第6話 ボツ出し会議・第一次審査
レティシアの、
『ヒロインの踏み台のためだけに存在する人生とか、まっっったく納得してませんから』
というひと言が、まだ耳の奥に残っていた。
そのログを抱えたまま、俺はワールドコアから一度引き上げ、ストーリー課の大会議室に座っている。
長机の上には、案件No.0003のホログラムが広げられていた。
【案件No.0003:転生悪役令嬢オトメゲーム世界】
【削除候補フラグ:点灯中】
【削除猶予案:断罪パーティイベント終了時まで】
黒い栞マークが、「公開断罪パーティ」と書かれたイベントの上に突き刺さっている。
(ここで断罪 → 世界たたむ、が原案通りのルートってわけか)
そのすぐ横には、さっきのレティシアのログが抜き出されていた。
『踏み台だけで終わるとか、絶対イヤ』
『ヒロインが幸せになるのは大歓迎です。
でも、そのために私が燃やされるシナリオはボツです』
自分で聞いておいてなんだが、めちゃくちゃ良い台詞だ。
社内の名言ボードに額装して貼りたいレベル。
「……さて」
前方席に立った黒瀬が、指先でスクリーンをなぞる。
「案件No.0003――悪役令嬢テンプレ世界。第一次ボツ出し会議を始めます」
ストーリー課の審査官たちが、一斉に端末を開いた。
黒瀬の隣には、二等審査官の白石。反対側には、ルナと、その隣にふわふわパステルスーツ姿のセラが座っている。
ルナは相変わらず元気そうに足をぶらぶらさせていて、セラは丸メガネの奥できょろきょろ会議室を見回していた。
「まずは、案件の概要をおさらいしましょうか」
黒瀬がホログラムを切り替えると、簡略化された物語構造図が現れた。
【原案構造(仕様書)】
入学式 → 学園生活 →
悪役令嬢・レティシアの嫌がらせイベント積み上げ →
公開断罪パーティ → レティシア処刑 or 追放 →
王太子&公式ヒロイン・マリアのハッピーエンド → 世界畳む
「この構造そのものは、何度も運用されてきた“悪役令嬢断罪テンプレ”です」
黒瀬が淡々と続ける。
「問題は――今回の世界で、そのテンプレが“そのままでは噛み合っていない”こと」
スクリーンが切り替わり、今度は実際のログから抜き出されたグラフが表示された。
レティシアの印象値が、入学以降じわじわと右肩上がりになっている。
「セラ、データの説明をお願い」
「は、はい〜」
セラが慌てて立ち上がる。
ふわふわした見た目のわりに、声はよく通っていた。
「えっとですね……“悪役令嬢断罪エンド”そのものの人気は、いまだにそれなりにあります」
スクリーンに別のグラフが重なる。
ジャンル別の閲覧数、断罪シーンの盛り上がりカーブ。ストーリー課なら誰もが見慣れている数字たちだ。
「断罪イベント単体の“盛り上がりポイント”は高いんです。
でも、そのあと――」
セラが、棒グラフの一部を指先でつつく。
「完走率が、がくんと落ちるんですよね〜」
棒グラフが、断罪直後から急激に低くなっているのが見えた。
「ざっくり言うと、“悪役令嬢を断罪するところまでは読むけど、その後のイチャイチャは読まない”人が多いってことです」
「そこまで直球で言う?」
思わず口から出たツッコミに、会議室の何人かが苦笑した。
白石が、頬杖をつきながら鼻を鳴らす。
「とはいえだ」
口は悪そうだが、目つきは仕事モードの編集者のそれだ。
「悪役令嬢断罪ざまぁは、まだ“ジャンルの顔”みたいなテンプレだ。
看板コンテンツを安易に切ると、逆に読者が離れることもある」
「ですね〜。数字だけ見れば、いまだに“断罪タグ”は強いです」
セラが素直にうなずく。
「なので、テンプレそのものを一括でボツにするのは、さすがに乱暴かな、と」
「ただし」
黒瀬が、その言葉に被せるように口を開いた。
「今回の案件に関しては、話が別」
スクリーンに、レティシアのログが次々と投影されていく。
入学式での、あからさまな高飛車に見える挨拶――の裏で、こっそり「他令嬢が吊るし上げられないように」地雷を踏み抜いている行動。
ヒロイン・マリアへの“口が悪いだけの助言”。
断罪パーティの悪夢を見た夜、鏡の前でぼそっとこぼしたあの一言。
『踏み台だけで終わるとか、絶対イヤ』
会議室の空気が、わずかに変わる。
「レティシアの印象値の推移を見ると」
黒瀬が、棒グラフの一番新しい部分を拡大した。
「“断罪までの踏み台”では終わらないポテンシャルが、はっきり出ている」
「……つまり?」
白石が、片眉を上げる。
「“その先”を見たい読者が、ちゃんといるってことよ」
黒瀬は、あくまで冷静に言った。
「ここまで印象値が伸びたヒロイン候補を、断罪一発で削除するのは――
運用効率の面でも、物語の面でも、損失が大きい」
「はい、そこで私からも一言〜」
ルナが、ぴょんと手を挙げた。
「この子、“伸びしろモンスター”ですよ?
悪役ロールしながら、王国救済フラグもヒロイン支援フラグも積んでるんです。
こんな素材、ここで燃やしたら勿体なさすぎます!」
「言い方はともかく、言っていることは概ね正しいわ」
黒瀬が軽く肩をすくめる。
「……三城。現地担当としての所感を」
急に話を振られて、少しだけ姿勢を正した。
「はい。えっと」
スクリーンに映るレティシアの横顔を見る。
断罪パーティの未来を知っていて、それでも、嫌がらせフラグをできる限り丸くして回る、頑張り屋な悪役令嬢。
「この子、完全に“踏み台拒否”なんですよ」
会議室の何人かが、くすっと笑う。
「本人の言葉で言うと――
『ヒロインが幸せになるのは大歓迎です。
でも、そのために私が燃やされるシナリオはボツです』」
さっきのログの一節を、そのまま引用する。
「俺、生前は“ボツ食らう側”の人間でしたけど」
自然と、言葉が出てきた。
「ボツを出す側に回った今、
“誰か一人を燃やすことで盛り上がるテンプレ”には、簡単にOK出したくないです」
視線を、悪役令嬢断罪テンプレの構造図に移す。
「断罪の瞬間が一番の見せ場で、その後が空洞になる世界って、
正直、読後感が苦いだけで終わるんですよ」
生前、何度も読んできたタイプの物語。
そして今は、「その断罪の先のログ」がほぼ真っ黒に塗りつぶされている世界。
「今回のレティシアは、
断罪の先、“悪役令嬢が共闘側に回ったらどうなるか”を見せられる素材です」
スクリーンに、まだ実現していない真ルート案のシルエットが浮かび上がる。
王太子と肩を並べるレティシア。
ヒロインと並んで前線に立つレティシア。
サブ令嬢たちと笑いながらお茶会をするレティシア。
「断罪をクライマックスにするんじゃなくて――」
自分の言葉を、自分でかみしめる。
「“断罪テンプレをどう乗り越えるか”を、クライマックスにするべきだと思います」
会議室の空気が、ぐっと重くなる。
誰もすぐには口を挟まない。
最初に笑ったのは、白石だった。
「……相変わらずだな、お前」
口元だけで、くくっと笑う。
「“売れるテンプレ”に喧嘩売る新人は、大体途中で折れるもんだが」
「売れるかどうかは、正直編集さんのほうが詳しいでしょうけど」
肩をすくめる。
「少なくともこの案件については、
“死んだほうがきれい”って言い訳が通用する時代じゃないと思ってます」
白石が、端末のグラフを指でなぞる。
断罪テンプレの完走率曲線。
レティシアの印象値の伸び。
観察者モジュールの再生ログ――(上位レイヤーの視聴記録みたいなやつだ)では、ヒロイン関連シーンだけ異常に回数が多い。
「……数字上も、確かに“曲がり角”には来てるんだよな」
ぼそっと呟き、椅子の背にもたれかかる。
「ただ――」
そこで顔を上げ、黒瀬を見る。
「テンプレそのものを、この場で“はいボツ〜”ってやるのは、やっぱり乱暴だ」
「ええ。そこは同意見」
黒瀬は、最初からそう来ると分かっていたように頷いた。
「だから今回は、段階を踏みましょう」
ホログラムが切り替わり、削除猶予の条件欄が大きく表示される。
【削除猶予案】
・断罪パーティイベント終了時まで、世界削除を保留
・その時点のログ評価により、以下を判定
1:世界ごと削除
2:テンプレ適用のまま運用(=レティシア退場)
3:テンプレ構造をボツにし、別ルート採用
「今回の第一次審査では――」
黒瀬が、ペン型のポインタを軽く振る。
「“1:世界ごと削除”は、一時的に候補から外すわ」
スクリーン上の「1」の部分に斜線が引かれる。
「現時点のレティシアのログを見れば、
“読む価値なし”とまでは言えない」
会議室のあちこちで、小さく安堵の息が漏れた。
「ただし、“2:テンプレ適用のまま運用”か“3:テンプレ構造をボツにする”かは――」
黒瀬の視線が、真正面から俺に向けられる。
「断罪パーティ当日のクライマックスを見てから、最終判断する」
「……つまり」
「断罪パーティまでに、あなたが“別のクライマックス”を設計しなさい、ということ」
黒瀬は、わずかに口元を緩めた。
「古いテンプレをボツにしてでも守りたい“新しい形”があるなら――
実際に、世界の中で見せてみなさい」
ルナが、となりでこっそりガッツポーズを決める。
「来ましたね〜、“ボツにしてでも守りたい物語”ターン!」
「会議中だ、静かに」
黒瀬に軽くたしなめられ、ルナは慌てて口を押さえる。
白石が、俺のほうを見て肩をすくめた。
「……まあ、見せてくれよ」
「何をです?」
「悪役令嬢断罪テンプレよりマシな、“その先の物語”をさ」
それは、編集者としての、素直な興味から出た言葉のように聞こえた。
黒瀬が、会議の締めの言葉を告げる。
「案件No.0003――悪役令嬢テンプレ案件。
第一次ボツ出し会議の結論」
スクリーンに、最終決定が表示される。
【削除候補:保留】
【削除猶予:断罪パーティイベント終了時まで】
【要求事項:断罪テンプレに代わるクライマックス案の提示】
「三城。あなたの裁量で、現地の介入レベルを上げて構わない」
黒瀬が、真っ直ぐに言う。
「その代わり――
“テンプレ転生に勝てるクライマックス”を、必ず持ち帰りなさい」
「……了解です」
返事をしながら、心臓がどくん、と一つ大きく脈打つのを感じた。
(ボツ食らってた側が、今度はテンプレそのものにボツ出す側、か)
部屋の照明が少し落ち、ホログラムが静かに縮小されていく。
断罪パーティまでのカウントダウンが、画面隅に表示された。
【断罪パーティまで:あと10日】
テーブルの下で、拳をぎゅっと握る。
「よし――」
小さく息を吐いた。
「悪役令嬢断罪テンプレ、丸ごとボツにできるクライマックス。
書き換えてやろうじゃないか」
会議室のドアが開き、ストーリー課のざわめきが戻ってくる。
次に潜るとき、この世界はもう「ただのテンプレ」で済ませるつもりはない。
レティシアの物語は、断罪で終わらせない。
――そのための第一次審査は、こうして終わった。




