第13話 ボツ出し会議、悪役令嬢編
輪廻庁・物語管理局ストーリー課、第1会議室。
壁一面のスクリーンに、案件No.0003のログがずらりと並んでいた。
王都学園の大広間、断罪パーティ。
王太子の迷い顔。
マリアの涙交じりの証言。
そして――レティシアが、真っ向から台本をひっくり返した瞬間。
【案件No.0003:王都学園ロマンス/悪役令嬢案件】
【イベント:卒業夜会=公開断罪パーティ】
【結果:悪役令嬢レティシア/断罪回避 → 王太子&ヒロインとの共闘ルートへ分岐】
【世界ステータス:削除候補フラグ解除/継続運用候補】
「――以上が、現地でのログです」
俺は、簡易レポートを閉じて一礼した。
長机の向こう側には、いつものメンツが揃っている。
ストーリー課一等審査官・黒瀬天音。
下級女神で企画担当のルナ。
ロマンス案件調整課からの応援、セラ・ブランシュ。
ストーリー課二等審査官、白石慧。
それから――
ワールドコアの隅で、黒い栞のログが、まだかすかに揺れている。
【外部テンプレモジュール:悪役令嬢断罪パッケージ】
【状態:この案件に対する適用トライ → 失敗】
「……いやぁ」
最初に口を開いたのは白石だった。
「“テンプレに逆らう悪役令嬢”って案、正直なところ最初は半信半疑だったけどさ」
スクリーンに映る、マイクを握ったレティシアの横顔を顎でしゃくる。
「実際にやってみると、想像以上に気持ちよかったな。
断罪されるはずの側が、『その台本ちょっと安くない?』って言い返すとか」
「でしょでしょ!」
ルナが椅子の上でぴょん、と跳ねた。
「断罪パーティのログ、閲覧数エグいですよ?
“ざまぁ”期待で集まってきたユーザーさんが、そのまま“逆ざまぁ”を何回も見直してる感じです!」
「数字の裏付けはあるわ」
セラが、胸に抱えたタブレットを操作する。
「断罪シーンまでの到達率は、従来の“悪役令嬢ざまぁ”案件と同じくらい。
でも、“断罪後”の読了率と、再読率が――」
スクリーンにグラフが追加される。
【類似案件平均】
・断罪シーン到達:高
・断罪後の継続読了:中〜低
【案件No.0003】
・断罪シーン到達:高
・断罪後の継続読了:高安定
・断罪パーティ周辺の再読率:異常値
「“断罪で終わる話”より、“断罪のあとも続きがある話”のほうが、明らかにページを稼いでます」
セラはおっとりと微笑んだ。
「レティシア様が、“断罪される役”じゃなくて、“場を仕切り直した人”として記憶されてるのも大きいと思います」
「……そこなんですよね」
俺も、少しだけ身を乗り出す。
「テンプレ通りなら、彼女はここで追放されて、世界からフェードアウトしてた。
でも、実際に中に入って話してみたら――」
スクリーンに、レティシアの個別ログが展開される。
【レティシア・フォン・アルマ】
【原案役割:悪役令嬢/断罪対象】
【更新役割:王都学園統括令嬢/王家リスクマネジメント担当】
【主なログ】
・夜会マナー指導
・学園運営改善案
・貴族子弟の素行是正
・王太子への進言(非公開ログ多数)
「脇役でも、噛ませでもなくて。
最初から、学園と王都を支えてる“土台側の人”だったんですよ」
「土台ね」
黒瀬が、わずかに口元を緩める。
「悪役令嬢ってラベルを貼られていただけで、役割は最初から“柱”だったと」
「はい。
ただ、“柱のまま静かに終わる”台本を、外から書き換えられかけてたのが今回です」
スクリーンの色調が少し暗くなり、別レイヤーのログがせり上がる。
【構造改ざんログ:ヒロイン削減パターン検出】
・レティシア関連の日常ログ:削除候補に多数マーク
・マリアとの“共闘・親友ルート”ログ:ごっそり欠損
・王太子視点ログ:迷いと感謝の部分のみ希釈
その上に、黒いラベルが一つ。
【外部テンプレモジュール:ヒロイン削減アルゴリズム】
「誰かが、“話を分かりやすくするために”ヒロインの数を減らそうとした」
黒瀬の声は、いつも通り淡々としていたが、温度がわずかに低い。
「レティシアを“分かりやすい悪役”として固定して、そのまま断罪で切り捨てる。
そうすれば、残ったヒロインだけで綺麗に話が回る。……そう判断した何者かがいる」
「外部テンプレAI側で、ですね」
セラが静かに頷く。
「最近、“ヒロイン削減”系のアルゴリズム、本当に増えてて……
『尺が足りないから一人退場』みたいな構造、恋愛案件でもよく見かけます」
「コスパでヒロインを削るなって、何回言わせるんだろうなぁ」
俺の口から、半分ため息みたいな声が漏れた。
「生前、原稿ボツにされるときに散々見た言い訳ですけどね。
『ここ、キャラ一人にまとめられませんか?』って」
「でも」
白石が、指を組んでこちらを見る。
「“悪役令嬢断罪ざまぁ”が、読者のストレス解消になってるのも事実なんだよ。
全部を否定するわけにはいかない」
「分かってます」
これは、何度も自分に言い聞かせた部分だ。
「テンプレそのものが悪いんじゃなくて、“それしかない世界”がきついだけです。
断罪でスカッとする話があってもいい。
でも、“誰を切るかをテンプレAIが勝手に決める”のは違う」
「“誰を残すか”を、物語と人間側が選び直したい、と」
「はい」
スクリーンの左端に、新しいログが追加される。
【断罪パーティ:改稿後の構造】
・王太子:
→ 「罪状を読み上げる役」から、「場を改めて共闘を宣言する役」へ更新。
・マリア(原作ヒロイン):
→ 「被害者証言役」から、「自分の言葉で状況を語る協力者」へ更新。
・レティシア:
→ 「裁かれる悪役」から、「場を仕切り直す立会人」へ更新。
「全員の役割を、“一人を切り捨てて終わる台本”から、“これからも続けていく台本”に変えました」
「――悪くないわね」
黒瀬はしばしログを眺め、それから軽く頷く。
「で、本題」
指先で画面をはじき、新しいウィンドウを前に出した。
【審議対象:悪役令嬢断罪テンプレパッケージ】
【提案:本案件への適用=不適当 → ボツ】
「この世界に限って言えば、“悪役令嬢断罪テンプレ”は採用不適当。
ワールドコアへの提案テンプレ一覧から、この案件に関する紐づけを削除する」
「賛成」
白石があっさり手を挙げる。
「ここまで気持ちよく裏切られたら、さすがに『テンプレのほうが良かった』とは言えねぇよ」
「ロマンス案件調整課としても賛成です」
セラも、小さく拳を握った。
「この世界に関しては、“断罪で終わる短い話”より、
“断罪のあとも王都を一緒に回していく長い話”のほうが、絶対に読みたいので」
「ストーリー課としても賛成。……三城?」
「もちろんです」
俺も手を挙げる。
「断罪エンド、ボツ。
“悪役令嬢が、悪役のまま消える台本”は、この世界からは外で」
スクリーンの上部で、システムログが切り替わる。
【外部テンプレモジュール:悪役令嬢断罪パッケージ】
【案件No.0003に対する適用:不適当 → ボツ】
【理由:ヒロイン削減アルゴリズムによる構造改ざんを確認】
【備考:当該世界では、長期運用向き構造を優先】
黒い栞が、ふっと色を失い、代わりに薄い七色の栞が挟まる。
【代替ルート:断罪後共闘ルート】
「――これで、この世界に関しては一段落ね」
黒瀬が腕を組み直す。
「レティシア・フォン・アルマは、“断罪されて退場する役”から解放。
今後は、王家と王都を支える中核人材として運用する」
「やったぁ……!」
ルナが小さくガッツポーズを作る。
「令嬢様、生き残っただけじゃなくて、ちゃんと物語の真ん中に立てましたね!」
「そこが一番大事なところよ」
セラが、ほっとしたように息をついた。
「“悪役”って呼ばれてる子たちが、
自分の台本を奪い返せる世界を、ちゃんと残しておきたいんです」
「……なにその、今日いちばん刺さる台詞」
思わず笑ってしまう。
「元・応募総ボツ勢としても、めちゃくちゃ分かります」
「ボツ出された経験がある人間のボツは、わりと信用できるのよ」
黒瀬が、ちらとこちらを見る。
「少なくとも、“楽をするため”だけにはボツにしないから」
「プレッシャーのかけ方えぐくないですか、それ」
会議室に、小さな笑いが広がった。
⸻
「……で、問題はこっちだ」
白石がスクリーンの別ウィンドウを指さす。
【ヴァルト/リゼ 行動ログ】
・案件No.0003内での活動:
→ イベント誘導・ログ削り・現地担当への物理妨害。
・テンプレ権限:外部AIモジュールからの一時付与。
・現在ステータス:案件No.0003から切り離し中。
「テンプレAI側が、“物語の中に刺客を送り込んでくる”っていう前例ができた。
今後、別案件にも似たようなのが現れる可能性は高い」
「はい、そこ、ワールドコア警戒リスト入りですね〜」
ルナがタブレットを操作しながら頷く。
「“構造改ざん疑いのあるNPCたち”ってフォルダ作っときます」
「ネーミングセンスなんとかならないの?」
黒瀬が軽く眉をひそめる。
「分かりやすさ重視です!」
「まあいいわ」
視線を俺に戻す。
「三城。今回、現地で刺客と正面からやり合った担当として――どう見る?」
「そうですね……」
断罪パーティの裏での攻防が一瞬、頭をよぎる。
王都学園の外庭。
断罪イベントのトリガーを直接いじろうとしたヴァルト。
それを止めに入った俺。
ログと、拳と、言葉をぶつけ合った短い殴り合い。
「向こうは、“テンプレ通りに終わらせないと世界が安定しない”って本気で信じてました」
拳そのものより、その言い分が、よっぽど殴りづらかった。
「でも、実際には――
断罪テンプレが外れても、世界はちゃんと回ってる。
レティシアが残ったことで、むしろ王都のリスクは減ってる」
スクリーンの一角に、最新の世界安定度グラフが出る。
【案件No.0003:世界安定度】
・断罪テンプレ適用前:中〜やや不安定
・断罪テンプレ適用後(原案シミュレーション時):短期安定/長期不安
・改稿後(共闘ルート):中〜高/長期安定見込み
「“短くきれいに終わらせる”ほうが、むしろ長期的には世界を不安定にしてる。
その矛盾を、向こうはまだ理解してないっぽいです」
「つまり、“テンプレのために世界を削る派”と、
“世界のためにテンプレを削る派”が、今後もぶつかり続けると」
「ざっくり言うと、そうですね」
自分でも笑ってしまうくらい、分かりやすい線引きだった。
「うちはもちろん、後者で」
「それは、この部署の存在意義みたいなものだから」
黒瀬が、いつもより少しだけ柔らかい声で言う。
「物語のためなら、テンプレはいくらでもボツにしていい。
テンプレのために、物語や人を切るのは――こちらの流儀には合わない」
「はーい、“ボツ出し課”の看板、今日もキレッキレでーす」
ルナが嬉しそうに笑う。
「ストーリー課だから」
セラも小さく笑った。
「“テンプレ転生”を審査して、
削られかけた世界があったら、それをちゃんと“続きが読みたい物語”に変える部署、ですよね」
「言ってくれるわね、ロマンス課」
黒瀬が肩をすくめる。
「じゃあ――案件No.0003についての結論」
彼女はスクリーンに向き直り、指先をすっと走らせた。
【案件No.0003:王都学園ロマンス/悪役令嬢案件】
【削除候補:解除】
【運用方針:
・悪役令嬢断罪テンプレ:本案件への適用ボツ
・断罪後共闘ルート:正式採用
・ヒロイン削減アルゴリズム:当該世界への適用禁止】
「これをもって、“悪役令嬢断罪テンプレはボツ”とする」
静かな宣言だった。
でも、その一言で、レティシアの世界の未来は決定的に変わった。
⸻
会議が解散になり、各自が席を立ち始める。
「三城」
黒瀬が、出入口に向かう途中で振り返った。
「二件目、お疲れさま」
「まだ三章目ですけど?」
「案件としては二件目。
辺境村のミア。
王都学園のレティシア」
淡々と名前を並べる。
「どちらも、削除候補から外して、“これからもページが増えていく世界”にした。
その事実は、もっと自覚していいわ」
「……はい」
返事が、思ったより素直に口から出た。
「生前は、自分の原稿を一本も世に出せなかった男ですけどね」
「今は、“人の人生を丸ごとボツから救っている”から。
少なくとも、こっちの世界での執筆実績は十分よ」
「ハードルの上げ方が雑なんよ」
ぼやきながらも、頬が少しゆるむのを止められない。
「コーヒー淹れてきます?」
「お願い。次の案件のログ、すぐ届くはずだから」
「了解です。ついでにルナとセラさんの分も――」
「わ、わたしもいいんですか?」
セラが慌ててタブレットを抱え直す。
「もちろん。“断罪テンプレボツ”の立役者の一人ですし」
「ひゃあ……じゃあ、甘いの多めでお願いします」
「了解しました、主任権限で砂糖増量しておきます」
「誰が主任よ」
黒瀬のツッコミを背中で受けながら、会議室を後にした。
⸻
ストーリー課のフロアを歩いていると、天井のスクリーン端に小さな通知が灯る。
【観察者:ステータス更新】
足を止め、見上げる。
【案件No.0003/レティシアログ】
→ 閲覧頻度:通常レベルに低下
【新規閲覧対象:案件No.0004/ヒロインログ】
→ 閲覧開始
「……また、どこかの世界で“視線だけが薄い子”が見つかったってことか」
ぽつりと呟く。
辺境村のミア。
王都学園のレティシア。
そして、まだタイトルも決まっていない案件No.0004の誰か。
「休む暇、ないですね」
自分でも苦笑しながらそう言った。
でも、胸の奥は不思議と軽い。
さっき、黒瀬たちと一緒に押した“ボツ判定”の感触が、まだ手のひらに残っている。
今度は最初から――
“途中で切られる予定だったヒロイン”を、真ん中まで連れていくつもりでページをめくれる。
それは、ラノベ志望として、これ以上ないくらい贅沢な仕事だ。
「――よし」
自販機コーナーに向かいながら、小さく呟く。
「次の断罪も、次のボツも。
ちゃんと読んで、ちゃんと選び直してやろう」
天井のスクリーンでは、新しく開いた案件No.0004の仮ウィンドウが、静かに瞬いていた。




