第14話 ログが残れば、檻は壊れる
迷宮の閉門の鐘が鳴った。
腹の底に響く、嫌な音。BGMじゃない。**「迷宮の出口が閉まるまでの残り時間が少ない」**って通知だ。
視界の端で、胸元カメラの配信UIが点滅する。
【閉門まで:02:11:34】
【BAN:87%(警告:3/3)】
【順位:12位】
【表示:MVP=トウマ固定】
「……二時間ちょいで出口が閉まる。BANも限界寸前か」
この世界のBANは、ただの“コメント禁止”じゃない。
配信者として失格扱いになって、ランキングも配信権も消える。
そして失格になった人間は、「安全のため」と言われて――安全待機所へ送られる。
名前は優しい。中身は檻。
入れられたら、出る手続きが増える。もたつく。閉門が来る。詰む。
詰んだら最後は「規約違反」で処理されて、“物語ごと消される”。
肩の上から、ミニルナの声が飛んでくる。
「三城さん、BANがもう……地獄の入口です!」
「入口じゃない。もう足突っ込んでる」
「言い方が最悪です!」
前を走るのは攻略チーム《Rivue》。
隊長の神代透真。盾役の黒原ナツメ。斥候の雨宮レン。魔術の碧井ミナト。
そして――隊の心臓、春日こはる。
こはるは鍋を抱えたまま、短く言った。
「次の部屋、毒霧。入る前に飲んで。……焦って吸うと、咳が止まらない」
それだけで、ナツメの肩が落ちる。透真の呼吸が整う。レンの視線が鋭くなる。
こはるの回復は、体だけじゃない。“判断”を落ち着かせる回復だ。
――なのに、画面の字幕は冷たい。
【話者:Support】
【字幕:次の部屋、毒霧。入る前に飲んで】
【MVP:トウマ(固定)】
「……Supportって誰だよ」
俺が小さく吐き捨てると、ミニルナのHUDが簡潔に答えを出した。
【異常:支援の個人名が表示されない】
【原因:支援ログが“隊長の功績”として集計される】
【対策:本人名+複数証言+根拠ログ(映像/時間/行動)】
「要するに、こはるが何をしても“隊長の手柄”に吸われる仕様か」
「はい。さらに切り抜きで“邪魔者”に見せる導線も同時に走ってます」
趣味が悪い。ほんとに。
その瞬間、曲がり角から白いローブが現れた。
監査官ユール=グレイ。笑顔は丁寧。声も丁寧。中身は刃。
「皆さん、落ち着いて。閉門間際は事故が増えます。こちらへ。安全待機所へ――」
「行かない」
俺が即答すると、ユールの笑顔が一瞬だけ固まった。
「……安全のためです」
「安全を名乗る檻に、二回も入るかよ」
ユールの視線が、横に滑る。
こはるを見る。見るのに、名前は呼ばない。
「回復担当の方は疲労が――」
こはるが小さく口を閉じた。
“呼ばれないことに慣れた動き”が、胸に刺さる。
その背後で、裏方のミルタが端末をいじっていた。
視線の角度が、もう“切り抜き”のそれだ。
――次の瞬間。
天井が、きしんだ。
「来る!」
レンが叫んだ。上だ。
閉門間際の“偶然の事故”の顔をした、落下罠。
ナツメが盾を上げる。間に合わない距離。
透真が身体を回す。遅い。
こはるは鍋を抱えたまま、足が止まる。
「レン、右! ミナト、壁を支えろ!」
「了解!」
レンのロープが飛ぶ。
ミナトの魔術が壁の角度を一瞬だけ変える。
落ちるはずの石材が、ナツメの盾の外側へ滑って逸れた。
ガギィン、と嫌な金属音。
でもこれは――誰も死ななかった音だ。
その瞬間、配信UIが“事故回避”としてログを吐いた。
そして、いつもなら出ないはずの項目が、表示された。
【事故回避ログ:記録】
【関与:雨宮レン/碧井ミナト/黒原ナツメ/伊織】
【回復指示:春日こはる】
【外部映像:あり】
「……出た」
こはるの名前が、“回復指示”の担当としてちゃんと出た。
追い風はさらに来た。
通路の向こうから、ライバルチーム《Asterion》が現れた。
紫堂レオンが眉をしかめ、鳴海ツバサが舌打ちする。
そして回復役の朝倉ユイが、こはるを見てはっきり言った。
「今の指示、うまい。あれがなかったら、盾の反応が一拍遅れてた」
第三者の証言。
運営が“消しにくい形”のやつだ。
【外部証言ログ:成立】
【対象:春日こはる】
ユールの笑顔が、初めて“安全”以外の顔になる。
焦りだ。台本が崩れた顔。
「……危険です。だからこそ、安全待機所へ」
ミルタの指が端末を滑らせる。
コメント欄が一瞬、荒れかけた。
『今の危な!』
『Supportが止まったせい?』
『隊長すげえ!』
――ここだ。
ここで隊長が「全部俺がやった」に寄せたら、また吸われる。
こはるの名前が消える。
でも透真は、息を吸って、カメラに向かって言い切った。
「違う。今の回避はチームの判断だ。最初に指示を出したのは、春日こはるだ」
こはるが目を見開いた。
名前が、“隊長の声”で残ったからだ。
コメントの流れが変わる。
『こはる?』
『Supportの子の名前?』
『こはるナイス!』
『回復の子、こはるなの!?』
視聴者が固有名詞を覚える。
覚えられたら、消すのが難しくなる。――それが戦い方だ。
そして数字が、初めて味方をした。
【BAN:87% → 81%】
【条件:本人名+外部証言+事故回避ログ】
「……下がった!」
レンが素で声を上げる。
ナツメが「やっと人間のルールっぽくなったな」と笑った。
ユールが一歩踏み出した。
「根拠のない名指しは――」
「根拠なら、今出た」
俺は画面を指で叩く。
事故回避ログ。外部映像。外部証言。
全部、根拠だ。
そして最後に、こはるが一歩前へ出た。
怖いはずだ。
言っても消される経験を、何度もしてきたはずだ。
でも今日は違う。
周りが先に言った。証言を積んだ。ログも出た。逃げ道が塞がれた。
こはるが胸元カメラに向けて、短く言う。
「私は春日こはる。回復役。撤退判断も私の役目。……誰かの手柄の“ついで”にはならない」
【本人の名乗り:記録】
【名寄せ:春日こはる 成立(暫定→固定処理)】
ユールの指が止まる。
止まったのは迷いじゃない。次の手を探してるだけだ。
――でも遅い。
画面が一瞬暗転し、表示が切り替わった。
【MVP再計算:開始】
【根拠:事故回避ログ/外部証言/本人の名乗り】
ミルタの端末が真っ赤に点滅する。
切り抜きの“都合のいい物語”が、ログに押し負け始めた。
【再計算:78% → 90% → 100%】
そして。
【MVP:春日こはる(回復/判断/事故回避)】
【順位:09位】
【BAN:61%】
画面の端で、黒い栞がひび割れた。
世界を畳む合図――その“終わらせ方”が、崩れた音だ。
コメント欄が爆発する。
『こはるMVPきた!!』
『Supportじゃねえじゃん!』
『こはる!こはる!』
『隊長も言ったの偉い!』
透真が肩で息をして笑った。
“勝ち方”を変えた顔だ。
「……俺、数字のために誰かを隠すの、もうやめる」
「それ言えるなら、転生してきた意味ある」
俺が言うと、透真が短く頷いた。
ユールは無言になる。
ミルタの端末は警告で埋まる。
【監査対象:ミルタ(切り抜き誘導の疑い)】
【監査対象:ユール(誘導の不整合)】
Asterionのレオンが淡々と言った。
「証拠、うちも出す。映像、撮れてる」
ツバサが腕を組む。
「公平って言うなら公平にしろよ。筋が通る相手と戦いたいんだよ」
閉門まで二時間。
でも、流れは変わった。
こはるが鍋を抱え直し、少しだけ大きい声で言う。
「……行こう。閉門までに帰る。勝って帰るんじゃなくて――全員で帰る」
ナツメが笑い、レンが指を鳴らし、ミナトが魔術光を強くした。
透真はカメラに向けて親指を立てる。
「Rivue、次いくぞ。――名前を消す配信には、もう負けない」
肩の上で、ミニルナが小さくガッツポーズをした気がした。
「三城さん、今の……“残った”って感じします」
「ああ。胃の冷えが、ちょっとマシ」
迷宮の奥へ走る。
二度と“匿名の回復役”なんて作らせないために。
テンプレのために人を切るな。
世界のためにテンプレをボツにしろ。




