第3話 第三者の一言で、名前を残す
迷宮都市カルディアの朝は、音が多い。
市場の呼び込み、装備屋の値切り声、そして――空に浮かぶ配信ウィンドウの通知音。
【ダンジョン・ライブ:本日の注目ランク変動】
【現在順位:31位(維持ライン:30位)】
【閉門まで:17時間12分】
【BANゲージ:14%(警告:1/5)】
「……31位。惜しいじゃない。30位から落ちてるだけだ」
俺は額を押さえた。
この世界での呼び名は「伊織」。潜入任務用の偽名だ。本名の三城晶也を出すと、それをネタに“余計な設定”を貼られる。今は黙るのが正解だ。
隣で、回復役の春日こはるが小さく笑った。
無理に明るくしない笑い方。だからこそ、逆に強く見える。
「でも、上げる方法はあります。……無茶をしないで、順位を上げる」
「その“無茶をしない”が、この世界だと一番難しいんだよな」
神代透真が胸元カメラの角度を直す。配信チーム《Rivue》の顔役。視聴者は透真の表情で、チームの“価値”を決める。
「今日は30位ラインに戻す。戻すだけじゃ足りない。……視聴者に“ちゃんと見える形”で上げる」
「見える形、ね。こはるの働きがまた“俺の点”になるのは勘弁だ」
肩の上のミニルナが、すぐ反応した。白いマスコット姿のルナだ。
「三城さん、その言い方が一番正確です。回復の点数が隊長に付く仕様、昨日も出てました」
ミニルナのHUDが要点だけ出す。
【MVP:隊長に偏りやすい】
【回復役:字幕が伏せ字になりやすい】
【コメント:名前より役割呼びが多い】
「役割呼びって便利だよな。便利すぎて人が消える」
「はい。“回復担当”って呼ばれた瞬間、視聴者の記憶から“名前”が遠くなります」
盾役の黒原ナツメが、盾を背負ったまま俺を見た。無骨な顔なのに目がまっすぐだ。
「伊織。昨日、俺の傷が動けるまで戻ったの、こはるのおかげだ。今日、配信でも言う。名前で」
こはるが一瞬だけ目を丸くして、それから小さく頷く。
「……ありがとう。でも無理しないで。炎上、怖いでしょ」
「怖い。だから言う。怖いの、こはるだけに背負わせたくない」
その一言が、地味に効いた。
この世界は「怖い」を言った側から弱点にされる。なのに共有できたら、それだけでチームは強くなる。
ミニルナが小さくドヤる。やめろ。可愛いのが腹立つ。
「……行くぞ。30位に戻す。それと、こはるの名前を“画面に残る形”で増やす」
雨宮レンが斥候装備で先に歩き出した。情報を拾う歩き方が静かだ。
「残すなら、身内の褒め言葉だけじゃ弱い。外の人の言葉が必要」
「外?」
碧井ミナトが杖を軽く回す。画面の見え方に敏感なタイプだ。
「第三者の証言。視聴者は“身内の宣伝”より、“他人の評価”を信じる」
「現実と同じで嫌だな」
「嫌なほど、効く」
ミニルナが頷いた。
「今日はライバルがいます。Asterionも、同じ順位帯で競ってます」
敵じゃないライバル。
この世界では、ライバルの一言が“証拠”になることがある。
◇
迷宮入口前の広場は、朝から落ち着かない。
胸元カメラの赤ランプ。空中に並ぶ各チームの配信UI。流れるコメント。時々刺さる規約警告。
そこへ、目立つ一団が現れた。
Asterionの隊長、紫堂レオン。背が高く、歩幅が大きい。強者の余裕がある。
後ろに、朝倉ユイ。回復補助。
同じ回復役だから、彼女の評価は“身内じゃない証言”になる。
最後に鳴海ツバサ。火力。顔がもう「口が悪いです」と言っている。
レオンがこちらを見つけて止まった。
「Rivue。31位か」
数字で殴ってくるタイプだ。嫌いじゃない。
「見ての通り。30位の壁が分厚い」
「壁は越えるためにある」
「それ、配信で言うと切り抜きにされるぞ」
ツバサが即笑う。
「切り抜かれて燃えたら面白いのに」
「面白くねえよ」
空気を、こはるが少しだけ柔らかくした。
彼女はユイに向けて、ぺこりと頭を下げる。
「朝倉さん。昨日の回復、動きが綺麗でした」
ユイは一瞬驚いて、それから笑った。
「ありがとう。……あなたが“スープの回復”の子でしょ。噂になってる」
「噂……」
こはるの声が小さくなる。噂は味方にも敵にもなる。配信では特に。
ミニルナのHUDが点滅した。
【注目ワード:回復スープ】
【切り抜き候補:匿名ヒーラー】
【BAN燃料になりやすい】
「……やっぱ面倒だな」
俺の呟きに、レオンが目を細める。
「伊織。運営が嫌いな顔してるな」
「嫌いっていうか、あれは“煙”だ。吸うと咳が出る」
ツバサが肩をすくめた。
「今日、監査官ユール来るってよ。公平公平うるせぇやつ」
ミニルナが即座に反応する。
「三城さん。ユールは“規約でBANを動かす”タイプです」
こはるが小さく息を飲む。
透真は笑顔を貼る。配信者の顔のまま、目だけ冷える。
「公平なら、うちは堂々とやる。……ね、みんな」
誰に向けた言葉かは明確だ。
視聴者にも、運営にも、そして自分にも。
俺はユイにだけ距離を詰めた。ここで欲しいのは“外の言葉”だ。
「朝倉さん。同じ回復役として聞きたい。こはるの回復、どう見える?」
こはるが目を見開く。
ナツメもレンもミナトも、一瞬だけ息を止める。外部評価は、それくらい重い。
ユイは少し考えて、はっきり言った。
「上手い。飲ませるタイミングがいい。焦ってる人ほど先に呼吸を戻してる。回復っていうより――チームが崩れないように“落ち着き”を作ってる」
こはるの喉が小さく鳴った。嬉しさと怖さが混ざった音だ。
空中コメントが変わる。
《回復うまいの誰?》
《スープの子ちゃんと映して》
《名前は?》
よし。視聴者の関心が“役割”から“人”へ動いた。
――ただし、すぐ邪魔が入る。
ツバサが、わざと大きめに言った。
「へぇ〜? じゃあRivueのSupportちゃん、すげーじゃん」
可愛く聞こえるのが厄介な呼び方。
“名前を言わずに固定する”ための言葉だ。
案の定、配信UIが拾う。
【注目ワード:Supportちゃん】
【拡散予測:上昇】
【表示:役割タグ優先】
コメント欄が流れ始めた。
『Supportちゃん可愛い』
『匿名ヒーラー草』
『隊長の影で頑張ってる子?』
『スープ売ってw』
悪意がないのが最悪だ。
悪意がないと、止める理由が薄くなる。
こはるは笑って受け流そうとした。慣れた反応。慣れなくていいのに。
だから俺は、感情じゃなく“理屈”で止める。
「ツバサ。その呼び方、やめろ」
「は? なんで」
「役割で覚えられると、視聴者は“役割のまま”固定する。名前が戻らなくなる」
レオンがツバサを横目で見る。黙れじゃない。考えろ、の目。
ユイが俺の言葉を拾ってくれた。外の口で。
「ツバサ。ふざけるな。回復役は潰れる。……名前で呼べ」
ツバサが口を開けて、閉じた。
意外と素直だ。口が悪いだけで筋はある。
「……春日、こはる、で合ってる?」
こはるが驚いた顔で、それから少しだけ笑う。
「……はい」
空中コメントが遅れて続く。
《こはる?》
《春日こはるって名前なんだ》
《こはるのスープ助かる》
――増えろ。
名前で呼ばれる回数が増えるほど、画面の伏せ字は効きにくくなる。
◇
迷宮ゲートが開く直前、ギルドのスタッフが広場を横切った。
灰色の上着、胸のバッジ、目が笑ってない。
監査官ユール=グレイ。本人か部下かは分からないが、規約で人を切る匂いは同じだ。
ユールはにこやかに言った。
「皆さま、公平な運用のため規約遵守を。……特に“誤認を招く表現”にはご注意を」
こちらが悪いと言いたい言い方で、先に殴ってくる。
【BANゲージ:16%】
【警告:誤認誘導(予告)】
「……予告でBAN上げるなよ」
俺の呟きに、透真が笑顔のまま返す。
「大丈夫。配信者は笑顔で返す」
「それ、呪いだろ」
ナツメが盾を握り直した。
「伊織。俺、言うからな。こはるのこと。配信でも名前で」
「頼む。怖いのを一人にするな」
こはるが深呼吸を一つして、俺を見る。
「伊織さん。今日、30位に戻しましょう」
「戻す。ついでに“名前”も戻す」
ユイがこはるに軽く手を振った。
「あとで回復の話、もう少し聞かせて。同職として、ちゃんと知りたい」
こはるが頷く。その頷きが、もう逃げじゃない。
俺は空中UIを見上げた。
MVP欄はまだ透真寄り。コメント欄はまだ役割呼びが強い。
でも――外部の証言が入った。
名前で呼ばれる回路が一本できた。
小さい。けど確実だ。
「……行こう。迷宮の中で、数字も、名前も、取り返す」
ゲートの向こうは暗い。
でも暗いまま終わらせる気はない。
ライバルは敵じゃない。
敵は――画面の“編集”のほうだ。
俺たちは胸元カメラの赤ランプを灯したまま、迷宮へ踏み出した。




