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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第15話 七色の栞、運用継続――名前は“戻ったまま”でいい

 胸元カメラのライトが、迷宮の壁を白く切り取っていた。湿った石肌、薄い霧、足元の水たまり――いつも通りの現場。


 怖いのは現場じゃない。

 配信画面のほうだ。


 視界の端でHUDが淡く点灯する。数字が、今は落ち着いている。


【BAN:12%(警告0)】

【閉門まで:11時間58分(関門突破ボーナスで延長)】

【順位:9位】

【MVP:春日こはる】

【表示:個人名あり(匿名化なし)】


 ……よし。

 “こはる”がいる。

 「Support」でも「回復係」でもない。人間の名前としてそこに残っている。


 コメント欄が遅れて爆ぜた。


『こはる!?今の回復、神だった』

『撤退判断も神 助かった』

『MVPこはるで確定』

『運営、今の表示でいいんだよ…』

『名前戻ってる!戻ってる!』


 現場で言われてきた「助かった」が、やっと同じ重さで画面にも届く。

 それだけで胸の奥の冷えが少し溶けた。


「……三城さん」


 肩の上から小さな声。ミニルナだ。妙に神妙で逆に怖い。


「“個人名表示”が維持されてます。……逃げてません、画面が」


「『逃げる』って言い方やめろ。画面が生き物みたいだろ」


「生き物です。たぶん悪い種類の」


「最悪の生態系だな」


 後ろで神代透真が胸元カメラを指でトントン叩く。隊長の癖。

 数字で勝つやり方に慣れた頃の名残――でも今は違う。


「見えてる。……こはる、ちゃんと“名前付き”で映ってる」


「映るだけじゃ足りない。次は“戻らない”を確定させる」


「分かってる。勝った直後に転ぶのが一番ダサい」


「自覚あるなら上出来」


 春日こはるが少し遅れて息を吐いた。背負い袋から小鍋を出し、手早く火を起こす。

 迷宮の中で回復スープ。冷静に考えると意味不明なのに、もう“当たり前”になってるのが怖い。


「こはる、手、震えてない?」


 黒原ナツメが盾を床に立てかけながら聞いた。ぶっきらぼうだけど心配の声。


「……大丈夫。いつも通り」


 こはるは笑った。派手じゃない。でも空気を整える笑い方だ。


「味、薄くない? ナツメさん汗すごいから」


「薄い方がいい。濃いとむせて泣く」


「泣くんだ」


「泣く」


 即答。周りが小さく笑う。

 笑っていい。笑える空気が戻ってるってことは、“消される側の空気”から一歩遠ざかった証拠だ。


 ――その時。


 通路の奥、安全待機所へ続く扉の前に黒い制服の男が立っていた。

 監査官ユール=グレイ。


 丁寧すぎる笑顔。目だけが冷たい。


「おめでとうございます。……ただし、確認です」


 来た。

 勝ちを“事故扱い”にして潰すための、最後の押し戻し。


 ユールが端末を掲げた。


「迷宮内での火器使用は、安全規約第――」


「第十八条。例外第三項」


 俺は被せた。短く、はっきり。


「回復調理の最低火力は“生存維持”として許可。安全責任者の署名付き。……あなたの端末にもログが残ってる」


 ユールの口元が一ミリだけ歪む。


 ミニルナのHUDが、分かる言葉だけを出して追い打ちした。


【狙い:安全違反に見せてBANを増やす】

【でも:例外条文+署名ログがあるので不成立】


「署名が本物かどうか、監査は――」


「監査していい」


 透真が一歩前に出た。隊長の顔で、カメラに向けて言う。


「監査するなら、根拠を画面に出して。隠すの、もうやめよう。公平なんだろ?」


 その一言でコメントが跳ねる。


『根拠出して!』

『隠す方が怪しい』

『公平って言ったよね?』

『また檻に誘導?やめろ』


 ユールは笑顔を保ったまま端末を下げた。

 ……出せるわけがない。根拠を出した瞬間、誘導の筋が全部バレる。


「……なるほど。皆さまの理解が進んでいるようで」


 ユールは丁寧に会釈し、踵を返した。

 捨て台詞すら置けない。置いたらログになるから。


 勝った。


 視界の端で――黒い栞が、音もなく崩れ落ちた。


【黒い栞:崩壊】

【七色の栞:継続ルートへ接続】

【運用:安定(※ただし暫定)】


「暫定でいい」


 俺が言うと、ミニルナが小さく頷いた。


「暫定は積めます。積めば確定になります」


「数学みたいなこと言うな。……今は助かるけど」


「助かるんですか」


「助かる」


 こはるがスープを差し出した。


「……三城さん。飲む?」


「飲む」


 熱い湯気が胸元カメラのレンズを一瞬だけ曇らせる。


『湯気www』

『回復スープうまそう』

『こはる落ち着いてて安心する』

『こういうのが見たいんだよ』


 俺は両手で器を受け取った。

 熱が指に伝わる。――この熱は、残る。


「……うまい」


「よかった」


 たった二言。なのに、こはるの目が少し潤んだ。


 消される側ってのは、派手な勝利じゃなくて――

 普通に名前を呼ばれて、普通に褒められて、普通に残った時に泣く。


 俺は器を置き、胸元カメラに向けて言った。


「今日のMVPは、春日こはるだ。回復だけじゃない。撤退判断で全員を生かした」


 透真が頷き、隊長の声で重ねる。


「確認。今日のMVPは春日こはる。異論は?」


『異論なし!』

『こはる!』

『こはる!』

『こはる!』


 外側が呼ぶ。名指しが連打される。

 ――これで、“戻った名前”は簡単には消えない。


 ミニルナのHUDがひとことだけ冷たく出した。


【観察:増加(対象:名寄せ/本人名)】


 ……見てる。何かが。

 でも断言はしない。今は、勝ちを積む。


 俺は湯気の向こうで笑った。


「ほらな。画面が消すなら、画面で返せる」


 ミニルナが肩の上で小さくドヤった気配がした。言葉はない。今日はそれでいい。


     ◇


 次の瞬間、視界が反転した。

 迷宮の湿った匂いが消え、乾いた空調と紙の匂いが戻る。


 輪廻庁――物語管理局、ストーリー課の会議室。


 ルナが普通サイズで椅子に座っていた。机の上には七色の栞が一枚、ちゃんと“現物”として置かれている。


「三城さん、おかえりなさい。いや〜今回、画面の性格が終わってましたね」


「同意。しかも規約の顔してるのが最悪」


 セラが端末を操作し、数字だけを投げる。


「報告。BAN最大値98%到達寸前から12%まで再計算。名寄せ維持を確認。誘導パターンは無効化されました」


「“無効化”って言葉、気持ちいいな」


 白石が肩をすくめた。編集者の目で、現実的にまとめる。


「炎上の型は“認識を固定する編集”だ。現場の感謝があっても、画面が別の物語を作れば社会的抹殺は成立する。……だが今回は、名前が戻り、根拠が積まれ、第三者も支えた。編集が効きにくい」


 黒瀬天音が短く言う。


「要点だけ」


 セラが即答した。


「功績吸い上げ(MVP固定)と、檻誘導(安全待機所)。どちらも“根拠が画面に出た瞬間”に弱い。逆にこちらの武器になります」


 ルナが少しだけ口角を上げる。


「で、今日の“日常”は?」


 俺は頷いた。ここが肝だ。救っただけじゃ運用は良くならない。

 続けたい理由――残る普通――それが必要だ。


「こはるは、迷宮でもスープを作る。回復のためだけじゃない。全員の呼吸と判断を戻すために、熱い器を回す。……それがあるから隊が崩れない」


 黒瀬が一拍置き、言い切った。


「――ボツ」


 会議室の空気が、カチ、と鳴る。爽快な決裁音。


【決裁:功績吸い上げ(MVP固定)――ボツ】

【決裁:檻誘導(安全待機所偽装)――ボツ】

【運用更新:名寄せ維持/根拠表示の強化/監査導線の固定】

【案件:継続運用】


 七色の栞が、机の上で少しだけ重くなった気がした。

 紙は増えてないのに、確かに重い。


 会議が終わりかけた、その時。

 セラの端末が一瞬だけ光った。


「観察ログ、異常値。名寄せ関連の閲覧が――」


「断言はするな」


 黒瀬が遮る。匂わせで十分、って判断だ。


 俺は七色の栞を見た。伸びた先はまだ見えない。

 でも確実に次へ続いている。


 ルナが小声で言った。


「……視線、動きましたね」


「気配だけで十分だ。来るなら来い。こっちはまた割るだけだ」


 黒い栞を。

 そして次の世界の“編集”も。


     ◇


 迷宮都市カルディア。


 配信が切れた後の静かな路地。

 こはるは小さな店先で黒板を出していた。胸元カメラはもうない。ランキングもない。MVPもない。


 でも黒板には手書きでこう書かれている。


『回復スープ 春日こはる』


 こはるはそれを見て、ほんの少しだけ笑った。


「……明日も、作ろう」


 その一言が、誰に聞かれるでもないのに――ちゃんと世界に残った気がした。


【日常:記録】

【七色の栞:継続】


 遠くで、誰かが“見ている”気配だけが移動した。

 何も断言できない。でも、次の案件へ滑っていく気配。


 俺はその気配を、ポケットの中で握り潰すみたいに息を吐いた。


 次が来ても、また割る。

 黒い栞を。

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