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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第11話 断罪パーティ前夜

 世界が、静かに「明日」で切り分けられていた。


 窓の外、王都学園の中庭には、すでに断罪パーティ用の飾りつけが進んでいる。

 白い布がかけられたアーチ。夜会用に磨き上げられた石畳。

 明日のこの時間には、そこをドレスとタキシードがぞろぞろ歩き回り、音楽と笑い声とざわめきが満ちるはずだ。


【イベントタイマー:

 王都学園卒業記念舞踏会 兼 公開断罪式まで 1/1】


 ――その真ん中で、自分は「断罪される予定」だ。


「……笑えないにもほどがあるわよね」


 レティシア・フォン・アルマは、窓辺に肘をつきながら、夜の空気を吸い込んだ。

 淡い紺色のドレスに着替えたばかり。明日の本番用ではない、試着と動きやすさ確認を兼ねた「予行演習ドレス」だ。


 鏡の中の自分は、完璧に「悪役令嬢」だった。

 金の髪をゆるく巻き、宝石を散らしたティアラを乗せ、目元には少しだけ強めの化粧。

 ただ一点――瞳の奥にこびりついた「メタ視点」だけが、テンプレから外れている。


(明日のイベント名:『公開断罪パーティ』。

 プレイヤー視点だと最大級の盛り上がりポイント。

 でも当事者視点から見ると、ただの集団リンチなんだよなぁ)


 前世、日本。

 乙女ゲームの悪役令嬢ルートを、夜通し追いかけていたあの頃。

 画面の向こうで断罪される令嬢を見て、「うわ~きたきた」「はいざまぁ」なんて笑っていた自分を、今はちょっとぶん殴りたい気分だ。


 温室の裏庭で、テンプレ側の“番犬コンビ”――ヴァルトとリゼ――を前に言い放った言葉が、頭をよぎる。

 私の人生は、誰かの安い娯楽のための踏み台じゃない。


 あの時、確かにそう思った。

 そして今日の昼、あの書記官はそれを「ちゃんとログにしろ」と言ってきた。


「レティシアお嬢様」


 ノックと同時に、扉の向こうから執事の声がした。


「先生がお見えです。王都記録局から派遣の――」


「――ミシロ先生ね。どうぞ通して」


 ドアが静かに開き、黒いジャケット姿の男が入ってくる。

 王都記録局から派遣された臨時書記官――という建前の、輪廻庁ストーリー課所属・三城晶也。


「お邪魔します、お嬢様」


「その呼び方、まだ慣れないのよね」


 レティシアは小さく笑い、窓辺から離れてソファに腰を下ろした。

 三城も向かいに座る。肩のあたりから、ふわっと小さな光が飛び出した。


「ミニルナもいますよ〜。こんばんはです、お嬢様」


「こんばんは、ミニルナ」


 マスコット姿の小さな妖精――ワールドコアUI、ミニルナ。

 温室の夜戦も、今日の“聞き取り”も、ずっと側にいた存在は、すっかり日常の景色の一部になりつつある。


「で、今日は“卒業前夜の宿題”とやらを提出しに来ました」


 三城が、少しだけ真面目な声でそう切り出した。


「宿題?」


「昼間、学園の空き教室で言っただろ。

 “生きたい理由、ちゃんとログにして残しとけ”って」


 レティシアは、机の上に置いてあった一冊のノートに視線を落とした。

 生成りの表紙に、金色で一行だけタイトルが刻まれている。


 ――『レティシアの、明日以降の予定』。


「……タイトル、ギリギリですね」


「中身はわりと真面目ですよ?」


 レティシアはノートを開き、ぱらぱらとページをめくる。

 そこには、前世なら絶対に人に見せたくないような、こっぱずかしい言葉が並んでいた。


『妹ソフィアの進路を、最後まで見届けたい』

『この世界の冬限定スープを、あと五回は飲みたい』

『城下町の本屋で、棚ごと買い占めたいシリーズがある』

『マリア・ローゼと、ちゃんと話をしたことがない。

 いつか一度くらい、ゲームの外の話をしてみたい』


 大事なことも、くだらないことも、ごちゃまぜに。


「……あらためて見ると、本当に雑ね、私」


「いいノートですよ」


 三城が、まっすぐな声で言った。


「こういうのが、削除テンプレと直接ぶつかるんです。

 “この子を消しても構わない”っていう構造に、一個一個、逆らっていく」


「構造に、逆らう」


 レティシアは、ノートの最後のページをそっと撫でた。

 そこにはまだ、何も書かれていない。


「……前世のゲームだと、ここでエンディングなんですよね」


 ぽつりと言葉がこぼれる。


「断罪されて、悪役令嬢は綺麗に散って、

 ヒロインと王子がくっついて、“おしまい”。

 スタッフロール。タイトル画面に戻る。それでいい、っていう前提で作られてる」


「でも?」


「でも、私は――」


 レティシアは、顔を上げた。


「自分の人生が、誰かの“エンディング演出”のためだけにあるなんて、

 微塵も納得していません」


 温室で、ヴァルトたちに向けて口にした言葉が、自然と続く。


「ヒロインが幸せになるのは大歓迎です。

 でも、そのために私が燃やされる台本は――ボツです」


 ミニルナのHUDの端で、小さなログがぴこんと光った。


【レティシア:生存意志ログ 強度UP】


「……いいですね〜このログ。

 “綺麗に散る覚悟”とかじゃなくて、“生きる方向に全振り”なの、超好きです」


「だって、“綺麗に散る”って、読む側には気持ちいいかもしれないけど」


 レティシアは肩をすくめる。


「散らされる側としては、理不尽の塊ですもの」


 三城は、そんな彼女を見つめながら、ゆっくりと言葉を選んだ。


「レティシアさん」


「はい」


「明日、何が起きるかは、正直、全部は読めません」


「ですよね」


「ただ一つだけ、はっきり言えるのは――」


 彼は、ノートの表紙を指先で軽く叩いた。


「このページの先を、俺は読みたい。

 ストーリー課の連中も、おそらくそう思ってる。

 “ここで終わってほしくない”って、ちゃんと願ってる人たちがいる」


「……物語の外側に?」


「ええ。

 テンプレの番犬みたいな連中もいるけど、

 それに抗おうとしてる側も、ちゃんといる」


 レティシアは、ほんの少しだけ目を見開いた。


 温室での戦い。

 ワールドコアのどこかで、自分の“善行ログ”を守ろうとしてくれていた誰か。

 今日、第二次審査とやらで、「断罪テンプレはボツ候補に格上げされた」とさりげなく知らせてくれた三城。


「じゃあ――」


「あなたは、明日、自分の台本を握っててください」


 三城は、笑った。


「“断罪される悪役令嬢”としてじゃなくて、

 “明日以降も続く物語の登場人物”として」


 胸の奥で、何かがかちりと噛み合う音がした気がした。


 レティシアは、ノートの最後のページにペンを走らせる。


『明日、ちゃんと生きてパーティを終える』


 たった一行。

 でも、その一行が、ワールドコアの深い層でまぶしいほどに光った。


【生存ルート候補:強度UP】

【ヒロイン削減テンプレ:抵抗値 上昇】


     ◇


「で、こちらは外科手術中ってわけです」


 同じ頃、輪廻庁・ストーリー課フロア。

 さきほど第二次審査を終えたばかりの巨大スクリーンには、王都学園のタイムラインが拡大表示され、いくつもの色付きの栞が挟まれていた。


「サブ令嬢A・シャーロット、

 “レティシアに救われた夜会トラブル”ログ、強調タグ付け完了です〜」


 ルナが、栞をちょこちょこ動かしながら報告する。


「ベル嬢の“風見鶏ムーブ”も、最後の瞬間に揺れるフラグを残しておきました。

 これで証言、完全に一枚岩にはならないはずです」


「王太子側の調整も終わったわ」


 セラが、早口でタブレットを操作しながら続ける。


「冷静なリオネル殿下のログを、

 “レティシアへの疑念”と“王国の安定のための判断”の二つに分解。

 明日、どっちにも振れるようにしておきました」


「要するに、“断罪台本を一人で完走できない状態”にしておけばいい」


 黒瀬が腕を組み、スクリーンを見上げる。


「王太子、ヒロイン、取り巻き令嬢。

 誰か一人でもテンプレを裏切れば、“予定通りの断罪劇”は成立しない」


「こっちは“ひっくり返す余地”をひたすら増やし中って感じですね〜」


 ルナが満足げに頷く。


「テンプレAI側は?」


 黒瀬の問いに、セラが画面を切り替えた。


【刺客1:ヴァルト】

【刺客2:リゼ】

【ステータス:断罪パーティ準備中】


「むこうも、全力で“締めに来る”気ですよ。

 さっきから、マリア・ローゼ側のイベント条件を細かく調整してます」


「……いいわ」


 黒瀬の瞳が、すっと細くなる。


「明日は、“テンプレの番犬”と“ボツ出し側”の正面衝突。

 きれいな断罪劇か、書き換えられたクライマックスか」


「勝ちましょうね、先輩」


 セラの声には、珍しく闘志がにじんでいた。


「ここで負けたら、悪役令嬢ジャンル、

 また“便利な踏み台”に逆戻りです」


「そうね」


 黒瀬は小さく笑った。


「三城が現地でどこまで“抗えるか”。

 私たちは、そのための布石を全部打っておきましょう」


     ◇


 夜の学園、人気のない石畳の回廊。

 月明かりだけが、白く床を照らしている。


「明日で終わらせる。

 余計な枝は、ここで全部、切り落とす」


 ヴァルトは、手に持った薄いプレートを見つめながら呟いた。

 そこには、レティシアの名前だけが、濃く塗りつぶされている。


「非効率なルートを削るのが、我々の役目だ」


「でも、あの子、けっこう頑張ってますよ?」


 柱の影から、リゼがひょいと顔を出す。

侍女服の裾をつまみ、くすりと笑った。


「悪役令嬢のくせに、“生きたい理由”をこんなに持っているなんて。

 見てるぶんには、ちょっと楽しいくらいです」


「感情で評価を変える必要はない」


 ヴァルトは、淡々と言葉を返した。


「上位レイヤーが選んだ方針に従うだけだ。

 ――断罪イベントをクライマックスとして終わらせる」


「了解しました、番犬さん」


 リゼは、わざとらしく肩をすくめて見せる。


「じゃあ私は、“ヒロインの誤解イベント”をもう少し厚めに仕込んでおきますね。

 明日、誰も台本から外れないように」


 二人の影が、夜の回廊に溶けていく。


     ◇


 再び、レティシアの部屋。


 三城が帰ったあと、レティシアは一人でノートを抱え、ベッドに腰を下ろした。

 窓の外に広がる夜の空は、明日と同じ色をしている。


「……怖くないと言えば、嘘になるけど」


 ぽつりと呟き、胸の前でノートをきゅっと握る。


「でも、“どうせ終わるから”って黙って立ってるだけの悪役は、

 私の好みじゃないもの」


 彼女は立ち上がり、姿見の前に向き直った。


「レティシア・フォン・アルマ。

 明日、あなたは――」


 鏡の中の悪役令嬢に、にやりと笑いかける。


「自分の断罪シナリオを、叩き返しに行くのよ」


 その瞬間。


 ワールドコアの深層で、一本の黒い栞がびくりと揺れた。

 “断罪パーティ”と書かれた黒い印のすぐ隣に、

 淡い七色の栞が、そっと挟まれる。


【黒い栞:断罪テンプレ】

【七色の栞:改稿ルート候補】


 二つの栞が、明日のページでぴたりと重なり合う。


 ――どちらが本物のクライマックスになるのか。


 その答えは、まだ誰も知らない。

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