表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/75

第11話 名寄せ戦――“こはる”を消させない

 胸元カメラの赤い点滅が、やけに目につく。

 見られている、というより――採点されている感じがする。


【BAN:68%(警告:2/5)】

【閉門まで:11時間42分】

【順位:12位(維持:30位/到達:10位)】

【Top8関門:発動まで 2時間08分】


 数字が並ぶだけで心臓が速くなる。

 怪我で死ぬんじゃない。評価で消される。


 俺――伊織(本名:三城晶也)は、迷宮都市カルディアの通路にいた。

 目の前は「安全待機所」の入口。鉄格子の向こうは清潔で静かで、照明まで優しい。病院の待合室みたいだ。


 ……檻に見えない檻。

 だから質が悪い。


「伊織、顔が怖い。配信に乗る」


 盾役の黒原ナツメが低い声で釘を刺す。


「大丈夫。元からこういう顔」


「それ、開き直りだろ」


 雨宮レンが胸元カメラの角度を指で直す。

 空中のコメント欄が流れる。速い、軽い、容赦がない。


『え、待機所入るの?』

『怪しいw』

『BAN近くね?』

『隊長さん、説明して』


 “説明して”。

 この単語が増えた瞬間、運営は動く。刺客は喜ぶ。


 刺客――監査官ユール=グレイは、通路の端で端末をいじっていた。

 笑顔は礼儀。目は査定。


「皆さま。良い判断です。“安全待機”は公平ですから」


 公平。便利すぎる言葉。だいたい刃物。


 もう一人、裏方のミルタが配信機材ケースの陰にいる。

 スタッフなのに、視線が“面白い角度”を探している。あれは編集者の目だ。人の人生を短尺に切る目。


 耳元で、ミニルナのHUDが小さくノイズる。


「三城さん。今ここで、こはるさん本人が喋ると、字幕が“役割タグ”に置き換わります。成功率、低いです」


 だろうな。前にこはるが喋った時、画面はこうだった。


【話者:Support】

【字幕:回復担当です】

【名前:—】


 名前が空欄。

 現場では必要不可欠なのに、画面だけが「誰でもいい」にする。


 こはるは鉄格子の向こう――待機所の中。

 小さな鍋を抱えて座っている。回復スープの匂いが届きそうで、余計に腹が立つ。


 あれは“生きる判断”を出せる人だ。

 だから消したい。運営はそこを分かっている。


「じゃあ、本人に喋らせない」


 俺が言うと、レンが目を細めた。


「……喋らせないで、どうやって本人宣言を成立させる?」


「こはる一人に背負わせない形にする。分散させる」


 ナツメが腕を組む。


「言い方が嫌だな。“背負う”って」


「嫌だよ。だから壊す。――“みんなの言葉”にする」


 レンが小さく笑った。


「なるほど。本人宣言を分散して、切り抜きで崩れない“文脈の塊”にする」


「そう。コメント欄まで含めてな」


 俺は胸元カメラのレンズに指を向けた。視聴者じゃない。アルゴリズムの腹に向けて。


「透真に合図する」


     ◇


 神代透真は鉄格子の前に立っていた。

 隊長。カメラ前の顔。数字を作る役。勝ち方を知ってる男。


 ただ、背中が今日は重い。


 透真の配信画角には、待機所の中のこはるも映っている。

 なのに字幕は“Support”のまま。名前の欄に空白が居座っている。


「監査官さん」


 透真がユールに向けて言った。声は穏やか。でも芯は硬い。


「今、うちの配信は“説明”を求められてますよね」


「ええ。公平に。視聴者の皆さまへ」


「なら、説明します」


 透真は一歩下がって、画面に全員が入る位置を作った。

 ――上手い。こういう“絵の作り方”が分かっている。


「俺たちRivueは、撤退判断を優先します。見せ場のために無理はしない」


『え、珍しい』

『安全運転か』

『面白いの?それ』


 反応が割れる。

 割れた時に刺客は“正義”を刺してくる。だからここからが勝負。


 透真が鉄格子の向こうのこはるを手で示した。


「撤退判断ができるのは、回復があるから。回復があるのは――」


 一瞬、言葉が詰まった。

 こはるの名前が、隊長の口から出にくい。薄化の壁だ。


 俺は自然に割り込む。


「スープがなきゃ、昨日の毒霧でナツメが倒れてた」


 ナツメが即座に頷く。ぶっきらぼうに、でもはっきり。


「俺が言う。春日こはるの回復スープで助かった」


 空気がピシッと固まる。


『今、名前出た?』

『こはる?』

『回復スープの人?』

『Supportって誰だよw』


 レンが続ける。


「俺も。春日こはるの判断で撤退が早かった。だから全員、生きてる」


 ミナトが落ち着いた声で添えた。


「映像ログも残ってます。毒霧の前に、こはるが“先に引く”って言った。あの一言で隊列が変わった」


 ――名前だけじゃない。理由も一緒に置く。

 切り抜きされても崩れない“塊”にする。


 透真が息を吸い直して、言い切った。


「……春日こはる。うちの回復担当だ」


 字幕が遅れて追いつく。


【話者:隊長】

【字幕:春日こはる。うちの回復担当だ】

【名寄せ:KOHARU(暫定)】


 よし。

 “隊長の字幕ログ”に、こはるの名前が乗った。


 ミニルナのHUDが淡く跳ねる。


【証言ログ:複数話者で成立】

【文脈欠損率:低下】

【名寄せ固定:候補に上昇】


 まだ暫定。でも暫定でも足場はできた。


     ◇


 そこへ別の声が割って入る。


「……その回復、見せてくれ」


 ライバルチームAsterionの隊長、紫堂レオンだ。

 隣に回復補助の朝倉ユイもいる。同職の証言は重い。


 ユイがこはるの鍋を見て目を細めた。


「香りが強い。魔力の通りがいい配合。……昨日の霧、見てた。Rivue、撤退が綺麗だった」


 レオンが頷く。


「回復が回っていたからだろ。映像が匿名扱いしてるのは変だな」


 コメント欄が目に見えて変わる。


『外部証人きた』

『ライバルが言うの強い』

『こはるのスープ何味?』

『Supportじゃなくて名前出せ』


 ミニルナが囁く。


「三城さん、“こはる”がコメント欄で定着し始めてます。外部証人ログ、増えてます」


【外部証人ログ:増加】

【ワード定着:KOHARU(ローマ字変換含む)】

【BAN:68% → 67%(微減)】


 たった1%。でも“下がる”が存在するだけで世界のルールにヒビが入る。


 ユールが微笑みのまま言った。


「良い流れですね。ただし注意が必要です。“医療行為の誤解を招く表現”は規約違反となり得ます」


 来た。善意を罪にする口実。


 俺は即座に短く返す。


「医療じゃない。迷宮内の回復行為。規約の定義、読んでます?」


 ユールの眉がほんの少し動く。


「……あなた、詳しいですね。伊織さん」


「配信は事故ったら終わりなんで。予防線は張ります」


 レンが小さく笑う。


「伊織、珍しく正論で殴ってる」


「俺だってたまには正論する」


「“たまに”って言うな」


 空気を落とさない。テンポで握る。


     ◇


 その時、ミルタが配信卓の陰で指を止めた。

 止めた瞬間が分かるほど、動きがきれいだった。


 イヤモニを押さえ、誰かと通話しながら笑う。編集者の笑顔。


 HUDがざらつく。


【切り抜き投稿:検出】

【誘導タグ:#依存 #違法回復 #出しゃばりサポ】

【BAN上昇予測:+4%(短尺拡散)】


 最悪。ここで刺してくる。


 こはるが鉄格子の向こうでこちらを見た。不安そうに、でも逃げない目で。


「……伊織さん。私、また――」


 言いかけた瞬間、字幕が揺れる。

 “Support”が喉元までせり上がる。


 俺は首を振った。


「今はいい。もう、みんなが言った。みんなが残した」


 こはるがゆっくりうなずく。


 透真がカメラに向けて言った。


「俺たちは、誰か一人の善意を踏み台にしない。……コメント見えてる。名前を呼んでくれて、ありがとう」


『こはる!』

『#こはるを消すな』

『切り抜きに負けるな』

『外部証人もっとくれ』


 よし。

 “本人宣言”は、本人だけのものじゃなくなった。視聴者も外部証人になった。


 ――なのに、HUDが冷たく光る。


【BAN:67% → 69%(警告:3/5)】

【原因:外部拡散タグの急増(監査トリガー)】

【次の審査配信まで:2時間16分】


 ミルタの切り抜きが回り始めた。

 ユールが優しい声で言う。


「残念ですが……“炎上”は数字です。公平に、処理されます」


 俺は笑った。爽快に。顔だけ。


「なら数字で返す。――処理するのは、こっちも得意なんで」


 ミニルナがぼそっと言う。


「三城さん。次は“名義”を取りに行きましょう。画面に、返す番です」


 閉門まで11時間42分。

 審査配信まで2時間16分。


 短い。だけど――コメント欄は確かに“こはる”を覚えた。


 世界が消すなら、世界の外側で増やす。

 まずは今夜。この炎上を“証拠”に変える。


 俺は鉄格子を見上げて、軽く言った。


「こはる。次は“あなたが頑張る”じゃない。――私たちが証明する」


 こはるが小さく笑った。

 鍋の湯気が、その笑顔だけは消せないみたいに揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ