表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

【第六章:学士、銃狂い、そして恋銃癖(ガンマニア)】

「……ガキが……あの女の……娘だと? ……話が違う……」


「パトカーは……撒けたな……とにかく……金とパスポートを……」


「ガタガタ言うな。さっさと引き渡して、ここをずらかるぞ」


 意識が混濁する中、途切れ途切れの会話が耳に届く。

 議長令嬢がようやく目を覚ますと、自分は芋虫のようにぐるぐる巻きにされ、冷たい床に転がされていた。


 彼女は首を動かし、周囲を探るように視線を走らせる。

 塗装の剥げ落ちた壁、埃とゴミにまみれた床。どうやら廃屋へと連れ込まれたらしい。


「おっ、クソガキが起きたか? 見ろよこの無様な姿、まるで虫ケラだな! ぎゃはは!」

 彼女が目を覚ましたことに気づいた誘拐犯Bが、嘲笑いながら令嬢を軽く蹴りつけた。令嬢が怒りに燃える瞳で睨みつけると、Bは不快げに毒づいた。

「ああん? 何睨んでんだよ! お前のせいでこっちは一日中散々だったんだぞ!」


「よせ、放っておけ。どうせ仲介人に引き渡せば、こいつには地獄が待ってるんだ。指か耳の数本は覚悟しなきゃな……」

 誘拐犯Cが令嬢を睨み据えた後、Bに向かって命じた。

「それより、Aの様子を見てこい。ここに戻ってからずっと魂が抜けたみたいに外に突っ立ってやがる」


「ああ、分かったよ! 全く、シケた面しやがって!」

 Bは後頭部を掻き毟り、不機嫌そうに部屋の外へと出て行った。


 令嬢は犯人たちの会話の隙を突き、縛られた手のひらをわずかに動かした。犯人の一挙一動を監視しながら、頭の中で「火種」を創造するための要素エレメントを集中させる。

 しかし、彼女の掌はまるで真空に陥ったかのように、何の共鳴も捉えることができなかった。


 Bが外へ出た後、犯人Cの視線が再び令嬢へと戻る。彼女が必死に隙を探そうと視線を巡らせているところを、まともに見咎められた。


 Cは口角を吊り上げ、令嬢の前にゆっくりと腰を下ろした。

「……無駄だぜ、ガキ。ここはとっくに結界を張ってある。このエリアじゃあ、誰一人として魔法は使えねえ」


 令嬢は視線を逸らし、Cの背後にある窓の外を見つめた。

(……今頃、獣人の随扈が追っ手を連れて向かっているはず……)

(……それまで、何か他に方法を考えなきゃ……)


 ==================================


 ビッグボーイは監視カメラの映像を解析し、リアルタイムで「端正なエルフ」へと状況を報告していた。二人の乗った車はインターチェンジを降り、人里離れた場所へと差し掛かる。


 スポーツカーが静かに停車した。エルフが車を降り、トランクからおもむろに銃器を取り出す。彼は愛おしそうに銃身に口づけを落とし、優しく囁いた。

「愛しいマイ・ハニー、窮屈な思いをさせてすまなかったね……」


 後から降りてきた獣人の随扈は、その光景を目の当たりにして固まった。

(……こいつ、やっぱり……どこかおかしいんじゃないか?)


 続いてエルフは、プロペラが回転する小型の装置を手に取った。放電する魔法水晶を差し込み、空へと放り投げる。装置は水晶の魔力によってプロペラを回し、中空でピタリと静止した。レンズが収縮し、周囲の偵察を開始する。


 エルフは通信機を手に取り、レンズを覗き込むように尋ねた。

「……ああ、画面は見えているかい?」


『ああ、見えてる。待て、怪しい場所をマーキングする』

 通信機からビッグボーイの返声が届く。飛行ドローンは出力を上げ、高空へと舞い上がった。


 エルフがドローンを見送っていると、ほどなくして通信機からビッグボーイの声が響く。

『このエリアは妙だな。魔力波形が強制的に干渉されている。映像の伝送が阻害されているようだ。これ以上は操作できない。……おそらく、魔法干渉の結界が張られている』


『位置は君たちの「マイナス10、36」の方向だ。さらに高度を上げて、異常がないか探ってみる』


『……よし。画面上で修正、位置「マイナス11、21」。一棟の建物がある……』


『確定だ。あのワンボックスカーが見える。……「恋銃癖ガンマニア」、これ以上は俺が君の目になることはできない。あとは現場の判断に任せるぞ』


 ドローンが再び二人の視界に現れ、エルフの掌へとゆっくり着陸した。

 恋銃癖はドローンをトランクに片付けると、自信たっぷりに前髪をかき上げ、通信機に向かって答えた。

「この天才に解決できない問題なんて、この世に存在するのかい?」


 恋銃癖は銃を携え、獣人の随扈に顎で付いてくるよう促した。二人はビッグボーイの報告した方向へと、足早に踏み出した。


 ==================================


 砂利を踏みしめる音が近づく。


 誘拐犯Bが外に出ると、空はオレンジ色に染まり、太陽が西の地平線に沈もうとしていた。塀の上に座り、背を向けている誘拐犯Aは、力なく肩を落とし、うなだれている。


 Bは腰に手を当てて怒鳴った。

「おい! いつまでいじけてんだ。漏らしたぐらい大したことじゃねえだろ。後で一杯ひっかけて、今朝のことは全部忘れちまえよ、な?」


 Aは微動だにしない。Bは苛立ちを募らせ、Aに歩み寄る。

「おい! 何とか言えよクソが! 人前で漏らしたわけじゃねえんだ、何をそんなに落ち込んでやがる……」


 BがAの目の前に回り込んだ瞬間、彼は驚愕し、慌てて腰の拳銃を抜こうとした。しかし、叫び声を上げるよりも早く、彼は前方へと崩れ落ち、数条の鮮血が舞った。


 うなだれていたAの体からは、既に枯れかけた血が滴っている。そして、地面に顔を伏せたBの死体は、Aの血溜まりの中に沈んだ。Bの後頭部には黒く焦げた風穴が空き、そこから淡い煙が立ち上っていた。


 二体の死体から少し離れた草むらの中から、恋銃癖がゆっくりと立ち上がった。魔法水晶を装填した彼の銃口からは、熱気が立ち上っている。


 恋銃癖は屈み込んでいた獣人の随扈を振り返り、確認した。

「……そっちから見て、他に動いている奴はいないかい?」


 あまりにもあっさりと二人の誘拐犯を仕留めた手際に、獣人は息を呑んで答えた。

「ああ……いないな」


「奇妙だな……たった三人だけか?」

 恋銃癖は不審げに眉を寄せ、周囲を一瞥して増援がいないことを確認した。彼は獣人に向き直る。

「君、先にこの二体の……ああ……『遺体』を隠しておいてくれないか? 後で正規の機関に掃除させるから」


 ==================================


「クソが、約束の時間だっていうのに、仲介人の野郎、影も形も見えやしねえ」

 誘拐犯Cは窓の外の暮れゆく空を見つめ、苛立たしげに独り言をこぼしていた。

「……まさか、俺たちをハメる気か……?」


「ダメだ……これ以上は危険すぎる。ずらかるぞ」

 焦燥に駆られたCは、床に転がっていた令嬢を乱暴に引きずり起こした。その目は血走り、邪悪な決意に満ちていた。

「クソガキ、お前の立場がどうだろうが、知ったことか……」


 Cは腰から長銃身の輪軸式拳銃りんじくしき けんじゅうを抜き放ち、令嬢の顎に押し当てた。氷のような冷たい銃口を突きつけられ、令嬢の表情に初めて恐怖が走り、呼吸が激しく乱れ始める。


「恨むなよ。恨むなら、来なかった仲介人を……」


 Cが言い終わる前に、入口の扉が勢いよく蹴り破られた。見知らぬ精霊の男が乱入してくる。Cは慌てて令嬢を盾にし、そのこめかみに銃口を突きつけて叫んだ。

「誰だ貴様ッ!」


 令嬢は、その美しい長髪の精霊を一目見て、瞳を輝かせた。彼女はこの男を知っている。至高連合学府ハイ・ユニオン・アカデミーでも有名な、あの**「第二学士」**だ。


 その瞬間。

 恋銃癖の視線が、犯人の握る「あるもの」に固定された。彼は驚愕し、震える声で感嘆を漏らした。

「……おお、わが世界樹セフィロトよ。なんて……なんて美しく麗しいお方だ」


 恋銃癖と視線が合った令嬢は、瞬時に頬を熱く染めた。同時に、精霊の腰元にある拳銃から、一瞬の火花が散る。


 刹那の間。

 犯人Cは、糸の切れた人形のように呆然とした表情で、令嬢と共に床へと倒れ込んだ。


 令嬢は、自分の方へと歩み寄ってくる恋銃癖を、熱い眼差しで見つめ続けた。胸の鼓動は早まり、傍らで絶命した犯人のことなど、もはや目に入っていない。


 しかし、恋銃癖は手にしていた愛銃を床に滑り落とすと、鼻を撃ち抜かれた犯人Cの手元へと猛烈な勢いで駆け寄った。彼は震える手でその輪軸式拳銃を拾い上げ、感動に打ち震えながら囁いた。

「ああ……マイ・ディア! こんなに近くにいたなんて、運命の出会いじゃないか!」


 令嬢の体は、まるで石化の呪文ペトリフィケーションをかけられたように凍りついた。遅れて部屋に飛び込んできた獣人の随扈も、その光景に門口で立ち尽くした。

 二人の脳裏には、全く同じ言葉が浮かんでいた。


(……第二学士の頭……壊れてるのか?)

(……やっぱり……こいつ、マトモじゃない……)


「怖がらなくていいよ。私が悪人の手から君を救い出したからね、わが美しき人よ」


 少女たちが憧れるはずの美しい精霊が、あろうことか「銃」に向かって頬ずりし、愛を囁いている。

 令嬢の瞳から光が消え、額には青筋が浮かび上がった。


 彼女は芋虫のように体をくねらせ、恋銃癖の足元へと潜り込む。そしてバネのように体をしならせ、両足で彼の弁慶の泣き所(脚)を全力で蹴り飛ばした。

「んぐっ! んぐぐぐぐ! んぐーっ!!(さっさと解けって言ってんのよ、この変態ッ!!)」


 予期せぬ衝撃に、バランスを崩した恋銃癖は無様に尻餅をついた。そして、その手に捧げ持っていた輪軸式拳銃が、無慈悲にも床に叩きつけられた。


 輪軸式拳銃は銃身から着地し、無惨にもぐにゃりと曲がってしまう。その結果を目の当たりにした恋銃癖は、魂が抜けたように動かなくなった。


 その横で、獣人が慌てて令嬢の元へ駆け寄り、結束バンドを解いて彼女を背後に庇った。恋銃癖がショックで暴走するのを恐れたのだ。


 呆然としていた美しい精霊は、しばらくして正気に戻ると、震える手で自分の「元・愛銃」へと這い寄った。そして、曲がった輪軸式拳銃を指差し、必死に弁明し始めた。


「ごめん! ごめんよ、マイ・ハニー! あの魔女が術をかけて僕の目を眩ませたんだ! 呪わしい奴め! 愛しい人、僕を許してくれ!!」


 学園のアイドルのあまりにも無惨な姿に、三観(価値観)を粉々に砕かれた議長令嬢は、ついに堪りかねて怒鳴り散らした。

「……なんなのよ、こいつ一体全体ッ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ