第10話 ライバル、証人になる
七耀ステージ一次審査――核心セクションに到達した瞬間から、世界は露骨に“締め切りの顔”になった。
空気が忙しい。人の目が荒い。噂の回転数だけが異常に速い。
そして、俺の視界の端にだけ見えるミニルナのHUDが、容赦なく現実を刻む。
【72h地獄:残り 52:14:09】
【異常傾向:発話ログ欠損/当該個体に偏在】
【強制イベント成立条件:整備中】
「……整備すんな」
小声で毒づくと、肩の上のミニルナがぴょこんと跳ねた。
「三城さん、今のは“相手に聞かせない優しさ”ですよね?」
「誰に優しくしてんだよ。俺だよ」
笑いで誤魔化せるうちは、まだ大丈夫。
問題は、誤魔化せない瞬間が確実に近づいてることだ。
控室前の廊下。LUMiSの三人――星宮ルイ、真白ことね、久遠ひよりが、各々の“戦闘準備”をしている。
ルイはストレッチしながら床を睨み、ことねはスマホでタイムラインを監視し、ひよりは機材ケースを開けて無言でチェックを回す。
そして、天羽詩乃は――壁際で、台本の角を整えていた。
目立たない。けど、そこにいるだけで場が落ち着く。
それが、なおさら腹立つ。薄くされる側が、こんなに“必要”なのが分かってしまうから。
「詩乃」
俺が名前を呼ぶ。
呼んだ瞬間、ことねが一瞬だけ目を上げた。ルイの肩がわずかに揺れた。
――名前が“空中で滑らない”。ここ数時間で、これがどれだけ貴重か身に染みてる。
詩乃が小さく笑って、俺を見る。
「はい。……ありがとうございます」
「礼を言われることしてない。確認したいだけ。今日のMC練、最後の一行――“誰に向ける”予定?」
詩乃は少しだけ考える顔をした。
考える間が丁寧で、変に飾らない。
「……“ここにいる人”です。観客席だけじゃなくて、ステージ裏の人も。配信の向こうも。……たぶん、全部同じです」
「いいね。『全部同じ』って言い切れるの、強い」
ルイが鼻で笑った。
「何それ。急に真面目」
「真面目って言葉、悪口じゃないからな?」
「知ってるし。……でも、そういうの、詩乃得意だよ」
得意。
今、ルイは詩乃の名前を言った。
それだけで、俺の背中のどこかが軽くなる。
ミニルナのHUDが、控えめに光った。
【相互肯定ログ:微増】
【“固有名”発話:回収率 上昇】
よし。
“残る”。少しずつだけど、残せる。
――だが、問題はここからだ。
LUMiSの中だけで肯定しても、テンプレは平気で「内輪で盛り上がってるだけ」にして切り捨てる。
必要なのは、“外部の証人”。
つまり、ライバルだ。
◇
控室のドアがノックされたのは、ちょうどそのときだった。
「失礼。――入るわよ」
開いたドアの向こうにいたのは、紅城レイナ。
VΛLORの絶対センター。カリスマ型。
立ってるだけで“ステージ”の匂いがするタイプで、正直、眩しい。
その後ろに、アオイとカノン。
クールな視線のアオイは、俺を見るなり状況を一瞬で計算した顔をする。
カノンは……笑ってるのに、どこか落ち着かない。
「……何の用?」
ルイが即座に牽制する。
火花、早い。さすが学園×芸能×競争ルール、空気が常にバトル寄り。
レイナは肩をすくめた。
「用ってほどじゃない。――確認」
視線が、詩乃に向く。
詩乃は小さく会釈した。
その会釈が、場を荒らさない。すごい。
「さっきの通し、廊下で少し聞こえた。……センター、誰?」
レイナの問いは、悪意じゃない。
でも“答えられない空気”がある問いだった。
ことねが口を開きかけて、詰まる。
ルイが眉を寄せる。
ひよりが一瞬だけ詩乃を見るが、何も言わない。
――また、来た。
この世界の嫌なやつ。“言わせない空気”。
だから俺は、先に言った。
「天羽詩乃」
レイナが俺を見た。
アオイの眉がほんの少しだけ動いた。
カノンが「えっ」と小さく声を漏らした。
詩乃は驚いた顔をして、それから少し困ったように笑う。
「……はい。天羽詩乃です」
その瞬間。
【音声ログ:検出】
【発話者識別:成功】
【発言テキスト化:成功】
ミニルナのHUDが、はっきりと“成功”を出した。
俺は内心でガッツポーズ。顔には出さない。大人なので。たぶん。
「へえ」
レイナが、詩乃をまっすぐ見た。
「いい声だった。……“抜け”がいい。上に飛ぶ」
褒め方が、プロだ。
そしてレイナは続ける。
「なのに、噂が変。『LUMiSはセンターが定まらない』って。誰が流してる」
ことねがビクッとした。スマホを握り直す。
「それ、たぶん……」
「たぶん、じゃない」
レイナが言い切る。冷たいんじゃない。芯が硬い。
「勝つなら正面から。噂で相手の足を折って勝っても、ステージが汚れる」
ルイが一瞬だけ口を閉じた。
その後、ふっと笑って言う。
「……あんた、嫌いじゃない」
「今さら気づいたの?」
レイナが鼻で笑った。
アオイが一歩前に出た。
視線が、詩乃に固定される。
この子は“見てる”。逃げない目だ。
「詩乃。さっき、影前提で見せ方作るって言ったでしょ」
「……はい」
「それ、うちも欲しい。VΛLORの照明、今日ちょっと攻めてる。角度、共有して」
共有。つまり、技術のやり取り。
これは“外部証人”として、最高に強いログだ。
詩乃は一瞬だけ戸惑って、でもすぐに頷いた。
「……分かりました。私の案でよければ」
「よければ、じゃない。必要」
アオイが淡々と言った。
「あなたの声と、その見せ方がないと――今日の七耀ステージ、成立しない」
成立しない。
その言葉が、胸の奥まで刺さった。
【相互肯定ログ:大】
【必要条件ログ:生成】
【テンプレ成立条件:揺らぎ】
ミニルナのHUDが、派手に増えた。
よし。これだ。これが欲しかった。
カノンが、落ち着かない笑顔のまま詩乃に近づく。
「ね、ねえ。詩乃ちゃん、今度さ……その、短尺の切り抜き、うちのタグも付けて――」
その瞬間、カノンのスマホが震えた。
画面の通知が、チラッと見えた。
【匿名DM:LUMiSのセンター、いない方が映えるよ】
【匿名DM:今日の切り抜き、“空白”で行こう】
カノンの指が止まる。
笑顔が、ほんの少しだけひび割れる。
――いる。
刺客が。
まだ“事故”じゃない。けど、炎上の火種を投げてる。
俺はカノンのスマホを見ないふりをしたまま、さらっと言った。
「短尺、いいですね。タグもいい。……ただ、切り抜きの“クレジット規約”、興行連盟の条項で決まってますよね?」
ことねが反射で頷く。
「うん。出演者の表記義務。無表記は規約違反」
「そ」
俺はカノンに笑う。
「“空白で映える”は、規約で死にます。映える前に消える。世界ごと」
言葉は軽く。中身は重く。
これが、ストーリー課の“ロジックで殴って気持ちよく”のやつだ。
カノンが目を丸くして、それから小さく頷いた。
「……だよね。ごめん。変な通知きて、頭ふわってした」
「大丈夫。ふわってしたら、戻ればいい」
レイナがカノンの頭を軽く小突いた。
「変なのに乗るな。ステージに立つなら、自分の足で立て」
カノンが「はーい」と情けなく返事をする。
そのやり取りだけで、場が少し明るくなる。
そして、レイナが俺を見る。
「外部協力スタッフ。……あんた、何者」
「ただの運用支援です」
「その目、嘘。……まあいい」
レイナは詩乃に向き直った。
「天羽詩乃。今日は、私が証人になる」
証人。
その単語が、やけに真っ直ぐで。
「あなたがセンターに立つって、私が言う。正面から勝ちたいから」
詩乃が、息を吸った。
その目が揺れて、でも逃げない。
「……ありがとうございます」
その“ありがとうございます”が、ちゃんとログに残るのを、ミニルナのHUDが示した。
【発言テキスト化:成功】
【固有名反応:多数】
【人物像スコア:上昇】
俺は、静かに拳を握った。
ここまで来たら、もう“いなくても回る”は言わせない。
◇
VΛLORが去ったあと、控室はしばらく妙に静かだった。
静かというより、みんな自分の心臓の音を聞いてる感じ。
最初に口を開いたのはルイだった。
「……詩乃」
呼んだ。
呼べた。
それだけで、世界が少しだけまともになる。
「さっきの、アオイのやつ。必要って言われて、どうだった」
詩乃は少しだけ困った顔で笑って、でも答えた。
「……嬉しかったです。怖いけど。嬉しい、のほうが大きいです」
「怖いの、分かる」
ことねがスマホを伏せて、真顔になる。
「“必要”って言葉、重い。裏返すと“必要なくなったら終わり”にもなるから」
詩乃が頷きかけた、その瞬間。
俺は割り込む。
「だから、重さを分ける」
三人が俺を見る。
「必要条件を“詩乃ひとり”に背負わせない。――でも、詩乃が必要なことは消さない」
矛盾みたいで、でも違う。
俺は続けた。
「詩乃の“言葉”と“声”が核なのは事実。
でもそれを支えるのは、ルイのダンスで、ことねの発信で、ひよりの音作りだ。
核があるから回る。核だけじゃ回らない。――それが、グループの勝ち方」
ルイがふっと笑った。
「……なんかムカつくくらい正しい」
「褒め言葉として受け取ります」
ミニルナが肩の上で、ぴょいっと親指みたいな羽を立てる。
「三城さん、いまの、最高に“続きが読みたい”発言でした!」
「静かにして。俺の株が上がると照れる」
照れてる場合じゃない。
72h地獄は、まだ半分も終わってない。
でも――
外部証人の相互肯定ログが入った。
必要条件ログが太くなった。
そして何より、詩乃の名前が“呼ばれた”。
これで、テンプレの前提がひとつ崩れる。
――“推し不在の台本”は、成立しない。
俺は控室のドアを見た。
向こう側の廊下に、見えない誰かがいる気配がする。
たぶん刺客。たぶん次は、もう少し露骨に来る。
ミニルナのHUDが、静かに点滅した。
【強制イベント成立条件:一部破綻】
【刺客行動:炎上導線 再構築の兆候】
「……再構築? やる気すげえな。感心しない」
俺は息を吐いて、笑った。
「よし。次は――」
詩乃が、俺を見る。
その目に、ほんの少しだけ“自分で立つ”光が混ざっている。
「次は……私、言ってみてもいいですか。みんなの前で」
「いい」
俺は即答した。
「言おう。残そう。証拠にしよう」
その言葉が、ミニルナのHUDに刻まれる。
【作戦方針:発話ログの“別経路固定”】【開始】
世界はまだ削ろうとしてくる。
でも、こっちも削られっぱなしじゃない。
――“必要”は、恥じゃない。
必要だと言える世界のほうが、強い。




