第14話 その後の悪役令嬢と、次の案件へ
断罪パーティから、そう日も経っていないある日。
ストーリー課のフロアで、俺はワールドコアの立体モニターに肘をついていた。
中央に浮かぶのは案件No.0003──「転生悪役令嬢オトメゲーム世界」。
かつてヒロイン欄のひとつだけ真っ黒に塗りつぶされかけていた名前は、今は七色の光に縁取られている。
レティシア・フォン・アルマ。
「……よし。続きを見せてもらおうか、悪役令嬢」
俺の肩の上で、ミニルナがぴょこんと跳ねた。
「はーい、それでは断罪パーティ“アフター”の日常ログ、再生いきまーす♪」
空中に浮かぶタイムラインの黒い栞は消え、その位置には薄い七色の栞。
指先でそこをタップすると、光が弾けて、世界は王立学園の大広間へとつながった。
今度は、断罪ではなく──ただの、ちょっと騒がしい放課後の風景として。
◇
「レティシア、もう少しこちらを――そう、その角度だ。光が綺麗に入る」
「殿下、これは舞踏会の訓練ではなく“慈善バザーの準備”ですわ。
台本に“悪役令嬢の華麗な立ち振る舞い”って書いてあったりしませんこと?」
大広間の中央では、レティシアとリオネル王太子が並んで立っていた。
とはいえ、豪奢なドレスも断罪宣告書もない。代わりにあるのは、山積みの木箱と、バザーの出品物リストと、生徒会からの依頼書だ。
その少し後ろ──真新しいテーブルの配置図を抱えて右往左往するマリアの姿がある。
「えっと……このあたりに平民街向けの品を多めに置いて、こっち側は貴族街からのお客様向け……。
あの、レティシア様、こちらの列って──」
「“レティシアでいいわ”って言いましたわよね? まったく、公式ヒロインというのはどうしてこう、距離を取りたがるのかしら」
レティシアは小さくため息をつき、しかし口元は緩んでいた。
「マリア、その列はこうね。高価な魔道具ばかりを並べると庶民の方が引いてしまうわ。
貴族側のテーブルと、価格帯がほどほどの品を混ぜて……そう、境目を曖昧にしてしまうの」
「境目を、曖昧に……?」
「“自分は場違いかも”と思わせないことが大事よ。
物語と同じで、“ここにいてもいい”って思える場所がなきゃ、人は最後まで読んでくれませんもの」
マリアはきょとんとした顔をしてから、ふっと笑った。
「……やっぱり、あなた変わってます。
悪役令嬢なのに、そういうふうに考える人、私は初めて見ました」
「悪役令嬢をどんなテンプレで覚えてらっしゃるのか、大変興味がありますわね。あとでゆっくり聞き取り調査を」
軽口を交わす二人の横から、サブ令嬢のシャーロットが割り込んできた。
「レティシア様、あのバカ貴族どもが“平民向けのコーナーと自分たちのコーナーをきっちり分けるべきだ”とか言い出しましたわよ。しばきます?」
「しばかないで。話し合いでなんとかするから。いったい誰の教育の結果なの、あなたのその物騒な発想」
レティシアはくすっと笑いながら、ドレスの裾を持ち上げて歩き出す。
視線の先、数人の貴族男子がマリア側のテーブルを見て、露骨に眉をひそめていた。
「平民用の品と一緒に並べられるなど、我々の家の品格が──」
「まあ、ご心配には及びませんわ。
“平民用”というラベルは、最初からどこにも貼っておりませんもの」
レティシアはにっこりと微笑みながら、リストをひらりと見せる。
「ここに記載されているのは、“王立学園チャリティバザー 協賛品一覧”。
出品なさる皆さまは“協力者”であって、身分で区切る必要はございません」
「し、しかし……!」
「殿下?」
合図も兼ねた小さな視線だけで、リオネルが一歩前に出る。
その眼差しは、断罪パーティで“鈍感王子ロール”から外れたときと同じ──自分の意志で物語を選ぶ側のものだ。
「このバザーは、“王国全体のための催し”だ。
ならば、貴族も平民も関係なく、同じ場所で笑って帰れる場にすべきだろう。
──レティシアの提案に、王太子として賛同する」
貴族たちは顔を見合わせ、やがて不承不承といった様子で頷いた。
その様子を、少し離れたところからマリアが見つめている。
かつては“自分が正ヒロイン/レティシアが悪”という二元論に縛られていた瞳。
今そこにあるのは、もっとややこしい、でもちゃんと自分で選んだ色だ。
「……やっぱり、全部が全部、あなたのせいじゃなかったんですね」
マリアがぽつりと呟く。
「え?」
「いえ、なんでもありません。
それより、もっとたくさんの人に来てもらえるように、ポスターの文言考えないといけません。“断罪パーティ”よりも、ずっと楽しいやつを」
マリアはそう言って、テーブルの上の紙にペンを走らせ始めた。
“断罪”ではなく、“招待状”。
罪人を晒す大広間ではなく、誰もが足を踏み入れていい場所としての大広間。
──黒い栞で終わるはずだったページは、いまや七色のインクで塗り直されている。
俺はモニター越しにその光景を眺めながら、肩の上のミニルナに小声で呟いた。
「……うん。断罪テンプレより、だいぶ読みたい日常だな、これ」
「ですね〜。
はい、“断罪されるだけだった悪役令嬢、普通にバザーの企画運営やってるログ”保存完了っと♪」
◇
場面が切り替わる。
次に映ったのは、アルマ公爵家の一室──レティシアの私室だ。
夜。バザーの準備で散らかった机の隅に、分厚い日記帳が開かれている。
ペンを握るレティシアは、ゆっくりと言葉を選んでいた。
『公開断罪イベントは、台本通りには進まなかった。
……正直に言えば、途中までは怖くてたまらなかった。
けれど、殿下も、マリアも、あの子たちも、“決められた役”から外れることを選んでくれた』
一度ペンを止め、彼女は窓の外を見やる。
夜の庭園に、淡い光が浮かんでいた。
黒い栞ではない。七色にきらめく、小さなしおりのような光が、ワールドコアの向こうでページを挟んでいる。
レティシアは小さく息を吐き、最後の一文を書き加える。
『──わたしの物語は、ここで終わりじゃない。
悪役令嬢として断罪されるためだけに転生したわけでもない。
たぶんこれからも、台本を勝手に書き換え続けるのだと思う』
書き終えた瞬間、ページの上に淡い光の粒が降りた。
ミニルナが俺の肩の上で、きゃーっと小さい声を上げる。
「出ました、“生きたい理由+続き読みたいフラグ”の複合ログです〜!」
ワールドコアの表示が切り替わる。
【案件No.0003 ステータス更新】
【削除候補:解除】
【運用ステータス:通常世界】
【テンプレ適用状況:
悪役令嬢断罪テンプレ/ヒロイン削減テンプレ:この世界から削除】
「……これにて、悪役令嬢削除コースは正式にボツ、ってわけだ」
思わず、口元が緩む。
ミアの村でも、この学園でも。
“死んで盛り上げる”とか“断罪してスカッとする”とか、そんな安いテンプレを全部ボツにして、ちゃんと“生きて続いていく話”に持っていった。
そして今度は、“断罪されるだけだった悪役令嬢”を、世界の真ん中まで連れてきた。
ストーリー課のフロアに、足音が近づいてくる。
「三城」
振り向けば、黒瀬さんがファイル片手に立っていた。
「案件No.0003、最終審査ログ確認が終わったわ。
──また一人、“断罪されるだけだった令嬢”を、世界の真ん中まで連れてきたわね」
「……まあ、台本通りに燃やされるには、もったいなさすぎましたから」
俺は肩をすくめて見せる。
「悪役令嬢断罪テンプレと、ヒロイン削減テンプレ。
どっちも、“今の読者”にはもう重さより先に“見覚えしかない”構造でしたし」
「その評価、審査結果にも反映しておいたわ」
黒瀬さんは、ワールドコアに視線を向けた。
【テンプレ運用ログ更新】
【悪役令嬢断罪テンプレ:この世界での標準運用から除外】
【ヒロイン削減テンプレ:同上】
「テンプレは、ある程度の時代までは役に立った。
けれど、“誰かを燃やせば盛り上がる”って発想に甘えてる間は、その先の物語は育たない。
──それを証拠付きで見せてくれたのが、この案件よ」
「証拠って……ミアと、レティシアのログ、ですか」
「ええ。あなたが“続きが読みたい”と言ってくれた世界の証拠」
さらっと言ってから、黒瀬さんは手帳を閉じた。
「観察者のログも、確認しておきなさい。
相変わらず“ヒロインのログばかり見ている”偏った視線ではあるけれど……少なくともこの世界では、破壊意図は見えなかったわ」
観察者モジュールのアクセス履歴が表示される。
【観察者:案件No.0003
断罪パーティ〜バザー準備ログを複数回閲覧】
【行動分類:閲覧のみ/改ざんなし】
「……ただ見てるだけ、か」
「好奇心か、執着か、趣味の悪い読者か。
本性を決めつけるのは、もう少し材料を集めてからにしましょう」
黒瀬さんはそう言って踵を返す。
「とりあえず、今回の“断罪テンプレ”は正式にボツ。
次は──」
「次の案件、ですよね」
俺はモニターの端に点滅している新着アラートに視線を向けた。
案件一覧の一番下が、ひとつだけ赤く点灯している。
【案件No.0004】
【タイトル:未定】
【概要:テンプレ転生世界】
【異常:ヒロイン候補のログのみ異常に薄い/削除候補マーク】
【観察者:ログ閲覧開始】
「……また、“誰か一人だけログが薄い世界”か」
「そう。
テンプレ転生は、まだ山ほどあるもの」
いつの間にか戻ってきていたルナ本体が、書類の山の陰からひょっこり顔を出した。
「ねえねえ三城くん、今度はどんなジャンルだと思います?
和風妖怪退治? 学園ラブコメ? 異世界アイドルオーディション? タイトル当てクイズします?」
「そこまで決まってない案件にタイトル当ては無茶振りでしょ……」
苦笑しながらも、胸の奥が少しだけ高鳴る。
ミアの村も。
エイルの学園も。
レティシアの学園も。
どれも「テンプレ的にはこう終わる」が最初から決められていて、ヒロインや悪役令嬢はそのための踏み台でしかなかった。
でも、ログを見て、話を聞いて、ページをめくっていけば分かる。
──誰だって、本当は主役張れるくらいの物語を抱えているって。
俺は新しい案件のアラートに手を伸ばし、タップした。
案件No.0004のワールドコア図が、まだ色の薄い骨組みとして広がる。
「テンプレ転生は、まだ山ほどある。
そのたびに、誰かの物語から“主役候補”が押し出されそうになっている」
思わず、口に出していた。
「──だったら、そのたびにボツを出して、書き換えてやればいい」
生前、ボツを食らう側だった落選作家が。
今は“ボツを出す側”として、古くなったテンプレを一つひとつ切っていく。
その結果、世界の片隅で、今日も誰かの物語が「ここで終わりじゃない」と続いていく。
「さ、次の“いなくてもいい子”を、物語の真ん中まで迎えに行きましょうか」
俺がそう言うと、ルナとミニルナが同時にぱあっと笑った。
「はいっ! ボツテンプレは、全部ボツにしましょう!」
「ボツボツボツ〜! ……あ、今のは語感だけで言いました!」
ストーリー課のフロアに、少しうるさい笑い声が響く。
その頭の上──ワールドコアの上層で、観察者モジュールの視線が、静かに次の案件へと移動していくのを、俺はまだ知らない。
けれど、きっと大丈夫だ。
どんなテンプレが来ても、そのたびにボツを突きつけて、書き換えてやる。
そう決めたのだから。
―― 第3章 完




