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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第1話 案件No.0006、109回目の前夜祭と、看板激突ヒロイン

 視界を覆っていた白い光が晴れると、そこは喧騒の只中だった。

「――どいてどいてー! そこ、ペンキ塗りたて!」

「おい、模擬店の焼きそば、キャベツが足りねえぞ!」

「ああっ! 私の衣装、どこいったのー!?」

 耳をつんざくような怒号と歓声。

 鼻をくすぐるソースの焦げた匂いと、絵の具の匂い。

 極彩色の旗が風にはためき、渡り廊下にはベニヤ板とダンボールの山が築かれている。

 間違いない。

 ここは、全人類が一度は通過する青春の通過儀礼。

 文化祭――この世界では『星夜祭せいやさい』と呼ばれる祝祭の、前日だ。

「……なるほど。空気は悪くない」

 俺は周囲を見渡し、小さく呟いた。

 自分の格好を確認する。

 いつもの安物のスーツではない。身体に吸い付くような、上質な黒の燕尾服テイルコート。手には白手袋。

 背筋が自然と伸びるような、洗練された仕立てだ。

「似合ってますよ、三城さん! いよっ、日本一の執事!」

 耳元のインカムから、ルナの茶化すような声が聞こえてくる。

 彼女は今回、実体化せずに「妖精モード(透明化)」で俺の肩に乗っているらしい。

「おだててもドーナツは出ないぞ。……で、今回の俺の設定ロールは?」

『はい! ヒロイン・アイリスお嬢様に仕える、有能かつ忠実な新任執事『セバスチャン』です! ちなみに、前任の執事さんはギックリ腰でリタイアしたことになってます』

「適当な人設定だな……。まあいい、動きやすくて助かる」

 俺は白手袋をはめ直し、スッと眼鏡の位置を正した(この眼鏡も、執事キャラ用の伊達眼鏡だ)。

 今回の任務は、この狂ったループの中心にいるヒロイン、アイリスを救い出すこと。

 そして、完璧主義な観察者が満足するような「最高の劇」を成功させることだ。

「ターゲットの位置は?」

『正面、校舎の時計塔下です! ……あ、動いてますね。何か大きな荷物を運んでるみたいですけど』

 ルナのナビゲートに従い、俺は人混みを縫って歩き出した。

 すれ違う生徒たちは、誰もが生き生きとした表情をしている。

 だが、俺の目には見えていた。

 彼らの身体の輪郭が、時折ノイズのようにブレているのが。

 まるで、何度も上書きされたビデオテープの映像のように、存在そのものが滲んでいる。

(109回目、か)

 彼らは気づいていない。

 今日という日が、もう100回以上も繰り返されていることに。

 明日が来ることを信じて、永遠に前日の準備をさせられていることに。

「……悪趣味な話だ」

 俺は小さく舌打ちをして、時計塔の下広場へと抜けた。

 その時だった。

「きゃああああっ!?」

 悲鳴が聞こえた。

 見ると、広場の向こうから、巨大な立て看板が走ってきていた。

 いや、正確には「看板を持った小柄な少女」が、その重さと風に煽られて、制御不能のまま突っ込んできていたのだ。

「ど、止まりません! どいてくださぁぁぁい!」

 少女の足がもつれる。

 看板の角が、石畳の段差に引っかかる。

 物理法則に従えば、次はどうなるか明白だ。

 彼女の体は看板ごと前方に放り出され、派手に地面にキスをすることになるだろう。そして、その「不格好な失敗」を理由に、観察者はまたリセットボタンを押すに違いない。

(させるかよ)

 俺は地面を蹴った。

 執事としてのロールが、身体能力を底上げしている。

 数メートルの距離を、一瞬でゼロにする。

「――失礼、お嬢様」

 俺は倒れ込む少女の身体を、看板の手前で滑り込むようにして受け止めた。

 ドガァァァン!!

 看板が轟音と共に地面に激突し、ベニヤ板が粉砕される。

 だが、少女は無傷だ。俺の腕の中にいるのだから。

「へ……?」

 少女が、きょとんとした顔で俺を見上げる。

 亜麻色の髪に、大きなみどりの瞳。どこか守ってあげたくなるような、小動物系の愛らしさがある。

 彼女こそが今回の救済対象、アイリス・フォレストだ。

 だが、問題はそこではなかった。

 勢いよく前に倒れ込み、それを俺が下から支えたという体勢。

 さらに、激突の衝撃で巻き起こった突風。

 それらが組み合わさって、何が起きたか。

 バサァッ!

 アイリスが着ていた学園の制服――膝丈のプリーツスカートが、重力と風に逆らって盛大にめくれ上がっていた。

「あ」

 俺の視界いっぱいに、健康的な太腿のラインと、その奥にある純白の布地が飛び込んでくる。

 白だ。

 飾り気のない、しかし圧倒的な清潔感を放つ、純白のインナーウェア。

 その白さが、午後の陽光を反射して眩しいほどに輝いている。

『うひょー! 三城さん、役得! 役得ログです!』

(うるさい、黙ってろ!)

 俺は内心でルナを一喝すると、瞬時に体をひねった。

 このままだと、周囲の野次馬生徒たちにもこの絶景が晒されてしまう。

 俺は自分の燕尾服の裾を翻し、アイリスの腰回りを覆い隠すようにして、彼女を抱き起こした。

「怪我はありませんか、アイリス様」

 極めて冷静に、事務的に、紳士的に問いかける。

 あくまで「転倒を助けただけ」という顔で。

「は、はい……あの、あなたは……?」

「本日よりお仕えすることになりました、執事のセバスチャンと申します。以後、お見知り置きを」

「セバスチャン……さん?」

 アイリスは瞬きを数回繰り返し、それから自分のスカートがめくれ上がっていたこと、そして今、俺のジャケットに包まれていることに遅れて気づいたらしい。

「ひゃっ!?」

「おっと。まだ風が強いようですので、お気をつけて」

 俺は彼女がスカートを押さえるのを確認してから、スッと距離を取って一礼した。

 完璧だ。

 観察者のログ判定を見る。

【リセット判定:保留】

【評価:ハプニングだが、執事の対応により『萌えイベント』として処理可能。続行】

(……なるほど。「エロ」はNGだが、「萌え」なら許容範囲か。基準が分からん神様だ)

 俺が胸を撫で下ろしていると、アイリスが涙目で看板の残骸を見つめていた。

「うぅ……またやっちゃった……」

「また?」

「はい……私、いつもこうなんです。頑張ろうとすると空回りして、大事なものを壊して……。さっきも、絶対に転ばないようにって気をつけてたのに」

 彼女の肩が震えている。

 その言葉に、俺は違和感を覚えた。

 今の転倒は、ただの不注意だ。誰にでもあるミスだ。

 だが、彼女の怯え方は異常だった。まるで、「転んだら世界が終わる」ことを知っているかのように、顔面が蒼白になっている。

「……まるで、100回くらい同じ失敗をしたような顔ですね」

 俺がカマをかけると、アイリスはビクッと体を強張らせた。

「わ、わかるんですか……? 変ですよね、私。初めてのことなのに、なんだか『前もここで転んだ』気がして……。この先も、きっと失敗する気がして……怖くて……」

 彼女は自分の腕を抱きしめる。

 記憶は消されても、魂に刻まれた「失敗のログ」が彼女を追い詰めているのだ。

 観察者め。ヒロインにここまでトラウマを植え付けるとは。

「いいえ、変ではありませんよ」

 俺はハンカチを取り出し、彼女の頬についた埃を拭ってやった。

「それは予知夢のようなものです。つまり、お嬢様は『失敗する未来』をすでに経験済みだということ。……なら、次は回避すればいいだけの話です」

「回避……?」

「ええ。私が来ましたから。これからの失敗は、すべて私が先回りして潰します」

 俺がウインクしてみせると、アイリスはようやく、少しだけ安堵したように息を吐いた。

「ありがとうございます、セバスチャンさん。……あの、この看板、演劇部の宣伝用だったんです。どうしよう、もう直せないかも……」

「お任せを。これくらいなら5分で修復――」

 言いかけた、その時だった。

「ヌオオオオオッ! 我が筋肉が唸るッ!!」

 ドスの利いた雄叫びと共に、校舎の壁を突き破って何かが飛び出してきた。

 瓦礫が飛び散る。

 砂煙の中から現れたのは、金髪碧眼、彫刻のような肉体美を誇る男子生徒だった。ただし、制服のシャツは筋肉に耐えきれずに弾け飛んでいる。

「ア、アレン先輩!?」

 アイリスが叫ぶ。

 彼こそが今回の劇の主役、アレン王子だ。

「すまないアイリス! 楽屋のドアノブを回そうとしたら、上腕二頭筋が暴発して壁ごと粉砕してしまった! これもまた、筋肉の導き!」

「ドアから出てくださいよぉぉぉ!」

「待て待てぇぇぇい!」

 さらに、屋上からロープ一本で降下してくる影があった。

 黒いマントを翻した、眼帯の男子生徒。魔術部(兼、演出担当)のカイドウだ。

「貴様ら、騒がしいぞ! 我が『漆黒の堕天使ルシファー』の封印が解けそうではないか! 静粛にせねば、この学園ごと焦土と化すぞ!」

「カイドウ君、それただの発煙筒ですよね!? 学園祭前に火気厳禁です!」

「あらあら、賑やかですわねえ」

 今度は優雅な高笑いと共に、真っ赤なドレスを着た令嬢が現れる。

 ライバルのエレオノーラだ。

 彼女は扇子を広げ、瓦礫の山をレッドカーペットのように踏み越えてくる。

「こんな汚らしい看板、壊れて正解ですわ。私の美貌を宣伝するポスターに張り替えなさい。オーッホッホッホ!」

「足元! エレオノーラさん、足元にペンキ缶が!」

 ガシャーン!

 ドカーン!

 ボワワン!

 壁が崩れ、発煙筒が焚かれ、ペンキがぶちまけられる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 アイリスは頭を抱えて座り込んでしまった。

「もうやだぁ……私、やっぱり部長なんて無理ぃ……」

 俺は眼鏡の位置を直し、深く、深くため息をついた。

 なるほど。

 看板激突なんて、ただの挨拶代わりだったわけだ。

『……三城さん、これ、どうします?』

 ルナが引いた声で聞いてくる。

「どうするもこうするもない」

 俺は燕尾服の袖をまくり、瓦礫の山へと歩き出した。

「掃除の時間だ。……まったく、世話の焼けるあるじを持ったもんだ」

 観察者が求める「100点の予定調和」?

 無理だろ、このメンツじゃ。

 どうあがいてもマイナスからのスタートだ。

 だが。

 泣きそうな顔で「無理」と言うアイリスを見て、俺の中の「ボツ作家魂」に火がついたのも事実だった。

「安心してください、お嬢様。……最高のカオスな学園祭にして差し上げますから」

 俺の呟きは、筋肉王子の咆哮にかき消された。

 109回目の前夜祭。

 まだ、午前中ですらなかった。

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