第4話 親切な看板は、檻への案内
曲がり角は急だし、床は滑るし、壁は何も教えてくれない。宝箱は当たり前みたいに罠を仕込んでくる。
――なのに今日に限って、“案内”があった。
「……看板、増えてない?」
斥候の雨宮レンが、石壁を顎で指した。
そこには矢印つきの案内板が三枚、同じ高さにきっちり並んでいる。
【安全待機所→】
【休憩・回復はこちら→】
【閉門前の避難推奨→】
文字は丁寧で読みやすい。
だからこそ気持ち悪い。迷宮が親切になる時は、だいたい「誘導」だ。
胸元カメラの配信UIが重なる。
【DUNGEON LIVE/Rivue】
【順位:27位(維持ライン:30位)】
【閉門まで:16時間12分】
【BAN:12%】
【規約通知:安全行動の推奨】
「……順位、上がってるな」
神代透真がぼそっと言った。
昨日、朝倉ユイの“外部証言”を拾えたのが効いたんだろう。こはるの名前がコメントに残り始めた。――たぶん、その反動で「落としに来る」準備も進む。
俺の肩の上、白い小さなミニルナが首を傾げる。
【干渉値:微増】
【案内表示:外部挿入の可能性】
【刺客反応:弱(通路一帯)】
「三城さん。この矢印、迷宮の公式マップと向きが合ってません」
「合ってないって、どれくらい?」
「真逆です。行った先が行き止まりでもおかしくないレベル」
仕事モードの声で言うな。怖い。
俺は咳払いして、“伊織”の顔で仲間に言った。
「レン。こういう親切は信用するな。迷宮の優しさは、だいたい罠だ」
「今の、名言っぽい」
碧井ミナトがさらっと拾う。演出に敏感な魔術担当だ。
「切り抜きに向いてる」
「やめろ。名言はBANゲージの燃料になる」
盾役の黒原ナツメが眉を寄せた。
「BANってなんだよ。炎上なら殴れば消えるのか?」
「殴ったら増えるタイプだ。最悪」
「最悪かよ……」
透真は表情を崩さない。配信者の“作った顔”のまま、看板を見る。
でも瞳の奥だけ焦っているのが分かる。
「……閉門まで、もうそんなにないのか」
閉門。ゲートが封鎖されて、外に出られなくなるタイムリミットだ。
ここが娯楽の顔をしていられるのは、閉門があるからだ。逃げられない状況にして、事故を起こしやすくする。
「焦るな」
レンが即答した。
「焦ると、矢印に従いたくなる。誘導が通る」
レンは“床”を見てる。派手じゃないが命を守る見方だ。
春日こはるが少し前に出て、看板を見上げた。
回復役。背中の小鍋と瓶が鳴らないように押さえている。手がいつもより冷たそうに見えた。
「……安全待機所って、前からありましたっけ」
「聞いてない」
透真が短く返す。
「でも運営が“安全”って言うなら……」
「言うなら、余計に疑え」
俺は言い切った。
この世界の“安全”は、助ける言葉じゃない。切るための言葉だ。
「“安全”は免罪符じゃない。規約を適用する口実になる」
ミニルナのHUDが軽くノイズった。
【規約ワード反応:安全】
【BAN増分:+0.2%(微)】
「……今、増えたな?」
「増えました。口が回る人ほど燃えます」
「冗談みたいに言うな。胃が縮む」
ミナトが笑って、こはるを見た。
こはるは笑わない。笑えないんじゃない。笑わない方が安全だと分かってる顔だ。
「大丈夫」
こはるが言う。
「私、迷宮の“親切”は信用しません。前に痛い目を見たので」
「……具体的に言うと?」
「“休憩所”って書いてある部屋に入ったら、扉が閉まって、外の音が消えました」
淡々と言うのが逆に怖い。
派手じゃない、でも確実にヤバい経験だ。
レンがしゃがみ込み、石畳の継ぎ目を指でなぞった。
「ここ、足跡が変です」
「どう変?」
「人の歩幅じゃない線が混ざってます。……何かを引きずった跡です。重い物を」
ナツメが顔をしかめる。
「……うげ。何引きずったんだよ」
「檻、だろ」
俺が言うと、空気が固まった。
冗談じゃなく、現実の選択肢として成立するからだ。
ミニルナが追い打ちする。
【安全待機所:隔離構造の可能性】
【入室ログ:取得推奨】
「お前、淡々と怖いこと言うよな」
「HUDは嘘つきません。……たぶん」
「たぶんを混ぜるな」
透真が息を吐いてから言った。
「……でも、休めるなら休みたい。今のままだと火力が落ちる」
その判断自体は正しい。
火力が落ちたら事故が起きる。事故が起きたら切り抜きが回る。切り抜きが回ったらBANが進む。
運営が“親切な休憩所”を置く理由が、ここで繋がる。
「透真」
俺は隊長にだけ聞こえる声で言った。
「休むのはいい。ただし、看板の指す場所では休むな。休憩と隔離は紙一重だ」
「……伊織、そういう言い方、腹立つ」
「褒め言葉として受け取っていいか?」
「受け取るな」
口は悪いが、透真の目は動く。看板と足跡を見比べる。
考えるだけで、“誘導に乗る確率”は下がる。
レンがポケットから薄い金属板――簡易反射鏡を出した。
「看板の表示、撮れますか。文字だけ」
「撮れる」
ミナトが即答する。
「映像じゃなく、UIのレイヤーだけ残す」
「……やることがオタクだな」
「褒めて」
「褒めてない」
レンが反射鏡を看板にかざす。
文字の縁に、うっすら別の発光が浮いた。
「……これ、運営の通常フォントじゃない」
「分かるのかよ」
「運営の案内文字は角が丸い。これは角が立ってる。テンプレを上から貼ってる」
レンの声が、やけに頼もしい。
ミニルナも追認する。
【表示レイヤー:運営UIではない】
【挿入元:不明(外部テンプレ疑い)】
【証拠:取得可能】
「ミナト、今の撮れ」
「了解」
ミナトが胸元カメラを操作する。画面の端に小さく“記録中”が灯る。
【裏ログ保存:ON】
【スクリーンキャプチャ:取得】
【時刻同期:完了】
――証拠一枚。
今日の前進が入った。
……入った直後に、やられた。
【規約警告:危険区域での立ち止まり】
【BAN:12% → 15%】
【増分:+3%(急)】
「は?」
声が間抜けに出た。
「立ち止まりで、3%?」
ナツメが素で言う。
「理不尽すぎだろ」
「理不尽は“条件式”で作れる」
説明できる理由があるから上がったんじゃない。
上げたいタイミングで上げる。それだけだ。
ミニルナが淡々と拾う。
【BAN急上昇:発生】
【トリガー:安全待機所の案内を“見た”】【注記:視線追跡ログ連動】
【改ざん検知:中】
「……見ただけでBAN上がるとか、どういう仕様だよ」
「“安全”を見た=危険行動、ってことにしてます。最高に性格が悪いです」
「笑うな。泣くぞ」
こはるが唇を噛んだ。
怖い顔じゃない。――“また始まった”って顔だ。
「……私のせい、ですか」
「違う」
俺は即答する。ここで間を作ると、画面が勝手に“犯人”を決める。
「運営が作ったBANの坂道だ。落とすための地形。誰のせいでもない」
透真が息を吸って吐く。
「……つまり、俺たちは今、“見ただけで燃えた”」
「そう」
「……最悪だな」
「最悪だな」
レンが立ち上がって、看板の矢印を見ないまま言った。
「行きましょう。ここにいると、またBANが上がる」
「でも、どっちに?」
透真が問う。
レンは壁に手を置き、耳を澄ませた。
「……人の声がします。安全待機所の方向じゃない。反対の通路の奥」
「生存者?」
「たぶん。……生きてる」
こはるの目が、ほんの少しだけ動いた。
“助けに行く理由”がそこにある目だ。
ミニルナのHUDが短く光る。
【選択:救助行動は正当化しやすい】
【注意:運営は“安全”を盾に逆用する可能性】
救助すら燃料にされる。
でも救助しないなら、もっと簡単に削られる。
「行く」
俺は短く言った。
「安全待機所は無視。俺たちは“親切”じゃなく、“必要”を拾う」
透真が頷く。
ナツメが盾を構え、ミナトが光を落とし、レンが先に走る。
こはるが最後に一歩、踏み出した。
画面の端で、BANゲージがじわりと脈打つ。
【BAN:15%】
【閉門まで:15時間58分】
【順位:27位】
【規約通知:安全誘導に従ってください】
……従うかよ。
俺は“親切な看板”から目を逸らし、レンの指す暗い通路へ進んだ。
通路の奥から、また人の声が聞こえる。
助けを呼ぶ声じゃない。
小さくて、湿っていて、嫌な声だ。
――誰かが「燃やす準備」をしている声。




