第2話 センター候補は“名札”を剥がされる
第2話 センター候補は影になる
現地に降りた瞬間、空気が“軽い”のに気づいた。
呼吸がしやすいとか、酸素濃度がどうとかじゃない。
もっとこう――情報量の密度が、派手なわりに薄い。
「うわ、眩し……」
目の前にそびえていたのは、王立芸能学園。校門からしてデカい。
正門のアーチは白い石造りで、左右に巨大な電子看板。そこには、でかでかとこう流れている。
【七耀ステージ/学園代表予選 開催決定!】
【エントリー・ユニット紹介 毎日更新!】
――毎日更新。
この世界、更新頻度だけは強い。SNSの民か。
俺の肩に、いつの間にか“いる”小さな存在が、ひょいと姿勢を変えた。
白いマスコット。小動物みたいな顔。ポップな羽。目がキラキラ。
ミニルナだ。
「着地おっけー♪ 三城さん、現在地:王立芸能学園、正門でーす!」
「声、でかい」
「えへへ。現地テンション! こういうところ、夢が詰まってますよね~。ステージ! スポットライト! 観客の歓声!」
「夢が詰まってる場所って、だいたい地獄も詰まってるんだよな」
「何その嫌な経験談」
「俺の生前は全部それ」
軽口で誤魔化しつつ、俺は校内へ足を踏み入れた。
入校のための身分は“外部協力スタッフ”。一応、書類上は「学園イベント運用支援」の肩書き。ストーリー課の偽装は毎回そこそこ雑だけど、世界側の整合が勝手に馴染むのが救いだ。
廊下の壁には、ポスターがずらっと貼られている。
アイドル科、舞台科、配信科。やたら細かい。芸能の分業が異世界並みに進んでる。
その中に――目的のユニット名があった。
【LUMiS/学園代表候補ユニット】
写真には四人。
……四人、いる。
だけど、文字の情報が妙だった。
ポスターの右下にあるはずのプロフィール欄。
そこに並ぶ名前は、三つしかない。
星宮ルイ
真白ことね
久遠ひより
――あと一人分の枠だけ、空白。
印刷ミスみたいに、そこだけ白い。
「……おい」
俺が呟くより早く、ミニルナが肩の上で身を乗り出した。
「うわ、やっぱり。三城さん、これ“薄化”きてます」
「まだ始まって二分だぞ」
「二分で分かるくらい分かりやすいの、逆にプロですよ!」
褒めるな。
俺はポスターから視線を切り、練習棟へ向かった。
廊下の向こうから、音が聞こえる。靴音、拍手、カウント、ピッチ調整。
そして、歌。
きれいな声だった。
澄んでるのに、薄いんじゃなくて――輪郭がある。
場の空気を一段だけ、整えるみたいな声。
「……今の、誰の声だ?」
「センター候補、ですよね~たぶん♪」
「たぶんじゃなく確信をくれ」
「ログが薄いので確信が出ません!」
うるさい。だが正しい。腹立つ。
扉の前に立つと、ガラス越しに練習室の中が見えた。
四人が踊っている。
前列に一人、歌いながら位置を調整して、全員の呼吸を揃える子がいる。
目立つタイプじゃない。派手な煽りもしない。
でも、そこにいないと“成立しない”動きをしていた。
――天羽詩乃。
俺は心の中で名前を呼ぶ。
呼んだ瞬間、なぜか喉の奥が冷えた。
扉をノックして入る。
「失礼します。外部協力の……」
言いかけたところで、練習が止まった。
汗を拭いながら、三人が俺を見る。
一人目、星宮ルイ。
短めの髪、鋭い目、気が強そうな顔。
体幹の塊みたいな立ち方をしてる。
「誰? 関係者?」
口調が早い。ツッコミも早いタイプだ。
二人目、真白ことね。
長い髪、表情は柔らかいのに目が商売人。スマホを手放してない。
「外部協力スタッフさん? え、撮影? 今日、許可出てたっけ」
三人目、久遠ひより。
背が高くて、無口そうで、首にヘッドホン。機材ケースの前にいる。
目だけで俺を見て、また機材に戻った。言葉より先に仕事をする人。
そして――四人目。
センター位置にいた子が、軽く頭を下げた。
動きが丁寧で、目線がまっすぐ。
派手に笑わないのに、安心感がある。
「……こんにちは。お疲れさまです」
声。さっき廊下で聞いた声だ。
やっぱり、彼女だ。
なのに。
ルイが俺に向けた視線を、ふっと横にずらした。
ことねも、なぜか“そこ”を見ない。
ひよりは、目だけ動かして、すぐ機材へ戻る。
――全員、彼女を見ているのに。
見ていないような振る舞いをしている。
俺は自分の表情が固まるのを、なんとか隠した。
「すみません。学園イベント運用支援で来ました。練習環境の確認と、当日の導線チェックの事前ヒアリングで――」
「あー、はいはい。導線ね」
ルイが先に理解して、腕を組んだ。
「じゃ、早めに見といて。こっちは時間ないから」
「それ、今言う?」
ことねがスマホから顔を上げる。
「てか、運用支援さんなら、ステージ側の規約とかも把握してる? 当日、配信カメラ位置で揉める可能性あるんだけど」
「規約は、こっちでも確認してます」
俺が答えると、ことねが「助かる」と軽く笑った。
……この子、SNS強者だ。言葉の置き方が上手い。
ルイが床のテープを指差す。
「センター位置、ここ。で、立ち位置は――」
彼女が説明を始めた瞬間。
センターの子が、控えめに手を挙げた。
「……あの。そこ、少しだけ前に――」
言い終わる前に、ルイが被せた。
「いや、前だと照明が強い。影が出る」
「でも、照明が強いところは――」
「影が出るって言ってんじゃん」
言い方がキツい。
けど、怒鳴ってるわけじゃない。焦りだ。時間がない焦り。
センターの子は、一瞬だけ口を閉じた。
それでも、言葉を引っ込めない。
「影が出るなら、顔の角度を少しだけ――」
「角度でどうにかなるの?」
ことねが口を挟む。
悪意はない。合理の顔をしてる。
その子は、笑った。
小さく、でもはっきり。
「なります。……“ここ”は、影が出る前提で、見せ方を作ったほうが、映えます」
その瞬間、練習室の空気が、すっと整った。
ルイの肩の力がほんの少し抜けて、ことねが「……え、待ってそれ良いかも」と呟く。
ひよりが機材ケースから小さなライトを取り出し、照射角をいじり始めた。
――今の一言で、全員が動いた。
なのに。
ミニルナが、俺の肩の上で固まった。
「……三城さん。今の、聞こえましたよね?」
「聞こえた。むしろ全員聞こえてた」
「ですよね。なのに――」
ミニルナの目が、HUDみたいに淡く光る。
俺の視界の端に、透明な表示が浮かんだ。
【音声ログ:検出】
【発話者識別:失敗】
【発言テキスト化:欠損】
【周辺反応ログ:正常】
「は?」
俺は内心で叫んだ。
発話は検出してる。
周辺反応は正常。みんな動いてる。
なのに、発話者が“識別できない”?
つまり、“誰が言ったか”がログに残らない。
そして当然――名前も残らない。
ルイが床テープを貼り替え始めながら、ぶっきらぼうに言った。
「……じゃ、そこ前提で動き直す。はい、もう一回通すよ」
ことねがスマホで撮影を始める。
「ちょっと待って、今の案、メモる。切り抜き用の短尺も撮っとこ」
ひよりが無言で頷き、クリック音を鳴らして機材の設定を変える。
センターの子が、短く息を吸った。
そして――歌い出す。
まただ。
声が、場を整える。
俺はその歌を聞きながら、胃の奥がじわじわ冷えるのを感じた。
「……詩乃の声は、ある」
俺は、口の中だけで言った。
ミニルナが小さく頷く。
「あるのに、“名札が剥がされてる”感じです。これ、嫌な薄化の仕方……」
「周りの会話に名前が出ない、じゃなくて――」
「出ても残らない、可能性あります。今のだって、みんな“あの子”とも言ってないのに、ログが空欄ですもん」
そう。
この世界、もっと手口が悪い。
存在自体を消すんじゃない。
“本人の言葉”だけ消していく。
結果、何が起きるか。
――彼女の功績が残らない。
――彼女の意志が残らない。
――彼女が“必要な人”だという証拠が残らない。
そして最後に、こう言われる。
「いなくても回るよね?」
俺は拳を軽く握った。
練習が一巡して、ルイが息を切らしながら俺を見る。
「で、運用支援さん。導線チェックとか言ってたけど、七耀ステージの当日、入りの時間ってもう確定してる?」
「確認します。控室、ステージ裏、配信導線――全部まとめて」
「助かる。ほんとに」
ルイはそう言って、ふっと視線をセンターの子に向けた。
向けたのに――言葉は、出ない。
「……」
言いかけて、やめる。
その間が、妙に長い。
ことねも同じだ。
センターの子を見て、笑って、でも名前を呼ばない。
ひよりに至っては、最初から一度も名前を口にしていない。
センターの子が、少しだけ困ったように笑う。
「……次、いけます。大丈夫です」
また“声”だけが残る。
ミニルナのHUDが、二度目の表示を吐いた。
【音声ログ:検出】
【発話者識別:失敗】
【発言テキスト化:欠損】
【欠損傾向:当該個体の発話に偏在】
「偏在って、はっきり書いてあるじゃん……」
俺が小声で言うと、ミニルナが泣きそうな顔で頷いた。
「はい……つまり、この子だけが“抜かれて”ます」
俺は練習室の床テープを見た。
センター位置に貼られた印。
そこだけ、ほんの少しだけ色が薄い気がした。
気のせいじゃない。
この世界は、こういう“ちょっとした薄さ”から人を消す。
俺は、センターの子――天羽詩乃を見た。
彼女は、前に出るのが苦手そうに見える。
でも、今さっき。全員の動きを変えた。
前に出るのが苦手なんじゃない。
前に出た“証拠”を、奪われてきたんだ。
「……よし」
俺は、呼吸を整えた。
今はまだ、戦わない。
まずは、拾う。
名前が残らないなら、別の形で残す。
声が抜かれるなら、声以外のログを厚くする。
この世界が“いなくても回る”と言い張る前に――
“いないと回らない”を、証拠で殴る。
ミニルナが、肩の上で小さく拳を握った。
「三城さん、第一目標:この子の“言葉”を、残す」
「その通り」
俺は、練習室の隅に置かれたホワイトボードへ視線を移した。
そこには今日の練習メニューが書かれている。
【LUMiS 練習メニュー】
・通し(カメラ想定)
・MC練
・歌割り調整
・振付微修正
MC練。歌割り調整。
――“言葉”が必要になる項目が、ちゃんとある。
なら、ここが入口だ。
俺は、センターの子に向けて、できるだけ自然に声をかけた。
「さっきの提案、良かったです。影前提の見せ方、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
彼女は一瞬驚いた顔をして、それから、ほっとしたように笑った。
「……はい。私でよければ」
その返事が、今度こそログに残るかどうかは分からない。
でも、残らなくても――俺が覚える。
覚えて、証拠に変える。
この世界の“センター候補”は、影になってる。
なら、影にライトを当てる仕事をしよう。
ストーリー課の現地担当として。
そして、元・応募総ボツのくせに、今はページをめくる側の人間として。




