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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第9話 救ったら現場が回る

 七日で核心セクションに到達して――そこから始まった、七十二時間。


 時間ってやつは、残りが見えると急に“刃物”になる。


 控室の壁に貼られたタイムテーブルの横で、ミニルナのHUDが無慈悲に点滅していた。


【72h是正期限:残り 61:18:07】

【異常:規約違反疑義/炎上誘導ログ増加】

【対象:天羽詩乃周辺に偏在】


「……はいはい、分かった。焦らせ上手かよ」


「焦らせ上手って褒め言葉じゃないです~! でも今は褒められてる場合じゃないです~!」


 俺の肩の上でミニルナが小さくバタつく。かわいいけど、かわいいだけで世界は救えない。


 控室のドアが、ノックもなく開いた。


「三城さん!」


 入ってきたのはマネージャーの真鍋サラ。きっちりまとめた髪、目の下に薄いクマ。寝てない顔だ。

 彼女の手には、ギルド印の封筒――いや、もっと嫌なやつ。“通知”だ。


「興行連盟から……“疑義照会”。今日のリハ、立ち入り監査が入るって」


「監査? このタイミングで?」


「このタイミングだから、です。……それと、配信の切り抜きが回ってます」


 サラが見せた端末には、短尺動画。

 練習室での一場面が、雑に切り取られていた。


『センターが勝手に構成変えて現場荒れてる』

『チームワーク崩壊してない?』

『誰あの子、名前出てなくね?』


 ……言い回しが妙に揃ってる。自然発生の炎上じゃない。“作ってる”。


 俺は画面を閉じて、深呼吸した。


「サラさん。これ、誰が得します?」


「……普通なら、ライバルです。でも、この手口は……ライバルのやり方じゃない」


「だよな」


 そういう時に限って、控室の隅から聞こえた。


「俺が得する。正確には、俺が“勝てる”」


 背の高い男子が壁にもたれていた。髪は軽く整えて、目は強い。

 強いというか、自分が正しいって顔をしてる。


 神代レン。

 この世界の“本来の主役”――転生者。俺TUEEEのプロデュース脳で、ユニットを最短で勝たせるタイプ。


 で、最短で勝たせる方法ってのはだいたい一つ。


 いらない要素を削って、分かりやすくする。

 つまり――誰かを退場させる。


「監査? 炎上? そんなの踏み台だろ。話題になりゃ勝ち。俺が手綱握って、結果出して黙らせる」


 レンが軽く笑う。爽快に見える。見えるけど、そこに“人”がいない。


 星宮ルイが「は?」って顔をした。真白ことねはスマホを握りしめたまま固い。久遠ひよりは無言でケーブルをまとめ直している。


 そして――天羽詩乃は。


 何も言わず、ペットボトルのキャップを閉める手だけが、少し震えていた。


 俺はレンを真正面から見た。


「レン。質問。勝ったあと、何が残る?」


「……は?」


「勝った“だけ”のユニットって、次がない。スポンサーも観客も、次のページをめくらない。俺たちは“次”まで生かす仕事してんだよ」


 レンが目を細める。


「お前、現場スタッフのくせに口出すな。勝てば正義だろ」


「勝てば正義は否定しない」


 ここ、ポイントだ。否定すると意地になる。主役は主役のまま、勝ち方だけ変える。


「でも、“勝てば”の定義が古い。今は勝ち方で殺される」


 サラが苦しそうに頷く。ルイが唇を噛む。ことねが小声で「……それ」と呟いた。


 俺は手を上げた。


「よし。五分だけ。現場運用のミーティングする。立って。今」


「え、今から?」


 レンが鼻で笑いかけた瞬間、ミニルナがHUDをピッと出した。


【監査到着予測:12分後】

【炎上二次拡散:9分後にピーク】


「今です~!」


 ミニルナが叫んだ。珍しく切羽詰まってる。まあ、世界がかかってるからな。


 俺はホワイトボードの前に立って、ペンを取った。


「現場が崩れる理由は二つ。“役割が曖昧”と“証拠が残らない”。だから、今から両方直す」


 ボードに大きく線を引く。


【監査対応】

【配信・炎上対応】

【ステージ導線】

【機材・安全】

【演目・MC】


「サラさん、監査対応の窓口はあなた。俺が同席。質問は全部“事実ログ”で返す。感情で返さない」


「……了解」


「ことね、配信と炎上。切り抜きは“反論”じゃなく“上書き”で潰す。短尺、今日撮れる?」


「撮れる。むしろ、撮らないと死ぬ」


「ルイ、導線と立ち位置。『時間ない』の焦りが一番事故を呼ぶ。カウント取りのリーダーやって」


「……分かった。やる」


「ひより、安全と機材。ダブルチェックの手順、紙に落として。紙がログになる」


 ひよりが小さく頷く。言葉が少ない分、動きが早い。


「で、詩乃」


 名前を呼んだ瞬間、控室の空気が一ミリだけ止まった。

 呼べない空気があったんだ。ここまでの薄化が、それを作ってた。


 詩乃が目を上げる。


「……はい」


「演目とMC。詩乃の“整える力”が必要。今日のリハの冒頭30秒、あなたの言葉で場を揃えて」


 レンが「は?」と声を漏らした。


「センターに喋らせる? 炎上の真っ最中に? 悪手だろ」


「逆」


 俺はレンを見た。


「炎上ってのは、“本人の言葉がない”と燃え続ける。だから本人の言葉を出す。ただし、煽らない。整える」


 詩乃が息を吸って、ゆっくり頷いた。


「……できます。言葉、用意します」


 ミニルナのHUDが小さく光った。


【相互肯定ログ:芽】

【役割ログ:確定しつつあり】

【文字ログ記録:推奨】


「よし。全員、今言った内容を紙に残す。ボードも写真撮る。ログにする。残す」


 ことねが即座にスマホでホワイトボードを撮った。さすがSNS強者。ログ化が速い。


 レンがまだ納得してない顔で腕を組む。


「結局、俺は?」


「レンは――勝ち筋の再定義」


「……は?」


 俺はペンで“勝ち筋”と書いて丸を付けた。


「お前の強みは、戦略が立てられること。最強なのは否定しない。だから最強のまま、仲間を勝たせる方向に振れ」


 レンが口を開きかけたところで、廊下の向こうから足音がした。

 硬い足音。規則正しい。監査官が来る足音だ。


「来た」


 サラが背筋を伸ばす。


「全員、リハ室へ。俺はサラさんと前に出る。ことね、上書き動画の段取りだけ頭に入れて。ルイ、焦るな。ひより、ケーブル一本でも怪しかったら止めろ。止めた行動がログになる」


「了解」


 返事が揃ったの、地味にでかい。

 こういうとき、チームは声に出た瞬間に繋がる。


 リハ室の扉を開けると、黒いスーツの監査官が二人。後ろに、興行連盟のスタッフ腕章――ガレオン。

 笑ってる。感じよく。感じよすぎる。


「おはようございます。興行連盟監査官の――」


「真鍋サラです。本日の窓口は私が担当します。こちら、運用支援の三城」


 サラが先に名乗った。強い。守る時は守る人だ。


 監査官がタブレットを開く。


「本日は、規約第七条“配信位置と観客導線”および第十二条“演目構成の事前申告”について確認します。申告との差分があるとの通報が――」


「差分は、あります」


 俺が言った。


 ガレオンが目を細めた。たぶん“否定しない”のが予想外。


「ただし“差分=違反”ではありません。規約の但し書き、読みましたか?」


 監査官の指が止まった。


「但し書き?」


 俺はホワイトボードの写真を、サラの端末に表示させる。


「『安全配慮と機材制約により、当日変更が必要な場合は、変更理由を記録し提出すること』。理由と記録、用意してます。これが変更ログ」


 ルイが床テープの張り替え箇所に、撮影した日時のメモを貼っていた。ひよりの機材チェック表が机に置かれている。ことねの撮影位置図が添付されている。


 “現場がちゃんとしてる”ってだけで、監査は半分終わる。

 世の中、だいたいそう。


 監査官が頷く。


「……提出を。確認します」


 ガレオンが口を挟む。


「しかし、通報では“センターが独断で構成を変え、現場が混乱した”と――」


「混乱はしてません」


 ルイが言った。きっぱり。


 ことねも続ける。


「むしろ整いました。見ます? さっき撮った通しの映像。変更前より、照明の影が映える角度が取れてます」


 監査官が興味深そうに映像を覗き込んだ。


 ガレオンの笑顔が、一瞬だけ固まった。

 “火種”を“改善ログ”で潰されるの、嫌だよな。


 俺はそこで、もう一歩だけ踏み込む。


「あと、通報って誰からです? 規約に“匿名通報は参考に留める”ってありますよね」


 監査官がガレオンを見る。ガレオンは笑顔を崩さない。崩さないけど、視線が一ミリずれた。


 ――刺客、当たり。


 でも今は、刺客を殴る回じゃない。今日は“現場を回して物語を良くする回”だ。


 監査官が言う。


「通報の扱いは当方で精査します。現時点では、違反と断定できません。引き続き、安全と申告ログを継続してください」


「もちろん」


 サラが頭を下げた。勝った。小さい勝ち。けど、必要な勝ち。


 監査官たちが去ったあと、リハ室に空気が戻る。

 戻った瞬間、詩乃が小さく息を吐いた。


「……ありがとうございます。守ってくれて」


「守るのが仕事」


 俺が言うと、詩乃は首を振った。


「仕事、だけじゃない気がします」


 その言葉が、ミニルナのHUDに“文字”で残った。


【発話ログ:記録(手入力)】

【発話者:天羽詩乃(確定)】

【内容:感謝/相互肯定】


 ……よし。

 声が抜かれるなら、文字で殴り返す。ログは残る。残せる。


 レンが舌打ちを噛み殺すみたいに笑った。


「……やるじゃん。口だけじゃないんだな」


「俺、元は落選作家だぞ。口だけで生きてたんだよ。だから、口だけの弱さも知ってる」


 レンが少しだけ黙る。


「……俺は、勝ちたい。俺が勝てば、全部救えると思ってた」


「救えないこともある」


 俺はレンの目を見た。


「でも、勝ちたいは武器だ。だから捨てなくていい。勝ち方を変えろ。仲間を勝たせる勝ち方に」


 レンが鼻で笑う。


「説教くさ」


「説教じゃない。プロデュースだよ。お前の得意分野で返してやった」


 ルイが「ぷっ」と笑った。ことねも肩を揺らした。ひよりは無言で親指を立てた。地味に嬉しいやつ。


 そして詩乃が、練習メニューの紙に何かを書き足した。


【MC冒頭:一言だけ、私から言う】

【“影も私たちの色”】


 それを見た瞬間、胸の奥が少し熱くなる。


 ――いる。

 この子はいる。

 場を整えて、言葉を置いて、全員を前に進ませる。


 しかも、救った瞬間に現場が回り出した。

 物語が良くなる方向に、ちゃんと動いた。


 ミニルナが小声で言う。


「三城さん。今の、気持ちよかったですね」


「だな。ロジックで殴って、ちゃんと現場が救われるの、最高に性格悪くて最高だ」


「褒め方が終わってます~!」


 笑いながらも、HUDの残り時間は消えない。


【72h是正期限:残り 59:42:11】

【異常:炎上誘導ログ/継続】


 終わってない。むしろ、ここからが本番だ。


 けど。


 今日ひとつ、確信ができた。


 救うってのは、ただ“可哀想”を抱えることじゃない。

 救った結果、現場が回って、世界が前に進む――その証拠を積むことだ。


 俺はペンを握り直して、練習メニューに丸を付けた。


「よし。次。上書き動画、撮ろう。『誰が言ったか分からない』なら、『誰がやってるか分かる』を残す」


 詩乃が、静かに頷いた。


「はい。……私、ここにいます」


 その一言を、俺は目で、手で、紙で、全部の形で残す。


 消される前に。

 “いなくても回る”なんて言わせる前に。


 ――回るのは、あんたがいるからだって証明するために。

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