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【第九章:嵐の前の静けさ(二)】

 ゴブリンの助けを借りて荷造りを終えた大男は、獣人の随扈ずいこが工場に到着するのを待った。

 獣人の到着を見届け、大男はゴブリンとドワーフを貨物車へと見送り、工場の重い門を閉ざした。そして獣人の手助けを受けて車に乗り込んだ。


 道中、令嬢の描いた「脚本」に従わざるを得ない二人の間には、何とも言えない気まずい空気が流れていた。

 助手席の大男がふとコンソールに目をやると、無造作に放り出されたクリスタル・レコードが目に入った。そこにはロック風の派手な文字が印字されている。

(……まあ、あの性格だ。驚くことじゃないな……)


 獣人が先に沈黙を破った。その声にはどこか疲れが滲んでいる。

「……申し訳ありません。お嬢様の幼稚な我が儘をご容赦ください」

「気にするな。何も言ってないさ」

 大男はレコードを見つめたまま、今は亡き肉親の姿を思い出していた。

(……もしあいつが生きていたら、これに興味を持ったかもしれないな)


 屋敷に戻ると、獣人は車椅子を押し、大男を再び客室へと案内した。

 扉が開くと、そこには以前はなかったハードウェア設備が増設されていた。大男は眉をひそめる。

「……これは?」


 獣人は引きつった笑いを浮かべ、気まずそうに説明した。

「……この設備は、お嬢様が貯金をはたいて私に用意させたものです……」

 大男は、自宅のものより簡素な投影装置を眺め、苦笑した。

「……あとは労働契約書さえあれば完璧だな」


 獣人は軽く咳き込み、申し訳なさそうに頭を下げた。

「……ご迷惑をおかけして、本当に……」

「いいさ……ただ、あいつがここまでやるとは思わなかっただけだ」

 大男は手を振り、ざっと設備を確認した。

(……自宅ほど完璧じゃないが、これなら十分使える……)


 思案した後、大男はポケットから金属と結晶が組み合わさったカードを取り出し、獣人へと差し出した。

「悪いが、今度はこちらから頼みがある。俺はこの通り不自由だ。このカードには俺の資金が入っている。設備の代金は、ここから令嬢に返しておいてくれ。あいつには内緒だぞ」

 部屋を出ようとする獣人の背中に、大男はさらに付け加えた。

「そうだ。あいつの好物くらい知っているだろ? 何か買ってやってくれ。……あまり度が過ぎない程度にな」


 その夜。

 書斎で政務書類に目を通していた精霊議長は、控えめなノックの音に顔を上げた。「入りなさい」


 扉が開くと、車椅子を自ら漕いで入ってきたのは大男だった。

「……邪魔したかな、議長」

 獣人でも娘でもない、予想外の来客に議長は驚きを露わにした。

「貴方……どうしてまだここに!?」


「まあ、事情ってやつだ……」

 大男は肩をすくめると、今日起きた出来事のすべてを話し始めた。

 経緯を知った議長は、額を押さえて絶望的な表情で謝罪した。

「……ごめんなさい。あの子の……あのお転婆のせいで、貴方にまで迷惑を……。後で厳しく言い聞かせておくわ」


「いや……そうやって叱れば、あいつはもっと巧妙に隠れるようになるだけだ」

 大男は力なくそれを制止し、真剣な眼差しで報告した。

「議長。あの輸送機とパイロットについてだが、俺が徴用したい。軍との調整をお願いできるか」

「目的については、帝国の飛行体備案に役立てるつもりだ。軍機の費用については、ローンか一括で支払う用意がある……」


 大男の要求に、議長は長い沈黙に陥った。やがて、彼女は重く口を開いた。

「分かったわ。軍との調整は私が引き受けましょう。資金の面も……少しでも負担が減るよう、掛け合ってみる。けれど、もし交渉が決裂した場合は、慎重に対処しなさい。これは決して小さな問題ではないのだから」


 大男は微笑んで答えた。

「あんたが俺たちを信じてくれるなら、脅威は必ず排除してみせるさ」


 一夜が明け。

 大男は帝国エルフから得た供述と、数日間かけて集めた資料を照らし合わせ、その情報が虚偽ではないことを確信した。


 夜明け前、大男は早々に目を覚まし、設備の前に座り込んでいた。持参したデバイスを接続し、保存されていた帝国軍の高権限アカウントを抽出する。暗号化された情報の隙間から、計画の糸口となる脆弱性を探し出そうとしていた。


 時間が過ぎ、休日で暇を持て余した令嬢が扉を叩いた。返事も待たず、彼女は当たり前のように部屋に滑り込んできた。

 大男が投影画面に全神経を集中させているのを見て、彼女は殊勝にも椅子を引き、静かにその横に腰を下ろした。


 昼近くになり、半分ほど意識を現実に戻した大男は、隣の令嬢が半日も大人しくしていることに驚いた。

「……半日も俺の作業を眺めていて、退屈じゃないのか?」


「退屈に決まってるじゃない。でも、貴方が忙しそうだったから」

 令嬢は大男の操作する画面を覗き込み、彼が何をしているのか理解しようと努めていた。

 大男は無意識のうちに言葉を返した。

「……ある計画のための事前準備だ」


 その言葉に、令嬢の目が輝いた。

「何の計画!? 私、結構役に立つわよ!」

 関わらせるべきではない、と直感した大男は即座に方便を捻り出した。

「大したことじゃない。ある『ブツ』を帝国の『古い友人』に届けたいんだが、どういう形式なら成功するか考えていたところだ」


 令嬢は一瞬呆気に取られたが、至極当然といった調子で言った。

「そんなの簡単じゃない。**『宅配便デリバリー』**で送ればいいのよ」


(――宅配? 軍事物資を、帝国の物資リストをハッキングして偽造し、軍用輸送機を民間に塗り替えて、軍需品として戦艦内へ潜り込ませる……)


 視界が開けた大男は、片眉を上げて令嬢にニヤリと笑いかけた。

「ほう……そいつは名案だ。よく思いついたな」


「ふふん、私を甘く見ないことね。これでもアカデミーの首席なんだから!」

 令嬢は誇らしげに胸を張った。

「……その賢いアイデアに、何か報酬でも出すべきかな?」

 大男が満足げな表情で彼女を見つめると、令嬢は少し照れたように視線を逸らした。

「……別に、そんなのいいわよ。貴方には色々助けてもらったし、これからも助けてもらうんだから。これは公平な取引……。お互い様ってやつよ」


 大男は心中で安堵の溜息を吐き、微笑みながら首を振った。「……ちょっと待ってろ」

 彼は再びキーボードを叩き、マウスを動かし始めた。令嬢は何が起きているのか分からず、ただその操作を見守っていた。


 大男は画面に表示されたスケジュールを凝視した。

「……七日後だ。至高連合楽団ハイ・ユニオン・オーケストラのコンサートが、某市のスタジアムで開催される。先行予約は三日前からだ。あとは自分の力でやれ」


 令嬢は一瞬、何のことか分からず固まっていたが、やがて驚愕の声を上げた。

「えっ!? 彼ら、コンサートの告知なんて一度も……って、なんで私が彼らのファンだって知ってるのよ!?」


「車の中にアルバムがあった。獣人の随扈がアイドルオタクだとは思えんし、消去法であんただ」

「……そんなことまで調べられるの!?」

「ああ、朝飯前だ。……だが、いいか。情報をやることはできるが、それ以上の手出しはしない。あとは自力で掴み取れ」


「それで十分よ! すごいわ! 世界樹の加護だわ!!」

 令嬢は激しく興奮し、飛び上がらんばかりに喜んだ。

「お兄ちゃん、ありがとう! 生で聴けるなんて、初めてだわ!」

 彼女は大男の手を掴んでブンブンと振り回し、そのままスキップしながら部屋を飛び出していった。


 静まり返った室内。大男はしばらく入り口を見つめていたが、やがて頭を振り、再び計画の策定へと没頭し始めた。

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