第10話 Top8関門――声を奪う仕組み
迷宮の石壁は、配信画面に映ると妙に“きれい”に見える。
でも現実は湿って冷たく、ところどころ鉄みたいな血の匂いが混じっている。
配信は逆だ。
危険な匂いを消して、見栄えのいい物だけ残す。
そして都合の悪い部分は――編集で消す。
視界の端で、ミニルナのHUDが跳ねた。今日は警告色が多い。
【DUNGEON LIVE/Rivue】
【BAN:66%(警告:3/5)】
【閉門まで:11時間40分】
【現在順位:9位】
【Top8関門:発動まで 2時間12分】
【Support表示:不安定(名寄せ処理が戻されている)】
「……9位か」
順位は上がった。Top8が見える位置だ。
なのに胃が沈む。上がった瞬間に“狩られ方”が変わるのを知っているから。
「三城さん、9位です! マジで上がっちゃいました!」
「喜ぶのはいい。でも、喜び方に気をつけろ。今の画面は“切り抜ける笑顔”を探してる」
「うぇ……言い方が怖い……!」
怖いのは迷宮じゃない。迷宮は殴ってくるから分かりやすい。
配信は、笑った瞬間を“違反っぽく”見せられる。
壁際で、春日こはるが鍋を抱えたまま座っていた。
湯気は薄いのに、香草の匂いが空気を少しだけ落ち着かせる。
「……9位。すごいね、伊織さん」
声は柔らかい。けど語尾が軽い。
“自分の手柄が画面に残らない”ことを知ってる軽さだ。
俺はしゃがんで鍋の蓋を少し開けた。湯気がふわっと上がる。
コメント欄が一瞬だけ食い物の話題で埋まった。
《うまそう》
《スープ神》
《料理できる子いるの強い》
《回復の子、こはる?》
《名前、出るようになった?》
――「出るようになった?」
“たまに出る”だけ。安定しない。そこが地獄だ。
俺はこはるにだけ聞こえる声で言った。
「すごいのは、こはるだ。撤退判断、3回当てた。あれがなければ全滅してた場面が2回ある」
こはるは小さく笑って、目を伏せた。
「……でも、画面はそう言ってくれないよ」
「言ってくれない、じゃない。残す側がやる」
切り抜かれないよう、軽い口調で言う。
「俺らが言う。言わせる。ログに残す。――“最初から当たり前”にする」
こはるが不安そうに眉を寄せた。
「でも言ったら……叩かれる。透真さんのファン、強いし。私が出しゃばってるって……」
その瞬間、ミニルナのHUDが震えた。赤い警告が重なる。
【外部クリップ生成:開始(改ざん系)】
【対象:Support名寄せ/支援の功績発話】
【BAN上昇予測:+8%(炎上誘導テンプレ)】
「……来たな」
「伊織さん……?」
「大丈夫。怖い通知が来る=当たりを踏んだってことだ」
「それ現場の理屈すぎません?」
「現場の理屈だ」
背後で透真が振り返った。汗だくで息が荒い。強いのに焦っている。
焦りは切り抜きのエサになる。
「伊織! 次いけるぞ。休憩は短くしろ。閉門まで時間がない」
「了解。……透真、少しだけ待て」
「は?」
俺は立ち上がって、透真の肩を軽く叩いた。
「今、配信が“誰の声を残すか”を選別しに来てる。Top8関門が近い」
透真の眉が動く。
「……Top8関門?」
ミニルナが淡々と説明する。
「Top8に入ると露出が跳ねます。スポンサーと運営監査の介入率も上がります。
それと、『中心の声』が一つに固定されやすくなります」
「中心の声?」
「隊長の発言だけが“公式っぽい正義”として拡散されます。
他の人の発言は“雑音扱い”されやすい」
つまりTop8は、数字の壁じゃない。
“声を奪う壁”だ。
透真が息を呑む。
「……俺が喋るほど、こはるが消える?」
「今のままだと、そうなる」
透真が歯を食いしばる。悪い奴じゃない。だからこそ利用される。
俺はわざと少し笑って言った。
「じゃあ先に“声の形”を作る。隊長の独演じゃなくて、合唱にする」
「合唱?」
「全員が同じ事実を言う。名前もセットで。
“誰がやったか”を、ログで固める」
コメント欄が割れ始めた。
《透真しか勝たん》
《いやチームで強い》
《回復の子、こはるって名前なんだ》
《出しゃばりとか言ってるやつ草》
《Top8行ける?》
流れが割れた。割れるほど操作しづらくなる。
その時、後方で小さな咳払い。
昴――配信の運用・交渉担当。普段は映らない位置にいる男だ。
昴の端末が震えた。迷宮の揺れじゃない。通知だ。
昴の顔色が一気に落ちる。
俺は画角に入らない角度で近づき、端末の画面を覗く。
《提案:Top8保証》
《条件:回復役の交代(Rivue内)》
《責任:当方が肩代わり》
《導線:安全待機所へ(手続き)》
喉の奥が冷えた。
Top8保証。回復役の交代。安全待機所で手続き。
要するに――**「こはるを降ろせ」**という“丁寧な処刑”。
「……来たね」昴が小さく言う。「スポンサー経由っぽい。逃げ道は“安全”だけって書き方だ」
「逃げ道じゃない。誘導だ」
透真が気づき、顔を強張らせた。
「なにそれ……こはるを替えろって?」
こはるの手が鍋の取っ手を強く握った。
怖いんじゃない。**“また始まった”**という顔だ。
「……私、やっぱり私がいない方が――」
「その言葉、禁止」
俺は即答した。速すぎて自分でも嫌になるほど。
「え……」
「“私がいない方が”はテンプレの台詞だ。
俺たちはテンプレ通りに消されに来てない」
こはるの唇が震えた。ずっと一人で飲み込んできた証拠だ。
俺は折れないように、わざと軽く言う。
「それに、こはるがいないと困る。俺が死ぬ」
「伊織さん、すぐ死ぬって言う……!」
「迷宮だぞ? 死ぬだろ普通に」
「普通に言わないで!」
透真が、そこでようやく笑った。作り笑いじゃない。
本物の笑いは編集しづらい。刺客が嫌う。
俺はその一瞬を逃がさない。
「透真。今言え。配信に残せ」
「……は?」
「“春日こはるがいないと困る”って。
俺が言うと“裏方の煽り”にされる。隊長の声で残せ」
透真の喉が鳴る。炎上が怖い。
でもここで黙ると、檻が完成する。
昴が短く背中を押した。
「透真。今言わないとTop8で“選ばれた声”が固定される」
透真は一度だけ目を閉じて、息を吸い、カメラへ向いた。
「……春日こはるがいないと、俺たちはここまで来れてない」
コメント欄が止まり、次に爆ぜた。
《今、名前言った》
《こはるって言った》
《普通に良い》
《チームとして強い》
《回復の子、こはる!》
ミニルナのHUDが更新される。
【相互肯定ログ:成立(暫定→固定処理へ)】
【隊長発話での名寄せログ:成立】
【BAN上昇予測:+8% → +2%に低下】
「……よし」
ミニルナが珍しく小さくガッツポーズした。今は許す。
――ただ。
画面の端に、嫌な通知が出た。準備中、という名の罠。
【Top8関門:準備中】
【選別対象:CENTER VOICE/SUPPORT VOICE】
【条件:安全手続きログ 未達】
“安全手続きログ”。
つまり「安全待機所に来い」だ。
俺は昴の端末を指で伏せた。丁寧な提案を、丁寧に潰す。
「……決まってるだろ」
透真が俺を見る。「どうする?」
俺は笑った。いちばんムカつく返事になるから。
「Top8保証? 回復交代? 安全待機所で手続き?
全部、ボツ」
こはるの目に、久しぶりに“期待”が戻った。
「代わりに、こっちから条件を出す」
「条件?」と昴。
「声は選ばせない。合唱で固定する。
Top8関門が声を選ぶなら――先に全員の声で“事実”を固めてやる」
ミニルナが淡々と言う。
「三城さん。それ、運営が一番嫌がるやつです」
「知ってる。だからやる」
迷宮の奥で、誰かが鍵を鳴らした気がした。
でももう怯えない。
画面が物語を作るなら、俺たちが先に物語を書く。
声で。名前で。ログで。
――Top8関門が選ぶのは、声じゃない。
選ぶのは、俺たちだ。




