第10話 ライバルとの共演
舞台上では、真紅のドレス(元カーテン)を纏ったアイリスが、凛として立っていた。
アレンの筋肉と、カイドウの黒炎。その二つのカオスに挟まれながらも、彼女は一歩も引いていない。
「さあ、覚悟なさい魔王! 私の騎士様と共に、この国を救ってみせるわ!」
アイリスが叫ぶ。
観客席のボルテージは最高潮だ。
だが、俺――執事セバスチャン(仮)は知っていた。この劇には、まだ「起爆剤」が残っていることを。
舞台袖。
黒いライダースーツに身を包んだ令嬢が、腕を組んで出番を待っていた。
エレオノーラ・ローズベルト。
本来着るはずだった真紅のドレスを着られず(サイズ的な意味で)、代わりに私服の戦闘服を選んだ彼女の瞳は、メラメラと燃えていた。
「……準備はよろしいですか、エレオノーラ様」
俺が声をかけると、彼女はふんと鼻を鳴らした。
「愚問ですわ、執事。あんな泥遊び、わたくしが『本物』の演技で終わらせてあげますわ」
彼女の目的は、劇の破壊ではない。
あくまで「自分が主役であることを証明する」ことだ。
だからこそ、彼女は暴れる。誰よりも美しく、誰よりも激しく。
「行ってらっしゃいませ。……世界を壊さない程度に」
「オーッホッホ! 約束はできませんわね!」
バァァァァン!!
エレオノーラが舞台へと飛び出した。
同時に、ハカセが紫色のスポットライトを彼女に浴びせる。
「お待ちなさい!!」
高笑いと共に現れた「黒い雷光」。
その存在感は、一瞬で舞台の空気を塗り替えた。
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「なっ……何奴だ!?」
魔王役のカイドウが、素で驚いた声を上げる(台本にないからだ)。
「ふん。名乗るほどの者ではありませんわ。……通りすがりの、美しき断罪者とでも呼んでいただきましょうか!」
エレオノーラは舞台中央に仁王立ちし、ビシッとアイリスを指差した。
「そこな泥棒猫! わたくしの衣装を……いいえ、わたくしの『主役の座』を盗んで、いい気になっているのではありませんこと!?」
強烈なメタ発言。
だが、観客にはそれが「物語上の対立」に見えている。
「おおっ、新キャラか!?」
「すげえ美人……でも服装が近未来的じゃね?」
「黒いスーツ……まさか、魔王軍の女幹部か!?」
客席がざわめく。
アイリスが目を見開く。
「エ、エレオノーラさん……?」
「お黙りなさい! 下手な演技は見飽きましてよ。ここからは、実力の違いというものを教えて差し上げますわ!」
エレオノーラが動いた。
速い。
彼女は演劇部のトップエースでありながら、実は合気道の有段者でもある(という設定が今朝判明した)。
彼女は目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、アイリスの腕を掴んだ。
「きゃっ!?」
「さあ、その薄汚いカーテンを脱いで、舞台から降りなさい! このスポットライトは、完璧な人間にこそ相応しいのです!」
危機一髪。
このままでは、劇が「主役争奪戦」というリアルな喧嘩になってしまう。
物語が破綻する。
観察者のログが、危険領域へと跳ね上がるのが見えた。
(……アイリス様!)
俺はインカムの送信ボタンを押し込んだ。
「アドリブです! 彼女の設定を書き換えてください!」
『えっ、書き換える!? どうやって!?』
「嘘でいい! 彼女を『敵』じゃなく、『身内』にするんです! 貴方と彼女の関係性を、今ここででっち上げてください!」
無茶振りだ。
だが、今のアイリスならできるはずだ。
彼女はもう、ただのドジっ子ではない。300回のループを生き延びた、カオスの座長なのだから。
アイリスは一瞬、迷ったように瞳を揺らした。
そして、掴まれた腕を振りほどくのではなく、逆にエレオノーラの手をギュッと握り返した。
「……会いたかった」
静寂。
エレオノーラが「は?」という顔をする。
「会いたかったわ……お姉さま!!」
「――はあああああっ!?」
エレオノーラの素っ頓狂な声が響いた。
会場中がどよめく。
「お、お姉さま……ですって……?」
「はい! 忘れたのですか? 幼い頃、魔王軍にさらわれて生き別れになった、私の双子の姉……『黒薔薇の騎士』エレオノーラお姉さま!」
出た。
とんでもない嘘設定だ。
だが、これは使える。
アイリスの「赤(星の乙女)」と、エレオノーラの「黒」の対比が、見事に双子のメタファーとして成立している。
「な、何を寝言を……! わたくしが貴女のようなポンコツの姉なわけ……!」
「嘘よ! だって、その黒いスーツ……昔、お父様が『いつか姉さんが帰ってきた時のために』って用意していた、王家の戦闘服でしょう!?」
「えっ、これ私服……じゃなくて、そ、そうですわよ!?」
エレオノーラが詰まった。
彼女の「完璧主義」が仇になった。
「否定すれば話が進まない」という演劇のセオリーを理解しているがゆえに、彼女は反射的に肯定してしまったのだ。
「やっぱりお姉さまだわ! 助けに来てくれたのね!」
アイリスが抱きつく。
「ちょ、離しなさい! 暑苦しいですわ!」
「嬉しい! 私、ずっと信じてた!」
アイリスの涙目(演技ではなく、必死すぎて泣いている)が、エレオノーラの良心を刺激する。
ライバル令嬢の頬が、カッと赤く染まった。
「……くっ、この泥棒猫が……! よくもわたくしを、こんな三文芝居に……!」
彼女はギリリと奥歯を噛み締めた。
だが、次の瞬間。
彼女は完璧な「女優」の顔に切り替わっていた。
「……フン。バレてしまっては仕方ありませんわね」
エレオノーラはバサリと髪を払い、不敵に笑った。
「そうですわ! わたくしこそが、闇に染まりし孤高の華……『黒薔薇の騎士』エレオノーラ! 愚かな妹のピンチを救うために、地獄の底から舞い戻ってきましたわ!」
ドッカァァァン!!
タイミングよく、カイドウが舞台袖で爆竹を鳴らす。
ナイス演出だ。
「おおおーっ! 姉妹共演アツい!」
「生き別れ設定キタコレ!」
「赤と黒の対比、尊い……!」
観客席が爆発的に沸き上がる。
敵対関係が、一瞬にして「最強の姉妹バディ」へと反転した。
この化学反応。
計算ではない。二人の意地と才能がぶつかり合って生まれた、奇跡のスパークだ。
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だが、物語はまだ終わらない。
主役が増えたなら、敵も強大にならなければバランスが取れない。
「おのれ、姉妹だったとはな!」
カイドウ魔王がアドリブで乗ってくる。
「だが、二人になったところで我には勝てぬ! いでよ、我が精鋭たち!」
ワラワラと湧いて出るモブ戦闘員たち。
彼らは先ほどの「踊るスープ」の効果が切れておらず、まだ少し千鳥足だが、数だけは多い。
「アレン先輩、お願いします!」
アイリスが叫ぶ。
「任せろ! ダブル・バイセップス!」
アレンが筋肉で壁を作り、敵の進路を阻む。
しかし、敵は多勢に無勢。アレン一人では支えきれない。
「きゃあ!」
敵の一人が防御をすり抜け、アイリスに斬りかかる。
危ない――と思った瞬間。
ガキィィン!!
金属音が響いた。
アイリスの前に、黒い影が割り込んでいた。
エレオノーラだ。
彼女はどこから取り出したのか、護身用の鉄扇(これも私物だ)で、敵の剣を受け止めていた。
「お、お姉さま……?」
「勘違いしないでくださいまし!」
エレオノーラは敵を蹴り飛ばしながら、顔を背けて叫んだ。
「わたくしは、貴女を助けたわけではありませんわ! 貴女を倒すのは、このわたくし……他の誰にも手出しはさせませんのよ!」
「……!」
ツンデレだ。
教科書通りの、あまりに美しいツンデレだ。
「さあ、立ちなさいアイリス! 背中は預けますわよ!」
「はいっ!」
二人が背中合わせに立つ。
赤のドレスと、黒のスーツ。
全く違う衣装、全く違う性格。
犬猿の仲だったはずの二人が、今、同じスポットライトの中で呼吸を合わせている。
「行きますわよ! わたくしの動きについてこられまして?」
「頑張ります! お姉さまこそ、転ばないでくださいね!」
「生意気ですわ!」
開戦。
それは演劇というより、乱舞だった。
エレオノーラが華麗な足技で敵を崩し、その隙にアイリスが(下手くそな)魔法のポーズを決める。
すると、タイミングよくハカセがレーザーを撃ち込み、敵が吹っ飛ぶ。
「すごい……! 息がぴったりだ!」
舞台袖で見ていた俺も、思わず息を呑んだ。
彼女たちは練習なんてしていない。
一度も合わせたことなんてない。
なのに、なぜ。
(……ああ、そうか)
俺は気づいた。
彼女たちはライバルだ。
誰よりも互いを意識し、誰よりも互いを見てきた。
エレオノーラはアイリスの「泥臭い情熱」を。
アイリスはエレオノーラの「完璧な技術」を。
嫌い合うほどに、彼女たちは互いのことを理解していたのだ。
だから、動ける。
言葉を交わさなくても、背中の熱だけで意志が通じる。
「はあぁぁっ!」
アイリスが剣(小道具)を振り下ろす。
エレオノーラがそれをサポートするように、敵の体勢を崩す。
完璧なコンビネーション。
それは、100点の予定調和よりも遥かに美しく、熱い光景だった。
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「くっ……おのれ、姉妹の絆……!」
カイドウ魔王が膝をつく(演技だ)。
「今ですわ、アイリス! とどめを!」
エレオノーラが叫ぶ。
「はい! ……みんな、力を貸して!」
アイリスが剣を天に掲げる。
その呼びかけに応えるように、舞台上の全員が動いた。
「我が筋肉を捧げる!」
アレンがポージングでエネルギーを送る(ようなフリをする)。
「私のスープのカロリーも捧げますぅ!」
コレットが鍋を振る。
「掃除完了ですわ」
マリアがモップを構える。
全員のエゴが、カオスが、一つの剣に集約されていく。
ハカセが全ての照明をアイリスに集中させる。
彼女のドレス(カーテン)が、燃えるように赤く輝く。
「これが……私たちの物語よ!」
「受けなさい! 『双極の薔薇・バースト』ですわ!」
二人の声が重なった。
アイリスが剣を振り下ろすって。
同時にカイドウが隠し持っていた全火薬に点火した。
ズガガガガガガァァァァァン!!!!!
轟音。
閃光。
舞台上が爆煙で埋め尽くされる。
やりすぎだ。火薬の量が致死量ギリギリだ。
だが、その圧倒的な「画」の強さに、観客は総立ちになっていた。
「うおおおおおおお!!」
「すげえええええ!」
「ブラボー!!」
歓声が、爆音をかき消すほどの音量で響き渡る。
スタンディングオベーション。
誰も脚本の矛盾なんて気にしていない。ただ、目の前の熱狂に酔いしれている。
煙が晴れていく。
舞台中央。
肩で息をするアイリスとエレオノーラが、互いに手を取り合って立っていた。
その顔は煤だらけで、汗まみれだ。
だが、その笑顔は、どんな宝石よりも輝いていた。
(ログ判定:……エラー。計測不能)
(エラー理由:熱量過多。システム許容限界を突破)
俺のインカムに、ノイズ交じりの警告音が流れてくる。
観察者が混乱している。
こんな展開は想定していなかったはずだ。
だが、否定もできていない。
なぜなら、目の前の観客が――この世界の住人たちが、この結末を「最高だ」と叫んでいるからだ。
「……勝ったな」
俺は眼鏡の位置を直し、深く息を吐いた。
ライバルとの共演。
それは、物語を壊す爆弾ではなく、物語を完成させる最後のピースだったのだ。
だが。
油断した俺の耳に、冷ややかな電子音が届いた。
『――警告。強制介入プロセス、起動』
『理由:シナリオの完全崩壊による、世界維持の危機』
世界が軋む音がした。
舞台上の空間に、黒い亀裂が走り始める。
観察者が、最後の手段に出たのだ。
シナリオ修正ではなく、世界そのものを「無かったこと」にする、物理フォーマット(初期化)。
「……ちっ、往生際が悪い神様だ」
俺は舞台袖から飛び出した。
ここからは、演出家の仕事じゃない。
ストーリー課審査官として、システムと殴り合う時間だ。
「総員、防御態勢! ラスボスの登場だ!」
俺の叫びと共に、フィナーレへの最後の戦いが幕を開ける。




