第12話 転生者、勝ち方を変える
迷宮の中は不親切だ。
空気は湿っていて息が重いのに、石壁は冷たくて手がかじかむ。足元の苔は滑るし、天井の水滴は狙ったみたいに首筋に落ちてくる。
つまりここは、「油断した瞬間だけ確実に転ばせる」場所だ。
そして、その油断をもっと作りやすくするものがある。
――配信だ。
視界の端で、ミニルナのHUDが更新される。
数字と、視聴者の流れと、刺客の気配が一緒に出る。ここが嫌だ。
【現在順位:18位(維持ライン:30位)】
【BAN:72%(上昇中)】
【閉門まで:14時間21分】
【刺客反応:弱→中(断続)】
【改ざん検知:コメント流量異常/切り抜き誘導タグ一致】
「……“上昇中”って文字、いちいち書くな。気分悪い」
『でも事実です! 三城さん、数字は嘘つきません! 嘘をつくのは――人です!』
ミニルナの声が明るいのが、逆に胃にくる。
俺はランプを少し上げて、前を行く隊長の背中を見る。
神代透真。攻略隊Rivueの隊長。
重装備なのに動きが軽い。迷宮に慣れてるのもあるが、配信の“見せ方”にも慣れてるタイプだ。
透真が立ち止まり、振り返った。
「三城さん。今のうちに、ちゃんと話す」
命令口調じゃない。
罠がある、敵が出る、撤退する――そういう戦闘の声じゃなく、人としての声だった。
胸の奥で、嫌な予感が噛み合う。
さっきからコメント欄で「こはるの回復で助かった」が増えている。
外部証言が増えれば増えるほど、必ず押し返しが来る。
“名前が残り始めた瞬間”を、刺客は見逃さない。
「……聞く」
俺が短く返すと、透真は待機列の後ろ――こはるを見る。
春日こはる。Rivueの回復役。
回復はスープだけじゃない。撤退のタイミングを整えて、隊の判断を鈍らせない役だ。
こはるは不安を隠すために笑う癖がある。誰かが焦ると事故るのを知ってるからだ。
透真は一度息を吸って、言った。
「俺は……転生者だ」
空気が変わる。湿度じゃない。言葉の重さだ。
「……この世界が“元のゲーム”だってことか」
「そう。前の世界じゃ、俺はずっと観てた側だった」
透真は苦く笑う。
「観てた側ってのは、嫌なことも知ってる。
どうやって数字を伸ばすか。どうやって炎上させるか。どうやって“正しい人”が消されるか」
HUDの数字が、すぐ反応した。
【BAN:72%→73%】
【原因候補:切り抜き急増/“寄生回復”タグ】
『上がりました! 三城さん、ミルタの切り抜き波形です!』
ミルタ。切り抜きで空気を作る刺客。
「都合のいい数秒」だけを世界に流して、印象だけで人を殺すタイプだ。
透真は続けた。
「俺、最初……勝ち方を変えられなかった。
ランキングと規約で出来てる世界だから、規約の穴を探して、炎上を避けて、数字を取る動きをしてた。
それが生き残る方法だと思ってた」
こはるが小さく息を飲む。
“自分が消される側の話”を、隊長が口にする場面に慣れてしまった人の反応だ。
でも透真の次の言葉は、違った。
「……でも、こはるがスープを配ったとき、俺は画面じゃなく現場を見た」
透真の目が真っ直ぐになる。
「こはるがいなかったら、俺は二回死んでた。
撤退の判断も、回復も、声かけも、全部こはるが繋いでた。
それなのに画面だと、こはるは“匿名の補助”にされる」
こはるが口を開きかけて、言葉を飲む。
笑顔が揺れた。
俺が言う。
「……その“匿名化”が、この章の一番クソなところだ」
「そうだ」
透真は頷いて、俺とこはるとレンたちを順に見た。
ここで透真が言うべきは、感情じゃない。仕組みの話だ。
「俺は隊長として言う。MVPはこはるだ」
コメント欄が跳ねる。好意と攻撃が同時に増える。
【コメント流量:急増】
【好意:52%/攻撃:48%】
【炎上誘導タグ:検知】
『半々! 地雷原です!』
ミニルナが叫びそうになるのを堪えている。えらい。
透真は言い切った。
「でも、“言っただけ”じゃ足りない。
画面は言葉を切る。切り抜きは文脈を捨てる。
だから――手続きで固定する」
透真は腰のポーチから薄い金属札を出した。
迷宮配信者の登録札。配信権限とチーム契約を管理するやつだ。
この世界は努力より先に権限がある。最悪だが、武器にもなる。
「こはるの功績が消える理由、三城さんは分かってるよな?」
「MVP算定が前衛寄りに固定されて、回復は“補助”扱いで丸められる。
そこに切り抜きが重なると、補助は“寄生”って印象にされる」
「正解」
透真が登録札を叩く。
「ここに“名寄せ申請”がある。
回復ログを“個人の功績”として紐づけ直す申請だ。
通れば、こはるの回復は“こはるの功績”として残る」
「通らない理由は?」
「条件が足りない。
必要なのは二つ。隊長名義の契約変更ログと、現場の同意ログ」
透真は、こはるに向き直った。
「こはる。今日からは変える。
名寄せ申請を通すために、契約を切り替える。いいか?」
こはるは迷う。
“自分の名前を前に出す”のは、支える側にとって一番怖い。
俺ははっきり言った。
「こはる。『私がいない方がいい』は禁止。
テンプレの流れに乗ったら、次は“存在”が消される」
こはるが俺を見る。
「世界の都合で人を切らせない。名前を残す。――そのために手続きをする」
こはるの喉が動いて、ようやく言葉が出た。
「……はい。逃げたくないです。
私がやったことを、誰かの“ついで”にされたくない」
HUDが淡く光る。
【本人宣言ログ:生成】
【内容:功績帰属の拒否/撤退判断の責任/生存意思】
『ログ、強い……!』
透真が即座に言った。
「レン、ナツメ、ミナト。こはるの“回復と判断”について、同意ログを積む。短く、事実だけ」
レンが即答する。
「春日こはるの判断で撤退した。だから全員生きてる」
ナツメが続ける。
「俺はこはるの回復で助かった。名前で言う。春日こはるだ」
ミナトが落ち着いて添える。
「毒霧の直前、こはるが先に引けと言った。映像ログもある」
――よし。
本人だけに背負わせない。
複数話者で同じ事実を積んで、切り抜きでも崩れない塊にする。
透真が登録札を掲げ、壁に埋め込まれた淡青の端末に触れた。
端末が光って、文字が浮かぶ。
【攻略隊《Rivue》 契約変更】
【支援ログ帰属:個別管理 ON】
【MVP再計算対象:ON】
【同意ログ:4/4】
【隊長署名:神代透真】
【申請:名寄せ(春日こはる)――送信準備完了】
視界の端で、別のログが走る。
【契約ログ:生成】
【種別:帰属再設定】
【改ざん耐性:中→高】
前進だ。
証拠一枚じゃない。**世界のルールに噛み合った“ログ一本”**だ。
その瞬間、HUDが赤く点滅した。
【刺客反応:中→強】
【切り抜き誘導:最終波】
【BAN:73%→78%(急上昇)】
『来ました! 三城さん、ミルタが最後の切り抜きを投げてます!』
コメント欄が露骨に歪む。
『隊長が媚びたw』
『名義貸しでしょ』
『寄生回復、黒確』
『規約違反はBAN』
事実じゃなく、空気で殺すやつ。いちばんキツい。
でも、空気だけで殺せたのは、今までだ。
透真が俺を見る。迷宮の目だ。
「炎上は止められない。……なら、“使う”」
「燃やしてるのは向こうだけどな」
「向こうの燃料は切り抜き。こっちの燃料は契約ログだ。
規約の世界なら、規約で殴る」
透真が端末の送信に指を置く。
「名寄せ申請、投げる。通ったら、こはるの回復ログは“こはるのもの”になる」
こはるが息を止める。
俺は静かに言った。
「やれ。勝ち方を変えるって言っただろ」
透真が指を落とした。
【申請送信:名寄せ(春日こはる)】
【審査:契約ログ照合中】
――直後。
閉門表示が、突然おかしくなった。
【閉門まで:■■:■■:■■】
【閉門:圧縮表示(段階2)】
【※閉門判定がイベント化】
『三城さん、閉門が“短く見える表示”に変えられてます……!』
ミニルナの声が震える。
閉門が短く見えると、人は焦る。
焦ると判断が乱れる。
判断が乱れると「安全待機所へ」の誘導が通りやすくなる。
テンプレの押し戻し。
“檻へ戻れ”の条件を整えにきた。
俺は息を吐いた。迷宮の風が笑った気がした。
「……いい。短く見えるなら、なおさら“短くない証拠”を積むだけだ」
俺は透真に言う。
「透真。次は俺が殴る番だ。画面を“証拠の板”にしてやる」
『はい、三城さん。ログ拾いましょう。逃げるためじゃなく、残すために!』
閉門バーがじわりと減っていく。
それでも俺は目を逸らさない。
ここで負けたら、こはるの名前が消える。
名前が消えたら、次は存在が消える。
――それだけは、絶対にボツだ。




