第3話 辺境村潜入、病弱ヒロインと勇者候補
「マサト殿、こっちじゃ」
さっき耳に飛び込んできた声の主は、広場の端に立っていた。
灰色混じりの髭をたくわえた、がっしりした老人。
腰は少し曲がっているが、目つきは鋭い。
どう見ても「村長」以外の職業が似合わないタイプだ。
「……マサト?」
自分の口の中で、その名前を転がしてみる。
転送前に見たシステムメッセージ。
【役割:王都記録局書記官/仮名設定中】
――どうやら、その「仮名」が決まったらしい。
(マサト・ミシロ、ってところか)
自分の名字を、異世界っぽく少しだけひねった感じ。
センスを疑うが、まあ覚えやすいのはたしかだ。
※もっとカッコつけたかったという未練はある。
「お初にお目にかかる。わしがこの村の長、バーンズじゃ」
老人――バーンズが、胸を張って名乗る。
「王都記録局より、勇者候補の記録の件で来られたとか」
「あ、はい。マサト・ミシロと申します。臨時で、辺境担当になりまして」
自分でも驚くほどスラスラと台詞が出てきた。
どうやら、役割に合わせて最低限の言語と設定はインストール済みらしい。便利だ、死後の世界。
「おお、遠いところよう来てくださった」
バーンズが、がっしりと手を握ってくる。
「うちみたいな辺境の村に、わざわざ“記録局様”が来てくれるとはのう。レオンも鼻が高いわ」
「いえいえ、仕事ですから。……ところで、そのレオンというのは?」
「そこじゃ」
村長が顎で指し示した先。
広場の真ん中で、ひとりの少年が木剣を振っていた。
まだ十代半ば。
日焼けした肌に、汗でしっとりした茶髪。
姿勢はちょっと猫背気味だが、木剣を握る手には、妙に真剣な力がこもっている。
「ふっ……! はっ……!」
型はぎこちない。けれど、「とにかく一生懸命やってる」感だけは全身から漏れていた。
「レオン!」
村長が声をかけると、少年がびくっと肩を揺らした。
「は、はいっ!」
木剣を慌てて下ろし、こっちを振り向く。
「お、おじいちゃん、その人は……?」
「王都から来なすった記録局のマサト殿じゃ。おぬしの“勇者としての旅立ち”を記録してくださるそうじゃぞ」
「き、記録……!」
レオンが、分かりやすく緊張した顔になる。
「お、おはようございます! ぼ、僕、レオン・バーンズっていいます! 村の……勇者候補、です!」
“勇者”のところで一瞬つっかえた。
自分で名乗り慣れてない感、すごい。
「おはよう。マサト・ミシロです。王都記録局から来ました」
軽く会釈する。
「レオン君の旅立ちと、その前後のことを、少しだけ見せてもらえればと。勇者として、というより――」
ひと呼吸置いて、言葉を選ぶ。
「“物語として”残したいので」
「も、物語……!」
レオンの顔が、一瞬で真っ赤になる。
「な、なんか、急にハードル上がった気がするんですけど!」
「世界を救わんでもええ。ちゃんと帰ってきて、“怖かった”とか“しんどかった”って話をできるようになれば、それで十分物語になる」
村長が笑いながら言う。
「なあ、マサト殿」
「そうですね。個人的にも、そのほうが好きです」
世界規模の英雄譚より、
「怖かったけど行って、ちゃんと帰ってきて、玄関で怒られる話」のほうがよっぽど読みたい。
――というのは、半分は本音。
もう半分は、代償テンプレに向けた宣戦布告みたいなものだ。
(“誰か一人が全部背負って終わり”なんてオチ、こっちからお断りだ)
心の中で、こっそり中指を立てる。
◇
「レオンー! あんまり無茶すると、また足つるぞー!」
広場の端で洗濯物を干していたおばさんが、笑いながら声を飛ばす。
「だ、大丈夫ですよー!」
レオンが振り向いて笑う。
さっきまでの緊張が、少しだけほぐれたみたいだ。
「おお、今日も気合が入っとるな」「腰は引けとるがのう」「あれで王都に通用するんかいな」
広場の周りで見ている村人たちが、好き勝手なことを言っている。
けれど、その目はどこかあたたかい。
「レオンはああ見えて怖がりでな」
村長が、ひそひそ声で俺に耳打ちする。
「緊張すると、やたら素振りを始めよるんじゃ」
「なるほど。さっきからだいぶ振ってましたね」
「“根性なし”じゃが、そこがええとこでもある」
根性なしを褒め言葉として使う村長、嫌いじゃない。
「レオンー!」
今度は子どもたちの声が飛んだ。
ちびっ子が数人、木の枝を剣代わりに振り回しながら駆け寄ってくる。
「ほんとに王都行っちゃうの?」「魔王と戦うんだろ?」「こわくないの?」
「こ、怖いに決まってるだろ!」
レオンが、木剣を背中に回しながら子どもたちの前にしゃがむ。
「こわいけど……」
一瞬、言葉に詰まる。
「俺が行かないと、きっと誰かが行くことになるからさ。だったら、俺が行ったほうがいいだろ?」
「なんで?」
「だって、俺、足もそんなに速くないし、頭もよくないし、剣も村で二番目くらいだし」
「二番目なんだ……」
「そこ拾うなって!」
子どもたちの素直すぎるツッコミが飛ぶ。
「でもさ、そういう“嫌なこと”とか“怖いこと”を、ミアとか、みんなに押しつけたくないだけだから」
さらっと、ミアの名前が出た。
なんとなく、視線の方向が分かる。
――村長の家の、二階の窓。
そこにあるカーテンが、ほんの少しだけ揺れた。
◇
(……来た)
心の中でつぶやいた瞬間、視界の隅に小さな光が灯った。
親指サイズのちびキャラ――
さっきまでストーリー課で全力でテンションを振り回していたルナが、二頭身になってちょこんと浮かんでいる。
「ミニルナ、起動しました〜。現地潜入モードです!」
小声でしゃべるな。いや、村人には聞こえてないんだけど。
「見えるの、俺だけですよね?」
「そうですよ〜。マサトさん専用HUDですから! オプション課金は――」
「課金制じゃないよね? 死後までサブスクとか絶対いやだからね?」
「じょ、冗談ですよ〜! 今のところは無料です!」
「“今のところ”つけないで」
言いながら、ミニルナがくるくる回転する。
頭の上の小さな輪っかも、ぴこぴこ光っている。
「じゃ、早速ヒロインログ、見てみますね」
ミニルナが指をパチンと鳴らすと、視界の隅に透けたウィンドウが開いた。
【ヒロイン:ミア】
【位置:村長バーンズ邸 二階窓辺】
「やっぱり、あそこですか」
村長の家の二階。
さっきから、カーテンの隙間から覗く視線を感じていた。
気づかないふりをしながら、その窓をちらりと見る。
そこに、細い影が見えた。
痩せた腕。
少し色の薄い髪。
窓枠に体を預けるようにして、ミアが外を見ている。
ここからだと、表情まではよく分からない。
けれど、視線の向きだけははっきりしている。
真っ直ぐ、レオンのほう。
「……今日も、頑張ってる」
風に紛れて、小さなつぶやきが耳に届いた気がした。
聞き間違いかもしれない。
でも、その声にはほんの少しだけ、うらやましさが混じっているように聞こえた。
「ミアは、いつもああやって窓から眺めとる」
村長が、ぽつりと言う。
「外に出ると、すぐに熱を出してしまっての。ちいと無理をすると、すぐ寝込んでしまう体じゃ」
「……」
「本人も、“わしらに迷惑かけとる”って気にしとる。なーに、そんなことはないんじゃがな」
そう言って笑う顔には、心配と愛情が入り混じっていた。
「ログ、ちょっと見ますね」
ミニルナが、ふわっと視界の中央に浮かぶ。
小さな指で、空中の何もないところをつんつんと突くと、薄い映像が重なる。
――窓辺で本を読んでいるミア。
――外で遊ぶ子どもたちを、カーテンの隙間からこっそり眺めるミア。
――咳き込んで、祖母に背中をさすられているミア。
どれも、「事件」と呼ぶには小さすぎる。
けれど、その“何でもない時間”が連なって、ようやく一人分の人生になるはずだ。
なのに。
ところどころ、映像がぶつっと途切れている。
【ログ欠損:軽度 → 中度に移行】
小さな警告表示が、無機質に点滅していた。
「……やっぱり、削られてるな」
思わず、溜め息が出る。
「ね、いやですよね、こういう削られ方」
ミニルナが、珍しく低めの声を出した。
「“いなくてもいい子”に見えるように、“いないことにしても大丈夫な子”に見えるように、“途中のページ”から抜いていくんです」
「最悪だな、ほんと」
胃のあたりが、じわじわと熱くなる。
俺は木剣を振るレオンと、窓辺のミアを交互に見た。
レオンは、「怖いけど、自分が行く」と言った。
ミアは、窓からしか世界を見られないのに、ちゃんとレオンを見ている。
どっちか一人を代償で消して、「世界は救われました、めでたし」とか――。
(そんな終わり方、読者にぶん殴られるレベルだろ)
いや、俺が一番最初に殴る。
「マサト殿?」
村長の声で、はっと我に返る。
「……ああ、すみません。ちょっと考えごとを」
「王都の方は、よう考えんさるのう。難しい顔じゃった」
「いえ、こちらの皆さんのおかげで、いい物語になりそうだなと」
半分は社交辞令。
でも、半分は本当にそう思っていた。
この村には、ちゃんと「ページ」がある。
最初のページも、途中のページも。
それをテンプレの都合で燃やされるなんて、シャレにならない。
「ところで、勇者候補レオン君とは、いつ頃から?」
「ミアと、か?」
村長は、にやりと笑った。
「それはのう……じいさんの昔話は長うなるが、よいかの?」
「じいさんの昔話は長いぞ」って自分で言うスタイルか。
「ぜひ、聞かせてください」
ミニルナが、耳の横でこっそりウィンクする。
「“じいさんの昔話ログ”は、だいたい世界の骨に効きますからね〜」
「ミニルナ、メタ発言漏れてる」
「だ、大丈夫です、聞こえてません! ※村人には!」
「その※注釈、俺だけに向けてどうする」
そんなやりとりをしながら、俺は村長と一緒に、広場の木陰へと歩いた。
日差しは強いが、風はやわらかい。
木漏れ日の向こうでは、レオンがまだ木剣を振り続けている。
その向こう、窓辺のミアは――
やっぱり、ずっとレオンのほうを見ていた。
(“いなくてもいい子”じゃないってこと、ちゃんとお前の物語に書かせてもらうからな)
まだ何もしてないくせに、そんな約束を心の中で勝手に結ぶ。
――とりあえず、そのためにはまず。
(ヒロイン本人と、ちゃんと話さないとな)
窓辺の病弱ヒロインと、
世界一腰の引けた勇者候補。
この二人の物語を、テンプレと削除フラグから守るための、最初のページが静かに開き始めていた。




