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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第2話 リハーサルは粘液に沈む

 学園祭前日の午後。

 聖アストライア学園の講堂は、熱気と殺気に包まれていた。

「いいか、貴様ら! 本番まであと18時間しかない! このリハーサルで完璧な動きを見せろ!」

 舞台袖でメガホンを構えているのは、眼帯をつけた黒マントの男――魔術部部長のカイドウだ。

 彼は今回の演劇『星の乙女と薔薇の騎士』の演出担当である。

 ……よりによって、一番選んではいけない人材を選んでしまった気がするが。

「了解だ! 我が大胸筋もパンプアップして出番を待っている!」

 舞台中央でポーズをとっているのは、主役(騎士役)のアレン王子。

 衣装の鎧を着ているはずなのだが、なぜか上半身が半裸だ。

「アレン先輩、鎧を着てください! 騎士が裸じゃおかしいです!」

「何を言うアイリス! 鎧など飾りだ。真の防御力とは鍛え上げられた筋肉アーマーのことだ!」

「会話が通じないぃ……」

 ヒロイン(星の乙女役)のアイリスが、舞台の隅で頭を抱えている。

 彼女の衣装は、白を基調とした清純なドレスだ。フリルやレースがふんだんに使われており、彼女の可憐さを引き立てている。……今のところは、だが。

「セバスチャンさん……どうしよう、もう不安しかないです……」

 アイリスが涙目で俺を見上げてくる。

 俺――執事セバスチャン(仮)は、舞台袖で台本をチェックしながら、恭しく頷いた。

「ご安心を、お嬢様。どんなトラブルが起きようとも、私が全力でカバーいたします」

「ほんとですか? アレン先輩がまた壁を壊しても?」

「壁の修復用モルタルは準備済みです」

「カイドウ君が爆発魔法を使っても?」

「消火器と対爆シールドも完備しております」

 俺がジャケットの裏を見せると、そこには大量の工具と防災グッズが仕込まれている。

 アイリスはようやく少しだけ笑った。

「頼もしい……。私、頑張ります。セバスチャンさんがいてくれるなら、なんとかなる気がしてきました!」

 健気だ。

 109回も失敗リセットさせられているとは思えないポジティブさだ。

 彼女のこの「折れない心」こそが、この物語の唯一の希望であり――そして、観察者をイラつかせている原因なのだろう。

「では、参ります! リハーサル、シーン3『魔王の召喚』よりスタート!」

 カイドウの号令と共に、照明が暗転した。

 ブゥゥゥン……

 重低音が響き、スモークが焚かれる。

 ここまではいい。普通の演劇だ。

 問題は、演出担当のカイドウが「魔術部」であることだ。この世界の魔術部は、いわゆる「科学とオカルトの融合」を掲げる危険集団である。

「フハハハ! 見よ、このリアリティ! 我が生涯の傑作、召喚魔法陣・改!」

 カイドウがスイッチを押す。

 舞台中央に描かれた魔法陣が、怪しく緑色に発光し始めた。

「……おい、ルナ。あの魔法陣、妙な魔力反応がないか?」

『ありますね……。というか、あれ、ただのLEDじゃないですよ。本物の「召喚術式」が混ざってます!』

「なんだと?」

 俺が止めに入ろうとした、その時だった。

「いでよ、異界の眷属たち! その粘つく愛で世界を覆い尽くせ!」

 カイドウが余計な詠唱セリフを叫ぶ。

 瞬間。

 魔法陣から噴き出したのは、スモークではなかった。

 ドプッ。

 ドロロロロロ……ッ!!

 大量の、緑色の粘液だった。

 それは生きているかのように脈動し、舞台上のキャストたちへと襲いかかった。

「な、なにこれぇぇぇっ!?」

「ぬおっ!? 足が、取れないッ!?」

 悲鳴が上がる。

 スライムだ。それも、ただのスライムではない。

 衣服を溶かす特性を持った、通称「アシッド・スライム(弱酸性)」だ。

「きゃああああっ!」

 アイリスが逃げ遅れ、頭から緑の粘液を浴びる。

 純白のドレスが、一瞬で濡れそぼり、肌に張り付いた。

「つ、冷たいっ……! 気持ち悪いぃ……!」

 彼女が身をよじると、ドレスの生地がジュワジュワと音を立てて透け始めた。

 白い布地が透明に変わり、その下の健康的な肌色が露わになる。

 鎖骨、胸のライン、そしてお腹周りまでが、ぬらぬらとした光沢と共に透けて見えている。

「お嬢様ッ!」

 俺は舞台へ飛び出した。

 だが、そこには先客がいた。

「お嬢様ァァァ! 不潔です! 今すぐお脱ぎください!」

 専属メイドのマリアだ。

 彼女はどこから取り出したのか、巨大なモップを振り回してスライムを殴打し――その反動で自分がスライムの海にダイブした。

「ああっ!? 私まで!?」

 マリアの漆黒のメイド服もまた、粘液の餌食となる。

 厚手の生地が溶け落ち、黒のストッキングが破れ、白い太腿があらわになる。彼女は四つん這いになりながら、涙目でこちらを見た。

「セ、セバスチャン……見ないで……! でも助けて……!」

 地獄絵図だ。

 いや、一部の層にとっては天国かもしれないが、少なくとも演劇としては完全に崩壊している。

「ぬんっ! 筋肉マッスルスピニング!」

 アレン王子が回転してスライムを弾き飛ばそうとするが、逆に粘液を周囲に撒き散らす結果にしかなっていない。

 飛び散ったスライムが照明機材に当たり、火花が散る。

「フハハ! 素晴らしい! この混沌こそが芸術だ!」

 カイドウだけが喜んでいるが、彼もまた足元から溶かされ始めていた。

「……ダメだ、収拾がつかん」

 俺は燕尾服を脱ぎ捨て、半裸になりかけのアイリスに覆いかぶさるようにして彼女を隠した。

 アイリスが俺のシャツを掴み、潤んだ瞳で見上げてくる。

 スライムのせいで全身が熱いのか、その頬は紅潮し、吐息が荒い。

「セ、セバスチャンさん……私……また……」

「喋らなくていいです、お嬢様。じっとして」

 俺は空を見上げた。

 これだけの惨状だ。

 あの神経質な「神様」が、黙っているはずがない。

 予想通り。

 頭上から、無機質な電子音が響き渡った。

『――カット』

 それは、役者の演技を止める監督の声ではない。

 世界そのものを停止させる、絶対命令だった。

 キィィィィィン……

 空気が凍りつく。

 飛び散っていたスライムが、空中で静止する。

 アレンの回転も、マリアの悲鳴も、カイドウの笑い声も、すべてがコマ送りのように停止した。

 視界の端に、赤いウィンドウが浮かび上がる。

【リセット判定:確定】

【理由:演出過剰、及び公序良俗に反するハプニング(下品)】

【評価:芸術点0】

【処理:12時間前にロールバックを実行します】

「……ちっ。やっぱり『エロ』はNGかよ、潔癖症め」

 俺が悪態をついた瞬間。

 視界が真っ白に塗りつぶされた。

 アイリスの体温も、粘液の不快感も、騒がしい音も、すべてが遠のいていく。

 強制リセット。

 109回目のループは、スライムまみれのバッドエンドで幕を閉じた。

        ◇

「――おい、貴様ら! 本番まであと18時間しかない!」

 ハッとして目を開けると、そこはまた舞台袖だった。

 カイドウがメガホンを持って叫んでいる。

 アレンが半裸でポーズをとっている。

 アイリスが頭を抱えている。

 何もかもが、さっきと同じ光景。

 だが、俺の燕尾服は汚れていない。アイリスのドレスも乾いている。

 時間は完全に巻き戻ったのだ。110回目の「前日の午後」に。

「セバスチャンさん……?」

 アイリスが不安げに俺を見る。

 彼女の記憶は消えている。スライムに襲われたことも、恥ずかしい姿を晒したことも、覚えていない。

 だが、その手は無意識にスカートの裾を握りしめ、微かに震えていた。

(……身体は覚えてるんだな。あの不快感を)

 俺は眼鏡の位置を直し、冷静に一歩踏み出した。

「カイドウ様」

「ん? なんだ執事。私の演出に意見か?」

「ええ。素晴らしい魔法陣ですが、配線が少々乱れているようです。手直しさせていただいても?」

「ほう、気が利くな。許可しよう」

 俺は魔法陣の裏側に回り込み、工具を取り出した。

 そして、召喚機能の回路を物理的に切断し、代わりにただの発光LEDに繋ぎ変えた。

「調整完了です。……これで、スライムは出ません」

 俺が戻ると、アイリスが不思議そうな顔をしていた。

「セバスチャンさん、何かしたんですか?」

「いいえ。ただの安全点検です。……さあ、リハーサルを続けましょう。今度こそ、最後まで」

 俺は微笑んで見せた。

 だが、内心では舌打ちをしていた。

 スライムは防げた。だが、これはモグラ叩きだ。

 カイドウを止めれば、次はアレンが暴れる。アレンを止めれば、マリアが、コレットが、エレオノーラが暴れる。

 この10人の暴走キャストを制御して「完璧な劇」を作る?

 無理だ。

 どう考えたって、このメンツでまともな演劇なんて成立しない。

「……全員、一回シメるしかないか」

 俺は手帳を取り出し、次の「事故予定リスト」を書き込んだ。

 110回目のループ。

 そろそろ、執事(俺)からの反撃を始めるとしよう。

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