第6話 刺客、ログを削る
嫌な予感ってのは、だいたい「当たったあとに本番が来る」。
第五話で俺たちは、ライバルユニット《VΛLOR》と顔を合わせた。
レイナはカリスマで、アオイは冷静で、カノンは天然で――三人とも「敵」じゃない。むしろ、正面から勝ちに来る気配がして、ちょっと気持ちよかった。
でも同時に、俺の背中のどこかが冷えていた。
競争がフェアだと分かった瞬間、フェアじゃないやつの匂いが濃くなる。
……そういう世界だ、ここは。
◇
放課後。練習棟の小ホール。
今日は学内向けの“公開リハ”だった。七耀ステージの前段階、学園公式の配信チャンネルで流す短いお披露目。
客席には生徒がぱらぱら、スタッフが数名。照明は簡易、カメラは三台。規模は小さいのに、視線の圧はやたら強い。
ステージ袖で、LUMiSの四人が円を作っていた。
「……よし。短いけど、絶対に外さない。いけるよね?」
星宮ルイが拳を握る。声が強い。いつも通り強い。
真白ことねはスマホを握ったまま、笑顔の角度を微調整してる。SNS強者は戦う前から“映り”を作る。
久遠ひよりは無言でケーブルを整えて、カメラの音声レベルを最後に一度だけ確認した。仕事が早すぎる。
そして――天羽詩乃。
彼女は一歩だけ引いた場所で、みんなの呼吸を見ている。
目立つポーズはしない。でも、その視線があると場が落ち着く。
……なのに、ログが残らない。
俺の肩の上のミニルナが、耳元で囁いた。
「三城さん、今日の配信は“ログ素材”として超重要です。ここ、削られたら泣きます」
「泣くな。先に怒れ」
「怒る準備はできてますっ」
小動物が拳を握るな。かわいいけど、ちょっと怖い。
「詩乃」
俺はあえて名前を口にした。ここは現場。言葉にして、空気に置く。
「MC、練ってたよな。最初の一言、いける?」
詩乃は少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。
「……はい。短いですけど、ちゃんと“ここにいる”って伝わるようにします」
その言い方が、ずるい。
自分が消されかけてるのを分かってるのに、責めるんじゃなく“伝える”を選ぶの、強すぎる。
ルイが「行くぞ!」って声を上げた。
スポットライトが落ちる。
歓声が上がる。
カメラの赤いランプが点く。
LUMiSの一曲目――スタート。
◇
公開リハは、成功だった。
詩乃の歌は、やっぱり場を整える。
派手に煽るんじゃない。観客の呼吸を揃えて、曲の“芯”に連れていく。
ことねの笑顔が映え、ルイのダンスが刺さり、ひよりの音が締まる。
そして、曲が終わったあと。
MC。
詩乃が一歩前に出た。ほんの少しだけ。
その動きだけで、客席の空気が静まる。聞く準備が整う。
「……今日、ここに来てくれた人。ありがとうございます」
声が、まっすぐ届く。
「私たちは、まだ途中です。上手くいかない日もあるし、悔しい日もあります。
でも――」
彼女は息を吸って、少しだけ笑った。
「“途中”って言えるのは、続けるって決めてるからです。だから、見ててください。……私たちの続きを」
客席から、拍手が起きた。
ルイが一瞬だけ目を見開いて、ことねが「……やば、今の良い」と口元を押さえる。
ひよりは、何も言わない。でも指だけがほんの少し早く動いた。録音レベルを上げた。無言の賛成。
俺は胸の奥で、言った。
(今のは、ログに残る。残ってくれ。頼むから)
ミニルナが、俺の視界の端に小さく表示を出す。
【配信ログ:記録中】
【音声:正常】
【映像:正常】
【――発話者識別:不安定】
「……まだかよ」
「でも今は“記録中”です! ここで残れば勝ちです、三城さん!」
俺は頷いた。
今日は勝てるかもしれない。そう思った。
――思った、だけだった。
◇
公開リハの配信アーカイブは、夜にはアップされる予定だった。
練習室に戻ったあと、ことねがスマホを振り回して騒いでいた。
「やば! コメント欄、めっちゃ良い! “歌声が落ち着く”って! “MC刺さった”って! ……ね、ね、見て!」
「落ち着け。スマホに魂吸われるぞ」
「魂はもう死んでるでしょ」
「やめろ。現実パンチが強い」
ルイがタオルを首にかけたまま、ふっと笑った。
「……詩乃、今日のMC、良かった」
詩乃は「ありがとう」と言いかけて――少しだけ言葉を飲み込んだ。
癖になってる。褒められても、前に出ない癖。
「……みんなが、ちゃんと聞いてくれたから」
その返しも、優しい。優しすぎて消されそうで、腹が立つ。
そして――アーカイブが上がった。
ことねがリンクを開き、練習室のモニターに映す。
再生数はもう伸び始めてる。コメントも流れてる。反応はいい。
「ほらほら! ここ! MCのところ!」
再生位置が飛ぶ。
曲終わり。拍手。詩乃が一歩前に出る――。
「……今日、ここに来てくれた人。ありがとうございます」
ここまでは、ある。
「私たちは、まだ途中です。上手くいかない日もあるし、悔しい日もあります。
でも――」
ここまでも、ある。
そして。
映像が一瞬だけ、自然に切り替わった。
客席の拍手のショット。
ルイの笑顔。
ことねのウインク。
ひよりが機材を触る手元。
……詩乃の続きが、ない。
音声も、ない。
コメント欄だけが、残酷に流れる。
『え、今の続き何て言った?』
『途中で切れてない?』
『編集ミス?』
『でもルミス可愛い!』
俺の喉の奥が、冷えた。
「……は?」
ことねが固まった。
「え……待って。さっきの一番いいところ、どこいったの」
ルイが顔を上げ、眉間に皺を寄せた。
「……カットされてる」
ひよりが無言で再生位置を戻して、何度も確認する。
でも何度戻しても、そこだけ“綺麗に”消えている。
詩乃は、笑ってしまった。
笑ってしまった、というより。
笑う癖で、痛みを隠した。
「……大丈夫。編集、時間ないし。尺合わせ、ですよね」
その瞬間、俺の中の何かが、ぶちっと切れた。
尺合わせ?
偶然?
編集ミス?
――違う。これは“削り”だ。
ミニルナが、震える声で言った。
「三城さん……これ、ただのカットじゃないです」
視界の端に、HUDが強めの赤で出る。
【アーカイブログ:編集痕跡検出】
【改変タイプ:非破壊編集(時間軸切断)】
【改変対象:特定個体の発話区間に偏在】
【改変権限:運営系(興行連盟/学園配信室)アクセス】
「……やっぱり、刺客だな」
俺が低く言うと、ルイが「は?」って顔をした。
「刺客? なにそれ」
「説明は後。今は――誰が編集できる?」
ことねが我に返る。
「配信室か、学園運営。あと、興行連盟の監修が入るときは、連盟側の人も触れる。たまに、規約絡みで勝手に編集されることある」
「勝手にって、ここ学園だよな?」
「芸能科は、半分ギルドみたいなもんだよ」
ことねの言葉は軽いのに、内容が重い。
この世界、舞台の上は夢でも、裏は契約と権限だ。
詩乃が小さく息を吸った。
「……私、行ってきます。配信室に、確認――」
「行くな」
俺は即答した。声が強くなった。
詩乃が目を丸くする。
「でも、私の――」
「“私のせい”で動くな。狙われる」
言ったあとで、少しだけ口調を落とす。
「行くなら俺が行く。……いや、俺たちで行く」
ミニルナが「はいっ」と即答し、ルイが「当たり前だろ」と拳を握る。
ことねはスマホを握りしめ、ひよりは黙って工具箱を閉めた。
――この瞬間だけ、はっきりした。
詩乃が消される仕組みは「本人が動くほど不利」になっている。
だからこそ、周りが動く必要がある。
◇
配信室は、練習棟の裏。
鍵はことねが知っていた。顔パスってやつだ。SNS強者はドアも開ける。
中には編集用の端末が並んでいて、スタッフが二人。
片方は学園職員っぽい。もう片方は――スーツで、名札が“連盟監修”。
こいつだ。匂いがする。
「すみません」
俺が声をかけると、連盟監修の男が振り向いて、営業スマイルを貼り付けた。
「おや。LUMiSの方々ですか? アーカイブの確認なら、問題なく上がっていますよ。反応も良い」
「反応が良いのは知ってます。……MCが切れてるのも?」
男の笑顔が、ほんの一ミリだけ固まった。
「尺の都合です。学内配信はテンポが命でして。視聴維持率――」
「その“尺の都合”で、特定の発話だけ狙って切れるんですか」
ルイが低く言った。怒ってる。ダンスのキレより怒りのキレが強い。
男は肩をすくめる。
「偶然でしょう。編集は人の手ですから」
ミニルナが、俺の肩で小さく呟いた。
「三城さん、権限ログ、見えます。……この人、触ってます」
俺は一度、深呼吸した。
ここで殴り合いを始めたら、相手の思うツボだ。炎上は“短縮テンプレ”の燃料になる。
――だから、殴るならロジックで殴る。
「偶然なら、いい提案があります」
俺は笑って見せた。こういうときの笑顔は、だいたい性格が悪い。
「編集の透明性を上げましょう。
次回から、MCパートは“字幕ログ”を別で残す。台本じゃなく、発話の文字起こし。学園側の公式記録として。改変不可で」
「……は?」
男が眉をひそめた。
「それ、規約違反じゃない。むしろ規約的に強い。
“発話証跡”が残れば、誰が何を言ったかが消えない。尺合わせはしても、存在は消せない」
ことねが即座に乗った。
「できる。学園の広報アカウントで“MC全文”を投稿すれば、ログとして残る。切り抜きも作れる」
ひよりが静かに口を開いた。珍しい。
「音声に、発話者IDのメタを埋める。編集しても、残るように。……消すなら、痕跡が派手に出る」
ルイが笑った。悪い顔で。
「つまり、削ったらバレるってこと?」
「そう」
俺は頷いた。
「削っても“同じ厚み”が別の場所に立つ。
配信が切られるなら、配信以外で残す。
アーカイブが薄くされるなら、現場ログで太くする」
男の笑顔が、完全に死んだ。
「……面倒ですね。学園は芸能の現場を分かっていない」
「分かってないのはそっちだろ」
ルイが一歩前に出る。
「うちらは“続ける”ためにやってんの。短くまとめるためじゃない」
その言葉に、俺は内心で頷いた。
この章の戦い方は、これだ。
ログの複製で守るんじゃない。
“守れない場所”に固執せず、“守れる場所”を増やして、結果として消せなくする。
詩乃の声が切られるなら、声以外で彼女を残す。
役割、関係、必要条件――全部で証明する。
ミニルナが、俺の肩の上で小さくガッツポーズした。
「三城さん、作戦名いきます! “ログの多重化”】【※ドヤ】
「ゲーム脳が出たな」
「でも強いです!」
強い。確かに強い。
俺は配信室の端末を一度だけ見た。
編集履歴の隅に、見覚えのある署名が一瞬だけ見えた。
――ガレオン。
文字が、すぐ薄れて消える。
でも、見えた。俺は見た。
「……ガレオン、いる」
俺が呟くと、ことねが息を呑んだ。ルイが舌打ちをした。ひよりの目が細くなった。
詩乃は――少しだけ俯いて、それから、顔を上げた。
「……私、もう一回言っていいですか」
「何を」
「さっきの続き。……“続きを”って」
その声は、震えてなかった。
消されても、折れてない。
折れる前に、折られてきただけだ。――そして今、折らせない味方がいる。
俺は頷いた。
「言え。今度は、残す。残らなくても、残る形にする」
詩乃は小さく息を吸って、はっきり言った。
「私たちの続きを――一緒に、残してください」
それがログに残るかどうかは、分からない。
でも、もういい。
俺たちは“残る場所”を増やした。
消したくても消せない形を、これから作っていく。
刺客がログを削るなら。
こっちはログを、増やして殴る。
短く終わらせる台本? 知らん。
この世界のセンター候補は、推し不在じゃ終わらない。
――俺が、終わらせない。




