第10話 ボツ出し会議・第二次審査
――輪廻庁・物語管理局ストーリー課、第1会議室。
長机の上に、案件No.0003のログファイルがずらりと並んでいた。
ホログラムのフォルダアイコンが、ずっしりとした存在感で俺を見下ろしている。
(……うん。見事に、レティシア関連ログだらけだな)
ここ数日で、悪役令嬢は“生きたい理由リスト”を書き始めた。
弟の未来。
執事の小言。
好きな紅茶。
気に入っているドレス。
前世も今世も含めた「推し作品」まで。
その全部を、俺とミニルナがワールドコア側でタグ付けして保存した結果――。
【レティシア:存在ログ密度=急上昇】
【ヒロインルート削減テンプレ:周辺からじわじわ侵食され中】
「よーし三城さん、“生きる側のデータ”ばっちり溜まりましたよ〜」
机の端に、掌サイズのミニルナがぴょんっと立つ。
ルナ本体が端末からUIを起動しているので、ここは庁内モードのマスコット姿だ。
「問題は、こっちがその気でも――」
俺は天井近くのメインスクリーンを見上げる。
【案件No.0003:王立学園ロマンス/悪役令嬢案件】
【構造状況:断罪イベントまで残り 2日】
【テンプレ適用候補:
・悪役令嬢断罪テンプレ
・ヒロインルート削減テンプレ】
(上の連中が頷いてくれなきゃ、世界ごと畳まれる可能性はまだ残ってる)
そのタイミングで、会議室のドアが開いた。
「時間よ。第二次審査、始めるわ」
黒瀬天音がファイルを抱えて入室する。その後ろから、白石とセラ、そして他の審査官たち。
今日はフルメンバーらしい。
黒瀬が一番前の席に座ると、自然と会議室のざわめきが収まった。
「案件No.0003――悪役令嬢断罪テンプレ世界。
前回の第一次審査から、現地での経過を踏まえて第二次審査を行う」
彼女が指先で空をなぞると、スクリーンにタイムラインが展開される。
【期間:第一次審査〜現在】
・レティシア、“生きたい理由”リスト作成開始
・弟・執事・家庭教師との日常ログ増加
・王太子・ミリアとの関係ログに「迷い」「揺れ」タグ付与
・テンプレ維持エージェントによるログ改竄 → 一部防御済み
「まずは現地担当、三城」
黒瀬の視線が飛んでくる。
もう慣れたつもりだけど、毎回ちょっとだけ心臓に悪い。
「現状の世界の空気と、レティシアというヒロインの“現在値”を説明して」
「はい」
立ち上がり、喉を一度だけ鳴らす。
「ざっくり言うと――
テンプレの台本どおりに進めたい連中と、“そんな台本、認めない”って顔で逆走してる悪役令嬢の、綱引き状態です」
会議室の数人が、くすっと笑う。
「彼女は最初から、“踏み台ヒロインなんてお断り”ってスタンスでしたけど、ここ数日のログで、それがちゃんと“生きたい理由”に変わり始めてます」
スクリーンに、いくつかの映像が再生される。
・弟の宿題を見てやるレティシア
・雨の日に、執事と紅茶の銘柄について真剣に語り合うレティシア
・こっそり厨房に侵入して、新作スイーツの出来を手伝うレティシア
どれも、断罪テンプレには一ミリも関係ない、どうでもいい日常だ。
でも――見ていると、自然と頬が緩む。
「前世の悪役令嬢ものを知っているからこそ、自分がどこで転びやすいか、かなり真剣に研究している。
そして、“断罪されるために生きてるわけじゃない”って自覚も、はっきりしてきました」
「ふむ」
白石が、肘をつきながら頷く。
「確かに、原案の“典型的悪役令嬢”とはズレてるな。
読者目線で言えば、“断罪される側に感情移入が乗り始めてる”状態か」
「そうですね」
セラが手元のタブレットを操作しながら口を挟む。
いつものゆるい声色に、今日はちょっと熱が混じっていた。
「レティシアさん、直近一週間の印象値グラフがこれなんですけど――」
スクリーンに、なめらかな上昇曲線が描かれる。
【レティシア:印象値】
第一次審査時点 → 現在 で、ぐいっと右肩上がり。
「断罪テンプレの“悪役令嬢”って、普通はここ、緩やかに下がるか、横ばいになるんです。
嫌われ役として盛り上げておいて、一気に落とすパターンなので。
でもレティシアさんは、断罪パーティが近づくほど“好感度”が上がってる」
「つまり――」
黒瀬が問いを投げる。
「ここでテンプレ通りに断罪すれば、“一番読まれているキャラ”を捨てることになる」
「はい。数字的にも、もったいなさすぎます」
セラの目が、ふわふわの見た目に似合わず真剣だった。
「悪役令嬢断罪エンド、まだ一定の人気はあります。
でも、完走率で見ると、断罪イベントのあとでガクッと落ちる作品が多くて……」
グラフが切り替わる。
【類似ジャンル比較】
A:断罪エンドで終了 → 完走率 52%
B:断罪回避 or 共闘ルートあり → 完走率 75%
「レティシアさんの世界は、B側に回せるポテンシャルがあります。
ここで“典型的ざまぁ”にすると、短期的にはバズっても、そのあと読まれなくなる可能性が高いです」
「ふむ。商品寿命の話ね」
白石が腕を組み直す。
「売れるテンプレを使うのはいいが、“すぐ腐るテンプレ”に頼りすぎると、ジャンルごと死ぬって話でもある」
「そこでお伺いしたいんですけど……」
俺は、一度言葉を区切った。
「今回、俺が押したいのは、断罪テンプレを“丸ごとボツ”にすることじゃありません」
黒瀬の眉が、わずかに動く。
「断罪パーティそのものは、やらせたいんです。
ただし、“悪役令嬢を気持ちよく切り捨てるための場”じゃなくて――」
スクリーンに映る、黒い栞マークを指す。
「“古いテンプレを公開処刑する場”にすり替えたい」
会議室の空気が、一瞬止まった。
先に口を開いたのは、白石だ。
「……つまり?」
「断罪されるはずだったレティシアに、台本を奪い返してもらう。
『悪役令嬢はこうやって断罪されるべき』って決めつけてる構造そのものを、断罪させたい」
自分で言っていて、ちょっとだけ笑ってしまう。
「読者は“ざまぁ”が好きですけど、それが毎回、同じ悪役令嬢ばっかり殴られる構図なの、そろそろ飽きてきてると思うんですよね。
だったら今回は、テンプレのほうを殴らせてやりたい」
ルナが隣で、ぐっと親指を立てている。
黒瀬は少しだけ目を閉じて、考えるそぶりを見せた。
「あなたの言う“殴る”対象は、あくまで構造側。
物語の中のキャラクターに、無駄な犠牲や破壊は出さない。
その前提でいいのね?」
「もちろんです」
即答した。
「“誰か一人が死ねば重くなる物語”は、もういいです。
今回は、誰も死なせずに、テンプレだけを殺したい」
会議室の奥から、くすっと笑い声が漏れた。
「言うわね、元・ボツ常連」
白石がニヤリとする。
「でも、嫌いじゃない発想だ。
断罪パーティを“テンプレ葬式”にするってのは、編集者としても一度は見てみたい」
「問題は――」
黒瀬が、別レイヤーのログを呼び出す。
【ヒロインルート削減テンプレ:適用候補 継続】
【テンプレ維持エージェント:ヴァルト/リゼ】
「テンプレAI側も、本気でレティシアを“消す側”に回そうとしていること。
第一次審査から今日までの間にも、記憶ログの改竄とイベント発火条件のいじりが続いているわ」
「えっと、それについては……」
今度は俺ではなく、ミニルナが手を挙げた。
黒瀬が黙って視線を向けると、ルナ本体が頷いてミニUIの発言権を開く。
「三城さん、もう一回夜の学園で刺客コンビとぶつかってます。
ログ改竄の一部は防いで、レティシアさんの“善行ログ”は守りました」
スクリーンの端に、先日の夜戦のダイジェストが流れる。
闇の中庭で、それなりに必死な俺と、ふてぶてしいヴァルト。
その後ろで、条件式をいじくり回しているリゼ。
「戦闘職じゃない現地担当に戦わせる案件じゃないんだけど?」
黒瀬の視線が刺さる。
「すみません、向こうが先に殴ってきたので……」
「ギリギリセーフ、ってところね」
ため息まじりの一言。
でも、その表情は完全な否定ではなかった。
「刺客エージェントの権限は、テンプレ条件が満たされている範囲でしか全開にならない。
だったら、断罪パーティ当日までに“レティシア=悪役”という構図を十分に崩しておきなさい」
黒瀬は、スクリーンに一本の線を引く。
【条件変更案】
・レティシアに対する信頼ログが一定値を超えた場合
・“一方的な悪役”として認定できない証言が複数存在する場合
→ 「悪役令嬢断罪テンプレ」自動適用不可
「この条件、ロマンス案件調整課として問題ある?」
「むしろ、好ましいです!」
セラがぱあっと顔を明るくする。
「悪役令嬢断罪テンプレって、“全部悪い側”にしないと成立しない構造なんですよね。
でも現代の読者さん、そういう“絶対悪ヒロイン”より、グレーな子のほうに感情移入しやすくて……」
「だったら、その感覚を構造に反映させましょう」
黒瀬が、くっきりと言い切る。
「――案件No.0003において」
スクリーンの上部に、新しいルールが書き込まれていく。
【暫定運用方針】
・「悪役令嬢断罪テンプレ」は、この世界に限りボツ候補扱いとする。
・断罪イベント当日、上記条件が満たされた場合、テンプレは自動的に適用不能となる。
・その場合、現地担当および世界内部の選択によって、新たな結末を優先的に採用する。
「いい?」
黒瀬の視線が、再び俺を射抜く。
「断罪パーティは予定通りやる。
その場で“断罪テンプレをボツにできるかどうか”が、この案件の最終審査になる」
「……了解です」
胸の奥で、何かがカチッとハマった気がした。
(断罪イベントそのものが、テンプレと勝負する場になる)
(変に避けたり逃げたりするんじゃなく、真正面から“古い型”にNOを突きつける)
ボツを食らい続けた元応募者にとって、これ以上ない仕事だ。
「最後に、白石」
黒瀬が隣の男の名を呼ぶ。
「あなたの見解を聞かせて」
「俺か」
白石は椅子の背にもたれ、天井を一度仰いでから口を開いた。
「悪役令嬢断罪ざまぁ。
編集者として言えば、まだ数字は取れる。
速効性のある薬みたいなもんだ」
そう前置きしてから、肩を竦める。
「でも、飲みすぎると胃がやられる。
今回のレティシアは、“もうちょっと長く読める薬”になりそうだ。
わざわざ捨てる理由は、今のところ見当たらない」
会議室のあちこちで、小さな笑いが起きる。
「だから反対はしない。
断罪テンプレをボツにした先に、“続きが読みたい”って思わせられるなら――
この世界に限っては、そのほうがいい」
「承認、ということで受け取っておくわ」
黒瀬が静かに頷く。
「では、第二次審査の結論」
スクリーンに、決定ログが浮かび上がる。
【案件No.0003:第二次審査結果】
・世界削除候補フラグ:保留(維持)
・悪役令嬢断罪テンプレ:ボツ候補に格上げ
・最終判断ポイント:断罪パーティ当日のログ
「三城」
「はい」
「あなたの言う“続きが読みたい物語”。
そろそろ、具体的な形を見せてちょうだい」
「見せますよ」
自然と、口元が笑っていた。
「断罪されるはずだった悪役令嬢が台本を奪い返して、
古いテンプレをふっとばすクライマックス――
読者としても、書き手としても、一回は見てみたかったんで」
ミニルナが、机の上でぴょんと跳ねる。
「行きましょう、“テンプレ葬式”の準備に!」
「言い方」
そうツッコみながらも、心はもう決まっていた。
次に潜る時が、勝負だ。
断罪の夜を、“ボツ出しの夜”に塗り替えるために。




