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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第7話 「檻に入るな。入ったなら“ログで折れ”」

 迷宮都市カルディアの空気は、湿っているのに喉が乾く。

 理由は単純だ。ここでは時間が減るほど「安全」という単語が増える。増えるたびに、人が焦って判断を誤る。


 胸元カメラのランプが赤く点滅している。

 配信番組ダンジョン・ライブは、戦闘だけじゃなく迷いと焦りまで映して数字にする。


 視界の端で、ミニルナのHUDが淡く表示された。


【BAN:62%(警告:2/5)】

【閉門まで:11時間47分】

【順位:17位(維持:30位/到達:10位)】


「……閉門、もう半日切ってるのか」


「“時間を減らして焦らせる設計”ですね、三城さん」


 淡々とした声が腹立つ時は、だいたい正しい。


 隣で、隊長の神代透真がカメラに向けて笑顔を作っている。

 戦ってる顔じゃない。**“視聴者に安心を売る顔”**だ。転生者と聞いて納得した。勝ち方を知っている。


Rivueリヴュー、次の区画行きまーす! コメント拾いながらね!」


 空中のコメント欄が流れる。速い。軽い。止められない。


『伊織さん今日も裏方っぽいw』

『隊長うまい!』

『盾のナツメ強っ』

『回復の人、まじ助かる』

『Support神』


 ――“回復の人”。“Support”。

 こはるの名前だけが、画面から消えている。


 現場では春日こはるがいないと死ぬ。

 でも画面は、彼女を“役割タグ”にして、個人として記憶されない形にする。


「こはる、スープ残りは?」


 ナツメが聞く。

 こはるは小さく頷いて、落ち着いた声で答えた。


「……三杯分。足りるけど、無理はしない」


 言い方が静かで強い。

 この世界では、そのタイプが一番消されやすい。派手じゃないからじゃない。**“判断が残ると都合が悪い”**からだ。


 ミナトが壁の紋様に指を当てて眉をひそめる。


「この先、風が変だ。空気が一定方向に流れてる……誰かが誘導してる」


「誘導なら、床にもあります」


 レンが床の端に貼られた小さな札を指で示した。

 札には大きくこう書いてある。


【安全待機所→ 回復・休憩・避難に最適!】

【閉門間際は混雑します。お早めに!】


「“お早めに”って、広告かよ」


「広告でいいんです。焦ってる人には広告が刺さりますから」


 ミニルナが言い切った瞬間、コメント欄も同じ流れになる。


『安全待機所いけw』

『休憩しよ』

『BANやばいからルール守れ』

『規約見ろ規約』


 視聴者の声が運営の声に寄っていく。

 誰かが“安全へ行くのが正しい空気”を作っている。


 透真が笑顔のまま、俺にだけ聞こえる声を落とした。


「伊織さん……ここ、行かないとまずいっすよね。

“安全待機所に寄った”ってログがないと、運営に突っ込まれる」


「突っ込まれるって言い方、現実の会社だな」


「現実っす。BAN、現実っす」


 勝ち方を知ってる人ほど、条件式に寄りやすい。


 ミニルナのHUDがノイズ混じりに点灯する。


【誘導増殖:検出】

【安全待機所:視聴者推奨率 急上昇】

【BAN上昇条件:安全行動ログ 未達で加算】


「……来たな。“安全ログがないとBANが上がる”って脅しだ」


「脅しじゃなくて“仕様”って顔してきますね」


 言い返そうとした瞬間、前方の角から男が現れた。

 白いベスト、腕章、丁寧な口調。――安全責任者ベネディクト。


「お疲れさまです、挑戦者の皆さま。

閉門までの時間が短くなっております。安全待機所へ一度お入りください」


 ベネディクトの背後には看板がある。

 いや、看板“が増えている”。さっきは三枚だったのに、今は五枚。

 迷宮が親切になるほど、裏がある。


「必須ですか?」


 こはるが聞いた。丁寧だが、逃げない目。


「必須ではありません。――が、推奨です。

推奨に従わない場合、規約上の“安全軽視”として警告が入る可能性があります」


 可能性。

 誰も否定できない形で刃を出せる、便利な言葉。


 透真がカメラに向けて明るく言った。


「はーい! じゃ、ちょっと待機所で回復タイム入れます!」


 コメント欄が喜ぶ。


『えらい!』

『安全第一!』

『透真わかってる』

『Supportも休め』


 ……“Support”。やっぱり名前がない。


「レン」


「了解」


 レンは自然な動きで胸元カメラの画角をずらした。

 看板、ベネディクトの腕章、入口の端末表示――全部撮る。


 安全待機所の入口は透明なゲート。

 中は明るくて清潔で、休憩所っぽい。だから余計に危ない。


 ミニルナが小声で言った。


「三城さん。入るなら、入退室ログ・鍵(施錠)・監視端末。この三点を押さえましょう」


「分かってる。檻に入るなら、檻の仕組みを撮る」


 俺が一歩踏み込んだ瞬間、ゲートが「ピ」と鳴った。

 入口端末に表示が走る。


【入室ログ:Rivue 5名】

【理由:安全推奨(閉門圧)】

【同意:自動(推奨導線適用)】


「……自動同意?」


 ミナトが素で漏らした。

 こはるが眉を寄せる。透真の笑顔が一瞬だけ硬くなる。


 ベネディクトは当たり前みたいに言った。


「皆さまは番組参加者ですので、推奨導線は初期設定で適用されます。安全のためです」


 安全のため。

 それが通るなら、何でもできる。


 ミニルナのHUDが警告色になった。


【規約:待機所利用は任意】

【施錠:禁止(条文 S-12)】

【同意:明示必須(条文 C-03)】


「……穴が見つかったな」


 最悪なのに、証拠としては最高だ。


「ベネディクトさん」


 俺は穏やかに、運用支援の顔で聞いた。


「今の同意処理、明示じゃないんですか。

画面だと“自動”って出てますけど」


「明示です。――皆さまはゲートを通過しました」


「通過=同意、ですか」


「そうです」


 迷いがない。

 迷いがないのは“自分で決めてない”運用だからだ。


 俺はレンに視線を送る。レンはもう撮っている。

 端末表示も、ベネディクトの発言も、音声も。


 ナツメも小型レコーダーを起動した。盾役はこういうとき一番頼れる。


 こはるが少しだけ前に出る。


「……私たち、出たいときに出られますよね?」


「もちろんです。待機所は安全を守る施設ですから」


 言葉は正しい。

 でも背中が冷える。


 次の瞬間、入口ゲートの端が「カチ」と鳴った。

 小さい音。だが確実に**“ロックがかかった音”**だ。


 ミニルナのHUDが硬い文字を吐く。


【施錠信号:検出】

【操作端末:待機所管理(ベネディクト権限)】

【条文違反:S-12(施錠禁止)】


「……施錠したよね?」


 ミナトが言って、ナツメが立つ位置を変えた。

 戦うためじゃない。逃げ道を作る配置だ。


 透真が笑顔のまま、声だけ落とす。


「伊織さん……これ、やばいっすよね」


「やばい。でも、撮れてる」


 胸元カメラのランプを軽く叩く。

 視聴者に見せるためじゃない。運営に突き返すためだ。


 待機所の壁面にはモニターが並んでいた。

 各チームのBAN、順位、閉門まで。生殺与奪の掲示板。


 その中に、見覚えのない小窓がある。


【安全違反判定 リアルタイム監査】

【対象:Rivue】

【加算条件:待機所内の“安全指示”不履行】


「……待機所の中で、さらに安全指示を出してBANを動かすのか」


 レンが鼻で笑った。


「檻の中で“いい子”やれってことだな」


 ミニルナが即座に整理する。


「従わないとBANが上がります。

従うと“従順ログ”が積み上がって、後で資格停止の理由にされます。

――どっちも負けに見せて、両方削る仕組みです」


「最悪」


「でも三城さん。今ので**施錠(S-12違反)**が撮れました。番号付きです」


 番号がある。

 それだけで言い逃れが難しくなる。


 俺は監視端末へ近づいた。指紋プレート、アクセス履歴、操作ログ。全部証拠だ。


「触るな!」


 ベネディクトが声を上げた。

 丁寧な仮面が一瞬だけ剥がれる。


「それは安全設備です。勝手に触るのは規約違反です」


「施錠のほうが先に規約違反ですよね」


 俺は笑って返す。爽やかに。

 透真が横で目を丸くする。ナツメが口角を上げかけて止める。ミナトが息を呑む。

 こはるだけが静かに俺を見ていた。


 ここで必要なのは勇気じゃない。ログだ。


 ミニルナのHUDが確定札を出す。


【前進:確定】

【証拠:施錠(S-12違反)/自動同意(C-03疑義)/監査窓の存在】

【追加:ベネディクト運用の穴 特定】


 ――よし。


 そのとき、待機所の照明が一段落ちた。

 安全演出みたいに穏やかに、でも確実に。


 視界の端で数字が跳ねた。


【BAN:62% → 79%(警告:3/5)】

【理由:待機所内 指示未履行(自動判定)】

【閉門まで:11時間32分】

【順位:17位 → 24位】


「は?」


 透真の声が、笑顔のまま裏返った。


「なにそれ、俺ら何もしてないのに!」


 こはるが唇を噛む。

 ナツメが拳を握る。

 レンが舌打ちしかけて飲み込む。

 ミナトがモニターを睨む。


 ベネディクトは丁寧な顔に戻って言った。


「落ち着いてください。安全指示に従えば、BANは下がります」


「下がるって、どれくらい?」


 俺が聞いても、ベネディクトは答えない。

 答えないのが答えだ。指示は無限に増やせる。


 入口ゲートが完全に閉まった。今度ははっきりした音で。


 ガチャン。


 ミニルナのHUDが冷たい文字を出した。


【閉鎖:安全待機所(内部)】

【退室:申請制】

【審査:監査官ユール 承認待ち】


「……ユールが来る」


 ミニルナが低く言う。

 規約で人を切る刺客。こいつが承認握る時点で、目的は見えてる。


 俺は胸元カメラの点滅を見た。

 まるで「見てるぞ」と言っている。


 見てるなら、見せてやる。

 施錠したことを。条文違反を。自動同意を。BANの跳ね方を。

 全部、画面の証拠として。


「……みんな」


 俺は閉じた扉を背にして言った。


「檻に入った時点で負けじゃない。

檻の仕組みを撮れ。ここからが殴り返しだ」


 こはるが小さく頷き、静かにスープの蓋を開けた。

 回復は体だけじゃない。折れないための判断を戻す。


 ――その判断が、画面に消される前に。

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