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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第3話 ツギハギの魔王と、色褪せた少女

灰色の未完成なポリゴンが剥き出しになった崩壊都市の最深部。

 空からとめどなく降り注ぐ「ボツ原稿の雪」は、街の奥へ進むにつれてその密度を増し、まるで猛吹雪のように三城さんじょうの視界を真っ白に染め上げていた。

 紙切れが頬を掠めるたび、「俺のヒロインを返せ」「こんな結末で終わるはずじゃなかった」といった、打ち切りにされた作者や消去されたキャラクターたちの怨念めいた思念が、チリチリとしたノイズとなって脳髄に直接響いてくる。

 そんな狂気に満ちた吹雪の中を、右半身のテクスチャを失ったプロトタイプの勇者・アルスが、足を引きずりながら進んでいく。ガシャン、ズリッという痛々しい金属音と、彼が遺す緑色のワイヤーフレームの足跡だけが、今の三城にとって唯一の道標だった。


「……おい、勇者。まだ着かないのか?」

 三城が声をかけても、アルスは振り返らない。兜の奥に貼り付いた『ERROR:データが参照できません』という黒いウィンドウをチカチカと明滅させながら、ただひたすらに「守る……■■を、守る……!」という、割れたスピーカーのような壊れた音声データを繰り返している。

 やがて、猛吹雪の向こう側に、ひと際巨大な建造物のシルエットが浮かび上がった。


 それは、豪奢なゴシック建築を思わせる、大教会の残骸だった。

 本来ならば天を衝くはずの壮麗な尖塔は、半ばで無惨にへし折れ、重力を完全に無視して空中にプカプカと浮遊している。壁面の巨大なステンドグラスはすべて何者かに叩き割られており、代わりに毒々しい紫や赤の「エラーコード」の文字列が、まるで蜘蛛の巣のように枠にへばりついて明滅していた。

 神聖さなど微塵もない、破棄されたデータたちの巨大な墓標のような異様な佇まいだ。


 アルスはその大教会の重厚な両開き扉の前に立つと、テクスチャが剥がれ落ちた左手で、力任せにそれを押し開けた。

 ギギギギギ……ッ!

 錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、扉の表面からひび割れた木目のテクスチャがパラパラと剥がれ落ちていく。


 三城はアルスの背後から、教会の内部へと足を踏み入れた。

 中は、外の吹雪が嘘のような異様な静寂に包まれていた。ドーム状の高い天井からは、ステンドグラス代わりのエラーコードを透過した不気味な光が、斑模様になって床の石畳を照らし出している。

 祭壇へと続く長い赤絨毯は、所々が焼け焦げたように黒く変色し、その周囲には無数の木製ベンチが乱雑にひっくり返ったり、空中に突き刺さったりしていた。


 そして、その最奥。

 首から上が欠損した巨大な女神像の足元に、三城が探し求めていた存在はいた。


 三城は崩壊した教会の中で、ノイズ混じりの色彩を持たない一人の少女を発見した。

 年齢は十代半ばほどだろうか。彼女は冷たい石の床に力なくへたり込み、両膝を抱えるようにしてうずくまっていた。

 異常なのは、その姿だ。

 彼女の身体には、一切の「色」が存在しなかった。髪も、肌も、身に纏っている素朴なワンピースも、すべてが古いモノクロ映画のように色褪せている。それだけでなく、彼女の輪郭そのものが、電波の悪い古いアナログテレビの砂嵐のように、常にザザッ、ザザッと耳障りなノイズを立てて激しくブレ続けていた。


「……お前が、あの『ストーカー』か?」

 三城が警戒を解かずにゆっくりと歩み寄りながら問いかけると、少女はビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

 色彩を持たない灰色の瞳が、三城の姿を捉える。その目には、死を目前にした恐怖よりも、すべてを諦めきったような深い諦観の色が濃く滲んでいた。


「あなたは……輪廻庁の、審査官……?」

 少女の口から紡がれた声は、鈴を転がすように澄んでいたが、やはりどこか機械的なノイズが混じってひび割れていた。


「ああ。ストーリー課の三城だ。お前がいつもコソコソと俺たちの管轄の物語を覗き見してたから、わざわざこんなゴミ箱の底までお迎えに来てやったんだ。……立てるか?」

 三城が手を差し伸べようとした、まさにその時だった。


 ズズンッ……!!


 突然、教会全体を巨大な地震のような激しい震動が襲った。

 天井からパラパラとポリゴンの破片が降り注ぎ、三城は咄嗟にノートとペンを構えて身構えた。

「なんだ!?」

「だめ……逃げて……。それが、来る……」

 色褪せた少女が、震える手で祭壇の奥――色濃い闇が立ち込める空間を指差した。


 その闇の中から、地獄の釜の底から響くような、無数の声が不協和音となって重なり合った咆哮が轟いた。

『オレガ……ワタシが……我こそがァァァァッ!!』


 姿を現したのは、悪夢を具現化したような存在だった。

 彼女は、設定の残骸が寄り集まって形成されたバグエネミー「ツギハギの魔王」に襲われていたのだ。

 見上げるほどの巨体。しかし、その姿はあまりにも歪で、醜悪極まりないキメラだった。

 右腕は重低音を響かせる機械仕掛けの巨大なチェーンソー、左腕は悍ましい無数の触手の塊。胴体は白骨化したドラゴンの肋骨でありながら、下半身はドロドロとした酸性のスライム状の粘液で構成されている。背中からは神々しい天使の羽と、禍々しい悪魔の羽が片方ずつ生えていた。

 そして首から上は、三つの全く異なる種族の頭部が、太い黒い糸で無理やり縫い合わされたような状態になっていたのだ。

 一つは高貴で冷酷な吸血鬼、一つは狂気に満ちた笑いを浮かべるピエロ、もう一つはただの黒いモヤの塊だ。


「なんだ、あのふざけたキメラは……!」

 三城は思わず悪態をついた。

 審査官である彼には、あのバグエネミーの正体がすぐに理解できた。

 あれは、無数の作者たちが「究極のラスボス」を作ろうとして設定を盛り込みすぎ、結果として矛盾を引き起こしてボツになった「没落魔王」たちの怨念の集合体だ。

 悲しき過去を持つ魔王、絶対悪としての魔王、ギャグ補正の入った魔王。相反する属性パラメーターが強引に一つの器に押し込められているため、その存在そのものが世界に対する猛毒のバグと化している。


『■■を倒す!』

 三城の横で、プロト勇者・アルスがバグだらけの聖剣を構え、果敢にもその異形の魔王に向かって一歩踏み出した。

 だが、圧倒的な質量の差は明らかだった。

 ツギハギの魔王は、三つの頭部からそれぞれ異なる言語と悲鳴を上げながら、巨大なチェーンソーの右腕を高く振り上げた。


『我の悲願を、今ここデ……!』(吸血鬼)

『ヒャッハー、皆殺しだァ! アヒャヒャ!』(ピエロ)

『……(システムエラー:セリフが設定されていません)』(黒いモヤ)


「おい、勇者! 無茶だ、下がれ!」

 三城が叫ぶが、アルスは止まらない。

 魔王の視線は、三城でもアルスでもなく、祭壇の下にへたり込んでいる色褪せた少女へ一直線に向いていた。

 ワールドコア中枢の「清掃」から逃れ、この廃棄領域に落ちてきたイレギュラーな存在。バグエネミーである魔王にとって、彼女の持つ純粋なデータは格好の獲物リソースだったのだ。


 轟音と共に、チェーンソーの巨腕が少女めがけて無慈悲に振り下ろされる。

 少女は逃げることを諦めたように、静かに目を閉じた。

「くそっ!」

 三城がノートを投げ捨て、少女の前に飛び出そうと地面を力強く蹴る。

 だが、それよりも早く、一陣の風が三城の横をすり抜けた。


 激しい金属の衝突音。

 そして、飛び散る莫大な光の粒子データ


「……え?」

 少女が恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 魔王の凶悪な一撃が少女を両断しようとしたその瞬間、アルスが身を挺して彼女を正面から庇っていたのだ。

 プロト勇者の崩れかけた身体は、魔王の巨大な刃を左手の聖剣で正面から受け止めていた。

 しかし、その代償はあまりにも大きすぎた。バグだらけで元々テクスチャが欠損していたアルスの身体は、魔王の圧倒的な攻撃力(データ量)に耐えきれず、右半身からボロボロと激しいノイズを立てて決定的な崩壊を始めていた。


「勇者……!」

 三城が息を呑む。

 アルスの顔面に貼り付いた黒いエラーウィンドウに、無数の赤い警告文アラートが滝のように流れていく。

『致命的なダメージ』『テクスチャの崩壊』『データの欠損』『消去プロトコル開始』。


 それでも、アルスは一歩も引かなかった。

 膝を突き、剣身が砕け散りそうになりながらも、背後にいる少女を守るための盾として、絶対的な壁となって立ち塞がっている。


「どうして……」

 少女が震える声で呟く。

「私は、ただのエラーデータなのに。あなただって、もう自分が誰なのかもわからないはずなのに……どうして、私を庇うの……?」


 アルスは振り返らない。

 ただ、巨大なチェーンソーをギリギリと押し返しながら、ノイズで割れたスピーカーのような声で、その「答え」を絞り出した。


「オレは……」

 欠損していく身体。剥がれ落ちるポリゴン。

 名前も、使命も、魔王の正体すら設定されなかった哀れなプロトタイプ。

 彼に残されていたのは、作者が一番最初にノートの端に書き込んだであろう、たった一行の初期設定だけ。


「オレは、勇者だ……ッ! だから……守る……■■を、守るんだ……!!」


 その魂の叫びと共に、アルスの身体から一筋の強烈な純白の光が放たれた。

 それは、バグエネミーのドロドロとした怨念すらも一瞬だけ怯ませるほどの、純粋で強烈な「主人公ヒーロー」としての意志の光だった。

 ツギハギの魔王が『ギャアァァァッ!』と三つの頭で奇声を上げ、その巨体を大きく後退させる。


「今だ!」

 アルスが作り出した一瞬の隙。

 三城はその好機を逃さなかった。地面に落ちていた愛用のノートを拾い上げると、黒インクのペンを凄まじい速度で走らせた。

 彼が書き込むのは、既存の設定を上書きするための、審査官権限による『強制プロット修正』だ。


『――教会のシャンデリアを支える鎖が、経年劣化により破断。ツギハギの魔王の頭上に落下し、一時的な行動不能に陥る!』


 三城がペンを走らせた瞬間、ノートのページが淡い黄金色の光を放ち、廃棄領域の崩壊した物理法則に対して、一時的な「物語のロジック」が強制的に介入した。


 直後、バキンッ!という甲高い破断音が教会内に響き渡る。

 魔王の真上にあった、巨大で重厚なエラーコードのシャンデリア。それを繋ぎ止めていた鎖が不自然に弾け飛び、凄まじい質量を持ったまま、後退して体勢を崩していた魔王の脳天へと直撃した。


『ギ、ギィィィィィ……!!』

 シャンデリアの下敷きとなり、ツギハギの魔王が床に縫い留められる。激しいノイズを撒き散らしながら触手を振り回してもがくが、すぐには抜け出せそうにない。


「よし、今のうちだ!」

 三城はアルスの元へ駆け寄り、彼の肩を担ごうと手を伸ばした。

 しかし、触れたはずの三城の腕は、アルスの身体をすり抜けて空を切ってしまった。

 見れば、アルスの身体はすでに腰のあたりまで透明な光の粒子となり、空中に溶け出し始めていた。

 限界を超えた一撃を受けたことで、彼のデータそのものが致命的な修復不能状態に陥り、システムからの完全な消去が始まってしまったのだ。


「勇者……お前……」

「オレは……」

 アルスは顔面のエラーウィンドウを明滅させながら、背後の少女へとゆっくり振り返った。

 表情は見えない。だが、その声は、これまでで一番穏やかで、満ち足りた響きを持っていた。


「オレは……君を、守れたか……?」


 少女は両手で顔を覆い、大粒のノイズの涙をポロポロとこぼしながら、何度も何度も力強く頷いた。

「うん……うん……! 守ってくれた……! あなたは、本物の勇者様だよ……!」


 その言葉を聞いた瞬間。

 アルスの顔面を覆っていた『ERROR』の黒いウィンドウが、パリンッ、と澄んだ音を立てて砕け散った。

 その下から現れたのは、設定資料集のラフスケッチで描かれたような、鉛筆の線画だけで構成された少年――優しく、誇り高い笑顔を浮かべた少年の顔だった。

 誰かに必要とされ、勇者としての役割を全うできた喜びが、その顔には溢れていた。


「よかった……」

 満足げな一言を残し。

 プロト勇者・アルスは、温かい光の粒子となって完全に霧散し、廃棄領域の冷たい空気の中へと溶けて消えていった。

 彼が握っていた、柄だけになった聖剣のデータだけが、カラン、と寂しい音を立てて石の床に転がった。


 教会に、再び静寂が降りる。

 瓦礫の下でもがく魔王の唸り声だけが、遠くで響いていた。


「……よくやった。お前は、俺が審査したどの勇者よりも、立派な主人公だったよ」

 三城はアルスが消えた虚空に向けて、一度だけ深く頭を下げた。


 そして、床にへたり込んで泣きじゃくる色褪せた少女へ向き直る。

「さあ、立て。ストーカーさん。彼が命がけで繋いだお前のデータだ。ここで消えさせるわけにはいかない」

 三城が今度こそしっかりと手を差し伸べると、少女はノイズまみれの震える手で、その手を強く握り返した。


「……助けてくれて、ありがとう。私は……」

 少女は、三城の顔を真っ直ぐに見つめ返し、自らの素性を口にした。


「私は、シオリ。……一番最初にこの世界から『ボツ』にされた、名前のない読者です」


 その言葉を合図にするかのように、シャンデリアの下敷きになっていたツギハギの魔王が、再び凄まじい咆哮を上げて立ち上がろうとしていた。

 廃棄領域での戦いは、まだ終わっていない。物語の深淵に隠された真実が、今、紐解かれようとしていた。

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