第14話 ボツ判定、そして「ここにいる」は続く
ステージの熱は、終わったあとにいちばん刺さる。
七耀ステージ――本番の最後の音が消えた瞬間、会場は一拍だけ沈黙して、それから爆発したみたいに歓声が跳ね上がった。ライトが揺れて、ペンライトが波になって、空気そのものが「生きてる」って言ってる。
その中心に、天羽詩乃は立っていた。
派手に煽らない。大げさに泣かない。だけど、逃げない。
胸の前で両手をぎゅっと握って、息を整えて、マイクを持ち上げる。
「……今日は、ありがとうございました」
たったそれだけの言葉なのに、空気が整う。
さっきまで「誰が言ったか」を奪われていた声が、今はちゃんと、彼女の名前に結びついている。
――残った。
俺の視界の端に、ミニルナのHUDが控えめに浮かぶ。
【音声ログ:正常取得】
【発話者識別:天羽詩乃】
【発言テキスト化:完了】
【観客反応ログ:上昇/再生予約増】
「……よし」
思わず、口の中だけで言った。
勝った、じゃない。通った。踏み台にされそうだったページを、次のページにつなげた。
袖に戻った瞬間、LUMiSの三人が一気に息を吐いた。
「死ぬかと思った……」
星宮ルイが床に座り込みそうになって、でも踏ん張って笑った。気が強い子って、こういうとき一番に崩れそうになるのに、最後まで立つんだよな。
「ねえ、見た? 切り抜き、秒で回ってる。今日のMC、詩乃の一言で空気変わったって」
真白ことねはスマホを片手に、もう仕事モードに戻っている。強い。強すぎる。
久遠ひよりは何も言わず、機材ケースの留め具を一個ずつ確かめている。口数少ないのに、やることは一切抜けない。今日の照明トラブル、あれを止めたのはこいつだ。
その真ん中で、詩乃が小さく笑った。
「……みんな、ありがとう。私、怖かった。でも……逃げたら、また“いないこと”になる気がして」
その言葉に、ルイがふっと顔を上げる。
「……“いないこと”って、マジで意味わかんないよね。ここにいるじゃん。歌ってんじゃん」
「そう。いる。だから――」
ことねが詩乃の肩に手を置く。
「今日のログ、全部残す。切り抜きも、裏側も、練習も。詩乃の言葉が消える余地、もう作んない」
ひよりが短く頷いた。
「……バックアップ、三重にする」
詩乃が目を丸くして、次の瞬間、笑った。少しだけ泣きそうな笑い方で。
「……うん。私も、書く。歌詞も、ノートも、全部。私の言葉、私が残す」
それが「救済」ってやつの正体だ。
誰かが助けてくれるんじゃない。助けられる足場を、証拠を、居場所を、みんなで作る。
――その背後で、空気が一瞬だけ“冷たく”なる。
背筋が勝手に反応した。
客席じゃない。袖でもない。もっと高いところから、見られてる感じ。
ミニルナのHUDに、また控えめな表示が出る。
【観察者:閲覧】
【対象:天羽詩乃関連ログ】
【行動:閲覧のみ/改ざん検知なし】
改ざんなし。今は。
でも、回数が異様だ。執着みたいに、同じ場面を何度も何度もなぞっている。
「……気持ち悪い」
俺が呟くと、ミニルナが「うん……」って小さく鳴いた。
そのとき、スタッフエリアの向こうから、長身の男がこちらへ歩いてくるのが見えた。
この世界の“本来の主役”だったはずのやつ――転生者プロデューサー、神代レン。
結果しか見ない目で、最短ルートで勝つことに酔ってた男。
でも、最後に一度だけ、目を変えた。
「……やったな」
レンは、詩乃を見る。いつもみたいな“駒を見る目”じゃない。
「俺の計画、詩乃がいなくなる前提で組んでた。……最低だな」
ルイが「今さら?」って顔をしたけど、言わない。今は殴るより先に、次につなげる時間だ。
レンは続ける。
「俺が最強に導く、って……俺が目立つための言い訳だった。今日、分かった。俺ひとりの物語にすると、ステージが薄くなる。……お前の声が核だ」
詩乃は驚いて、それから、静かに頷いた。
「……ありがとう。でも、私だけじゃない。ルイが踊って、ことねが届けて、ひよりが支えて……それで、成立する」
その言葉が、また空気を整える。
“センター”って、前に立つ人のことじゃない。成立させる人のことだ。
俺は一歩引いた位置で、それを見届けた。
――これで、この世界は「短く完成」させられない。
詩乃を退場させて主役覚醒、っていう雑なテンプレは、成立条件を失った。
あとは、輪廻庁で“公式に”ボツを叩きつけるだけだ。
◇
ストーリー課の会議室は、相変わらず無機質だった。
机と椅子とモニター。空調は一定。照明も一定。
なのに、ここに戻ると、さっきのステージの熱が嘘みたいに遠く感じる。
世界って、こうやって簡単に「ただの案件」になるんだな。……だからこそ、腹が立つ。
「――案件No.0004。経過報告を始めます」
黒瀬天音さんが淡々と告げる。いつもの温度、いつもの声。
でも、その目はいつもより鋭い。期限を越えた世界を、何度も見てきた目だ。
ルナが席でそわそわしている。
「ねえねえ、詩乃ちゃんの最後の“ここにいる”って、超よくなかったですか!? あれ、絶対バズりますよね!? ね!?」
「ルナ、静かに。今は“バズ”じゃなくて“運用”」
黒瀬さんが一刀両断する。
「はい……運用……」
しゅんとするルナ。しゅんとしたまま多分あとで復活する。そういう生き物だ。
今日の席には、セラと白石もいる。
セラはロマンス案件調整課から正式に呼ばれた外部レビュー担当。
「数字、出しますね」
セラがタブレットを操作すると、モニターにグラフが浮かぶ。
「まず、視聴維持率。核心セクション到達までの7日間、落ちていません。むしろ上がってます。理由は明確。“センター候補の不在感”が解消され始めたタイミングで、コメントが増えてる」
「“いないこと”にされてた子が、“いる”になった瞬間だな」
白石が腕を組んで言う。
セラは頷く。
「それと、再生の偏り。ここ見てください。天羽詩乃のMC、歌詞の読み上げ、裏側の短い会話。この三つに再生が集中してる。イベントじゃなく“言葉”です」
俺は小さく息を吐いた。
ほらな。会いに来るんだ。読者は。
「さらに重要なのは、これ」
セラが次の表示を出す。
「“相互肯定ログ”の増加。ライバル側の紅城レイナ、アオイの発言ログが、天羽詩乃の必要条件を補強しています。外部証人が増えた形」
「敵じゃなく、証人」
黒瀬さんが短くまとめる。
白石が口を開いた。
「テンプレの最短ルートは『退場させて分かりやすく』だ。でも今の読者、分かりやすさだけじゃ最後までついてこない。……“推し不在”は、マジで耐えられない」
その言葉に、ルナが小さく何度も頷いた。そこだけは分かるんだな。
「つまり、今回のテンプレ――」
黒瀬さんが視線を上げる。
「“退場短縮テンプレ”。センター候補を消して主役覚醒、短く完走。これを、この世界の標準運用から除外する。異論は?」
誰も言わない。
言えるはずがない。証拠が机の上に積まれている。
「三城さん。現場証言」
黒瀬さんが俺を見る。
俺は一つだけ、言葉を選んで口にした。
「詩乃が消えたら、ライブの核が崩れます。歌唱だけじゃない。現場の空気、事故回避、歌詞、MC……“成立条件”そのものです」
少し間を置く。
「逆に言うと、成立条件に戻したから、テンプレが効かなくなった。退場させる前提が、成立しない」
黒瀬さんが頷いた。
「よし。決裁する」
モニターに、ワールドコアのステータスが表示される。
【案件No.0004 ステータス更新】
【削除候補:解除】
【運用ステータス:通常世界】
【テンプレ適用状況:退場短縮テンプレ/標準運用から除外】
黒瀬さんの指先が、最後の印鑑アイコンを押す。
「――ボツ」
赤いスタンプが、世界の運用ログに刻まれた。
ルナが両手で顔を覆う。
「うぅ……でも……ボツが気持ちいい……!」
「それ、感覚バグってるわよ」
白石が呆れたように言う。セラは微笑んだまま肯定も否定もしない。数字の人だ。
黒瀬さんが、モニターを閉じる。
会議室が少しだけ静かになって、俺の中の熱だけが遅れて残った。
「三城さん」
黒瀬さんが言う。
「今回は、間に合った。7日で核心に入って、72時間で是正完了。――よくやった」
「……ありがとうございます」
それだけで、十分だった。
生前、俺が欲しかった言葉は、たぶんこれだった。
会議が終わりかけた、そのとき。
天井の巨大スクリーンの端が、ほんの小さく、赤く点滅した。
また、か。
ルナが反射で身を乗り出す。
「え、え、次!? 次きた!? 今度は何ジャンル!? 妖怪!? ラブコメ!? 異世界――」
「ルナ」
黒瀬さんが名前だけで止める。
俺はスクリーンの端を見る。
点滅は小さい。けど、世界ひとつ分の重さがある。
そのさらに上――誰にも見えない位置で、“観察者”の閲覧履歴が、静かに伸びている気配がした。
詩乃のログを何度も何度もなぞって、そして、次の点滅へ視線を移していく。
俺は息を吸って、吐いた。
ボツは終わりじゃない。
ボツは、続けるための合図だ。
「……行きますか」
誰に言ったのか分からない独り言が、口から落ちる。
次のページをめくる準備は、できている。
今度もまた、“いなくてもいい子”を、物語の真ん中まで連れていくために。




