表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/76

第14話 ボツ判定、そして「ここにいる」は続く

 ステージの熱は、終わったあとにいちばん刺さる。


 七耀しちようステージ――本番の最後の音が消えた瞬間、会場は一拍だけ沈黙して、それから爆発したみたいに歓声が跳ね上がった。ライトが揺れて、ペンライトが波になって、空気そのものが「生きてる」って言ってる。


 その中心に、天羽詩乃は立っていた。


 派手に煽らない。大げさに泣かない。だけど、逃げない。

 胸の前で両手をぎゅっと握って、息を整えて、マイクを持ち上げる。


「……今日は、ありがとうございました」


 たったそれだけの言葉なのに、空気が整う。

 さっきまで「誰が言ったか」を奪われていた声が、今はちゃんと、彼女の名前に結びついている。


 ――残った。


 俺の視界の端に、ミニルナのHUDが控えめに浮かぶ。


【音声ログ:正常取得】

【発話者識別:天羽詩乃】

【発言テキスト化:完了】

【観客反応ログ:上昇/再生予約増】


「……よし」


 思わず、口の中だけで言った。

 勝った、じゃない。通った。踏み台にされそうだったページを、次のページにつなげた。


 袖に戻った瞬間、LUMiSの三人が一気に息を吐いた。


「死ぬかと思った……」


 星宮ルイが床に座り込みそうになって、でも踏ん張って笑った。気が強い子って、こういうとき一番に崩れそうになるのに、最後まで立つんだよな。


「ねえ、見た? 切り抜き、秒で回ってる。今日のMC、詩乃の一言で空気変わったって」


 真白ことねはスマホを片手に、もう仕事モードに戻っている。強い。強すぎる。


 久遠ひよりは何も言わず、機材ケースの留め具を一個ずつ確かめている。口数少ないのに、やることは一切抜けない。今日の照明トラブル、あれを止めたのはこいつだ。


 その真ん中で、詩乃が小さく笑った。


「……みんな、ありがとう。私、怖かった。でも……逃げたら、また“いないこと”になる気がして」


 その言葉に、ルイがふっと顔を上げる。


「……“いないこと”って、マジで意味わかんないよね。ここにいるじゃん。歌ってんじゃん」


「そう。いる。だから――」


 ことねが詩乃の肩に手を置く。


「今日のログ、全部残す。切り抜きも、裏側も、練習も。詩乃の言葉が消える余地、もう作んない」


 ひよりが短く頷いた。


「……バックアップ、三重にする」


 詩乃が目を丸くして、次の瞬間、笑った。少しだけ泣きそうな笑い方で。


「……うん。私も、書く。歌詞も、ノートも、全部。私の言葉、私が残す」


 それが「救済」ってやつの正体だ。

 誰かが助けてくれるんじゃない。助けられる足場を、証拠を、居場所を、みんなで作る。


 ――その背後で、空気が一瞬だけ“冷たく”なる。


 背筋が勝手に反応した。

 客席じゃない。袖でもない。もっと高いところから、見られてる感じ。


 ミニルナのHUDに、また控えめな表示が出る。


【観察者:閲覧】

【対象:天羽詩乃関連ログ】

【行動:閲覧のみ/改ざん検知なし】


 改ざんなし。今は。

 でも、回数が異様だ。執着みたいに、同じ場面を何度も何度もなぞっている。


「……気持ち悪い」


 俺が呟くと、ミニルナが「うん……」って小さく鳴いた。


 そのとき、スタッフエリアの向こうから、長身の男がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 この世界の“本来の主役”だったはずのやつ――転生者プロデューサー、神代レン。


 結果バズしか見ない目で、最短ルートで勝つことに酔ってた男。

 でも、最後に一度だけ、目を変えた。


「……やったな」


 レンは、詩乃を見る。いつもみたいな“駒を見る目”じゃない。


「俺の計画、詩乃がいなくなる前提で組んでた。……最低だな」


 ルイが「今さら?」って顔をしたけど、言わない。今は殴るより先に、次につなげる時間だ。


 レンは続ける。


「俺が最強に導く、って……俺が目立つための言い訳だった。今日、分かった。俺ひとりの物語にすると、ステージが薄くなる。……お前の声が核だ」


 詩乃は驚いて、それから、静かに頷いた。


「……ありがとう。でも、私だけじゃない。ルイが踊って、ことねが届けて、ひよりが支えて……それで、成立する」


 その言葉が、また空気を整える。

 “センター”って、前に立つ人のことじゃない。成立させる人のことだ。


 俺は一歩引いた位置で、それを見届けた。


 ――これで、この世界は「短く完成」させられない。

 詩乃を退場させて主役覚醒、っていう雑なテンプレは、成立条件を失った。


 あとは、輪廻庁で“公式に”ボツを叩きつけるだけだ。


     ◇


 ストーリー課の会議室は、相変わらず無機質だった。

 机と椅子とモニター。空調は一定。照明も一定。


 なのに、ここに戻ると、さっきのステージの熱が嘘みたいに遠く感じる。

 世界って、こうやって簡単に「ただの案件」になるんだな。……だからこそ、腹が立つ。


「――案件No.0004。経過報告を始めます」


 黒瀬天音さんが淡々と告げる。いつもの温度、いつもの声。

 でも、その目はいつもより鋭い。期限を越えた世界を、何度も見てきた目だ。


 ルナが席でそわそわしている。


「ねえねえ、詩乃ちゃんの最後の“ここにいる”って、超よくなかったですか!? あれ、絶対バズりますよね!? ね!?」


「ルナ、静かに。今は“バズ”じゃなくて“運用”」


 黒瀬さんが一刀両断する。


「はい……運用……」


 しゅんとするルナ。しゅんとしたまま多分あとで復活する。そういう生き物だ。


 今日の席には、セラと白石もいる。

 セラはロマンス案件調整課から正式に呼ばれた外部レビュー担当。


「数字、出しますね」


 セラがタブレットを操作すると、モニターにグラフが浮かぶ。


「まず、視聴維持率。核心セクション到達までの7日間、落ちていません。むしろ上がってます。理由は明確。“センター候補の不在感”が解消され始めたタイミングで、コメントが増えてる」


「“いないこと”にされてた子が、“いる”になった瞬間だな」


 白石が腕を組んで言う。


 セラは頷く。


「それと、再生の偏り。ここ見てください。天羽詩乃のMC、歌詞の読み上げ、裏側の短い会話。この三つに再生が集中してる。イベントじゃなく“言葉”です」


 俺は小さく息を吐いた。

 ほらな。会いに来るんだ。読者は。


「さらに重要なのは、これ」


 セラが次の表示を出す。


「“相互肯定ログ”の増加。ライバル側の紅城レイナ、アオイの発言ログが、天羽詩乃の必要条件を補強しています。外部証人が増えた形」


「敵じゃなく、証人」


 黒瀬さんが短くまとめる。


 白石が口を開いた。


「テンプレの最短ルートは『退場させて分かりやすく』だ。でも今の読者、分かりやすさだけじゃ最後までついてこない。……“推し不在”は、マジで耐えられない」


 その言葉に、ルナが小さく何度も頷いた。そこだけは分かるんだな。


「つまり、今回のテンプレ――」


 黒瀬さんが視線を上げる。


「“退場短縮テンプレ”。センター候補を消して主役覚醒、短く完走。これを、この世界の標準運用から除外する。異論は?」


 誰も言わない。

 言えるはずがない。証拠が机の上に積まれている。


「三城さん。現場証言」


 黒瀬さんが俺を見る。


 俺は一つだけ、言葉を選んで口にした。


「詩乃が消えたら、ライブの核が崩れます。歌唱だけじゃない。現場の空気、事故回避、歌詞、MC……“成立条件”そのものです」


 少し間を置く。


「逆に言うと、成立条件に戻したから、テンプレが効かなくなった。退場させる前提が、成立しない」


 黒瀬さんが頷いた。


「よし。決裁する」


 モニターに、ワールドコアのステータスが表示される。


【案件No.0004 ステータス更新】

【削除候補:解除】

【運用ステータス:通常世界】

【テンプレ適用状況:退場短縮テンプレ/標準運用から除外】


 黒瀬さんの指先が、最後の印鑑アイコンを押す。


「――ボツ」


 赤いスタンプが、世界の運用ログに刻まれた。


 ルナが両手で顔を覆う。


「うぅ……でも……ボツが気持ちいい……!」


「それ、感覚バグってるわよ」


 白石が呆れたように言う。セラは微笑んだまま肯定も否定もしない。数字の人だ。


 黒瀬さんが、モニターを閉じる。

 会議室が少しだけ静かになって、俺の中の熱だけが遅れて残った。


「三城さん」


 黒瀬さんが言う。


「今回は、間に合った。7日で核心に入って、72時間で是正完了。――よくやった」


「……ありがとうございます」


 それだけで、十分だった。

 生前、俺が欲しかった言葉は、たぶんこれだった。


 会議が終わりかけた、そのとき。

 天井の巨大スクリーンの端が、ほんの小さく、赤く点滅した。


 また、か。


 ルナが反射で身を乗り出す。


「え、え、次!? 次きた!? 今度は何ジャンル!? 妖怪!? ラブコメ!? 異世界――」


「ルナ」


 黒瀬さんが名前だけで止める。


 俺はスクリーンの端を見る。

 点滅は小さい。けど、世界ひとつ分の重さがある。


 そのさらに上――誰にも見えない位置で、“観察者”の閲覧履歴が、静かに伸びている気配がした。

 詩乃のログを何度も何度もなぞって、そして、次の点滅へ視線を移していく。


 俺は息を吸って、吐いた。


 ボツは終わりじゃない。

 ボツは、続けるための合図だ。


「……行きますか」


 誰に言ったのか分からない独り言が、口から落ちる。


 次のページをめくる準備は、できている。

 今度もまた、“いなくてもいい子”を、物語の真ん中まで連れていくために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ