第13話 推し不在の台本を叩き返す
七耀ステージ一次審査――実演当日。
空の色が、妙に“派手”だった。
夕焼けでもライトの反射でもない。雲の裏に、薄い虹の膜みたいなものが幾重にも走っていて――このステージが、ただの娯楽じゃないってことを嫌でも思い出させてくる。
俺は会場裏の通路を早足で進みながら、腕時計の代わりに視界の端へ浮かぶミニルナのHUDを睨んだ。
【核心セクション到達後:残り 01:12:34】
【是正猶予(72h地獄):最終日】
【退場条件:未確定(複合)】
【刺客反応:2/2 近距離】
「一時間ちょいか……“まだ一時間もある”じゃなくて、“一時間しかない”だな」
「三城さん、言い方! メンタルって言葉の角で削れますよ!」
「今さら削れるメンタルが残ってるなら、俺は生前あんなにボツ食ってない」
「それはそれで悲しい!」
軽口で誤魔化しながら、俺はステージ裏の扉を押し開けた。
中は戦場だった。
スタッフの走る足音。インカムの短い怒号。機材ケースが擦れる音。ケーブルが床を這い、照明が骨みたいに組まれ、スモークの匂いが喉に絡む。
そして――LUMiS。
星宮ルイは髪をまとめ直しながらストレッチしている。目は鋭いのに、指先が小刻みに震えてる。焦りを腕力で殴り倒すタイプだ。
真白ことねはスマホとスタッフ用タブレットを両手に持って、“炎上しそうな芽”を潰して回ってる。笑顔のまま目が笑ってない。SNS強者の戦闘モード。
久遠ひよりは機材の前で無言。だけど指は止まってない。音の世界の守護神。
そして――天羽詩乃。
彼女は中央の椅子に座って、歌詞カードを見ていた。見ているというより“なぞっている”に近い。指先で一行ずつ確かめるように。自分の言葉が、今日こそ消されないように。
俺が近づくと、詩乃が顔を上げた。
「……三城さん。来てくれたんですね」
名前を呼ばれた。
それだけで胸の奥が一瞬だけ温かくなるのが、ちょっと悔しい。
「来るよ。今日が“最終日”だしな」
「……はい」
詩乃は笑う。小さく。でも、ちゃんと前を見る笑い方だ。
その空気を切るように、インカム越しの声が飛んだ。
「――監査、入ります! 興行連盟監査官、入ります!」
空気が一段、冷えた。
来た。
“最終判定”を持ち出す役。
黒いスーツの男が二人、スタッフに先導されて入ってくる。一人は書類の束。もう一人はタブレット。どっちも顔に“人間味”が薄い。現場の汗に興味がないタイプ。
そして最後に――笑ってる男。
整った髪。柔らかい物腰。人当たりのいい声。
なのに視線だけが冷たい。
「お疲れさまです。みなさん」
ガレオン。
規約と契約と“空気”を弄ってきた刺客。
ミニルナのHUDが赤く点滅した。
【刺客:ガレオン 識別一致】
【危険:規約・契約系イベント強制】
俺は息を吐く。
こいつの厄介さは、殴り返しにくいところだ。
“正しい顔”で、退場を成立させる。
ガレオンはユニットに向けて丁寧に頭を下げた。
「本日の七耀ステージ、最終確認に参りました。規約第十二条により、出場者登録と契約内容の最終照合を――」
「ちょっと待って」
ことねが先に出た。
笑顔のまま、声の温度が下がる。
「照合は昨日済んでますよね? 連盟側のサインも入ってる」
「ええ。ですが“照合済み”は“確定”ではありません」
ガレオンは微笑む。
「当日、最終の“適格性”チェックが入る。これは観客の安全と、公平性のためです」
公平性。
便利な言葉だ。“誰かを切る”ために、いくらでも使える。
ガレオンはタブレットを操作し、空中に条文の表示を立ち上げた。赤いマーカーで囲まれた一行。
【出演者情報:一部未確定】
【当日変更:センター(主唱)枠 再審査】
ルイが顔を上げた。
「は? センター枠? うちらのセンターは――」
言いかけた瞬間、喉が詰まるみたいに言葉が止まる。
ルイだけじゃない。ことねも、視線は詩乃に向くのに、名前が出ない。
ひよりは最初から何も言わない。
――薄化は、まだ生きている。
詩乃が、ゆっくり立ち上がった。
「……私が、担当しています」
それだけ。飾りなし。逃げもしない。
ガレオンは、待ってましたと言わんばかりに頷く。
「ありがとうございます。では、あなた――」
言いかけて、ガレオンの口が一瞬だけ止まった。
“名前”が出ない。刺客ですら仕様に引っかかる。
だが彼は崩さない。
「――センター担当の方。あなたの“主唱登録ログ”が薄い。契約の要件を満たしていない可能性がある」
「主唱登録ログ?」
俺が一歩前に出た。黙ると“既成事実”になる。
「登録は完了してる。昨日、連盟システムに反映されたはずだ」
「ええ。反映“されたはず”」
ガレオンは柔らかく笑う。
「しかし、閲覧記録が薄い。つまり、観客側の認知が形成されていない。――このままではステージの“共鳴条件”が不成立となる恐れがある」
来た。
七耀ステージは“共鳴”で成立する。歌、言葉、観客の熱、そして“必要条件”。
「共鳴が不成立なら、事故のリスクが跳ね上がる。だから安全のために――センター枠の入れ替えを提案します」
「入れ替え……?」
ルイの声が低くなる。
ことねの笑顔が消える。
ひよりの指が止まる。
詩乃は、何か言いかけた。
たぶん、あの台詞。自分を切って丸く収めるやつ。
でも――言わせない。
「提案、却下」
俺は即答した。
ガレオンが首を傾げる。
「あなたは?」
「外部協力。運用支援。ついでに、今日のステージに“事故”を出さない係」
「権限がありません」
「権限が必要なら、今ここで“証拠”にする」
俺は最も効くカードを切る。
「スポンサー条項、読み上げる」
ことねが即座にタブレットを開き、画面をガレオンに突きつけた。
「ここ。『主唱の“共鳴詞”を歌える者が在籍し、当日ステージで歌唱すること』。これが満たされない場合、スポンサー撤退。連盟も説明責任を負う」
ルイが食い気味に言う。
「共鳴詞、うちらの曲の“歌詞”だ。……あれ、詩乃が――」
言いかけて止まる。
でもルイは拳を握りしめて、最後まで言い切った。
「……あいつが書いた」
空気が、ぶわっと熱を帯びた。
ガレオンが口を開く。
「しかし、その“書いた”というログが薄い。証明できない」
「証明できる」
今度はひよりが言った。短い一言。なのに重い。
ひよりは機材ケースから、紙束を出した。
手書きの歌詞カード。修正跡。書き込み。データじゃない。消しにくい物証。
「筆跡。推敲。音取りのメモ。全部、残ってる。……消せない」
ガレオンの笑みが、ほんの少しだけ硬くなる。
俺は畳みかける。
「“観客の認知”だけじゃない。七耀の核は、言葉と声の一致で発火する。ここまで現場で試した」
ステージ裏の奥、腕を組んで立っていた神代レンが、前に出た。
今日は「進行サポート(ゲスト枠)」として会場側に正式登録済み――だから、ここで発言できる。刺客の顔が嫌そうに歪む。
「俺が検証した。プロデュースの仕事としてな」
レンは“主役の顔”で笑った。こういうときの転生者は強い。世界が勝手に権威を付与する。
「俺が歌ったら、共鳴は弱い。詩乃が歌うと、七耀が立つ。……それが事実だ」
ガレオンが沈黙する。
退場のロジックが、揺らいでいる。
だが刺客は刺客だ。引かない。
「……ならば、安全確認のため、リハで最終共鳴チェックを」
ガレオンがそう言った瞬間。
照明リグの上で、カチ、と小さな音がした。
ミニルナのHUDが赤く跳ねる。
【刺客:ミュール 近距離】
【危険:物理事故誘導】
【対象:センター位置】
「来た……!」
俺が叫ぶより早く、ひよりが走った。
機材の民の反射神経、意味不明に速い。
ひよりがケーブルを引き、落下角を“ずらす”。
ルイが詩乃の腕を掴んで引く。
ことねがインカムで怒鳴る。
「照明止めて! 今! 今止めろ!!」
ガシャン!
照明が床に落ち、火花が散った。
ギリギリだ。
一歩遅ければ、詩乃の頭上だった。
ガレオンが眉をひそめる。
「……事故か」
「事故じゃない」
俺は即答した。もう“偶然”の顔はさせない。
視線を走らせる。ステージ裏の隙間。スタッフに紛れる細身の影。
ミュール。事故と炎上を仕掛けてきた刺客。
ミュールは逃げようとした。
だけど、その足が止まる。
通路を塞いだのが、ライバルユニットVΛLORの紅城レイナだったからだ。
「……へえ。そんな勝ち方、ダサい」
レイナは笑った。カリスマのくせに、筋が通ってる。
「勝つなら正面から。私のステージは、卑怯に汚さない」
隣でアオイが淡々と言う。
「証拠、撮ってる。……切り取りじゃないやつ」
カノンが半泣きで言った。
「え、え、これやばいやつじゃん……! 私、巻き込まれたくないっ……!」
この瞬間、空気が変わった。
相互肯定ログが、“外部証人”を得た。
ガレオンの顔から、余裕が消える。
「……本番前に、これ以上混乱を――」
「混乱させてるのはそっちだ」
俺は言い切った。
「退場させれば短く“完成”する。分かりやすい。スカッとする。――そういう台本で、この世界を畳む気だろ」
詩乃が、ゆっくり顔を上げた。
「……私」
言葉が詰まる。
でも、今度は逃げなかった。
俺は彼女の目を見て頷く。
第12話で作った“条件崩し”を、今ここで刺す。
「あなたは必要条件だ。だから退場は成立しない」
詩乃は息を吸った。
「……私は、ここにいる」
その一言が、空気を切り裂いた。
ルイが、喉の奥で詰まりながらも叫ぶ。
「……詩乃! お前がいないと、うちらの曲、締まらない!」
ことねが続く。
「私、ずっと分かってた。切り抜きでも炎上でも、誰かが“消そう”としてたの。……詩乃、今日ぜんぶ残す。残してやる」
ひよりが短く言う。
「……歌え」
レンが笑って、ステージ方向へ顎をしゃくった。
「行こう。最終共鳴チェックなんて要らねえ。――本番で証明すればいい」
ガレオンが何か言おうとした。
でも、その声は雑音に埋もれた。
観客の歓声が、もう“外”から聞こえていたからだ。
◇
本番。
ステージに出た瞬間、熱がぶつかった。
眩しい。
眩しいのに、怖くない。
観客の歓声は、今日は“渦”だった。中心がある。中心に引っ張られる。
ミニルナのHUDが淡く光る。
【共鳴値:上昇】
【七耀:起動準備】
【黒い栞:干渉値 低下】
黒い栞――この世界の予定終了点。
でも今は遠い。薄い。ひびが入ってる。
LUMiSの四人が並ぶ。
詩乃がセンターへ。
センター位置のテープの色が、さっきより濃い。
“薄さ”が戻ってきている。
ことねがMCで客席を掴む。
ルイがダンスで空気を叩き上げる。
ひよりの音が、ステージを締める。
そして――詩乃。
歌い出した瞬間、空が鳴った。
七耀。
七色の光が、ステージ上に降りてくるみたいに広がる。
観客の声がそれを受け止め、反射し、増幅する。
この世界の魔力は、たぶん“物語”に反応する。
そして今、物語が――薄い台本から、厚い現実へ塗り替わっていく。
詩乃の歌詞は、まっすぐだった。
逃げない言葉。
誰かを踏み台にしない言葉。
それでいて、勝つための言葉。
巨大スクリーンに、歌詞が映る。
文字として、物理として、残る。
ミニルナが震える声で言った。
「三城さん……これ、ログが抜けても……画面に焼き付きます……!」
「そうだ。声が抜かれるなら、世界に刻めばいい」
ガレオンが袖で何かを叫んでいた。
でも観客の声に掻き消される。
規約より、今この瞬間の“必要”が勝つ。
曲のラスト、進行サポート枠としてレンが短く登壇し、マイクを取った。
客席がさらに沸く。
「……俺が最強に導く? 違うな」
レンは詩乃“だけ”じゃなく、四人を見た。
「最強ってのは、俺一人で完走することじゃない。――“全員が残って、次も見たい”って言わせることだ」
言い切った瞬間。
ミニルナのHUDが、ぱっと弾けた。
【黒い栞:崩壊】
【七色の栞:展開】
【運用安定:上昇】
【強制退場テンプレ:不成立】
視界の端で、黒い栞が砕ける。粉々だ。
その奥から、七色の栞が伸びていく。先へ、先へ。
観客が叫ぶ。名前を叫ぶ。
――ちゃんと、呼ばれる。
「詩乃ぉぉぉぉ!!」
詩乃が一瞬だけ目を見開いた。
それから笑った。今までで一番、派手に。
「……ありがとう」
たったそれだけ。
でも、その言葉はもう薄くならない。
俺はステージ袖で、息を吐いた。
「――推し不在の台本、叩き返したな」
ミニルナが涙目で鼻をすすった。
「三城さん、爽快……! これ、読者さん絶対気持ちいいやつです!」
「メタい。けど否定しない」
この世界は、続く。
今日だけじゃなく、次のページへ。
ただ――どこかで“見ている何か”が、これをどう記録しているのか。
それは、まだ分からない。
分からないけど。
今は、勝った。
黒い栞は砕けて、七色の栞が伸びた。
推しは、ここにいるって証明できた。
なら――次の一秒は、堂々と呼吸していい。




