家族で囲む夕食の団欒を、彼は甘く、幸せに予想していた。
だが、待っている間、視界の端に異様な光景が映り込む。
本能的に視線を向けると、崖下の浜辺で不可解な現象が起きていた。人型のような……いや、巨大な人型の生物の群れが、海の中から這い上がってくる。そのシルエットは不気味な紫色を帯び、武器を手にしていた。
大男の心臓が不安で跳ね上がる。彼は釣り竿を放り出し、家へと向かって駆け出した。
息を切り、家の扉を激しく押し開ける。家族にこの慘劇を伝えようとしたその瞬間、轟音が響き渡り、視界は漆黒に染まった。
次に目を開けた時、目の前には母と妹が靜かに横たわっていた。
手を伸ばそうとした。母のそばへ這い寄ろうとした。
だが、彼は気づく。足の感覚が、まったくない。
やがて、視界は再び深い闇へと沈んでいった。
ハッと目を開けると、そこには精緻な裝飾の施された天井があった。
激しく上下していた胸の鼓動が、次第に落ち着きを取り戻していく。
彼は、令嬢が誘拐された時の光景を思い出した。犯人に突き飛ばされ、床に這いつくばりながら、なす術もなく連れ去られる彼女を見送るしかなかった自分を。
大男はしばらく沈黙し、ある「妥協」をすべきだと考えた。
(……やはり、あいつと、もう一度ちゃんと話をする必要があるな……)
この夜。満天の星空の中を、一台の運輸機が高速で切り裂いていった。
內容の急な変更、誠に申し訳ございません。
こちらの不手際により、修正したはずの内容が反映(保存)されていないことに気づかず、誤った状態のまま投稿してしまいました。投稿後に気づき、急ぎ修正いたしましたが、一足遅く、誤った内容を読者の皆様に見せてしまう結果となりました。
すでに読んでくださった方々には、混乱を招いてしまい、心よりお詫び申し上げます。私の不注意でご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません。




