第8話 対応会議、規約の刃を握り返す
安全待機所――という名前の“檻”は、親切な顔をして閉じた。
ガチャン。
今度の音は誤魔化しが効かない。
「閉じ込めました」の音だ。
迷宮の湿った風が消える。代わりに、白い照明と配信UIの光だけが残った。
空気が乾いた。数字がよく響く部屋だ。
【閉鎖:安全待機所(内部)】
【退室:申請制】
【審査:監査官ユール 承認待ち】
【BAN:79%(警告:3/5)】
【閉門まで:11時間32分】
【順位:24位(維持:30位)】
閉門――迷宮ゲートが封鎖される締切。
BAN――配信参加資格のメーター。満タンになったら、ランキングと配信から“消える”。
「……閉門、思ったより現実だな」
俺が呟くと、肩の上のミニルナが淡々と補足する。白いマスコット姿のルナだ。
「現実です。閉門が近いほど『安全待機所に入れるのが正しい』って空気が作りやすい。
その空気に乗せてBANを跳ねさせる。つまり――今が一番、檻が完成しやすい時間帯です」
「最悪の時間割だな」
「テスト前夜みたいなやつです。しかも監督が刺客」
「笑えねぇ」
コメント欄が勝手に加速する。
《ガチで閉じ込められてて草》
《安全待機所って言う名の箱w》
《BAN上がってるのに喋るなよ》
《隊長、止めろよ》
《ルール守れない配信者はBANでしょ》
止めろよ――矛先が透真に向く。
誰も悪意なく、画面の“役割分担”だけが勝手に作られていく。
視界の端。MVP欄。
【MVP:トウマ】
【Support:— — —】
Supportのところは、空欄のままだ。
つまり、こはるの働きは**存在してるのに「名前が載らない仕様」**になってる。
ナツメが盾を握り直し、舌打ちしかけて止めた。
「……助けてんの、こは――」
言いかけて飲み込む。
出せないんじゃない。出しても画面が“受け取らない”のを知ってる顔だ。
ミナトが小声で言った。
「この部屋、音が変だ。声が反響しない。吸音材入ってる。
つまり――現場の雑音を消して、配信の声だけ綺麗に拾う部屋」
「切り抜き用スタジオかよ」
俺が言うと、レンが壁の継ぎ目を指で叩き、配線の走り方を見つけた。
「監視端末あります。入口側の死角。
カメラは外じゃなくて内側を映してる。入った瞬間から“やらかし絵”が撮れる配置」
つまり、ここは休憩所じゃない。
**“違反を撮るための箱”**だ。
こはるが静かに息を吐いた。
スープバッグがいつもより重く見える。
「……大丈夫。慣れてる」
「慣れるな」
俺は即答した。
慣れた時点で、薄化は完成する。
透真が苦い顔で言う。
「……俺が前に出る。俺が説明する。
『安全誘導に従った』ってログを作れば――」
「それが罠だ」
言葉を切る。
「今の画面は“従ったのに違反”を作れる。
『安全』は免罪符じゃない。首輪だ」
配信UIが、ぬるっと光った。
【規約通知:安全指示は絶対】
【違反:安全区域での迷惑行為(分類:炎上誘発)】
「迷惑行為って何だよ……」
ナツメが低く唸る。
「“存在が迷惑”って意味に見えるのが最悪なんだよ」
俺は奥歯を噛んだ。
この言葉は便利すぎる。何にでも当てはめられる。
そのとき、壁の上の小窓が開いた。
外から覗いたのは、笑顔が丁寧すぎる男――監査官ユール=グレイ。
「皆さま。安全待機所のご利用、ありがとうございます」
声は柔らかい。柔らかいまま、刃がある。
「規約に基づき状況確認をいたします。現在、配信上の“安全違反”が検知されております」
「入れって言ったのはそっちの看板だろ」
ナツメが噛みつく。
「看板は“推奨”です。最終判断は配信者。公平のために」
公平。
誰かを落とす時にだけ、妙に真面目になる言葉。
ユールの視線が、こはるのバッグに一瞬止まった。
止まったのに、名前は呼ばない。
――画面が名前を消してるんじゃない。
消す条件式を、この男が握ってる。
俺は胸元カメラを一度だけ見た。視聴者に向けるんじゃない。
“裏ログ”に向けて言い切るために。
「ユール。確認する。
“安全”の名でBANを上げるなら、その算定根拠ログを出せ。
公平なら、透明化が先だ」
コメント欄が一瞬止まって、すぐ荒れる。
《うわ喧嘩始まった》
《規約読めよ》
《隊長、制御しろ》
《BAN増えるぞ》
透真が顔を歪める。
数字の作り方を知ってる人ほど、炎上の匂いを怖がる。怖がった瞬間、刺客に使われる。
「伊織、今は……」
「今が一番、必要だ」
俺は遮った。
言葉を止めたら、画面が“勝手な物語”を完成させる。
レンが小さく手を挙げる。
「伊織。監視端末のログ、抜けます。
入口の“自動同意”、この部屋の“安全違反窓”、全部タイムスタンプ付きで拾える」
「抜け」
即答する。
ミナトが胸元カメラの設定をいじった。
「裏ログ二重化。音声別録りON。
“いつBANが跳ねたか”を秒単位で残す」
「最高。証拠が一枚じゃ足りない世界だ」
皮肉で息を整える。
ユールは微笑んだまま、目だけ細くした。
「証拠遊びは結構。ですが閉門まで時間がありません。
安全待機所は“保護”です。ここで落ち着いて――」
「檻で落ち着けるかよ」
ナツメが吐き捨てる。
こはるが小さく言った。
「……スープ作ります。
みんな、このままだと手が震える」
その一言で、空気が一段戻った。
戻ったのに、画面は動かない。
【MVP:トウマ】
【Support:— — —】
透真が苦しそうに笑う。
「……助かる。ほんと」
こはるは頷く。
現場の感謝はある。けど、画面の“名前”だけが抜かれる。
――だから必要なのは、感情の殴り合いじゃない。
ルールの言葉で殴る準備だ。
「……会議を開く」
俺は短く言った。
「え?」
ミナトが目を丸くする。
「ここで。今ここで。
規約の刃は、現場で振ると燃料にされる。
なら――規約の言葉のほうで、握り返す」
ミニルナがちょっとだけドヤる。
「やっと来ましたね。条文の時間です」
「言い方」
「手順です。
S-12(施錠禁止)とC-03(同意の明示)――両方、映像・音声・端末ログで揃ってます。
つまり私たちは“異議申立て”ができる状態です」
「異議申立て……?」
透真が眉を上げる。
「はい。運営が“公平”を盾にするなら、こっちは“公平”で刺します。
①透明化要求(算定根拠の開示)
②再計算要求(BAN加算の無効化)
③暫定停止(閉門までの加算凍結)
この三つをセットで投げる」
レンが端末から顔を上げた。
「ログ抜けました。施錠信号、操作権限はベネディクト。タイムスタンプ付き。
それと“待機所内の安全指示不履行”って加算窓、指示の中身が空欄です。
空欄なのに不履行判定できる。つまり、いくらでもBANを上げられる」
「……やっぱり檻だ」
ナツメが低く言う。
俺は頷いて、胸元カメラの横――誰にも見えない設定画面を開いた。
“栞”の機能。現地から上位の運用回線に割り込む非常線。
条件はひとつ。条文違反の証拠があること。――ある。
画面が一瞬暗転し、別のウィンドウが立ち上がった。
【運用監査回線:緊急対応会議(接続中)】
【提出:S-12違反(施錠)/C-03疑義(同意)/BAN加算窓(指示空欄)】
【添付:映像/音声/端末ログ/タイムコード】
画面の向こうに、“知らない顔”が並んだ。
でも今はそれでいい。過去の誰かじゃない。今この案件を裁ける人が必要だ。
淡い青髪の女性が椅子に座り直す。
「運用監査室・室長代理、宮守アヤネ。提出受領。状況、端的に」
眼鏡の男性がメモを走らせる。
「同・数式担当、久遠レイジ。BAN加算窓、条件式が雑すぎる。空欄で不履行判定はアウト。故意の可能性が高い」
無表情の短髪が資料をめくった。
「同・構造担当、伊東カナメ。待機所の設備、保護施設というより“隔離施設”の構造に近い。吸音、内向き監視、退室申請制、施錠。説明と一致しない」
――理屈が通る空気。
迷宮より呼吸ができる。
俺は一気に言う。感情を混ぜない。運用で殴る。
「現場は戦闘してない。だが待機所に入った瞬間、施錠。自動同意。
その後、指示空欄の不履行判定でBANが62→79に跳ねた。秒単位のタイムコードあり。
さらに画面は功績を隊長固定、回復役は匿名タグ化。個人名が乗らない」
宮守が頷く。
「第一手。S-12違反の施錠。即時解除命令を出す。
第二手。C-03の同意疑義。BAN加算を暫定凍結。
第三手。算定根拠の開示と再計算。名寄せ処理の監査を入れる」
久遠が淡々と言った。
「名寄せには“名前で呼ぶログ”が要る。現地、燃えにくい形で積める?」
俺は即答する。
「積める。現地メンバーの証言ログも取れる。
さらにコメント欄に『名前出ないの変』が出てる。外部ログとして保存できる」
伊東が短く頷く。
「なら通せる。“役割タグ”を破って“個人名”を通す。
個人名が通った瞬間、功績の吸い上げは鈍る」
勝ち筋が一本に繋がった。
檻の中でも、理屈は折れない。
宮守が最後に言った。
「三城。現地は続行。こちらから命令文を投げる。
ユールに“公平”で殴られたなら、こっちは“公平”で握り返す」
「了解」
回線が薄くなり、待機所の白い光が戻る。
扉はまだ閉まってる。檻は完成しかけてる。――でも、もう違う。
条文がある。ログがある。証拠がある。
“公平”という言葉を、こっちの武器にできる。
俺は小窓のユールを見上げた。
あの笑顔が、ほんの少しだけ固い。
「ユール。今から運用監査室が入る。
透明化を拒否するなら、その拒否もログになる。――公平だろ?」
ユールは微笑んだ。
微笑んだまま、目だけが動いた。逃げ道を探す目だ。
こはるがスープを配り始める。温かさが、手の震えを止める。
その“判断”が、画面に消される前に。
「約束する」
俺は自分に刺す言葉として言った。
「画面に、名前を残す」




