第14話 311回目の決算報告
――転送シーケンス、終了。
――実体化、完了。
無機質な電子音が脳裏に響く。
目を開けると、そこは見慣れた無機質なオフィスだった。
輪廻庁・物語管理局ストーリー課。
空調の低い駆動音と、サーバーの電子音だけが支配する、静寂の空間。
プシュウゥゥ……。
気圧調整の音が響き、冷たい空気が肌に触れる。燕尾服の幻影は消え、俺の体はいつもの安物のスーツに戻っていた。
「っぷはー! 戻りましたー!」
隣のポッドから、ルナが勢いよく飛び出してきた。
光の粒を振り払い、妖精の姿からいつもの等身大の少女(制服姿)へと戻っている。
彼女は大きく伸びをして、ポッドの縁に腰掛けた。
「いやー、長かったですね三城さん! 体感時間で半年くらい行ってましたよ。これ、残業手当つきますかね?」
「つくわけないだろ。現世時間じゃ数分しか経ってない」
俺もポッドから這い出した。
身体が鉛のように重い。
データ上の疲労はリセットされるはずだが、精神的な摩耗までは消えないらしい。
俺たちは顔を見合わせ、それから泥のように自分のデスクへと向かった。
----
革張りの椅子に深く身を沈める。
背もたれの硬い感触が、ここが「現実」であることを容赦なく突きつけてくる。
「お疲れ様、二人とも」
向かいの席から、黒瀬天音が声をかけてきた。
彼女はマグカップを片手に、空中に展開された複数のウィンドウを指先で操作している。その瞳には、淡いブルーライトが反射していた。
「ログは全て確認したわ。……案件No.0006『終わらない学園祭』。ステータスは『解決(Fix)』に変更されたわよ」
「それはどうも。あの神経質な観察者様は、納得されたんですか?」
俺が皮肉っぽく尋ねると、黒瀬は口元を緩めた。
「納得どころじゃないわ。……見てみなさい、これ」
彼女が指先で弾いたウィンドウが、俺の目の前に滑ってくる。
表示されていたのは、最終的な評価レポートだった。
【案件No.0006 最終報告書】
【芸術点:30点(※過去最低)】
【シナリオ整合性:崩壊】
【キャラクター逸脱率:400%】
散々な数値だ。
普通の審査なら、間違いなく「廃棄処分」対象だろう。
だが、その横にあるグラフだけが、異常な数値を叩き出していた。
【熱狂度:1200%(※計測不能)】
【観察者コメント:『理解不能だが、美しい。……採用』】
「……『美しい』、か」
俺は苦笑した。
100点の完璧さを求めていた潔癖症のシステムが、最後に選んだのは、傷だらけで泥だらけの不完全な美しさだった。
皮肉な話だが、悪くない結末だ。
「システムの一部が過熱でショートしかけたわよ。技術班から『一体どんな負荷をかけたんだ』って苦情が来てるわ」
「ただの学園祭ですよ。……ちょっとばかり、キャストが元気すぎただけです」
「そうね。おかげで世界は安定し、ループは解除された。あの子たちの時間は、もう二度と巻き戻らないわ」
黒瀬がキーを叩き、ウィンドウを閉じる。
これで、正式に案件クローズだ。
「あ、そうだ三城さん! これ見てくださいよ!」
ルナが横からタブレットを突き出してくる。
画面には、例の「カーテンコール」の映像が映し出されていた。
アイリスとエレオノーラが手を繋ぎ、アレンがマッスルポーズを決め、カイドウが爆竹を鳴らしている。
その顔は、みんな笑っていた。
「いい顔してますねー。……あ、こっちのデータも見ます? 屋上での『ご褒美シーン』の別アングル映像なんですけど」
「消せ」
「えーっ! これ絶対高く売れますよ!? 『冷徹執事のデレ顔』なんてレア中のレア……」
「サーバーから完全に消去しろ。バックアップもだ。……さもないと、来月のドーナツ代を経費から削除するぞ」
「ひえっ! わ、分かりましたよぉ……ケチぃ……」
ルナが渋々と削除コマンドを入力する。
やれやれ。油断も隙もない。
----
俺はポケットに手を入れた。
指先に、カサリと乾いた感触が触れる。
小さな紙の包み。
データの世界から持ち帰った、数少ない「現実」の干渉物。
俺はその包みを取り出し、デスクの上に置いた。
焦げた匂いが、微かに漂う。
「あら。お土産?」
黒瀬が目ざとく見つける。
「ええ。……依頼人からの、特別ボーナスです」
「へえ。三城がボーナスをもらうなんて、雪でも降るんじゃないかしら」
「うるさいですね。……食べますか?」
「遠慮しておくわ。それは貴方のためのものでしょう?」
黒瀬は意味ありげに微笑み、自分の仕事に戻った。
俺は包みを開いた。
中には、不格好な形のクッキーが数枚。
アイリスが一生懸命焼いてくれた、感謝の結晶。
一枚、手に取る。
口に放り込む。
ガリッという音。
少し硬い。焦げの苦味が広がる。
でも、その奥から、じんわりとした砂糖の甘さが溶け出してきた。
「……うん」
悪くない。
完璧なパティシエが作ったお菓子より、ずっと味がする。
俺はコーヒーを一口啜り、天井を見上げた。
今頃、向こうの世界では、本当の後夜祭が終わる頃だろうか。
明日は学園祭の当日。
きっとアレンはまた壁を壊すだろうし、カイドウはボヤ騒ぎを起こすだろう。
アイリスは頭を抱えて、走り回るに違いない。
だが、もう大丈夫だ。
彼らは「失敗」を恐れない。
どんなトラブルも、カオスなアドリブに変えて、笑い飛ばしていけるはずだ。
「……元気でやれよ、座長」
俺は小さく呟き、クッキーを飲み込んだ。
こうして、終わらない学園祭の幕は下りた。
俺の仕事も、これでひと段落だ。
心地よい疲労感に包まれながら、俺は目を閉じた。
今はただ、この静寂の中で、泥のように眠りたかった。
次に目覚める時までは、平和な時間が続くことを願って。
ーーー第6章 完
いつもお読み頂きありがとうございます。
今回タイムループになり、観察者の動きが変わりました。
次章より、いよいよ物語が急激に動き始めます!
ですが、執筆中のため、ちょっとだけ待ってね。




