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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第11話 刺客、物理で折りに来る

 空気が、やけに乾いていた。

 舞台袖の黒いカーテンの向こうで、照明が低く唸り、機材が小さく呼吸している。


 ――七耀ステージ、一次審査・本番直前の最終リハ。


 俺は“外部協力スタッフ”の顔で、スタッフ動線の端に立っていた。

 目の前では、LUMiSルミスがステージ位置を確認している。ルイが足元のテープを軽く蹴り、ことねがスマホで画角を覗き込み、ひよりが機材の間を無言で縫う。


 そして、センター位置。

 天羽詩乃が、静かに息を整えていた。


 派手じゃない。煽らない。

 だけど――ステージが“成立する呼吸”を、彼女だけが知ってる。


「……三城さん」


 肩の上のミニルナが、いつになく声を落とした。

 HUDが視界の端で、薄く点灯する。


【残り:46:12:08】

【是正猶予:継続中】

【異常検知:現場ノイズ濃度 上昇】


「うん。分かる。今日、来る日だろこれ……」


 昨日まで、嫌な予感だけは積み上げてきた。

 刺客が“規約”で折りに来た。次は“炎上”で折りに来た。

 そして今日は――物理だ。


 こういうの、だいたい最後に来る。

 怪我。事故。涙。退場。

 短くて分かりやすい“悲劇の燃料”。


 でも、こっちはもう知ってる。

 悲劇って、だいたい誰かの都合で作られてる。


「はい、LUMiS! 次、通し!」


 ステージ監督の声が飛ぶ。

 真鍋サラ――現場マネージャーは腕を組んだまま周囲を睨み、出入りするスタッフの顔をひとりずつ“目で検品”していた。怖い。頼もしい。人間セキュリティゲート。


「……今日のスタッフ、増えてません?」


 俺が小声で言うと、サラが視線だけ寄こす。


「増えてる。興行連盟の“監査補助”って名目。昨日までは一人だったのが、今日は三人。しかも名簿が雑」


「雑ってどのくらい」


「誤字が二つ、肩書きが一つ違う。悪意が丁寧じゃない。つまり急ぎ」


 急ぎ。

 ――削除ルーチンのカウントが、急がせてるのは俺たちだけじゃない。


 その時だった。


 舞台上の照明が、ふっと一段、明るくなった。

 誰も操作してないのに。

 “勝手に”だ。


「……え?」


 ことねが最初に気づく。スマホの画面が白飛びして、「うわ、露出やば」と眉をしかめた。

 ルイが舌打ちする。


「照明、誰いじった! 眩しすぎ!」


 ひよりが顔を上げて、天井を見た。

 その瞬間――彼女が一歩、舞台袖へ駆けた。


「待って、落ちる――!」


 言葉より早く、ひよりが“照明リグ”の支柱へ手を伸ばす。

 ぎし、と金属が軋んだ。


 落下。


 照明バーの一部が、ほんの数センチ、ずれて――真下に、詩乃がいた。


「詩乃!」


 ルイが叫ぶ。

 ことねが息を飲む。

 詩乃は反射で身を引こうとして――足元のケーブルに引っかかった。


 転ぶ。


 その瞬間、俺の身体が勝手に動いた。

 “外部協力スタッフ”の導線確認で鍛えた、いちばんダサい才能――「転びそうな人を見ると止めに行く」やつ。


 俺は舞台へ飛び出し、ケーブルを蹴り飛ばしながら、詩乃の腕を掴む。


「こっち!」


 引いた。

 引いた先――ひよりが支柱を抱え込んで、照明バーの落下角を“腕力で”殺していた。

 ジン――振付師が舞台袖から飛び込み、落ちる機材の下に入らないようスタッフを押し戻す。


「下がれ! 頭、守れ!」


 プロの声だった。

 現場で誰かが怪我をした瞬間、踊りとか歌とか、全部ゼロになる。

 それを一番知ってる人の声。


 どん、と鈍い音。

 照明バーはステージ床を叩き、火花が散った。


 ――ギリギリ、外れた。


 一瞬、世界が止まった。

 止まった世界に、遅れて感情が戻ってくる。


「……やば……」


 ことねが震える声で呟く。

 ルイは詩乃の肩を掴んで顔を覗き込む。


「大丈夫!? どこか打った!?」


「……大丈夫。ごめん、私……」


 詩乃はそう言いかけて、ふっと言葉を止めた。

 いつもの癖だ。自分を先に責める癖。


「謝るな!」


 ルイが即ツッコむ。

 強い。強いけど、目が濡れてる。


 ジンが怒鳴る。


「今の、誰が最後に照明いじった! ログ出せ!」


 舞台監督が慌てて走ってくる。


「ち、違う、触ってない! 固定も確認したはず――」


「“はず”で人は守れない!」


 ジンの声は鋭い。

 でも、怒りの矛先が詩乃に向いてない。

 そこが救いで、同時に――刺客にとっては最悪だろう。


 ミニルナのHUDが、視界の端で赤く点滅した。


【異常:事故誘導 確度92%】

【推定:刺客介入(物理)】

【追加:炎上誘導パッケージ 同時起動】


「同時起動って、最悪セットメニューやめろ……!」


 俺が小声で毒づいた瞬間、ことねのスマホが震えた。

 通知が連打で入ってくる。


「……え、なに。早っ」


 ことねの顔色が変わる。

 ルイも覗き込んで、目を見開いた。


「は? もう出てる?」


 ――出ていた。


 誰かが撮っていた。

 落下の瞬間じゃない。

 その“直前”。


 詩乃がセンター位置に立ち、照明が眩しくなって、彼女が一歩引いて、転びかけて――


 そこだけ切り取られた短い動画。


 キャプションはこうだ。


『センター候補、リハでミス。危なすぎ』

『やっぱ向いてないんじゃ?』

『LUMiS、推すの怖い』


 炎上は火を点ける必要がない。

 乾いた草が多いほど、勝手に燃える。


「はぁ!?」


 ルイが一歩前に出ようとして、ジンに止められる。


「動くな! 今はステージの安全確認が先だ!」


「でも! 詩乃が叩かれる!」


「叩かせない。今、動くと“反応した”って燃料になる」


 ジン、強い。

 そして冷静なサラが、もう動いていた。


「ことね、拡散経路。発端アカウントの一覧。スクショ。削除依頼の窓口は後。まず証拠」


「了解……!」


 ことねが震える指で、でも仕事の指で操作する。

 SNS強者、こういう時に頼もしい。


 ひよりが、照明バーの固定具を拾い上げ、歯を食いしばった。


「……ネジ、替えられてる」


「替えられてる?」


 俺が聞くと、ひよりは無表情のまま言った。


「規格が違う。正規の固定具なら、ここは外れない」


 ――つまり、事故じゃない。工作だ。


 詩乃が小さく息を吸った。

 そして――言いかける。


「……私が、出なければ――」


 来た。

 “薄い子”の自動選択肢。

 丸く収める。迷惑をかけない。自分が消える。


 その瞬間、俺は詩乃の前にすっと立った。

 視線を合わせる。真正面。


「それ、今この場で言うと、刺客が喜ぶ」


 詩乃がきょとんとする。


「……え」


「“私が降ります”って言った瞬間、今日の事故が『やっぱり向いてなかった』に変換される。

 向いてないから退場。短くて分かりやすい。テンプレ完成。はい終了」


 口が勝手に回った。

 怖いのは詩乃じゃなく、台本の方だ。


 ルイが、はっとして拳を握る。


「……まじでそれ」


 ことねもスマホを握りしめたまま頷いた。


「降りたら終わる。しかも“美談”にされる」


 詩乃の目が揺れる。

 優しいからこそ、自分を削る方向に優しさを使ってしまう。


 そこで、ひよりがぽつりと言った。


「……降りたら、音、死ぬ」


 短い。

 でも、重い。


 詩乃が息を止める。


「……え」


「今日の通し、あなたのブレスに合わせて、私、テンポいじってる。

 あなたがいないと、合わせる基準がなくなる。……現場、崩れる」


 “現場が崩れる”。

 それは物語の中で一番強い言葉だ。派手な告白より強い。

 だって、続きが書けなくなるから。


 ジンも頷いた。


「振りもだ。ルイの軸は強い。でも全員の呼吸を揃えるのは、詩乃が一番上手い」


「……私、そんな……」


 詩乃は首を振りかけて、でも言葉が詰まる。

 自分の価値を、今まで“証拠”として残されてこなかった子の反応だ。


 ミニルナのHUDが、静かに表示を出した。


【役割ログ:急増】

【相互肯定ログ:発生】

【証言者:久遠ひより/振付師ジン/星宮ルイ】


 ――よし。今のは残った。

 声だけじゃなく、他人の証言として。役割として。


 だが、刺客はここで止まらない。


 舞台袖の端。

 “監査補助”の腕章をつけた男が、さりげなく近づいてきた。

 顔は普通。歩き方も普通。普通すぎるのが逆に嫌だ。


「大変でしたね。興行連盟としても、安全は最優先です。

 つきましては――リスクのある者は、ステージから外すべきでは?」


 柔らかい声。

 でも言ってることは、刃だ。


 サラが一歩前に出る。


「あなた、名簿の“ガレオン”さん?」


 男は微笑んだ。


「ええ。監査補助の――」


「監査補助の名簿は“ガレオン・ガレオン”って二回書いてある。誤字が丁寧じゃないって言ったでしょ」


 サラ、強。

 男の笑みが、ほんの一瞬、止まった。


「細かいですね」


「現場は細かい。細かいから人が生きる」


 その言葉に、俺はちょっと痺れた。

 こういう人が味方だと、救済は加速する。


 ガレオンは肩をすくめ、視線を詩乃へ向ける。


「……とはいえ、世論は厳しい。炎上が大きくなれば、スポンサーが降ります。

 そうなれば、七耀ステージ自体の継続が危うい」


 来た。

 “世界のために、誰かを切る”。


 代償テンプレの芸能版。

 分かりやすすぎて、吐き気がする。


 俺は口を開く前に、ミニルナのHUDを確認した。


【推定:刺客1(ガレオン) 圧力:規約/スポンサー】

【推定:刺客2(ミュール系) 圧力:事故/炎上】

【連携:高】


 そして――もうひとつ。


【観察者:閲覧増加】

【対象:天羽詩乃 周辺ログ】


 見てる。

 また、見てる。


 俺は深呼吸した。

 今は殴り返す段階じゃない。殴り返すには証拠がいる。

 でも――相手の“言い方”だけは、ここで折っておく。


「スポンサーが降りる、って脅しは便利ですね」


 ガレオンが眉を上げる。


「事実ですよ」


「事実に見せるのが、あなたの仕事。違います?」


 俺は笑った。軽く。

 現場で“空気を悪くしない”笑い。

 でも言葉は刃にする。


「落下した照明バー。規格違いの固定具。これ、事故じゃない。工作です。

 そして炎上動画。落下の直前だけ切り取られてる。つまり“準備”されてた」


 サラが頷く。


「証拠、全部押さえた。拡散元も追える」


 ことねがスマホを掲げる。


「発端アカ、同じ界隈で同じ時間に“火種”投げてる。バイト臭い」


 ガレオンの微笑みが、薄くなる。


「……あなた方は、何が言いたい?」


「簡単です」


 俺は一歩、前に出た。

 詩乃の前に立つ形で。


「“リスクのある者を外す”って話にすり替えるな。

 リスクを作った奴を外せ」


 一瞬、空気が止まった。

 でも止まった空気はすぐ動く。現場は生きてる。


 ひよりが固定具をジンへ渡す。


「これ、提出する。規格違い、証明できる」


 ジンが頷き、舞台監督へ指示を飛ばす。


「全照明の固定具、総点検。今すぐ。

 ついでに“誰が最後に触ったか”の入退室ログ、洗い出し!」


 サラが俺を見る。


「三城。あなた、運用支援の権限で導線ログも取れる?」


「取れます。取ります。ついでに“ケーブルの位置”も修正します。さっき転びかけた。あれ、誘導されてる可能性ある」


 ミニルナが肩の上で小さくガッツポーズした。


「三城さん、今ので“現場ログ”めっちゃ厚くなりました!」


「うん。これが“いなくなると崩れる”の証拠だ」


 詩乃が、俺の背中越しに小さく言った。


「……私、まだ……怖いです」


 その声は、震えてた。

 でも、逃げる声じゃない。

 “残る前提で怖い”声だ。


「怖いでいい」


 俺は振り返らずに言った。


「怖いのに残れる人が、一番強い。

 それに――ここ、あんたがいないと回らないって、みんなが言った。ログにも残った」


 ルイが乱暴に頷く。


「そう。だから、勝手に消えんな。殴るぞ」


「殴っちゃだめだよ!」


 ことねが即ツッコむ。

 緊張の中で、そのやり取りが救いみたいに響いた。


 ガレオンは静かに踵を返す。

 負けを認めた動きじゃない。次の手を切る動きだ。


 その背中を見ながら、俺は確信した。


 今日の“物理”は、序章。

 本番は――ここから。


 ミニルナのHUDが、残酷に時間を刻む。


【残り:45:01:33】


 まだ二日ある。

 でも二日しかない。


 俺は軽く拳を握って、詩乃の方を見た。

 彼女は怯えたまま、でもステージの中心に立っていた。


 ――よし。折れてない。


「詩乃」


 俺は、はっきり名前を呼んだ。

 呼ぶだけで胸の奥が熱くなる。

 名前は、存在の証拠だ。


「次の通し、やる?」


 詩乃は一瞬だけ迷って、それから頷いた。


「……やります。私、ここに……」


 言いかけて、彼女は言葉を飲み込む。

 まだ言えない。今はまだ、怖い。


 でもいい。

 言える場所を作るのが、俺の仕事だ。


「オッケー。じゃ、俺は裏方を“勝てる形”に整える。

 台本が物理で殴ってくるなら、こっちは現場で殴り返す」


 ミニルナが肩の上で、にっと笑った。


「“ボツ”の準備、できてきましたね?」


「ああ。次は、証拠付きでボツる」


 ステージの照明が再点灯する。

 眩しい。熱い。怖い。


 でも、ここは――推し不在の台本を通す場所じゃない。

 推しが“いる”って証明する場所だ。


 観察者の視線がどれだけ粘つこうが、こっちは先に“残るログ”を積む。

 カウントダウンの針を、逆回転させるために。

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